Tale of Dr.Steven B.S.

 歩んできた年月の長さを想像させる真っ白に染め上げられた髪と、西海人特有のシルエットの顔に刻まれたしわが説得力を醸し出す反面。世界を救えだの藪から棒な要求に一瞬沈黙が降りる。

 「―――はぁ」

 「む?何だねその顔は」


 銀縁の眼鏡を正し、白衣の裾を払い、紙で埋め尽くされた小さなデスクに向かう彼は怪訝そうに眉をひそめる。闇の舞台で暗躍する異能を持つ男。さらにの組織と対峙しているであろう者と見込んで呼んだが―――


 一瞬自らの読み違いを案じ、まだ早計と断ずる。

 「君は自分が何と戦っているのか理解しているのかね」


 試すように、瞳をのぞき込んで問う。微塵の揺らぎも見せない黒い瞳で、黒雷は応えた。

 「今俺の部下が当たっている任務の敵対組織、仮称『X』――恐らくはその親組織か、それ自体が関わっていると踏んでいる。このテロリスト集団は唯のかき集めだな」


 資料と思しき紙切れに目をやりながら。

 「おおむね正解だ。―――このグレンノース島占拠は彼ら自身も理解していないシナリオの上を着々と進んでいる」

 何者かによって描かれた計画にまんまと乗せられている。そう語るシュオーデルは至って平静で、しかし瞳の奥に確かな熱を帯びる。


 取り上げたのは一枚の小さな、何やらロゴらしき物が模写されたメモ用紙だ。

 「奴らの名は『超機存在エクス・マキナ』このグレンノース島を中心に、この人類史を根底から覆すつもりだ」

 「元は機械であった何かエクス・マキナ……―――」


 冷静に沈み何処か軽い雰囲気を纏っていたライバーは、目を薄く眇める。


 エクス・マキナ、文献からすれば古い芝居の手法の一つであるが、捕らえ様によっては「かつては機械であった者」と意訳することも出来よう。

 元は作られた機械であり――――では今は?その不吉な予感を振り払うように、先をく。

 「そのシナリオとは」


 まぁ落ち着きなさいと手で制し、老人は短く嘆息する。

 「心当たりがあるのだな。まぁ座りなさい、簡素なベッドだがね」


 山の様に積まれた資料を漁り、続ける。


 「超機存在エクス・マキナ――彼らは今回の事件で世界の篝火ビーコン・システムを破壊しようとする者達を焚き付け、実際にこうして行動まで起こさせた」

 彼は重苦しい面持ちで語った。



 テロリスト達の要求は「世界の篝火ビーコン・システムの消去」だ。これを行うと各戦線の機能停止に留まらず、交通機関、生活補助、国政の大部分が麻痺し世界は混乱に陥る。最悪世界を巻き込んだ大戦が勃発しかねない。


 今度は第一次から第四次までの様に収束が見えるとも知れない。終わりなき戦いが起こる可能性は多いにある。


 無論篝火を消す能力は政府連盟にはない。圧倒的演算力とその献身的方針に甘えているだけであって、その実篝火ビーコンはどの国の所有物でもない。どの企業も、団体も、この篝火の真の本質と所在地を理解していない。


 超機存在エクス・マキナが求めているのは要求が通らなかった場合のテロリスト達の行動だ。篝火ビーコンの本体たる量子演算機の秘匿場所の可能性がある場所を片っ端から潰していくだろう。

 ――現に、この基地にはそれだけの破壊力が備わっている。


 シュオーデルの開発したSS粒子は、核弾頭との併用や、それ自体を応用した兵器の開発が積極的に行われていた。開発した本人の意思など介在の余地が無いかの如く―――残忍な兵器、その試作品がこの島には眠っている。


 「――――っ。超圧兵器?重力波機関の暴走ではないのか?」

 名前からしてロクデモない兵器なのを察するに余る名に、一瞬言葉を詰まらせる。


 「それは世界基準語で言えば重圧兵器になる。超圧兵器はベクトル強制誘導可能なSS粒子だからこそ可能な、もう一つの、重力兵器だ」



 そも、重力とは何か。其れはすべての物質が保有するとされる、ものを引き付ける力だ。ものの規模しつりょうに比例してその引力も強大になる。

 超、超完結にまとめると、物体の質量が大きければ大きいほど次元に歪みが発生して、その歪みに引き込まれるというのがその実態だ。二十二世紀序盤、人類はその次元の歪みを操るに至った。


 重力波エンジンは機関部後方に反重力の力場を生成することによって機体、船体を前方へと押し出す。その機構が暴走した時、局所的に観測不可能な歪みが発生する。


 つまり―――半径数メートル限定のブラックホールが現れる訳だ。重圧兵器とはその圧倒的引力を利用した次世代超兵器であるが、超圧兵器とは。


 「その逆、SS粒子によって一か所に存在するありとあらゆるエネルギーを霧散させる。熱、光、重力、何もかもを押し出し……そこに次元が存在するのかも曖昧な「空間」を生み出す」


 ――――その威力は、熱核兵器を鼻で嗤うレベル。



 シュオーデル自身が作り出した化物であり、故に悪用されればどうなるのかを一番理解した戦慄におののく。彼の声は震えていた。

 「空間そのものが爆弾となる。いや――――反重力が何もかもを消し飛ばし、SS粒子が非活性化すればその以上空間の縮小と反動が、更なる悪夢を呼び寄せる」



 数式も理論も特に難しくない簡素な説明は、ライバーに引き攣った苦笑いを浮かべさせるに足りた。

 「なるほど、な」

 「これで粒子の投入量に応じて、理論上その威力に上限は無いのだ。我ながら……狂った兵器だ」


 彼も軋む寝具に腰を掛け、頼もしい侵入者を見据えた。

 「だが、親たる責任がある以上、私は目を背けられない。非力な自分に代わって、どうかアレを止めてやってくれと、頼むことしかできなんだ」


 頭を下げようとするシュオーデルを止め、目で机を指す。

 「まだ話は終わっていない。それを使って何をしでかそうってんだ?」

 あぁ、と思い出したように手に持ったままの超機存在エクス・マキナのロゴマークに目線を落とす。


 「奴らは安い芝居をしたいだけだ。全人類を騙す芝居をな………」



■■■



 長話を終え、地下の牢獄替わりの隔離室を後にした。向かうはすぐ隣の管制塔、だった建物。速足で来た道を戻り、死天使してんし紅い灰熊レッドグリズリーと戦闘を繰り広げた実験エリアを抜けようとふと目線を上げると。

 簀巻すまき状態に縛られ半眼で笑う死天使と、未だ意識を戻さない――――状態の灰熊がいた。


 軽い冗談ユーモアのつもりか、何処どこがとは言わないが平坦な死天使はぐるぐると強化ロープで胴を巻かれている。戦闘中はほとんど見せなかった落ち着いた銀、に反しぼさぼさと波打つ髪や、白い艶やかな肌、整った顔立ちからもおそよ凄腕の狙撃手には見えない。


 灰熊グリズリーも近接戦闘主体なのに邪魔になるのではと問いたくなる豊かで真っ赤な義体ぼでぃとコントラストを織りなすブロンドの肩を撫でる髪。亀甲縛りされた張本人がまだ目を覚まさないのでは。


 からかう言葉も掛けられない。ひらりと手を振るライバーに、脱力した笑みと嘆息を一つ。



 行ってらっしゃいと、言っているようにも見える彼女と灰熊は、大木の幹の様な柱の地上四メートル程の高さに縛り付けられている。

 これを逃がさぬための策と捉えるか、はたまた徘徊中のゾンビに食われないための優しさと捉えるか。それは彼女たち次第だ。



■■■



 歩く足が速む。『最終防衛機構』なるネーミングセンスに乏しいものを起動させなければ、嗚呼なるほど。人類史は根底からひっくり返される。

 ライバーも粗方想像はしていた。


 今回の首謀者、影の立役者である仮称『X』改め『超機存在エクス・マキナ』―――これだけのことを実行して見せる力量、その目的を度外視しても脅威だ。


 さて彼らは何者か。という問いの続きだが。


 簡潔に。


 ――彼らは世界の篝火ビーコン・システムだ。


 下手な一人芝居。自作自演マッチポンプ。だが単純明快な仕掛けも、ここまでスケールが大きいと流石に見えない。



 本質は人工知能。もとはヒトに作られしコンピューター、今では違うと主張する超機存在エクス・マキナになったと。シュオーデルは彼らの目的を人類の<存亡>だとしている。人類の栄光を願っているのだそうだ。

 抗うのはその手段故に。


 彼らは混沌を必要としていた。戦乱に沈んだ世界を、口減らしで人口の減った世界を、貧困と、飢えと、硝煙と、汚染と、憎悪と、悲哀と、怨嗟と、悪意に染められた世界を。

 それらを統合する有能な支援演算機として、ヒトを救う英雄ヒーローとして、人類史そのものを陰から操る。


 彼らの是とする正義遂行のため、全人類の過半数以上を犠牲に。かりそめの平和を享受しようというのだ。



 シュオーデルは国連軍に捕らえられ、人道どころか常識さえも置いてゆく実験を強いられているが。根にある正義は限りなく善意だ。彼はその意思から拒み。


 ライバーは、もっと別のの為に拒んだ。


 博士はそれすらも理解し彼を指名した。何十年と超機存在エクス・マキナを追い続けたシュオーデルの掴んだ情報は信憑性が高い。

 ――ある日、この組織のブラックリストに載っている自分以外の人間を見つけてしまったのだ。


 まるで何百年、何千年と悠久を争った古の宿敵の様に、、義憤すら覚えたように。恨む相手に興味を持った。



 彼らには混沌が必要だ。

 テロリストの要求が通って、篝火ビーコンが姿をくらませてもよし。

 テロリストのテロ行為で核兵器や超圧兵器の攻撃が降り注いでもよし。

 ゾンビの様な傀儡くぐつになり果てた兵士が外の人間に見つかってもよし。

 ライバーという潜入工作員がすべての揺れ衣をかぶっても、それがシュオーデルでもよし。


 どちらにせよ少しでも世界が傾けば、世界中に散らばった彼らの同胞がどうにでも滅茶苦茶にするだろう。



 そのあとは簡単だ。人工衛星ネットワークを通じ――世界中で浸透した第三世代、その補助人工知能ユニットに匿秘プロトコルとして仕込んだウィルスで選ばれた者以外の脳を焼き切り、ヒトを襲うだけの獣に変えてしまえばいい。

 『亡霊証明ゴーストプルーフ』とはよく言ったものだ。その亡霊に乗っ取られ、生き残った生存者を殺しつくす計画の露呈そのものだというのに。




 亡霊は実在する。かつての人類が残した量子演算機を糧に成長した超機存在エクス・マキナを、何故人間を救わねばならぬのかも明確に理解できない人工知能のまま――



 過去に下された命に従うだけの彼らが、亡霊でないというのなら一体何なのだ。

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