Tag of Angels
グレンノース島/第一実験棟
先ほど居た建物よりも一回り大きいそこは、実験棟前にある
ゲート前に転がる警備兵達の死体は殺意の表明だ。「ここは罠だ、安心して入ってきたまえ」――扉がそう言っているように錯覚させる。
巨大な実験棟は十数階はあろう背の高い建物で、扉の奥には室内とは思えない広いスペースが見える。巨大な柱が乱立し、四階層分ぶち抜かれた高い天井には照明がぶら下げられている。
視界を大きく占める太い柱群の奥には階層ごとに壁沿いの通路があり―――そこから溢れ出る殺意は、姿を隠す意味すら疑わせるほどに明確に伝わってきた。
発砲音。三階通路に迸る閃光が狙撃のソレと理解するよりも早く、身を逸らしこれを避ける。
手前の柱に身を隠し、銃のスライドを引き初弾を装填する。頬に付けられた傷から滴る血を舌でなめとる。確実にヘッドショットを狙った敵狙撃手の腕に関心しつつ、殺意を消さなかった意図を汲む。
『ありゃ?やっぱりすごいねーぇ。あれを避けられるのは人間じゃないからかなー!?お待ちしてましたよーぉ』
拡声器越しに、若い女性の声が響いてくる。実験室用の放送を利用し話しかけてくるは、敵の狙撃手――元スロビア正規兵『
「待たせたな。そっちこそ、死を告げる天使とは大した名だ。それに見合う狙撃の腕を持っているようで」
これに冷静さを体現する声で返す。スピーカーから反響する相手の声に、位置を特定できず次の手を考える。
『いやはやぁん…照れるねーぇ?君は
「俺が誰かを知った上で生かしたのか―――面白い。が、国連に
後方にいるであろう狙撃手と交わす言葉は探り合いではなく、本心からくるものだった。このグレンノース島を乗っ取ったテロの目的は
主犯格から、ゾンビ化したであろうテロ組織のメンバーまでが、この
世界を統括しうる強大な力―――それが
――半面。局所的戦争経済の持続や戦略補助、義体運用補助までをこなすこの
先進国が平和を享受し、各地では紛争が絶えない現状―――。一見平和と見まごう現代社会はしかし、少数の者が被害を被る構図となっている。劣等感や不条理に対し怒りを持つ者も少なくはない。
そうした者らが集まった今回のテロ集団は、
『一緒に世界をひっくりかえそーぉよ。きっと住みやすい世界になるって』
明るく弾けた声とは裏腹に、そこから動けば射止めるという殺意を隠そうともしない彼女。その存在感の様な感覚が―――薄れた。
勧誘。
本気で仲間に誘ってる。姿は見えないが、銃を下したようにも感じられる空気に。
――だが。
「断る。世界をひっくり返そうがぶっ壊そうが構わないが――お前らのやり方では奴らの思うつぼだ―――
提案を一蹴した瞬間、全く気配のなかった二人目の殺意に。
地面を蹴る。
破裂音、ライバーの頭があった位置を貫いた
不格好なほど、細い身体とは不釣り合いな太い腕先のパーツ。肘から先、腕そのものが重機を連想させる武器となっている。洗礼された突きの勢いに合わせ、火薬の炸裂により猛烈な速度を得た四本の爪がコンクリートを砕いた。
手の甲から真っすぐ並列に並べらぶ四本の爪が戻ると同時、腕から四つの“空薬莢”が吐き出される。煙を上げる
真っ赤な義体は戦場で隠れる気概を一切見せなず、強きな眼には女性らしい強さが宿っている。肩にかかるブロンドが
美しさよりも力強さが際立つ彼女は
「これが勧誘相手?しけた
「第一声がおっかないな。声かける前に爪で引っ掻く女にロクな奴はいねぇ」
半歩下がりつつ柱の陰、狙撃手の死角から出ないよう気を付ける。二対一、それも相当の手練れ二人だ。
相手するか否か。考えるまでも無い愚問だ。どうせ逃がしてはくれないだろう――何より。
「は?女だからって舐めてると痛い目見るわよ?」
『あーあーグリズリん……始めちゃうのぉー?』
「あんたは手を出さなくていいわよ。私一人で十分」
ここで逃げるのは格好がつかない。
「二人でかかってこい。勝負にもならねぇぞ?お?」
全力で煽るように、獰猛で不敵で、嫌味に満ちた笑顔を浮かべるライバーに、
「は?いーぃ度胸じゃない!?」
「最初から本気で行くぞ」
その言葉の真意を汲みっとったのだろう。冗談や強がりではない、自信に満ちた――宣誓。お前らを狩るという、表明。
放たれた敵意に、
■■■
天才的スナイパーと呼ばれた、確実に死を告げる天使の御言葉『
「んだッ――この男は!!?」
頑丈な柱を砕き攻め立てる灰熊は、焦燥に汗を滲ませる。飛散する破片の隙間を縫うように迫る弾丸も――当たらない。
狙撃の腕は確かだ。柱と柱の隙間を、ライバーの動きを読み、動き回る中的確な射撃を行う。どの弾も掠りはすれど避けられる。正面の灰熊の猛烈な攻撃に対応しながら、間髪入れず狙撃する死天使を捌く。
死天使は義体の機動力を以って狙撃手の課題となる陣地転換を素早く繰り返す。四階層ある通路を立体的に使い―――射撃点をズラし、気配を消し狙撃する。――が。
「なーんで当たらないのぉ?」
引き金を引く瞬間相手の動きが加速しているように見える。これは。
「読まれてる、よねぇー…」
連携は取れていなかったが、個人の実力が大きい。目の前の赤い
さらに動きを制限する狙撃の眼は、こちらに向いている事実だけを残しその気配を完全に煙に巻いている。これを制するはブラフ、敢えて隙を見せることで射撃タイミングを誘導する。それでも幾度となく義体装甲を掠める。
体術合戦の最中に予測合戦が異様な速度で展開されていた。
金属の弾ける音が響く。天井にあった照明がライバー目掛け落下する、が。巨大な塊を蹴り飛ばし、
それすらを読んでいた死天使は、その場に拘束することを目的としていた彼女は、照明を蹴ったライバーの足を狙撃する。周囲に血が飛散した。
「―――ほう?」
彼はそれを見て微笑を浮かべる。
鉄塊をぶつけられた灰熊は、ふつふつと怒りを内包しながらも、静かに口を開く。
「ねぇ天使………手ェ組まない?」
『あれれ?とっくに
不敵な笑みを浮かべた紅い熊は、
「死ッ―――ねぇぇえええ!!!!!」
彼は笑みを崩さず、黒い雷を纏う。
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