Listen to Our Anger

 格子状の通気口を剥がし、積み上げた荷物を足場にダクトに侵入。匍匐で狭く暗いダクト内を徐々に進む。壁に埋め込まれた通気口は、分かれ道尽くめでアリの巣の様に張り巡らされている。


 施設の地図は持っていない。長年の勘を頼りに突き進むこと十分。武器庫らしき部屋を見つけた。ほんの四畳ほどの部屋だが、左右の棚には自動小銃が立てかけており、拳銃、散弾銃などが置かれている。

 決して外部に漏れてはいけない島だ。不測の事態に備え、それなりの武力を所有している。


 ダクトから静かに着地。テロリスト共に先に荒らされた形跡は無い。


 この後も通気口内を利用すると決めていたため大型の武器は持てなかった。ったのは拳銃とホルスター、ナイフ一本、小型ベストに入れられるだけの予備弾倉だけだ。

 腰に付けたホルスターには投擲武器用のバックパックも付いていたが、その武器庫には爆発物の類は見られなかった。


 ハンドガンは国連軍が正式採用している九ミリ口径拳銃。取り回しが良く、取り扱いが非常にシンプルな上、精度も良い。角度や距離によっては脳殻に阻まれることもあるが、室内でいざという時に使用するなら信頼できるだろう。


 棚に足をかけもう一度ダクトに戻る。それから長いこと部屋や通路を見下ろして回った―――ここはどうやら事務的な用途で使われることが多い建物らしい。実験施設というより情報処理や資料制作、兵舎としての役割が大きいと見た。


 すぐ隣の格納庫とダクトがつながっていることから、一つの建物であるとはわかるが、実験棟は別にあるのだろう。

 地下へ続く道路が正解だったやも知れない。二階部分から侵入した為、一つ階層を下ることとする。巨大な換気扇が屋上で作動しているのだろう、その風向きとは逆に進み、下の階へ続く道を探す。


 一階へ着いて早々、集団の話し声が聞こえてきた。二階では人一人見なかったのだが―――音源へ近づくに連れ聞き覚えのある声が混ざっていることに気が付いた。


 シュオーデル博士だ。ブリーフィング時に顔写真と過去の講義の動画を見せられた。白に染まった髪としわだらけの顔。それでいて活力を見せる、目の奥に意思を燃やす初老の男だった。


 声のする部屋を覗ける通気口を見つけ見下ろすと、広く明るい部屋に、椅子に座り手錠を掛けられたシュオーデル博士と、それを取り囲むように立つ六人の兵士ならざる者達がいた。

 これもまたブリーフィングで見知った顔ぶれ。よりにもよって要注意と警戒されている六人が、全員ここにいる。


 主犯格―――中でもリーダー的存在の『激情の罪シン・ライオット』、スナイパーとして名を馳せていた元スロビア正規兵『死天使してんし』、忍者の手甲鉤てっこうかぎの様な爪を持つ『紅い灰熊レッドグリズリー』などなど、どれも個性的な――言ってしまえばライバーが仲間にしたがるタイプの人間達だ。

 それが一堂に会する場、救出目標をその目で捉えるも、さすがに拳銃一つで突撃できるほど容易な敵ではない。


 「貴様の研究も理解している。だがより直接的に動かなければ事は重大になるばかりだ」

 「何を言うか。お前たちのやろうとしている事こそが奴らの思惑通りだと、何故気付かん!」


 「温和では済まされんと言っている!ここで奴らを消滅させることに意味があるのだッ!協力する気が無いのなら構わん。灰熊グリズリー、こいつを実験棟地下の牢獄へぶち込んでおけ。超圧兵器はこちらで探す」

 「待ちたまえ!君たちは世界を終わらるつもりかッ!!?待て!まっ………」


 真っ赤な義体の義体機人マキナンドに取り押さえられ、博士は部屋から連れ出された。

 「ソウ、外は人形だらけだ――付いて行ってやれ」

 「了解」


 それに一人の護衛が付いた。ゾンビ達はこいつらに敵対しているのだろうか。ライバーは黙ってその光景を見ていた。


 「お前ら、恐らく侵入者はもう来ている。準備しておくぞ」

 「「了解」」


 「……―――!!?」

 ライバーは目を見開いた。無言で衝撃を飲み込む。

 バレている―――これだけ極秘裏に決められた潜入をあらかじめ予測?内通者か、見つかったのか………事件発生以前から計画されていたことか。

 いずれにせよ、予想外の出来事が多い。慎重にならざる得ない状況だ。


 まもなくその部屋は無人になった。通気口を蹴破り、高めの天井から飛び降りる。

 衝撃を和らげるための着地法が妙に格好をつけているように見えるのは気のせいではない。

 相手がこちらの存在を認識している以上戦闘は避けられないだろう、そう断じる彼は――焦燥に思考を回す。


 目線の先には壁に貼られた島全体の見取り図。小さなテーマパーク程の大きさがある島の東側に島の四分の一を占める飛行場。中央西側には四棟の建物と実験施設が立ち並び、中央と飛行場の間には極寒の白い森が広がっている。


 飛行場に隣接する建物はここだけ、つまり実験棟とやらの地下に幽閉されているシュオーデル博士へ向かうにはこの森を抜けなければならない。―――まぁ考えるまでも無く罠だ。


 北側や西側は切り立った地形に、壁と監視塔で守られている。侵入は飛行場側からと容易に想像できるだろう。

 『かくれんぼ』の原理だ。「ここに隠れているだろうな」と思われる場所は隠れやすい代わりに入念に調べられる。逆に「ここにはいなさそうだ」と思われる場所はリスクを負う代わりに一度凌げばその後に受ける恩恵も大きい。


 この場合西側がハイリスク、だが監視網を抜ければ相手の予想だにしない場所から攻略できる。今から海経由で西へ向かうこともできるが―――


 「せっかくパーティしようってんだ。是非とも参加させてもらおうか」




 周囲を徘徊する傀儡の人間を忘れた動き。ビクビクと跳ねる肩、おぼつかない足元は不安を煽る。―――人の形をしたナニカは人の姿を見るや否や。

 「チッ…………ッ!!」

 加速、これまでの愚鈍な動きからは想像もつかない速度で迫ってくる。人間の走り方ではない、何とかバランスを崩していないという滅茶苦茶な軌道で、人体構造を無視する様な動きで。


 首に手を掛けようとしてくる。義体の耐久度を度外視した馬鹿力。リミッターの外れた腕力、握力に掴まれ、苦悶に顔を歪めるライバー。掴まれた左腕を引き、背負い投げの原理で敵を飛ばす。

 意識が無くなろうと、痛覚が無くなろうと――義体であろうと、人体構造を利用すればたやすく重心は崩せる。地に伏せさせたゾンビの腕を折る、が。止まらない。


 ナイフで脇腹の筋肉と肘の内側にある筋を切った。筋力を失い握れなくなった手から逃れ、喉を掻き切る。とめどなくあふれる人工血液、大量失血でその傀儡は動かなくなった。

 「黒雷は使わせてくれるなよ―――そう連発できるものでもないんだ……」


 脳が活動を止めたら沈黙したところを見るに、やはり脳殻を媒体としたウィルスの様なものと推定する。噛みついたり、有線接続を試みたりしないあたり目的は『感染拡大』ではなく『殺害』なのだろう。


 不気味な死体から手榴弾を二つ拝借した。たちの悪い化け物であった鉄くずを見下ろしながら、目の前に広がる針葉樹の森へ意識を向ける。


 ここで待ち受けているであろう敵に想い馳せつつ前進。

 ザクザクと音の立つ雪の絨毯と、それを気にさせない程唸る吹雪で、視界は悪く――木々がさらにそれを悪化させる。


 慎重に、銃を構えた状態で進むライバーは、視界の端にあるものを見つける。

 (…………トラップか)


 極めて原始的な、木とワイヤーを使用した罠。センサー代わりのワイヤーに触れると発動するのだろう。積もった雪に紛れて非常に見つけ辛い。―――簡素ながらよくできている。

 神経をすり減らし、点在する罠に目を凝らしながら、足を取られる雪景色を行く。


 風と雪が葉を叩く音で包まれた森で、白の中に―――違和感。この島にある謎、新物質やゾンビもどき―――それらを経て尚、背筋を氷柱に貫かれる様な感覚とともに、本能が引き金を引く。

 「……ッ!!!?」

 鳴り響いた銃声、弾丸は雪に埋もれる。軽々と躱した『それ』は――――四足歩行の、人間――?


 四肢で身体を支え、獣の様に身構えるそいつは、つい先ほど見た六人が一人。『狂獣人バーサーカー』―――――人間の様に振舞っていた彼は、軍服に身を包む、茶髪の一般兵の様な見た目だが、目は充血し、顔も血が昇り真っ赤になっている。

 よだれを垂らし、開かれた瞳孔が語る。


 狂気そのもの。


 「よォ―――まさしく狂戦士バーサーカーだな。」

 「ぐッ………ガガ………が………――――」


 何かから逃れる様に頭を振る狂獣人バーサーカーは、牙をむいた。特に改造されている訳でもない人間の歯を。


 先に仕掛けたのはライバーだった。九ミリの弾丸を叩きこむ。

 発砲の予備動作に反応し狂獣人バーサーカーは横に大きく飛んだ。木から木へ飛び移り、野生の挙動を見せつける。吹雪の視界不良が助長し、姿はすぐ認識を外れる。


 後方に感じた殺意に身をよじった。背の高い針葉樹から飛び降りる獣は掴みかかってきる。拳銃を持つ手を抑えられ、地に叩きつけられ――――衝撃に歪む意識の中無理やりに蹴り上げた。

 義体のリミッターを外したゾンビ並みの握力を発揮する狂獣人バーサーカーは、右手を離さない。


 掴まれたままで銃を向けられないのなら、相手を射線に入れればいい、と。中段蹴りから、顔面を蹴り上げ発砲。二発の銃弾は獣人の左腕を貫いた。

 「グァ……ァァアアア―――――ッ……」

 軍服は裂け、中のよく鍛えられた腕が露わになる。


 雪の上に赤い跡を残しながら地を転がり距離を取った。


 「……………」

 ライバーは頭をよぎった違和感をかなぐり捨てて、間髪入れず反撃に出た狂獣人バーサーカーを凌ぐ。獣人の名に反しない、獣の如き動きで迫る敵に拳銃を撃ち込むも―――紙一重で躱される。


 迫る拳に光る拳鍔メリケンサックが―――頬を斬った。

 頭蓋に響く衝撃波をいなすようにえて身体を回転させる。


 頭を捕らえたナックルダスター付きの拳を収めることもなく、続けて追撃を掛ける狂獣人バーサーカーは、常軌を逸した表情で、意識を置き去りにした目で―――確かに笑っていた。

 喰らった拳と同方向へ回転しながら器用に回し蹴りを繰り出すライバー。


 獣人は木と地形とを利用し大きな範囲を広々と使い攻撃を仕掛け、黒い鳥がそれを防ぐ。防戦一方だが、狂獣人バーサーカーの方が消耗しているように見える。

 息を荒げた彼の突進を、動きに目が慣れたライバーの九ミリ弾が襲う。もう一度左腕に二発。

 ――肉は裂け、血しぶきが上がる。



 「―――まさかお前……」

 腕を抑え苦悶する狂獣人バーサーカー。腕からは深紅の肉が顔を覗かせている。これは義体の人工筋繊維ではない―――これは生身の……。

 「第一世代……か?」


 狂った自我と、人間離れした生身の身体。第一世代オリジンよりももっと闇の深い存在だ。

 彼は人間とは呼べない。『生物兵器』―――改造人間、ひと時ギャングやテロ組織の間で流行った闇手術による人体強化だ。


 法も人権も何もかもを無視したそれは、使用者の命を酷使して人間としての限界を超える諸刃の剣。クスリに溺れた自我と、強制的に好戦状態に陥る脳は野生の獣の様になる。


 狂獣人バーサーカーは、その改造人間兵器の中でも別格の適応度だった。戦闘をしなければ普通の人間を演じれるほどにはこの身体に慣れている。武器さえ不要な暗殺者アサシンとして暗躍していた。


 「胸糞悪ィ生物兵器か―――同情するぜ」

 「ガッ………ぁ……っ――――」


 極限状態の生物が咄嗟に環境に順応するように、四足歩行から三足歩行への移行を強いられた狂獣人バーサーカーはしかし―――むしろ速度を上げる。

 追い詰められた獣は凶暴化する。まさしく野生の原理の乗っ取った覚醒は、血の尾を引く化け物を強化した。


 「グゥルァァァアアアアア!!!」

 増強された筋力と、使い潰し前提の膂力りょりょくに吹き飛ばされる。

 背が木の幹と激突――――罠が発動した。


 振り子の原理で全長三メートル程の丸太が襲い来る。

 「―――ッ!!」

 揺れる頭で何とか回避する。そこへ息継ぎも許さぬ獣の追撃。進行ルートへ銃口を向けはったりブラフで一瞬の猶予を生み出す。


 余裕のない戦い、息を整えようと距離を取ればトラップが、足を止めれば狂獣人バーサーカーが牙をむく。


 長くは続けられないギリギリの闘いの最中。ライバーは、獣人とは全く無関係な方角へ銃を向けた。獰猛な笑みを浮かべて―――撃つトリガ

 バーサーカーからすると自分とはほぼ真逆の方向へ撃たれた拳銃。ライバーにあと一歩で届く位置で、塗りつぶされた理性が息を吹き返す。本能と理性の狭間で警戒する。

 この男の笑みに恐怖すら感じ―――歩みを止めた。


 刹那。

 全力で警戒する対象とは別の――真横からの衝撃に、質量の暴力で極度の緊張状態にあった脳内は白く洗い流された。数メートル飛ばされ、ボロ雑巾の様な身体を起こす――

 トラップに、おびきき出されたのだ。


 彼はもう限界を迎えていたのだろう。白目を剥き避ける余力すらなくライバーの弾丸を額で受けた。

 頭蓋骨は砕け、音を置き去りにした鉄塊は脳を貫いた。



 沈黙――――

 静かに死した狂獣人バーサーカーは、疲弊の果て―――何処か安心した様に眠る。


 ライバーはそっと彼の目を閉じる。


 「ハァ………――狂獣人バーサーカー、せめて……安らかに眠れよ」


 深々と降り注ぐ雪が、血に塗れた彼を白く染める。

 せめて最後は白の中で―――その赤黒い人生を想像しながら。


 いないと理解する神ではない何かに、祈りすら捧げたい気持ちを抑える。



 最後に一瞥し、昏い森の中を進む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る