Act:4 The Island Where a Demon Dies
The Phantom in the Snow
二一六五年
北方海域/グレンノース島沖
小型潜水推進装置に引っ張られる一つの影が海中を進んでいた。
全身黒の義体に身を包む
<ライバー、聞こえるかね>
<あぁ……感度良好だ>
義体でありながら、凍えるような海水は身に染みる。
ここは北方、ヴィシュトリア共同ユニオンの領海付近で、辺り一帯の海域は年中濃霧に包まれている。海流と乱立する岩礁、そして何より極寒の気候が原因で、古来より『亡霊の海域』として畏れられてきた。
灰の空が白を降らすその様は、美しくも、命を感じさせない不気味なものであった。
そんな亡霊の海域に浮かぶ孤島。『グレンノース島』。
そこは地図にも人工衛星にも映らない島。
<その辺境の島には国連軍の軍事技術開発局が極秘裏に設置されている。裏社会の結社や政党のトップが深く関与しているだけあって表ざたには出来ない案件だ>
賀島帝国軍参謀本部、存在しない筈の第二十四課所属、NOMAD特殊作戦部隊指揮官にあたる矢澤明夫大佐は、その部隊長<ライバー>のコードネームを持つ男に淡々と説明をこなす。
信頼ある長い付き合いの二人はこの日――何の前触れもなく呼び出された。
NOMAD特殊作戦部隊は現在同時進行で中央大陸の某所にある仮称『X』の施設強行偵察任務に就いていた。唯一、伝説の諜報員と呼ばれる隊長のみ―――国連の更に上。
コルアナ連邦もヴィシュトリア協同ユニオンも頭ごなしに、この男が今作戦に選ばれた。
<現在グレンノース島は所属不明の武装組織によって占拠されている。テロリストと呼ぶべきだろうか。奴らは連邦技術開発局の権威、スティーブン・
<
<うむ、シュオ―デル博士の研究内容は公表されていないが、電波やエネルギーを遮断するものらしい。今後の戦争を大きく変える新物質だそうだ。それを利用した兵器開発も行われているグレンノース島には、核弾頭が置かれていた>
<で、奪われたと>
<そうだ。奴らは独自の発射装置を持ち込みいつでも全世界へ向け核攻撃を仕掛けられると言っている、その実、グレンノース島近海で奴らのものと思われる貨物船が衛星写真で確認された。重力波エンジンを積んだものだろう、図体の割りに異常なスピードで島の『影』へ消えていった。>
<影、―――か>
<人工衛星にも姿を捉えられない理由だ。島全体を薄い膜の様に包むシュオ―デル博士の新物質。最悪の場合、この脳内通信ですら届かない可能性がある。>
<そしたら武器装備を現地調達、通信も後方支援も一切無しの単独潜入任務ということになるな>
<すまないな。何せ存在してはいけない島だ>
<いやなに、燃えるじゃないか>
<君の任務はシュオ―デル博士の救出、敵武装組織の核攻撃の可否の確認と、場合によってはその手段の阻止、破壊だ。くれぐれも――――>
雑音と共に矢澤大佐の声はかき消された。『影』の圏内に入ったのだろう。
戻って最後まで聞いても変わりはしないと、ライバーは真っすぐ島へ向かった。
沿岸部。水面から顔だけを出し周囲の様子を確認する。酷い吹雪だ。
数百メートル先には港の様なものが見え、大型の貨物船が停まっている。一般的な貨物輸送船に偽装したそれは、大量のコンテナを積み上げ紅い船だ。
灰色の背景では目立ちすぎる。
あれが例の核発射装置ならば重要目標の一つだが――博士の救出を優先する。
小型潜水推進装置はここで破棄、自動で設定された航路に沿って移動、後に回収される。証拠は残してはならない。
今一度周囲確認を行う。奥には貨物船、その手前に広がる広大な―――飛行場?の様な起伏のない雪に覆われた大地。奥には背の低い山や建物がいくつか見えるが、吹雪が激しく良く見えない。そう遠くは感じない。
――目指す場所はそこだ。沿岸沿いに水中を進む。
岩の隆起する場所を選び、上陸。濡れた
「始めようか―――」
■■■
某国/某所
終わる。
この時を待っていた。
全世界の悲願。
否、全人類史の祈願。
無限の破壊をもたらす黒き雷を。
処して、我らが和平の
全ては人類の栄光の為。
■■■
グレンノース島/南東沿岸
――ひでぇ吹雪だ。
こういった単独潜入任務において、最初に行くべき場所は何処か?
愚問だ。――――『武器庫』であァる!!
信頼されているのはありがたいが、依頼内容がハード過ぎる。難易度BIGB〇SSかよッ!と、ツッコみたくなる心を何とか自制する。
武器装備は持ち込み禁止、唯一持ち込めた酸素ボンベは撤退用に即
いや、正直俺の勘は核兵器以上にヤバい匂いを嗅ぎつけている。
そも相手の都合で勝手に呼び出しておいて、国連軍管轄でほとんど賀島の関わっていない――どちらかと言えばコルアナの方が深く関与しているこの島への潜入に特別に指名され、介入、そして博士救出任務に就かされれたと思えば。
国連のメンツ、実在してはいけない島での戦闘云々で。
一切の痕跡は無かったことに―――。極力戦闘は避け、もし殺害するならその死体、痕跡を処理し………。嗚呼、まどろっこしい煩わしい。
「――――オーケー……取り敢えずは武器。考えるのはソレからだ。ワンチャン皆殺しもソレからだ………―――」
嘆息一つ。吹雪の中じゃあ聞こえねーだろと声にする不満も、妥協案も、武器が無ければ始まらない。まずは研究所に潜入しなければいけない。
吹雪く白に打たれながら這い出――慎重に現状を確認する。先ほどみえた大型の格納庫の様だ。入口手前には大型戦車や物資コンテナ、航空ヘリの本体パーツと見本市の様に何でもかんでも。
だが死角が多そうで何より。
格納庫の正面ゲートが僅かに空いている。梯子で屋上へ向かうことも可能、ダクト、裏口、選択史は色とりどりだが――――
「ここはあえて」
その兵士は、正面を守れと命じられ冬季装備に身を包む
闇を編んだ
脳殻の後頭部よりやや内部に存在する中枢神経機構―――それを一撃。指先間に生じさせた黒雷で麻痺させる。一秒未満で死なないように、慎重に流されたそれは、普通の電撃とは違い
実現可能な
万が一、目を覚ました時に武器を失っていたら侵入者の存在を教えるようなもの、こいつから銃を拝借するのは躊躇われる。
ここはあえて。正面ゲートを突破する。中に見えるのは駐車されている四両の戦車と資材の山。三階層に分かれたそこはだだっ広い倉庫のようだ。重厚な扉から顔を覗かせると―――
「……………」
見えたのは、亡霊の様にただ心無く徘徊する
ゆらゆらと肩を揺らし、おぼつかない脚を前に出すだけの。
――幽鬼。
人間性の欠片も無い動きはどす黒い不気味さを帯びる。
(!?…………まるでゾンビ映画だな―――この倉庫だけでも十人ほどいる。)
明らかに『何かしらの異常』が発生している。それがなんであれ、任務に変更は無く、連絡も救援も、慈悲も――――無い。
思考を巡らせる。はて、あれは何者か?
このご時世『
これで噛まれたら感染、なんて手の込んだ
どうせ感染爆発が起こっているなら正面から薙ぎ払いつつ進撃していいか、許可を取ることもままならない。
纏う空気が変わった。本気の眼だ。瞳を細めタイミングを計る―――そこにいる十二体の敵の視界を予測、それらの一切に触れない一瞬を突いて進む。音は無く、重い義体が軽やかに駆け抜ける。
すぐ手前の中型コンテナから、柱の裏へ――姿勢を低く保ったまま、階段を上り空中通路を行く。一つのミスも許されない繊細な動き。
戦車四両を格納して尚余裕を残す巨大な倉庫、奥側。壁に面する通路にたどり着く。
進行ルートとして選択可能なのは。格納庫から車両用の地下へ通ずる道路が一つ。人間用のエレベーターが三つ。各階にある貨物用通路。
――そして、由緒正しき潜入経路―――ッ!『ダクト』である。
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