記憶の海

ライバーが昏睡状態に陥ってから十日。

未だ反応は無く、目が覚める兆候も無い。

世界は更に荒れる。



 「―――お姉ちゃ、ん……………」

 やぶから棒に、ツキカゲは黒木をそう呼んだ。

 「…………」

 例の真顔で、しかし目の奥で困惑する黒木。


 ツキカゲは、ライバーが昏睡状態になる前に認められた。記憶の精査を終え、敵意や裏切りの計画などは一切なく、唯命令に従い闘っていたことも確認が取れ。

 大佐は、これが隊長の意志だといって手続きのもろもろを済まさせた。


 彼女は戦闘機乗りには向かず、しかし対人戦闘では群を抜いて優秀だ。今作戦では出撃していなかったが、帰って来た隊員達を出迎える形で廊下で待っていた。


 小柄な体躯に長い黒髪を一房にまとめた子供っぽい姿。戦闘用の衣装でなければシノビには見えない。そしてその少女から発せられた謎の言葉に――一同は目を見やる。

 「どういう事だ?ツキカゲちゃん……」

 黒木の目の前でチョコンと彼女あねを見上げるツキカゲに、一同を代表して荒井が聞く。


 「おじさん。が………呼ん…で、いた……」

 「大佐がか?」

 今作戦では後方支援バックアップ班班長の瀧が司令塔の役割を果たし―――実際は現場に出たアイビスがほとんど戦況把握から戦術から何からを提案。瀧はそれの是非を決める程度であった。


 月城と矢澤大佐不在の中行われ――今こうして帰ってきたら呼び出しを食らったというわけだ。


 基地の一室。ライバーが横たわるベッドの周りには様々な機器類が山の様に積み上げられ。心電図の等間隔な音を響かせ、頭には何本かのケーブルが繋げられている。

 その部屋に現行召集可能なNOMAD隊員全員が集められた。一同はパイプ椅子に腰を下ろす。


 大佐から重苦しい表情で調査の結果を読み上げる。


 「まずは銀白色の猟犬クロムドッグが行っていた実験内容からだ。これは……なんとも酷いものだったが。人間の精神に過負荷を掛け、その様子をモニターするものから始まり――様々な構造解析、機械への精神移植実験から――――後に自我の極端に薄い兵士を作り出した。良く命令を聞き、人を人と思わずに殺せる、従順な殺戮機械。そんな特殊兵士―――それがこのツキカゲくんであり………恐らくその足掛かりとなる実験に巻き込まれていたのが、黒木くんということだ」


 「あァ、それで姉貴だと……」

 「そしてこれは『世界の篝火ビーコンの意志』に反するモノとして認識されるらしい。だから彼女は第二世代のまま、第三世代には成れない――入隊条件はクリアしている。まあ分かっているとは思うがね」


 黒木は複雑な顔になっていた。復讐を成し遂げられなかった時からか、ライバーの過去を聞いてからか――少し表情というものを取り戻しつつある彼女の心境は、それはもう混沌めいたものであったろう。


 「『世界の篝火ビーコンの意志』―――に………反す、るモノ?」

 「ツキカゲ嬢ちゃん。おめェ知らねェのか?核兵器とか人工知能がとされる特定の条件のことだ」

 「…………なる、ほど…です」


 「銀白色の猟犬クロムドッグの記憶には穴が多かった。まるでこうなることを予測し、重要な情報はあらかじめ消去されているようだったが………『例の機体』に関わっていたことは明らかだ。彼の所属する組織、仮称『Xエクス』の正式名称も確認した――」



 「―――『超機存在エクス・マキナ』だ」


 黒木は今度こそ衝撃の色を浮かべた。目を剥き、額に汗を滲ませ……自分の犯した罪の根幹を理解する。薄々気が付いてはいた―――彼女に技術を与えた組織と襲撃先が、昏睡状態に陥った場所が一致する。


 昏睡は原因不明とされているが、彼女の注射した『微生物兵器マイクロヴェア』に起因するのは自明――



 黒雷を運び屋にし復讐を実行していた筈が、いつの間にか自分が運び屋になっていた。


 彼女を猛烈な後悔と自責が襲った。

 「…………―――――」


 大佐はライバーの傍まで歩く。眠ったままの英雄の顔を覗き込み。

 「黒木くんから聞いた話と照らし合わせると………どうやらこれは超機存在エクス・マキナの罠だった様に思える。人を利用し、高見から目標が死にゆく様を見下ろす………標的は……ライバー。君だ。」


 一同は驚きと、そして納得を同時に味わう。

 突拍子もない程強大な第三勢力の出現に聞こえるが、これだけで辻褄が合う。



 「―――そしてこの超機存在エクス・マキナという組織、私はよく知っている……いや、私と彼は、と言うべきか」



■■■



 「私が彼から超機存在エクス・マキナという言葉を聞き、それを他言しないよう言われたのは……十六年前。『グレンノース事件』の直後だ。彼はあの日、グレンノース島で奴らと対峙し、それを隠蔽した」

 「………ッ!!?」

 瀧ですら知りえなかった情報に言葉を呑む一行。


 「彼は『何か』を見た。そしてそれは私にも分からん。そこで―――彼の記憶領域を開示しようと思う。一切の情報が無い現状―――彼の記憶だけが唯一の情報源と成りえるだろう。異論のある者は?」


 彼の隠し続けたものをここで無許可に解き明かそう。そう告げる大佐に、アイビスは血相を変える―――が。

 それを冷静に制したのは荒井だった。静かに懐から一枚の写真を取り出した。


 「………荒井、それは―――どういうこと………?」

 「この基地の地下二七階層で見つけた。同封されていた資料には『来葉少尉』と書かれていた。2015年の写真だ」


 「「は?」」

 それは彼が放置区画で見つけた写真。どのタイミングで切り札これを見せるべきか悩んでいた荒井はそれを大佐に渡す。


 「どう見ても……ライバーだな」

 「どういうことだ大佐……あんたはこの人の事情を把握しているんじゃねェのか!?」

 困り顔の矢澤大佐に胸倉を掴む勢いで言い寄る瀧。


 「知らない、というのが事実だ。彼は参謀本部でも僅か数人だけが存在を知る『影』だったのだよ。私がこの地位ポストに着く前からずっと闘っていたことは聞いていたが。その実、表舞台に出てきて良い人間ではなかった―――――いや人間なのかすらもはや………」


 質量を持った沈黙が降りる。

 英雄に対する不信感、という言葉では言い表せないものが胸の中に居座った。

つまり、そもコイツは人間なのか?という。漠然と、恐怖すら覚える。



 重い静寂を破ったのは黒木だった。

 「―――やりましょう。記憶の開示…………」

 震える声で、悲壮に満ちた様子の彼女に視線が注がれる。


 「ライバーさん………言ってました。もし何かあった時、この過去を知らなきゃいけないときは………月城にでも頼んでこじ開けても構わない……って―――」


 今にも消え入りそうな声は、自責が故。

 彼女の独断が生んだ不幸。彼女の入れた異物どくが彼を害している事実。


 それらが織り交ざって、今にも再び感情をとざしそうな彼女に――――



 「お父さんが不問にしたんだよ。あんたの気にする事じゃない……」

 アイビスが肩に手をやり。

 「開けましょう――――ライバーの過去を」

 そう、堂々と言い放った。




 月城の持ち込んだ機器によって、彼女はフルダイブでライバーの脳殻内を泳ぐ。

 前回見たのと同じ羅列する数列やら文字が降り注ぐ闇の中、前と違うのは流れ込んでくる感情が無いとうことだけだ。

 ダイブの様子はモニターを介して外に映し出され、他の隊員達も見守る。


 今にしてみれば納得できる。

 <なるほど……第二世代セカンドの常識を超える情報量ようりょうは………その寿命故、ですか>

 永らく戦った歴史が、脳に刻まれている。しかし―――


「何だね?その言語は」

 見たこともない言語もじがそこらかしこに流れている。ロックされた記憶のほとんどはそれらの言語を使っていた。


 <グレンノース事件当時の記憶を探すのも大変そうですー>

 「いやそれなら―――たぶんアレだと思う」


 人は重要な出来事、衝撃的なことを良く覚えている様に。記憶には優先順位があり、この疑似電脳空間ではそれが大きさで視認することができる。

 視界を埋め尽くすほど巨大な不可視記憶領域ブラックボックスもあるが、現行ロックされていない記憶の中で二番目に、、、、大きな記憶。


 彼からすれば、重要な作戦や戦いは比較的大きな記憶として残っているだろう。

 <――――ドンピシャ!これはグレンノース事件前後を含めた記憶です>



 「あぁ、心して見るとしよう」

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