Act:3.5 病床

二十一世紀、夏

 ライバーさんが昏睡状態に陥ってから五日。原因は全くの不明。


 不在が帝国軍の隙とすら認識される彼を軍事病院に入れるわけにもいかず。極秘裏に処理され、本土中央に位置する時沢台基地の地下室で眠っていた。

 これらの情報偽装のついでに黒木さんの独断行動も無かったことになった。


 NOMAD特殊作戦部隊は多忙を極める、黒雷が居なくとも命令は下りてきた。今日はコルアナ連邦艦隊との小競り合いに参戦。情報戦が弱体化した今、制空権の重要性は群を抜いている。

 タバキア湾の攻撃を受けて、南方に駐屯していたコルアナ機動艦隊が北上、大賢洋中央海域の確保を目的に進軍、賀島帝国海軍の第三主力艦隊と激突。


 最初の一撃を凌ぎ、制空権を確保。現状の戦力で対抗できると判断され、俺たちは帰ってきた。


 彼が寝たきりになってから、士気はあからさまに下がっている。特に会話は無くばらばらと食堂へ行く者が多い。アイビスはライバーさんのいる部屋へ直行するだろう。最近は碌に休んでいる様子もない。眩暈めまいがするほどの心配が伝わってくる。

 「ん?荒井、飯はァいいのか?」

 「はい。少し調べものしたくて……」

 「………そうか」


 そう、俺は今とある情報を探している。

 黒木さんはライバーさんの過去について聞いたらしい。どんな内容だったか聞きに行ったが、「すみません、とても…人に話せる内容ではないです」と断られてしまった。

 それがどういう意味なのか、分からないが―――彼が何を思うのか、少しでも近づきたくて情報収集を始めた。


 ――つまり知りたいのは、『グレンノース事件』以前の彼の動向だ。


 郊外にあるこの基地は、賀島列島の沈没以前からある歴史の古いものだ。ここになら百年前の資料でも見つけられるやもしれない、と。

 自分の閲覧権限を越える電子情報へのアクセスはできない、端末から探すならハッキングが必要となり、無論重罪だ。そんなことは出来ない。


 いま探しているのは広大な基地の、放棄された手つかずの区画。事故があって西側一帯が立ち入り禁止に、復旧こそしたが放置されている場所がいくつも残されているらしい。そこに存在するアナログの資料を求め進む。


 所々電気の切れた薄暗い地下通路。埃っぽいそこは忘れられた末端。

 「ライト、持ってきて正解だった……」

 サイズの割に明るいペンライトで道を照らす。


 外れかかった厳重なドア、奥には整然と棚が立ち並ぶ。ここにしよう。



 ――様々な文献を読み漁る中、やはり現在の世界情勢が頭をよぎる。過去の事件や作戦を知るほどに、今戦争は異常だと改めて教えられる。ライバーさんが撃退した『謎の機体』が、彼の昏睡を合図にしたかのように各地で目撃され始める。


 それの現れた場所では少なからず数百名の損害が出ていた。奴の『呪い』と呼ばれている断末魔を聞くと、戦闘に加わっていない者でも意識を奪われ昏睡状態になるという噂まで流れる始末。


 行方不明者も多発しているし、不気味なことに変わりは無いが。

 外見以外ほとんど情報の無い異形のそれに、皆が恐怖心を抱いていることは明確だ。


 つい先日も、義連軍との戦闘で数機現れたらしい。義連海軍が南方海域に戦力集中を謀っていたところへ攻撃を仕掛けた賀島帝国海軍。――その最中へ突如現れた『それら』は、陣営関係なく戦艦一隻、巡洋艦三隻、駆逐艦三隻を沈めたという。

 熾烈な艦隊戦の末に出るような被害をたった数機で与えたとは到底信じがたいが、アレには常識すらも通じない。


 大佐は逐次情報を教えてくれるのだが―――それがどうも「いずれは奴と相まみえるから覚悟しておいてくれ」と言っている様に聞こえてならない。



 左腕の手術、換装は完了し――何事も無かったかのように使える。


 果たして俺はライバーさんや他の隊員の信頼を取り戻す働きができたのか、正直まだ不安なところだが――

 隊長不在の今だからこそ、正念場なのかもしれない。




 ――二時間程物色していると、一際古い資料の置かれた一角を見つけた。


 「……………」

 これは事件の報告書だろうか。長いこと関係のない資料を読み漁っているが、自分の全く知らない時代の文献を読むことが楽しくなってきた。特にこれなんかは…………

 もう二百年近く前のものだ。

 教科書にも載っていない取るに足らない小さな事件だ――――――


 ん?



 一枚の現像写真がフォルダから落ちた。色褪せ、傷ついたその写真。

 被写体は二人の男だった。服からして当時の賀島軍の人間だろう。いや、当時は『自衛隊』といったか。

 左の男は背が高く刈り上げられた髪で、いかにも正義感の強そうな誠実さの滲み出る顔をしいる。右の男は鋭い目と無造作に伸びた髭。短めのボサボサな髪。


 ライバーだ。



 見間違えるはずもない。若くもない、まんま『今』のライバーさんだ。

 訳が分からない。


 撮影日は………二〇一五年七月


 一世紀どころじゃあない。この時代にすでに現役……?この時はまだサイボーグ技術なんてものは無い。どういうことだ?

 歳を取ってから延命に延命を重ね――全身改造をして尚戦い続けたということか?

 最初のサイボーグ技術の普及って何年だと思ってるんだ……。いや。

 公開されていなかっただけで闇の業界では使われていた可能性はある。


 ――それか、生まれ変わり?考えにくいけど。


 ……この人がモデルの義体を使っているだけというのもあり得る。じゃあ何者なんだこの男。

 ―――――義体の名が………ライバー…?


 背筋の冷える感覚がする。頭に浮かんだ疑念を振り払うように、資料の方を読み進めた。

 「―――立てこもり事件………自衛隊としての出撃ではなく…………武器を所持せずグループを制圧……………功労者、秋山少尉。―――及び来葉らいば少尉。」

 来葉……?これがライバーさん………もしくは――


 語源、モデル。


 明確な英雄だと思っていた男の実像が、少しずつ歪んでいく。知れば知るほどにかすみがかっていく。

 「なぁ………ライバーさん―――あんた一体何者なんだ………」

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