The ancient cowboy & ...
同刻
地下七階/実験隔離棟
そこは数階層分吹き抜けになったような天井の高い、頑丈な部屋だった。無機質なデザイン、綺麗に片付けられた数百メートル四方の部屋は、特に視線を遮るものもない。
部屋中央、一人の女性が佇む。
背中に流れるカールがかった綺麗な金髪をカウボーイハットが抑える。人工革の使い古されたジャケットと、靴を履く
腰に付けたホルスターに収まるは、シングルアクションアーミーを彷彿とさせる、安全装置の外されたオーダーメイドのリボルバー。
彼女こそが超人、
入口から真っすぐ歩いてくる瀧庄次郎、短い黒髪に立派な黒髭。大きめの眼鏡は刻まれたしわと、鋭い双眸を映し出す。彼女は入り口に背を向けたまま―――その男を待つ。
「言葉は……要らないな」
彼は呟く。
背を合わせる二人、言葉は無い。しんと静まり返る広い
古めかしいカウボーイとカウガールは、近代的背景からは浮いて見え、時代の錯覚すら起こさせる。
■■■
―――――十六年前
俺は隊長であるライバーさん不在の中、とある作戦に当たっていた。何やら緊急事態で、極秘の任務に出向いた彼抜きで決行された作戦。仮設名称『X』という組織の、施設襲撃だ。
当時は完全な極秘部隊だったNOMAD、どの国にも属さないと云われる仮称『X』への強行偵察にはもってこいだった訳だ。
ほとんど尻尾を出さなかった奴らの目的は知れないが、その施設が資金源の一つ麻薬精製に関わっているという情報が入った。それを急襲、更なる情報収集、自己判断で敵の殲滅、捕虜の確保、施設の完全破壊まで視野に入れた作戦だった。
ジェームズやその他、当時すでに経験を多く積んだ歴戦の猛者を集めた選りすぐりの七人部隊での突入。
「まずいぞ!
「解ってる、俺らで釣り出すぞ」
薄い顎鬚にスポーツ刈りだった俺と、長めの金髪に同じく顎鬚を蓄えた長身のジェームズ。旧式の電子操作が一切できないアナログな自動小銃で、銃弾の応酬に興じてた。
一人の目撃者も残さずに行われる筈だった作戦は、ライバーさんの抜けた穴埋めで誤差が生じ、半ば乱戦状態になりつつあった。それでも精鋭七名、何も問題など有ろう筈も無かったのだが―――そこに奴は現れた。
姿は見せないリボルバー使い。
<こちらワンダラー・〇二より各位、ワンダラー・〇五と俺で女狐を誘き出す。>
<…………こちらワンダラー・〇一了解。武運を祈る。>
<ポイント四三
<こちらワンダラー・〇四了解>
近代迷彩服、消音性能に優れた装備一式は潜入用に開発された最新の物。夜色に身を包む彼らは―――音もなく、施設内を風のように吹く。侵攻しては銃撃戦を繰り広げ。また姿を眩ませては破壊をもたらす。
中央大陸のとある国、人口密集地からやや離れた山の中偽装したビルに、賀島は極秘裏に干渉した。
当時はシュオーデル粒子なんてものは名前すら聞いたことなかった、高度な情報戦や電子戦の繰り広げられていた時代。まぁこの作戦直後に粒子が世界を覆うのだが。
この頃は脳波や脳内通信まで傍受されかねない状況であり、兵士は
俺たちNOMAD隊員の大半は生身の人間で、過酷な訓練と特殊技能で、機械の制する戦場で相手を出し抜いて生き残ってきた。この時、ジェームズも俺と同じく、電脳化だけ済ませ――まだ生身のままだった。
<ワンダラー・03より各位、ポイント〇三
今では使っていない通信用の暗号名は、技術的、環境的に傍受される可能性が残っていたからこそ用いられた。
潜入した俺たちは麻薬の存在を確認次第その場にブラスチック爆薬を仕掛けていった。突入班の他四人が前後出入口を抑え、目撃者は逃さない。俺とジェームズの目的は、その中でも特に要注意とされていた『女狐』の退治だった。
<ッ…………くそ!ワンダラー・〇四が撃たれた!!>
唐突にイヤホン越しに響いた声には、衝撃と畏怖が感じ取れた。NOMAD隊員とは言え死ぬ時はあっさり死ぬ。だが――――
<跳弾で……狙われた………ッ!!?>
<〇三、ポイント〇二
―――確信があった。この芸当は
「何処に引き寄せる?」
「あァ……ちょうどいい立地だろォよ」
古びたビルの中で銃撃音と爆発音が入り乱れる。被弾したワンダラー・〇四―――平井少尉は腹に二発喰らい、止血剤と圧迫止血で何とか命を取り留めている状態。無人の部屋に隠れ、残りの六名で施設を制圧する。
頑丈な
兎に角正面から渡り合えない以上、より確実性の高い戦法をとる。
目くらまし、待ち伏せ、挟撃。数的不利を覆す、局地的数的有利。分断、各個撃破。そういったもろもろで進軍する俺らは、通信室へたどり着く。外部との暗号通信からビル全階層への放送までできる場所だった。
『あァ……あーあー………狐さんよォ……ちょいと腕試ししてみねぇか?』
姿を見せない女狐に、果し状を送り付ける。ここで叩かなければ、最悪の結果すら見えてくるからだ。
『いい馬だな…………時代遅れの狐が乗るにしては』
そういって放送を切った。これだけで奴には伝わったであろうから。
俺とジェームズはビルの外、密林の木に身を隠した。腕試しなんて発破をかけたが、二対一が理想。真正面から戦う気ィなんぞさらさら無い。
建物の裏側に、
サイボーグ馬と言ったところか。正式に呼ぶなら
林の中には、金属の様に素直で計算しやすい弾き方をするものはそう無かった。時には一度地に着いた弾で敵を屠る。自分とよく似た考えの相手であり、第三世代の演算力があれば確実に俺より
彼女が到着したのはものの数分後。凛とした良く通る声が聞こえた。
「あなたが噂に聞く、極東の
「あァお会いできて幸栄だぜ、
鼻で笑うのが聞こえた。
「勝手にそう呼ばれているだけよ」
俺の声がする方向を向いていた彼女の、ちょうど意識の外。俺とは離れて待機していたジェームズが、意表を突き唐突にライフルで射撃―――――を試みた。
木の陰から身を出し引き金を引くまでの間に、女狐のリボルバーが火を噴き、ジェームズの左腕と自動小銃を捉えた。
「!!?ワンダラー・〇二!しくじったッ」
腕を抑えながら再び身を隠すジェームズの叫びを聞き、こちらも戦闘を開始する。
―――が。
「どうやら出しちゃくれねぇらしい」
見えもしない銃口が、聞こえたリロード音だけで、こっちを狙っていることが解った。向けられた鋭利な殺意を感じる。今の反応速度からして、こちらから仕掛けても太刀打ちできない。
「
ここでジェームズの助け舟が入る。スモークグレネードで俺と敵の間に煙幕を張ってくれた。室外なのもあり完全なものとは言い難いが、的を絞りづらくなるのは確実。
<カバー!>
無線で合図を出し、陰から飛び出すと同時、ジェームズがハンドガンで奴を狙う。
女狐は迫る弾丸を躱しながら、視界にとらえられない煙の奥の俺に対して発砲。
音や経験からくる予測射撃だろうが、その弾丸は見事に俺の脚をぶち抜いた。当たり所の良い奴ではない。左大腿骨をもろに捉えた致命傷だった。
「ぐぁあああああ!!!」
痛みに耐える訓練をしていたとはいえ悲鳴が漏れる。激痛に視界は狭まり、息は詰まり、頭が一瞬真っ白になった。身を隠すものもなく倒れこむ。ここで銃を手放さなかったのは最後に残された意地だろう。
<ショージッ!!!………後は頼む!>
絶望的な状況でジェームズがとった行動。純粋な、囮――だった。
身を隠すことすら忘れ、一直線に
彼女の対応は冷酷なまでに平静。
ジェームズ自身は胴に三発、脚に一発の弾丸を受けた。血を吐き倒れこむ。
人間の域なんてとうに超えた技量に、完膚なきまで叩きのめされた。
――その時俺がとった行動は、常軌を逸していただろう。極限状態、親友が撃たれ、脚は壊れ。白く塗りつぶされた頭の中は復讐で塗り替えられた。
壊れた脚を尚酷使して、悲痛に顔を歪めながら、立ち上がった。正しい、早撃ちの姿勢に。
そして銃はホルスターにしまう。
ウェスタンのガンマンがするように。何故か俺は撃つ前にリボルバーを収めたのだ。
リボルバーの弱点は装填数の少なさだ。六発~八発が標準的なシリンダー。十数発も三十発も装填できる拳銃と違い、圧倒的に
ジェームズに最後の弾丸を撃ち尽くしてから再装填まで―――、一秒と掛かっちゃいねェ。
同時。俺と女狐の早撃ち対決は、彼女がハンデ帳消しにする技量を見せつけ、互角。
俺は右の脚も砕かれ、更に腕に一発貰った。―――だが、ホルスターから俺の全身全霊、恐らく人生で最速で放った弾丸は――――かくて、その超人に届いた。
その後どちらも一命をとりとめ、彼女は姿を消した。
その先の記憶は残ってねェ。作戦は成功したが、身体がボロボロになったジェームズ・クラウドはサイボーグ化を余儀なくされ、
―――そして目を覚ましたら、世界はシュオーデル粒子なるものに覆われており、どこもかしこもクソみたいな混乱に陥っていた。
第二次世界大戦初期並みの通信しか使えなくなった人類は、未曽有の大戦を繰り広げ、血を塗り合い――――混沌に更なる燃料と命を投下する。
結局諜報活動を続けたが、以来
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