血濡れの白熊
戦闘音に交じって聞こえたのはリボルバーの乾いた銃声だった。バレルでなくシリンダーから直接聞こえる炸裂音と、二発を一撃に錯覚させる達人の技。果たしてその弾丸は、壁を跳弾し二人を襲った。
こんな芸当ができる変人は世界で二人しか居ない。一人は賀島帝国軍参謀直轄、『NOMAD特殊作戦部隊』後方支援班、瀧庄次郎班長。
――――もう一人は。
<恐らく……女狐が紛れてるぞ―――>
「ッ!!!?」
西海大戦の影に住まう狐。現在行方不明とされている『
太古のリボルバー、瀧も愛用する型である、安全装置もない
<この場はお前に任せる、地下七階エリアBの実験棟だ。>
「………了解」
瀧は、額に汗を滲ませていることに気が付いた。すぐそばでは荒井が巨漢と対峙している。が、もやは女狐以外眼中にない。因縁か、怨念か―――重苦しい声で答えた。
「荒井、ここ、任せても大丈夫か?俺ァ……」
<行ってください!解ってます>
元から鋭い目を、鋭利な刃物のような凶器じみたものへ変え。
「いま……向かう」
立派な顎髭を擦りながら、
「アイビス、ある程度はこっちで処理してから行くぞ!」
「うん、了解ー!」
飛び交う銃弾の中に、跳弾を加味した殺意が混じる。時折肝を冷やす軌道で頬を掠める弾丸。
下手に動けなくなった二人は手持ちの火力で遠、中距離戦に徹した。煙幕、手榴弾などの投擲武器を駆使し、銃撃で敵を排除していく。瀧の舞台を整える為だ。
――――しかしそんな思惑を知らない姿も見えない女狐は、的確なタイミングで、針に糸を通すような隙を見つけて射撃してくる。戦闘慣れしている、賀島随一の特殊部隊とはいえ、こうも隙を見せられない戦闘は気力を削る。
「あぅもうっ………
アイビスがついつい、普段は出さないドスの効いた、冷たい
「もういい!充分だ、移動するぞ」
あらかた警備兵は息絶え、死体だらけの部屋の中、彼女は立ち尽くした。過ぎ去った嵐の静けさの中……否、嵐の前の静寂の中―――迫る運命の時を、待つ。何故か理解できる、ここで待つことが最善であると。
それは階段を下りて更に深く、地下十五階に到達した頃に起きた。人気の全く感じられない静かで狭い通路、真正面から空を裂く飛翔体が、走る黒雷と少女を襲った。アイビスはナイフでそれらを弾く。
弾丸まがいの速度で飛来するのは―――クナイ。
賀島の化石的な武器、十五世紀前後で忍者と呼ばれる暗躍職が使っていたと言われる飛び道具。弾いた二本のそれを見て。茶化しも、軽口も無く。
「お父さん先行ってて」
そう呟く少女。男は黙って分かれ道を曲がった。「一人で大丈夫か?」と言いたくなる心を抑え、信頼する戦闘班班長に背中を任せる。
通路の奥に現れたのは、腰まで伸びる艶やかな黒髪を一房にまとめ、全身黒の小柄な
元より超人集団とも呼ばれていた忍者を、サイボーグ化した身体で再現したような。釣り上げられた双眸に、冷たく沈み込む自信は、彼女の強さを連想させる。
「…………」
言葉は無く。しかし死刑宣告をしているように見える姿。
アイビスは短く挨拶する。賀島語で。
「御機嫌よう、忍者サン」
ピクリと眉をひそめた女性に、彼女は半ば確信する。恐らくは、賀島人。
「あんた達も国籍とか厭わないのね。似た者同士宜しく。そしてさようなら」
マグナム弾を打ち出す
■■■
同刻
地下五階
ゼェゼェと肩を揺らす荒井は、弾幕の中を駆け巡り、照準をずらしては距離を保つ危うい橋の上を渡り切った。白髪の巨漢の腹に突き立てた刀。刀身の半分も見えなくなるほど深く刺さった刀。
刺突した個所からは血が溢れ出す。一本取った。しかし微動だにしない男を見て、荒井は顔を青くする。
突き刺した刀がピクリとも動かない。刺突から斬り上げることも、力任せに引き抜くこともできない。目を上げれば、その巨漢は―――笑っていた。体の軸を捉え真っすぐに突き刺さったそれは明らかな致命傷。
だのに不敵に、見下ろした視線に、一歩距離をとる。
「残念………でした…ぁ…」
亀のような鈍足で構えられた機関銃からは毎分一〇〇〇発の弾丸が吐き出される。身を翻し、咄嗟に物影に身体を隠す。其処らにあるデスクでは容易く貫かれるため幾つも障害物の重なった場所を選び、思考を駆け巡らせながら自らも駆ける。
幸い周りの部屋は薄いガラスで区切られているだけのデスク群。障害物は山ほどあった。姿勢を低く、しかし全速力で。時折小細工を挟んでは自らの居場所をかく乱する。
戦い辛い敵だ、と内心舌打ちを零しながら。
耳鳴りを強制する射撃音が止み、男は再びゆっくりと喋りだす。
「私は……
「…………」
荒井は、返事をすれば居場所が割れる為声にはしないが、「そりゃどうも」と苦笑いする。
「ですので………本気をォ……出しましょう…」
布が破れる音と、骨の軋むような音が響く。そっと物影から
「…………なッ…!?」
そこにいたのは、四本の腕を持つ人のような何かだった。口元を隠していた襟もなく、上半身にまとっていた白い衣装を引き裂いて、腹に見せかけ格納していた三本目、四本目の腕が姿を現す。
筋肉質で太く白い腕はまさしく
一人の敵というより、一つの兵器と形容すべきその姿に、納得。腕が邪魔して荒井の刀は腹の深くまでは到達していなかった。それでも内蔵は傷つけたであろう一撃は、いまだに血を流し続けている。
「それでは」
四方向同時に射撃され周辺は凄まじい勢いで木っ端みじんにされていく。副腕のような細い補助パーツでリロードをこなしているらしく。乱射が途切れることもない。
その場に留まることは愚策と判断し、走り出す。荒井を見つけた白熊は四本の腕全てで集中砲火。たちまち障害物は跡形もなく破壊される。
本来の人の形を超えた義体の使用には非常に高い負荷が付き物だ。腕二本操るので精一杯の人間の脳が、更に二本動かすというのは不可能に近い。こういった流れで進化して来たのだから当たり前。これを制御しきるのは第三世代ならではの演算補助故だ。
回避の連続の中で、手榴弾を投擲。それは白熊の足元に転がった。
爆破。光と炎、何より殺傷能力の高い無数の破片を散布するそれは、常人の四肢を吹き飛ばし、
――――だが、爆炎の中姿を現したのは、悠然と立つ
それは、想定内。荒井は爆発から身を守るためと、その後の展開で使用するため障害物に身を隠し、爆破直後にハンドガンの弾を叩き込む。胴回りへの攻撃は有効であったが、頭部と脚には弾かれた。
手榴弾の爆発にも耐えうる、まるで戦車装甲のような脚部。
思考を全速で回し、考える。この熊を倒しうる手段を。
手持ちの手榴弾は残り二つ。弾丸が通用しない以上これらでトドメを刺さねばならない。
「くっそッ……」
埒の開かない一方的な銃撃戦に業を煮やし、手榴弾を投げ込む。もう一度足元へ。
「――……フン」
冷ややかに鼻を鳴らす音が聞こえた。心底馬鹿にしたような冷ややかな色を、薄い目の奥に浮かべ。白熊は転がった手榴弾を蹴り飛ばした。
無策に蹴飛ばしたのではない。第三世代の軌道計算で、的確な
手榴弾は、全速力で走る荒井の眼前で――――炸裂した。
<荒井くんッ!!!?>
空中で爆発した
意識が洗い流され、聴覚は塗りつぶされ、混濁した頭でどうにか身を起こそうともがく。
どちらにせよ、彼には見えていなかった。
――――足元に転がるグレネードに。
判断は間に合った。発見から脊髄反射で右手を犠牲にしたのだ。
炸裂。彼を包んだのは爆炎ではなく―――
白む視界と耳鳴りに上書きされた聴覚。
視力が戻りつつある世界で見えたのは、迫る黒い影だった。
鈍い打撲音。倒れたデスクを踏み台に、高く跳んだ荒井。その左拳が
熊の脳裏に浮かんだのは失望感。意表を突き隙を作った末に出した答えがこの程度か、と。
「その……程度……。ッ!?」
彼が見たのは――――背筋を凍り付かせる邪悪なまでの笑み。騙し切ったいたずらっ子の無邪気さを少し孕んだ、それでいて不敵な、邪悪な、自虐混じりの笑顔と。
握られた最後の手榴弾。
―――顔面ゼロ距離で炸裂した爆薬は、顎も左腕も、もろともに消し飛ばした。
顔が半分消し飛んだ
荒井は肘から先が無くなった左腕を抑えた。
「……お前……名…前は……?」
「荒井だ……NOMADの荒井シンだ。」
「そうか…――――――」
意識が完全に途切れるのと同時、腹に刺さったまま抜けなくなっていた刀が音を立てて倒れる。
血塗られた白髪の白熊は。安らかな顔で眠るように息を引き取った。
<荒井くん………>
月城の微かに震えた、心配そうな声が聞こえる。
<止血はこちらでしておきます>
淡々と事務的にそういう黒木は、やはりぶれない。
爆破を受けた影響と、失った左腕。がくりと膝を落とす。
<荒井君、せめて応急処置が終わるまで安静にしたまえ。
「ありがとう…ございます……」
矢澤大佐の落ち着いた称賛。心配と、自虐的な行動への咎めとを押し殺した、いたって平静な声色だ。
荒井は言われるがまま、デスクに背を預ける。
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