地下侵攻の悪魔達

 それは悪魔のような少女だった。

 漆黒の義体に肩にかかる黒髪。蝙蝠コウモリの翼を錯覚させる、人間離れした芸当。


 何名もの兵士が、発砲しては躱され利用され。詰め寄られては切り刻まれ、距離を離されては撃ち抜かれる。四人小隊で行動しても、一人が欠ければその穴へ崩れるように陣形は乱される。

 狭い通路を、壁から壁へ飛び移り、天井ですら床の様に扱う少女は。素早く力強く、可憐な……怪しい美しさを持つ黒い薔薇の様だった。

 

 時折見せる隙の大きい攻撃も、的確にカバーするもう一人の障害。伝説と名高い極東の黒雷が、援護するだけでも場は壊滅する。

 暴風雨の二人は基地を通り過ぎざまに滅茶苦茶にしてゆくのだ。


 研究施設は何処までも無機質な外観に、あちらこちらと収容区画や研究室が散見される。圧迫感のある狭い通路でつながれた、大小さまざまな部屋。

 時には人工筋肉で出来上がった筋肉だるまが。時には『例の機体』を思い出させる謎の物体が置かれている。


 ライバーには分かった。ここでは違法云々の問題以前に―――人類が到達して良い領域を逸脱しようとした研究が多々行われていると。世界にとっての異物を、生み出そうとしていると。


 帝国参謀内でも特に上層の者のみが知る、明確な呼称もない組織、暫定名称『Xエクス』。銀白色の猟犬クロムドッグを追い続ける理由も、この『X』にあった。

 この施設はその組織の核心に迫れるやも知れない。そう六感が告げている。




 西ルートを辿る荒井と瀧は、小さめの小屋から『C-02』へ潜入した。大部分の戦闘をライバーとアイビスが引き受ける分、こちらが本命。情報の少ないこの地下施設の内部構造データを入手し、そこから作戦を柔軟に変更する。


 当面の目的は、『銀白色の猟犬クロムドッグの位置特定』となる。


 一度ひとたび施設内部へ侵入すれば、会敵は免れない。狭い通路、出会いがしらの敵に、内一人はほぼ生身の人間だ。常識的に考えれば、圧倒的不利。

 ―――あくまで常識の範疇に収めた場合は。


 瀧庄次郎大尉、腰に付けたリボルバーは骨董品。そのホルスターも骨董品。眼鏡も身体も骨董品。唯一両脚だけはサイボーグ化された時代錯誤の塊。

 この男の反応速度は―――早撃ちの為に磨かれた技術は。

 脳殻を持ち、第三世代となり、演算能力も思考速度も、身体能力も人間を超越した兵士のそれを―――――――上回る。


 銃を抜かずに走るのは、もはや意地に近い心意気。敵を視認してから、もしくは視認する前に、感知してから。

 SAAもどきリボルバーを抜き、撃つ。ちょうどカウボーイがするように、腰の横で姿勢を低く、撃鉄をもう片方の手で弾きながら―――――達人の、一度の銃声に錯覚させる二発の発砲は―――音を、置き去りにする。


 角を曲がり銃を向けようか、そんな思考がまだ頭でプロセス待ちの状態で、銃を持つ腕と心臓を撃ち抜かれ―――倒れる。哀れですらある敵を見て、荒井は感嘆する。

 それどころか、何か言いたげな視線を向ける。「あなた後方支援班班長ですよね?」と。


 二人の快進撃は続いた。圧倒的技術力と練度で敵を凌駕する瀧と、全身サイボーグの義体機人マキナンドの持久力と機動力で負けじと踏ん張る荒井。なかなか良い二人組タッグである。



 サーバールームの一つを見つけた。ガラス張りの部屋に、幾つかの端末と黒い演算機が並んでいる。ここならば重要な資料も得られるだろう、と二人は扉を蹴破った。


 瀧が、月城お手製の自動ハックプログラムを拡張HDDから流し込む。多少時間が掛かるが、自動的に初期のプロテクトを解除し、『オルクス』の端末と繋げてしまうという代物だ。月城自身の下へシステムが晒されれば防壁は無いも同然だ。


 通路の奥からは、恐らくライバー達が暴れている余波であろう悲鳴やら銃声やらが微かに聞こえる。それは彼らの居る一帯が静寂に包まれていることを現す。

 嫌に静かな中、一人の男の声が。ゆったりと話しかけてきた。


 「あぁー…おとなしく…投降しなさ…い……」

 下手な賀島語で、降参を促すその声の主は、少しずつ近づいて来ていた。警戒の為身構えたその瞬間。


 爆音と硝子ガラスの割れた音が辺りを染める。連続的に鳴り響く重なり合った銃声が―――正体を示唆した。汎用機関銃、一人で持ち運び可能な野戦用機関銃と従来の三脚や銃架に乗せた機関銃としての役割も果たせる―――その火力は支援面、制圧面で非常に優秀。


 荒井が障害物の隙間から覗くと、そこには身長二メートルは優に超える巨漢。肥えた身体は、義体ならば防御に長けているのだろう。顔を隠す襟元をしっかりと閉め、細い双眸でこちらを探している。


 そして片手で機関銃を一つ―――両手で二つの汎用機関銃を抱えて歩いていた。その様は異様の一言に尽きる。

 義体機人マキナンドの筋力を以ってすれば確かに可能である。一人で、昔の一個分隊分の火力を出せるのだ。


 だがそれを実行しよう、とはならない。重量過多による鈍重化、射撃の不安定化………そも、二人に持たせればよい話。

 これらの不利を覆すほどの利点を考え得ない。


 だが―――堂々と歩く巨漢からは、底知れぬ威圧感を感じる。ただの阿呆か、はたまた瀧と同類か……。荒井は考えるよりも先に、答えに辿り着いていた。

 「瀧さん、アレは俺が引き受けます」

 「…………わァった、頼むぞ」


 生身で弾幕の中へ突撃するのは些か無謀というもの、全身改造を終えた荒井の方が適任である。

 「こっちだデブッ!!」


 部屋を飛び出てハンドガンで牽制する。標的を自分に絞り部屋の被害を最小限に抑える。荒井を視認するなり、巨漢の機関銃二丁が火を噴いた。面射撃―――壁に穴を開け、ガラスを砕き、火花を散らし破壊の波を広げる。

 標的を狙っているのかすら疑問符を浮かべる無差別破壊、圧倒的弾数での勝負だ。


 障害物から障害物へ、身を隠しながら横軸に移動する荒井。射撃が止み、ガラガラと物が崩れる音だけが残る。



 「抵抗するようなので―――殺し…ます……すぐにでもぉ……」

 白い長髪、糸のような目と山の様な身体を持つその男は、ゆったりと寒気のする声を上げた。挑発的でもある言葉に――荒井は。

 「こちらも全力で抵抗させてもらうぜ!推して参る!」

 そう返した。



■■■



 銀白色の猟犬に退路を与えぬため、主要通路やゲートを破壊して回るライバー&アイビス組。相当数の兵力を相手取り。

 現れた敵兵を次々と二階級特進させてゆく。


 「くッ………そぉ!!……」

 <Dデルタ・ワン下がれ!出すぎだ!!>

 <ふあつくッ!なぜ当たらない!!?>

 「後退!後退ィィ!!!」


 断末魔の中を駆け巡る少女は、スライディングから、脚を斬り、胴を突き刺し、他の者からの攻撃を煙の様に。当たらないことが当然の様に躱す。

 重要な筋肉、筋、腱を的確に切り裂き、喉を掻っ切る。


 一つの暴風が通り過ぎるとき、もう一つも猛威を振るっていた。

 こちらも右にM1911を持ち、左にはサバイバルナイフ―――手を交差させライトとハンドガンを持つように、刃を相手に向けその左手に銃を持つ右手首を乗せる。

 正確な射撃、45口径から放たれる対義体機人マキナンド用の弾丸は容易く脳殻を破る。脳天から人工血液の噴水を上げる敵兵に目もくれず、次の獲物を狩る黒い鳥。

 接近すれば格闘王と渡り合う近接格闘の餌食に、視線が通れば45口径の餌食に。よく似た親子二人は、地下施設をかき乱す。


 血祭を大盛況開催していると、月城から通信が入る。

 <皆さん!施設の全体マップ解析完了しましたっ!いまそちらにデータを転送します。出入口は全てロック……作戦終了と同時に開錠します。>


 携帯端末に送られたマップに目を通す。C-02は縦に深く広がっているらしい。彼らが居る地点がすでに地下七階、瀧と荒井は地下五階で交戦中。そして銀白色の猟犬クロムドッグが居ると思われるのは地下十五階だ。


 壁を背に、敵の牽制射撃に気も留めず携帯端末を見ていたライバーとアイビスの―――第六感が告げた。否、入り混じる自動小銃の銃声に混ざる――違和感に、身を屈め。

 銃弾が頭上を掠めたことを確認する。

 「……………」


 射線は何処からも通っていない。跳弾だ。コンクリートむき出しの通路に、小さく顔を覗かせた金属部に弾が弾かれたのだ。それを計算して行ったものが居る。

 ライバーの頭にはある存在がよぎる。


 <瀧……お客さんだ……―――>

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