ノック

 空中管制指令機『オルクス』

 円盤状のレーダー群を背負った大型の貨物輸送機を連想させるそれは、回転翼機を一機飲み込める貨物区画を持つ航空機だ。それを優に発着艦させる正規空母『白鷹』の規格は巨大、と形容するのが正しい。


 NOMAD特殊作戦部隊がこれより侵攻するはギレン共国の山脈の果て。有り余った土地の、未だ自然に覆いつくされた人間の近寄らない聖域。そこに目標となる研究施設はあった。

 荷物をまとめてオルクスに積み込み、隊員達は機内で発艦を待っていた。


 「ナノマシンを注射します」

 「あぁ」


 医務室替わりにモニタールームの黒木用ブースに医療機器や器具とベンチが置かれている。長椅子に腰かけたライバーの腕に、義体機人マキナンド用注射器を刺す黒木。

 微生物並みの小さな機械を注入。人工血液に乗って全身を巡る。


 「ありがとう」

 「………」

 事前準備の一環を終え、立ち上がったライバーは礼を残した。彼女は目も合わせず自分の画面に視線を戻す。


 「あっ………ライバーさん」


 部屋に入ってきた荒井が、和解できていない黒雷を見つけ言葉に詰まる。既に準備を終え、タクティカルベストに予備弾倉、投擲武器、ナイフやポーチを引っ提げる。


 突撃小銃アサルトライフルを肩からげ、脚には拳銃ハンドガンを入れたホルスターを付けている。

 そして特徴的なのが背負う『刀』だ。

 

 賀島特有の片刃の両手持ち剣は、古来から伝わる伝統的な武器。刀を持った青年はしかし、SFだと言われれば妙に納得のいく格好だ。


 「お、格好いいじゃないか。似合っているぞ」

 そんな世辞めいた言葉を投げかける隊長に、軽く会釈することしかできない荒井。


 あれ?なんか新人たち冷たくね?と傷心気味になる伝説の英雄。すると小走りでアイビスもその部屋へ入ってきた。ライバーの愛銃、M1911の納められたホルスターを持って。


 「はいライバー…これ」

 「おぉぉ!!ありがとう」

 いつも以上に嬉しそうにする彼につられて、彼女も口元を緩め。


 「これで準備完了ね…」

 ―――と、笑顔になり。



 「待て、言外にハンドガン縛りしろって言ってないか?」

 まだその拳銃以外持っていない隊長に無茶ぶりを振る。


 「今回の作戦は潜入任務ではあるが、同時にある程度正面突破を考えた作戦でもあるんだ。というかお前は完全武装してるじゃないか!まだ何時間かフライトあるんだから準備早ぇよ」

 「えへへ」


 いたずらに成功したような、小悪魔の微笑を浮かべるアイビス大尉。これで本当に敵国からは悪魔と呼ばれているのだから皮肉な話だ。



 <発艦準備が整ったようだ>

 脳内通信ではなく機内放送として矢澤大佐の声が響いた。


 <あぁそれと―――今朝ギレン共国が賀島帝国に宣戦を布告したぞ>


「「はぁ!?」」


 大事な情報を、世間話の一環のように軽々と開示した大佐に、隊員達は声を合わせた。なぜそれを昼過ぎの今言われたのかも疑問だが、それ以上に納得のいく点の方が多かった。


 「そういうことか――」

 <これを受けて作戦内容は大きく加筆修正、正面突破まがいの好戦的なものになった訳だ>


 もともと胸糞悪い実験やら研究、開発を行っていた男の施設。骨も残さぬ覚悟の持ち主達から、武力が無断で国境を超えるというリスクが消えたのだ。わざわざ証拠を残さぬよう極秘任務にしておく理由もない。


 <賀島海では戦闘が始まっている。誰もこちらに気を配る余裕はないだろう……敵も……上層部も―――>

 すなわち――――


 <NOMAD各位、全力で暴れたまえ>



■■■



二一八一年九月八日/午後

ギレン共国/リゥウェンノ山岳地帯

上空



 『オルクス』の後部ハッチを開け、格納庫にはパラシュートを背負ったが、並ぶように立っていた。

 隊長、黒い雷ライバー上位中佐。戦闘班班長、アイビス大尉。戦闘班、荒井シン二等兵。そして、班兵装担当、瀧庄次郎大尉。


 <荒井……お前、悩んでるんだってな>

 <えぇ……………>


 <俺は―――お前に対する不信感も失望も持ち合わせていないぞ。荒井シンをNOMADに招待したことを間違っていたとは思っていない>

 <………………ッ……>


 <見せてみろ……お前の力を―――実戦の中でな>

 <――――………はい!>



 豪風に吹かれながら縦一列に、ハッチの淵まで歩いていく。

 <降下まで十秒前………八……七……>


 秒読みカウントダウンがゼロを示したと同時、身を大空へ投げ出した。


 高度一万メートルからのタイブ、空気抵抗を感じ、四肢と体躯で体制を整える。一面淡い緑の大陸、奥にそびえる山脈が灰の空と地を隔てる。

 視界に映し出されたアイコンが、偽装している技術研究所を示す。義眼ですらない瀧は最後尾に付き先行する三人に合わせて降下した。


 高高度ダイブからの低高度パラシュート展開。HALO降下を教本のような華麗さで決めた四人は、到達目標から一キロ離れた地点に着地した。

 非常に近い地点に降り立ったことが、今作戦の大胆さを物語る。



 着地、パラシュートを破棄し、素早く銃を構える。戦いは既に始まっているのだ。


 <予定通りだ。荒井と瀧は西ルート、俺とアイビスは正面玄関をノックする>

 <<了解>>


 荒井には古参兵として対人戦も経験豊富な瀧が付く。ライバーとアイビスの相性の良さは言わずもがな。本物の親子だと言われても疑問の余地はない連携を可能とする。


 <行動開始>


 目標名『ギレン極秘技術研究所:C-02』は山岳地帯に囲まれた原生林にある。地上に表立った建造物はなく。多少のSS粒子によるカムフラージュと、幾つかの物置小屋に扮した地下への入り口があるだけだ。


 人の気配が全くない巨大な森の中、ぽつりと置かれた物置小屋はこの上なく怪しいのだが。

 誰も来ないだろうと解っていても警備も兵力もある、それだけ大事な施設。各入口には最低二人の完全武装した警備兵。数時間おきに交代されるそれは、明らかに異常な警戒。それがまた怪しさを増す。


 正面玄関と呼んでいたのは中でも大きな建造物、二階建ての一軒家、には見えないコンクリートの塊だ。大きめのトラックも入れるようなゲートがあり、左右の監視塔にはサーチライトと狙撃兵が置かれる。


 上空から見れば屋根に敷き詰められた植物で、一目では人工物とは分からないそれは。あからさまに正面玄関。そして堂々突破すると宣言した者が向かうのも―――


 「なッ……なんだ貴様!!!」

 未だかつて現れたこともなかったであろう侵入者の、隠れる様子すら見せない姿にたじろぐ警備兵。ゆったりと歩いてくる女性型義体機人マキナンドに……否、太もも艶めかしい少女に―――目を見開く。


 ぶらりと下げた両手には、右にハンドガンデイザートイグル、左にナイフ。それを見た敵は困惑しただろう。それを見たライバーはこう思っただろう。

 嗚呼、俺の好きな組み合わせだ、と。


 相手が十代の少女でも、第三世代サードは躊躇しない。感情も倫理も抑え込み、敵と理解した時点で引き金トリガーを引く。


 アイビスは走りだす、敵の視線、射線、力みを観察し、ブラフと瞬発力で、全自動小銃フルオートを躱し切る。二人目の警備兵が、声に反応し、少女の姿を見とめた頃には、彼女は肉迫していた。


 横に大きく振られたナイフは銃を持つ腕を裂き、流れのまま腹に斬撃を喰らわす。一行動アクションはそのままに、相手の裏に回り込むことで、もう一人は誤射を気にして発砲できない。

 首に刃を突き立て、肉壁とし、盾から銃を覗かせるようにハンドガンでもう一人を撃ち抜く。秒を置かずに肉壁の喉笛を掻き切った。


 殺し合いに正しいも、卑怯もない。生き残った者が、勝者が正義だ。


 銃声に駆け付けた、建物裏にいた警備兵は、最初から行動を読まれ――待ち伏せしていたライバーに狩られる。数人の集団を木の上から奇襲、ものの数秒で生きてるものは居なくなった。


 そのころ制御室へ入りゲートを開錠アンロックしていたアイビスにより――正面入り口は開かれる。


 盛大な『ノック』で、戦闘は始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る