Act:3 篝火に集う悪しき正義の欠片達

世界の篝火<ビーコン>

 皆さんもご存知の通り!今、全国的に使われている、この!『世界の篝火ビーコン・システム』!!人類をもう一歩先へ、生活を更なる高みへ!我々篝火ビーコンが、人類が再び集うかがり火となるのです!!!!

 ―――ちょうスーパー汎用演算機コンピューターによって、法執行管理や政策支援などの大型事業から、交通機関から通信監理、電力管理、都市管理システムなどなどなどなど!!この『世界の篝火ビーコン・システム』は一挙にサポート!

 更に更にィ!家計簿管理、節電節水から!ケータイパソコン何のその!あなたの義体もばっちり!一人一人の生活も安心サポート。人類の新たな進化ッ!それがビィーコンシィステェ―――ム!!

人類の第三ステージこそ――――



 デフォルメされた男女のキャラクターが、誇張気味の口調でペラペラと世界の篝火ビーコン・システムの利点を高らかに連ねる広告。何度も聞かされ続けた広告が、食堂の壁にでかでかと掛けられたモニターから流れていた。


 「………はぁ、このCMの事が気にならなく成るだけでも第三世代サードになる利点メリットあるよなぁ」

 深いため息をついたのは、新人NOMAD隊員、荒井シン二等兵。義体をぐったりと机に伏し、鬱陶しそうにしている。


 それを見かねた短い栗毛の月城愛梨は、普段通りお節介を焼く。

 「荒井くん、それ隊長さんとかが聞いたら怒るんじゃない?第二世代のみ採用って部隊を、わざわざ帝国最強にしちゃう人だし。まぁ気持ちはわかるけどねー」


 「何回聞かせれば気が済むんだよこれ……もう何年も変わらない広告、よくもまぁ……根気強いってーかなんというか」

 結局ボヤキになってしまう会話の流れに、その場にいながら銅像のように反応を示さない黒木翔子。


 ―――ここ数日間、白鷹の中で訓練と暇潰しだけやっている新兵三人が、こうして食堂に集まって他愛もない話をする。戦時中の、ひと時の平穏な日々。初陣のショックで碌にものが喉を通らなかった時期は既に終わった。



 「―――――じゃこんな話知ってる?」

 月城が目を輝かせて言った。


 「『亡霊証明ゴーストプルーフ』っていう第三世代にまつわる噂話!」

 

「都市伝説だろう?」「根拠の無い妄言の類ですよね」


 所詮は陰謀論と一蹴する荒井に、ほぼ同世代なのに棘のある敬語で否定する黒木。両名の容赦ない反撃に、彼女は肩をすくめる。



 「ま、まぁいいじゃん!こういう与太話でもっ」

 「おおう、でどんな話?」

 「これは第三世代の身に起きるといわれている、とある現象の話なんだけどね―――」


 第三世代と呼ばれる人類が数を増やし始めて、十数年が経ってから、とある噂が流れ始める。

新たな技術に対する不信感などがその話を煽ったとも言われている。その噂とは、「第三世代義体機人サードマキナンドは、極稀にAIに自我を乗っ取られる」というものだった。


 まるで夢遊病のように、本人の意識しないところで、本人の記憶にも残らない行動を起こしてしまう事件が数件、有ったとか無かったとか。


 これを亡霊に取り憑かれる様子とかけて、幽霊の存在証明なんて呼ばれ方をしていたらしい。義体に入る魂とは別の、もう一つの魂が顔を出す、それを亡霊と呼び、この現象は『亡霊証明ゴーストプルーフ』という名でネットを賑わせた



 これが世界の篝火ビーコン・システムに接続できる第三世代の特徴から、篝火ビーコンの陰謀だとか、政府の策略だとか尾ひれがついた状態で拡散され、事実は電脳の海に埋もれたまま。


 「―――もしかしたら、情報量管理とか感情制限をかけているのは、人工的に作り出されたもう一人の亡霊じぶんかもしれないってこと」

 心底楽しそうに話し終えた月城に、真面目な口ぶりで荒井が応える。


 「むぅ………あながち、単なる噂って訳でもなさそうだ」

 軽く見ていた彼自身も話にノッて来たようで、身を乗り出し気味になって話した。


 「本当に最近第三世代サードの友人から聞いた話なんだが、第三世代の感情制御とかって、自分で考えているのと同時進行で、何処か冷めた考えになったり、むしろ奮起させられる自分が居る様に感じるんだと」


 「……………へぇ。」

 「じゃあやっぱりもう一人の自分が居て……!!」



 二人で子供の頃に戻ったかの様にはしゃぐ姿を、通路を通りかかって食堂を覗いたライバーに見られた。

 時間を切り取り凍り付く荒井と月城。羞恥と後悔に顔を赤くする二人、と無表情を貫く一人を見て―――、一言。




 「スタンド使いかッ……!!?」



 到底理解不能な言葉と人体構造を疑う決めポーズを残し、ぽかんと口が閉じなくなった二人を置いて――消えた。



 新兵荒井シンはここ数日で確信したことがあった。未だ不可解な英雄、理解しようと努めるも、不信感を払しょくしようと心がけるも、和解もできていないあの男は更なる『理解不能ふじょうり』で返してくる。


 その中でも自信をもって真実と言えること、それは―――


 ライバーは、「粋な上官の見せる緊張をほぐす為の軽い冗談」を言っているのではない………ボケている!!何よりの証拠はボケた後にツッコミを待つ間があることだ!QED!


 心中の叫びも聞こえやらぬ。当事者はとっくに居ないのだから。

 「なぁ、月城さんと黒木さんは……どう思ってる?ライバーさんのこと」


 とてててて。と擬音の付けられそうな小走りでライバーの後を追っていたであろうアイビスを横目に、純粋な感想を求めた。共感を―――求めた。





 <NOMAD各位、至急第三ブリーフィングルーム集まってくれ。至急だ――>


 NOMAD隊員の脳内に矢澤大佐の声が響く。数日間続いていた穏やかな雰囲気を引き締める、厳格な声色こわいろで。何事か、各隊員は五分とかからない内に全員集合した。

 最近では珍しい紙の資料の束をもって、大佐が部屋に入ってくる。そのしわを深く刻んだ矢澤の険しい顔が、事の重大さを物語る。――ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえる、静寂が八人を包んだ。


 「緊急事態だ、ライバーの出くわした謎の黒い機体。タバキア湾作戦の後喪失ロスト。帝国参謀本部や諜報機関と情報共有した末、とある存在と繋がった。」


 緊迫感がひりひりと伝わってくる。穏やかな大佐の言葉に、普段は見られない類の感情が感じられる。冷たいほのおのような、寂寞せきばくと後悔の入り混じる声。


 「――――『銀白色の猟犬クロムドッグ』だ。」

 「…………ッ!」

 その場のが反応を見せる。この名に聞き覚えがある、どころか、因縁を持つ者が数名。


 「何年前だ、奴を逃したの………」

 「じゃァ裏で繋がっている組織と『例の機体』に関係があるってか?」


 ライバーと瀧、実際に銀白色の猟犬クロムドッグの事件に関わった二人が感想を零す。淀んだ空気で矢澤大佐は更に続けた。


 「ギレン共国に潜入中の諜報員からの情報で、その銀白色の猟犬クロムドッグがとある極秘研究所で会合を開くことが分かった。極めて信頼性のある情報だ。奴の組織は『不可視アンノウン』、それと関わりがあると思われる機体も『不明アンノウン』。不透明なことが多い今回の案件、我々NOMADでなくては手が出せない―――なにより」


 目に鈍色にびいろの光が宿る。

 「君らも、やりたいだろう?」


 「NOMADと銀白色の猟犬クロムドッグって関わりがあったんですか?」

 荒井が、NOMADファンとして、驚きを見せる。一般には公開されない、軍の中でも一部の人間だけが知る過去に―――興味を惹かれ、同時に聞いてはいけないような。開いてはいけないパンドラの箱を前にしたような感覚に陥る。


 「あったっけ?」

 帰ってきたのは、緊張感に欠くアイビスの返答だった。知ってはいるが戦った覚えはないと。



 代わりに当事者である瀧少尉が応える。

 「あァ、お前拾って割と直ぐ起きた事件だったなァ。まだ外出もまともにして無かった時期だ。あの頃はグレンノース事件の黒幕だの――話題が再燃焼し始めて、俺らは中央大陸から何から、東奔西走。まだ極秘部隊って体制をとったままスパイ活動にいそしんでいた筈だぜ」


 それを矢澤大佐が引き継ぐ。


 「うむ……忙しい時期に少女を拾い監視対象の組織は潰した、と事後報告された私の身にもなってほしいものだ。―――兎も角、そこから長い期間は開けずに我々は銀白色の猟犬クロムドッグと対決することとなった。正確には奴を見つけ、取り押さえようとギレン共国の山奥にある施設へ突入したところ。非人道的な実験が行われており、帝国人民もそこにいたことと合わせ――――」


 やれやれとは口にせずとも態度で表し、自らが指揮する部隊の――信頼を置く‘隊長’に視線を向けた。


 「標的より民間人保護を優先、結果……我々は痛手を負い、奴を逃がした」

 「思い出すだけで胸糞悪い」

 特に詫びれる様子もなく不満を口にするライバーに、大佐は苦笑いを浮かべる。


 「以来一切の情報がなかった重要人物だ、この期に及んでまだ実験施設を回してるとなれば無視できない。歪な化け物の情報もできる限り欲しいところだ。諜報員はその施設付近で、似たそれらしき物を目撃しているらしい」


 「帝国と連邦の戦争にィちょっかい出すやから。ギレンか、ユニオンか……。それとも――――」

 「……裏で、いろいろな事が起きていたんですね………」


 世界大戦は始まった。初激は成功、別の艦隊は既に戦闘を行っているという話も聞く。早くも立ち込める不穏な空気に―――全てを受け止めるNOMAD特殊作戦部隊は、力強く立っていなければならない。


 戦争よりも、もっと巨大な『時代のうねり』の様なものを感じ、自らの立場を再認識する一同。

 過去も未来も含め、あらゆる運命を背負わされる部隊の、その隊長は―――


 不遜な笑みを浮かべていた。


 「さぁ……いっちょ壊してやろうぜ。こんな世界は―――」

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