Act:2 黒き世紀末、果てに、出会い

Episode of a Girl with a Gun

七年前―――


 『グレンノース事件』から約十年、その混乱は勢いを増し中央大陸は平穏とは真逆の方角へと突き進む一方であった。

 内戦、テロリズム、宗教戦争、それに乗じた西海列強諸国の介入、武器の流通、兵器の密売、正義を語る植民地化と傀儡かいらい国家の乱立。


 混沌極める中央大陸の、取るに足らない戦場の一つにその少女は居た。

よわい、十歳前後。


 まだ幼き少女は、『ドゥマライ派武装復刻戦線』というテロ組織の元、少女兵として闘い続けていた。




東の隠れ家付近/聖堂


 「シィちゃん、読み書きの練習しましょ?」

 「うん!」


 あちらこちらで崩壊の色が見受けられる、戦地の聖堂で、一人の若いシスターが数冊の本を持って少女を呼んだ。シィと呼ばれた少女は嬉しそうに駆け寄り、ぼろい椅子に腰かけ―――銃を床に置く。



 簡単に扱え、軽く、性能の良い現代兵器は子供にも使える武器だ。


 簡単に人は死ぬし、簡単に殺せる。


 シスターは何処か悲しそうな表情で、一冊の本を開く。教科書ではない、そんな貴重品はここでは手に入らない。


 「今日はこの本を読みましょ。きっと気に入るわ」

 務めて明るく、倒壊した図書館から持ち出した本を見せた。


 子供にも読める絵本だ。ろくに読み書きも習わずに人殺しの技術ばかり叩き込まれてきた少女は目を輝かせる。


 「わぁ!お姫様だぁ!」

 「じゃぁまずは私が読んであげるわね」



―――むかしむかし、ある くに に、とてもとてもやさしい、王様おうさまがいました。王様おうさまむすめのお姫様ひめさま平和へいわらしていました。しかしある日――


 「ねぇねぇ、へいわって、どんなもの?」

 「そうねぇ……皆が仲良く出来てることかなぁ」

 平和も知らない少女に対し難しい顔で答えるシスターに、好奇心のまま疑問を投げかける。


 「じゃあさ、じゃあさ…この―――」


 「探したぞ!シィ!!」

 楽しくおべんきょうしていたところへ、一人の男が正面入り口から入って来た。


 髭面ひげづらに大きな傷のついた顔、何処へ行くにも完全武装するその男は、強面こわもてながらも優しそうな笑顔で歩いてくる。

 シィは未だ心を許せない男に対し、少し顔色を曇らせた。


 「ん!なんだ、お勉強中だったのか。悪い悪い。」

 「お…お父さん……」

 「何か御用ですか?戦士長リーダーさん」


 「おぉシスターこれはこれは。勉強に付き合ってもらって悪いねぇ。いやなに、シィには後で本部に顔出してもらえれば充分だから、俺はこれで」

 さっさと踵を返し帰ってゆく戦士長と呼ばれる男は、帰り際に振り返り、


 「じゃ、父さん待ってるぞー」

 そう残した。


 「ねぇお姉さん……お父さんってどんなもの?」

 「お父さん?んー考えたこともなかったわ。……そうねぇ」


 シスターは顎に人差し指を当て考える。

 「きっと、あなたの事を世界で一番思ってくれる人かしら……」


 そうとも言い切れないけれど、という補足は心の中にしまっておいて。彼女は続ける。


 「あなたを想って、守って、娘は絶対にやらん!ってムキになってくれる人。ちょうど、この王様みたいに」


 「………そう、やっぱりアレはお父さんじゃない…」

 がっくりと肩を落とし俯いた、天涯孤独の少女。シスターはその小さな肩をそっと抱き寄せた。


 「あなたは…もう戦わなくていいわ。私が守ってあげるから…………」

 「じゃあ………お姉さんが…お父さん?」

 「ふふっ、せめてお母さんにして??」


 ほんの数週間前この聖堂で出会った二人は、混沌の中を生き抜く。少女の境遇を知ったシスターはある計画を建てていた。そっとシィの耳元で囁く。


 「西海も、ここのテロリストも信用できないけど……この近くに賀島という東の国の人が来てると聞いたの。シィちゃんは見た目が私達とは違って東海の人っぽいから、きっと助けてもらえるわ」



 この状況を打開できる、そんな期待と共に底知れぬ不安に満ちた顔になるシィ。シスターは笑顔で言い放つ。

 「大丈夫よ!外の世界はきっと平和で、楽しいことがたくさんあるわ!―――明日、行ってみましょう。ダメだったら他の方法を考えればいいわ」


 その日は勉強を早めに切り上げて、明日に備えることにした。

シィは『ドゥマライ派武装復刻戦線』の本部へ戻った。


 「げっ……シィちゃん銃置いて行っちゃった…………届けた方がいいかしら」




 本部の建物は、ちょっとした林に囲まれてた場所にある。シィはそこそこ長くこの組織にいるので、敷地を囲う壁を護る警備にも覚えられている。

 というか、こんな荒くれ集めたような集団だ、彼女はアイドル的な存在でもあった。


 「シィちゃん!お帰りなさい」

 「最近は勉強熱心だな!」

 「ただいま、ダブさん、ロエルさん」


 正門に警備兵、監視塔の上には狙撃兵、何かと重武装な本部の中へと進んでいく。そいう言えばお父さんが呼んでいたな、と。

 普段戦士長リーダーのいる部屋へ向かう途中で、武器庫として使われている部屋から戦士長リーダーの声がした。手間が省けたとばかりに近づく―――


 「―――んだがなぁ、やっぱり子供の自爆ってインパクトあるだろ。シィは使えねぇからどっかから連れてこいよ、お前。」

 「えーー俺っすか。てか、シィちゃんやっぱり特別扱いなんすねー」


 「あいつな……ここだけの話だが、拾ったときまだ赤ん坊だったのにな………既に電脳化が済んでたんだわ」



 「えぇ!?何かヤバそうなにおいが…」


 「だろ?上層部にすら言ってないんだがな、たぶん裏の組織の実験体とかじゃないかと踏んでいる」


 聞こえてきたのは、普段優しく接してくれた男のほんね

 絶望だとか、失望だとか以前に、まだ十歳ほどの子供――――ただ何も考えられなくなったシィは、立ち尽くし、聞き耳を立てる。


 「それであんなにつかえる、と?」

 「訓練の成果もあるだろうよ。だが確実に利用価値はある。何より…」


 「何より?」


 「売ったらいくらになると思う?はっははは!」



 『きっと、あなたの事を世界で一番思ってくれる人かしら……』


 シィはシスターの言葉を思い出す。理由は分からない、やるせなくなって、その感情を何と言えばいいかも知らなくて。

 ただ、静かに泣いた。心は許せずとも恩を感じていた。血は繋がっていなくとも、孤独な少女にとっては「お父さん」という存在だった。


 「あ?何だよ」

 「名前つけるほど張り切ってたからってきりマジで親面してるんだと思ってやしたよ」


 「はぁ?『Cシィ』なんてただの記号だろうが」


 そんな想いなど一蹴する発言に、限界を超え―――


 廊下を歩いてきた隊員メンバーの一人がいつもの様に、気さくに、声を掛ける。


 「あ!シィちゃん!!」

 ―――シィは、全力で走り出した。


 部屋から慌てて飛び出した戦士長には彼女の姿は見えなかったが。

 「クソ!!!聞かれてたのかッ!追えバカモン!逃がしたら承知しねぇぞ!!!!」

 怒りに任せ怒号する、自らも後を追いつつ通信機で正門の警備兵へ連絡した。


 「おい警備!!もしシィが出ていこうとしても絶対に通すな!!!」

 <え、え?どうかしたんですか?>

 「脱走するかも知れん!」


 建物から正門までそう長い道のりではない。走ればほんの一分ほどで着く。


 シィは、警備兵と戦士長らで挟み撃ちにされていた。逃げ場はなく、銃もなく、生身の子供が大人の義体機人マキナンドに勝てる道理もなく。零れる涙と嗚咽交じりの声で、


 「何で!何で………なんでなんでなんでぇ!!!!!」


 そう叫ぶ他なかった。


 「まぁ落ち着けよシィ……話せばわかる」


 「分かんない!分かんないもん!!」

 無理やりにでも突破してやろう、さもなくばここで死んでやろう。とにかくこの人の思い通りになることだけは嫌だと、幼い少女は正門へ駆け―――


 その奥にいるシスターの姿を見た。



 「お姉さん!助けてぇぇぇ!!!!」


 彼女の選択は、理屈でどうこう言えるものではなかった。ただ目の前で、悪い大人に囲まれた、幼気いたいけな少女が涙で顔を濡らしてる。


 だから救おうと、そう思った。その手に持ったAKを、不器用に構えて。



 「走りなさい!!!あなたの未来の為に!!!!!」


 制圧射撃を知っていたわけではない。ただただ下手くそで我武者羅な乱射は、そこにいる者に平等に降り注ぐ。

 即座に射線から逸れて正門を乗り越えたシィは走る。ひた走る。


 どこへ行けるか、奴らを撒けるか。分からないが兎に角走った。爆撃と自爆テロと戦車戦とゲリラ戦でボロボロになった町を駆けた。


 目に入ったのは、一つの車とその近くで話をしている三人の男だった。車はどう見ても軍用車両。男たちの風貌は現地の人間でもなければ西海の人間でもない、真っ黒な義体機人マキナンド


 少女は一つ賭けをした。その男たちのところへ走る。


 「何だ君、止まりなさい!」

 三人のうち二人は、咄嗟に近づいてくる者に銃を向けた。自爆テロだとでも思われたんだな、と少女は少し悲しそうに両手を上げ止る。



 唯一、微動だにしなかった長い黒髪を雑に後ろに流し、ズボラな髭を生やした男が、優しい顔で歩み寄ってきた。警戒心を一気に解かれるような表情で、膝を折り目線を合わせ。


 「助けが必要いるか?」


 そう聞いた。

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