格闘の王

 藤紫色の光―――強制的に活性化させられたシュオ―デル粒子の放つ光。


 重力波機関エンジン内部や、SSフィールド発生の際に見られるその特別な光が今、ニコラス・アンダーレイの義体からだから――


 <何だこれは!SS粒子活性装置の小型化は今世界が求める技術だ…完成していたのか………!?>

 <人型に付けていい兵器じゃねェだろうよ。冗談キツいぜ全く……デタラメへんたい技術者が>


 部隊通信に流れてくる矢澤大佐や瀧の焦る声も耳に留まらない。目の前の脅威から意識を逸らすことを本能が許さない。


 「今になって本気か?められたものだ」

 「わしが貴様と闘いたかったのはァアあくまで格闘王として、だァ!!!」


 徐々に上がる威圧感、輝き。

 ずん、と重い音と共に踏み込み、地面にひびが入る。


 「武器を抜けライバーァ……こっからはわしらの格闘たたかいではァない!!国の代理戦闘だ!!!」


 一歩―――

 たった一歩の突進が。


 ライバーの反応速度に追い付き、一撃。顔面に拳をめり込ませ、盛大に吹き飛ばす。遥か飛ばされた身体が激突し、へし折れた鉄塔が破壊力を物語る。


 光も、衝撃をも歪ませるシュオ―デル粒子の方向変換特性で、空気抵抗、重力も何もかもを推進力変える試作義体。


 その速度についていけないのは使用者もまた同じ―――



 「ゼェ……ゼェ…ゴホッ」

 人工血液を大量にぶちまけ、朦朧とした意識に頭を振る。


 折れた鉄塔の傍―――土煙の中立ち上がるライバーがキレた唇から流れる血を拭き、


 「……ッ……。大したもんだな、シュオ―デル…………」


 ニコラスを一瞥、睨み付け、構える。

 ―――素手で。


 <ライバーさん!もうソイツに義理通す理由はねェだろ!?>

 <隊長さん……>


 <…別に頭打っておかしくなった訳では無いようですが>


 ニヤリと獰猛どうもうに口角を上げる黒雷、高揚感すら覚えたという顔で笑う。


 「武器を抜けと言っておいて、未だに奴はあの粒子マジックギミックだけで通すつもりらしいじゃないか。そりゃあコッチだってで対応しなきゃあな」


 命を燃やし、今一度光を放つニコラスに身構える。反応速度ギリギリか、それを超える攻撃。反応出来ないのならば、予測するまで。防げないのならば―――



 黒い雷と異音を起こし、右足を地面にあえてり込ませ、突進のタイミングを読み―――地面を……めくり上げる。


 心の中で呟いた、秘儀ちゃぶ台返し、と。武器を使っていいのなら、あるもの全てが武器である!と。おおよそ一〇メートル四方の巨大なたてを作り出すもあっさり砕かれ突破、その先に待つのは―――


 人の身で、折れた鉄塔を担ぐライバーの姿。


 「むゥん"ッッ!!!」



 投げ槍の要領で鉄塔を突き刺す――が、咄嗟に上げられた疑似SSフィールドの出力は、この質量の物体を捻じ曲げ、あまつさえ完全に停止させるに至らしめた。


 届かない、だが彼の動きを止めて見せたのは確かだ。


 今にも息絶えそうなニコラスは……、だ―――燃える。



 無理を押して急加速、その動きを読み躱したライバーの後ろで急停止。背後を取る形となり、義体の悲鳴を無視し大きく一振り。


 手刀、横薙ぎ。意図したか、無意識か、活性化粒子を指先に集中させた手刀は鉄をも断ち切り、斬撃を――――飛ばす。



 ほぼ脊髄反射のみで反応したライバーは辛うじて左腕で頭を庇う。斬撃は腕の装甲を容易く裂き――深く傷を残した。


 「…く………」

 噴き出す鮮血に目もくれず。


 「……へっ、其処そこ、危ねぇぞ」



 攻撃を終えたニコラスが立っているのは、黒雷が居た直ぐ後ろ―――彼自身が止めた鉄塔の残骸のかたわら。

 光の無い稲妻を帯電した、鉄骨に囲まれたばしょ


 残骸からライバーに収束する黒い雷が、格闘王を貫いた。

 「かッ……ハ……………」


 彼は膝から崩れ、倒れる。異界の電撃に晒された身体は、ろくに力も入らない。


 焦点の合ってない目で、自分を打ち負かした男を見上げた。

 「…まだ、敵わとどかぬか………格闘王のプライドを捨てて、尚……」

 「経験値の差だ」


 哀愁帯びた顔で、そう静かに言うニコラスに、


 「時代と共に前提も、常識も移り変わる。お前の義体からだは、お前の実力の一部だ……最期の闘いも、『格闘』だった―――」

 ゆったりと言い聞かせるように語る。


 「お前は、格闘王として死ぬ。」


 「……はッ………わは……っはっはっは……」

 格闘の王は、最期の力で仰向けになった。


 「…空ァ………賑わってンな…ぁ………―――――」



■■■



 <左腕、止血と配列応急処理は完了しましたが、骨を片方切断されているので無理はしないでください>


 「あぁ、わかった」

 ライバーは光学迷彩で透明になっている隊員の仇無人四脚戦車の脚に立っていた。装甲の隙間を探し、ナイフで突き刺す。そこから脳にあたるAIへ続く電子回路にハックする。


 コルアナ軍部の秘密兵器、試作段階で表に情報の無い無人兵器だ――セキュリティは一流、数多の防壁が張り巡らされている。ここでようやく出番なのが、


 「月城、頼む。俺越しで構わん」

 月城愛梨という天才ハッカーだ。

 <いいんですか……?私のハッキング方法スタイルだと私の電脳で隊長の脳殻の中を通ることになりますが>


 「フルダイブ、承知の上だ。期待している」

 <わ、わかりました!張り切ってまいりますっ>


 月城が取り出したのは頭をすっぽり覆うヘルメットの様な、無数のコードを生やした装置だった。椅子を倒し、ほぼ寝そべる形で力を抜く。


 <ダイブシステム基準値、正常。脳波、異常なしっと。中枢神経、接続します――>


 彼女は電脳に潜った。羅列する数列やら文字が降り注ぐ闇の中を浮遊している感覚。細かく見ている様で、俯瞰している様で、訓練を積まねば気が狂いそうな情報の深海で、見たこともない様な言語も混ざる混濁のなか。

 器用にコール語で書かれたコルアナ軍のコードを、謎解き感覚で一つずつ解いてゆく。


 (うわぁあ……流石コルアナ連邦最高峰のセキュリティ。防壁が細かい……し、ダミーの量が凄い―――でも何とかなるっ)


 手慣れた手つきでロックを紐解き、よそ見する余裕すらあった。本来、人の電脳に繋がった場合、有線でも記憶や感情が流れてくるものだ。フルダイブともなるとそこら中に記憶の片鱗が浮いているものだが――


 (妙な感覚………ほとんどの記憶メモリーにはロックが掛かってるし、とんでもない情報量………隊長格だから?人間一人の……第二世代の持てる容量じゃない。それに―――そのどれもから、悲しい気持ちが伝播でんぱしてる)


 「月城、俺の感情に流されるなよ?」

 <え、はっ…はい!>


 月城は疑問をねじ伏せるように作業に集中した。ハッキングの進行率が70%を超えたというゲージを見て、無人四脚戦車の推定情報に目を通した大佐がライバーに通信を繋いだ。


 <良いのかね、彼への手向たむけをシステムダウンと電脳ウィルスだけで済ませても。君の無念は―――>


 「言ったはずだ。これは仇討ちであって仇討ちではない、無人機に怒りをぶつけても今はまだ……不毛なだけだ」



 ハッキング進行度が100%に達し、月城は無人四脚戦車のコントロール権を掌握した。軍の最高セキュリティの一環、データベース程ではないにしろスーパーコンピューターでも数日はかかるといわれる最新の防壁をいとも簡単に突破した。

 人間離れした技術と珍しいブルダイブハックの手法を見れば、月城がNOMADに選ばれた理由は歴然。


 無人兵器の情報やシステムをコピーし鹵獲、コントロールを奪取、トドメに強力な電脳ウィルス(月城お手製の)を置き土産に残した。



 月城はとある操作権をライバーに譲渡する。

 <隊長さん…これを……>


 「こいつは………俺の仕事じゃない、ずっと奴と時間を共有し続けた瀧のやるべき事だ」


 <り、了解です。瀧少尉に、敵無人対空兵器の自壊システムのコントロールを譲渡します>

 瀧の画面に表示されたのは、この無人兵器の秘密保持の為に取り付けられた自爆システムのスイッチ。


 プログラムや重要機関を破壊する程度のものだろう。その是非を問う画面の横に表示された四脚の戦車は、細い脚のわりに大柄な図体をしており、車体よりも長い砲を持つものだった。



 目の前には親友の仇の姿、そしてそれを殺すスイッチ。

 瀧の目が一瞬復讐に燃える。しかし目を閉じ自らを御す。自身に問う、はたして怒りに任せた仇討ちが戦友ジェームズ・クラウドへの手向けになるだろうか。


 彼はあの世で笑えるだろうか。瀧は硬く握りしめた拳を開き、静かにEnterキーに指を重ねた。



 「ライバーさん……あんたなら何を想う」

 <――思い出………とびきり楽しいヤツだ…………>


 「時々女々しいよな、あんたは」


 目をつむれば浮かぶよう、訓練兵時代、厳しい訓練の休みにはよくくだらない話をしていた。初めて会ったときはあまりに友好的フレンドリーなジェームズに瀧は距離をとろうとしたのを思い出す。ヘッドホン越しに聞こえる、懐かしい会話……。


 (君は瀧くんだったっけ?)

 (…珍しいな、金髪。)


 (俺はジェームズだ、君は?)

 (瀧だ、お前ェ自分で呼んでたじゃねェか)

 (違うよ。違う違う、下の名前さ)


 (………………庄次郎だ、瀧庄次郎…まったく、西の呼び方には慣れねェ、金髪野郎)

 (ジェームズだと言っただろう!)


 (俺とお前だけらしいぞ、第二世代セカンドで留まるのは。まぁ何かと共通点はありそうだ。金髪野郎、俺がお前を認めたら下の名前でもなんでも呼んでやるさ)

 (ふふ、そうか…ならするかい?VR模擬戦……空中戦で、はは)



 瀧は穏やかな顔で、そっとEnterキーを押す。ライバーは目の前で、脚や胴から小さな閃光と煙を吹き倒れる無人兵器を睨み続けた。

 「ジェームズ…もう少し待っていてくれ、俺も使命を果たした後お前を追うからな………」

 (お前はしばらく来るな)


 「…………」


 瀧にはジェームズの声が聞こえた。それが記憶なのか、彼自身の妄想か、はたまた魂の声なのかは、ついぞ分からなかった――――

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