近接格闘術の果て
腕を組み堂々の仁王立ち。
空を飛びかう
俗に言う格闘王、ニコラス・アンダーレイ。
「わしの後ろにィお前が狙う対空砲があァァァァるッ!!」
「これはこれはご丁寧に、そこ…どいてくれ」
面識のある二人は旧友を迎えるかの様に近づく。
ライバーが銃を収めたのは、目の前にいる武器を持たぬ男に対する礼儀故。短い金髪にバンダナを巻いた大男は、(人工)
航空機にすら使用される
更に第三世代の演算能力を以って、近接戦闘はいよいよ、互いの
軍の教官となって以来数十年、唯一「決着がついていない」と言わしめる男―――極東の黒雷との再会に、世界情勢も、軍の意向も、帝国の攻撃さえ気にも留めぬと喜ぶ姿。
圧巻の気迫。
「ここを通りたくばッ!このわしを倒してから行けぇぇえい!!」
大きく、但し隙は無く。大胆に構えた大男。
「熱くなるなよ。ニコラス・アンダーレイ……、賛成だ。ここで白黒つけようか!」
小さく、中国拳法の様な構えをする黒鳥、黒雷。
――――音もなく。
火蓋を切ったのはニコラス、大振りな左フックはフェイク。腕を掴みにかかる。
その勢いを掌で水の様に受け流し、流れるままに腕を絡ませる。
人体構造的に曲げてはいけない方向へ捻じり相手の力を乗せる、筋肉が人工のものになり、身体が
大男は容易に宙を舞った。空中、冷静に左腕の自由を奪ったライバーの腕を肩ごと掴み、相手をまるで
倒れれば息継ぎをする暇もなく追撃がくる――手本のような『受け身』、掴まれていない手と残った脚で反撃。
黒雷は背を付いた状態から、ブレイクダンスの様に回り蹴りを
彼が勢いに身を任せ立ち上がったところへ突きが刺った。
顔面に食らった衝撃を全身でいなし、その回転力で足払い――するが、ニコラスは空中へ回避などはせず、重心を低く保ち、これを真正面から受け止める。
ぶつかり合う脚と脚、剣撃の音が鳴り響く。
倒れずとも体制を崩したところへつかさず、肘鉄、手刀、掌底、目に留まらぬ速度で連打。
そして――――これを捌ききるのがニコラス・アンダーレイという男。
軍で使われる格闘術だけでなく、大陸の武術を取り入れた故に実現した手捌き。
高揚と興奮とで、口端を吊り上げていても尚、何処までも冷静に、見ている。
しかし、不意に弾かれた拳を掴まれては、腕、肩、足の三点で華麗にひっくり返され、反撃の反撃を躱され反撃される。
攻勢守勢の区別のつかぬ戦闘、妙に落ち着いた水鏡の心でニコラスは思った。
「相も変わらず戦いづれぇえ男だ!………その武術…独学じゃァあるめぇなぁ!!?」
距離を取り思わず疑問を口にする。戦いのセンスの塊である彼には、確信めいた違和感があった。それは――
「動きの端々から見えるその統一性のない
『漢は拳で語る』とはよく言ったものだ。今この瞬間、彼には伝わったのだ、ライバーの奥にある闘争心とは裏腹の、冷たく抱えきれない矛盾を。
「ご名答、お前の知らない武術だの暗殺拳だのを知っている、長生きなのさ、それだけだ」
古武術、合気道、空手、中国武術、システマ、シラットなどはもちろんのこと、
リストに挙げていては途方もない数の武術を踏まえた上で構築された戦い方。動きが読めない訳である。
『一』を極めたものは、『百』をも凌ぐと言うが―――もし仮に、『百』を極められたなら……。
「義体に気功が無いのが残念だが……」
ニヤリと不敵に笑う黒雷――つられ格闘王も口角を上げる。
「わっはっはぁあ!!!面白い!何年ぶりだァここまで楽しいのはァ!!!!」
ニコラスは改めて構えなおした、左は頭を、右は顎を守る基本に立ち直り―――迎え撃つ、得体のしれない者を。ライバーは力を抜いた先程と同じ型。
緊張が火花として可視化されそうな空気の中呟かれた、
「相まみえようぞ」
言葉は、置き去りに。
拳は
仕返しとばかりに視覚外から足を払われ空中で一撃、重たい膝蹴りが背中へクリーンヒット。
ここへ来て、ニコラスは速度を上げた。
「ッははぁ!!!」
心底楽しそうに笑う。
互いに幾度も殴打と
拳に心を乗せ。
どちらが頑丈か?という問いを。
二人、向き合い
パァン…………――
破裂音に似た音が、飛行場に響き渡った。格闘王の腹に突き立てられた黒雷の拳は、身体の軸から真っすぐに伸び、腰は低く、両足をぴったり地面につけた状態――
腹筋、丹田、足、顎に、何十
「気功は無いが、呼吸法は使えるのだ……王よ」
「ゴッファぁあ………ァ………」
口から異常な量の血を噴き出したニコラスは、その場で両ひざを付く。
「ゥ…………わ…はっハ………見事だ」
口は笑ったまま、真剣な眼差しを向けるその男は、悟った。
ここで尽きるのだ、と。ライバーは黙ってそれを見守る。
「負け……とはまた、懐かしいぃ…なぁあ?」
今にも倒れそうな血だらけの
口周りの血を拭い、今一度大きく口角を吊り上げて見せ、
「良ォい戦いだったぁあ……貴様の勝だライバーァァ!!」
「あぁ」
戦場のど真ん中であることを忘れそうな、満面の笑みで握手を求めた。これに同じく笑みで以って応える。
敬意と共に握手に応じ、彼は勢いよく背を地に打ち付けた。
ニコラスの奥にあるという
<大丈夫ですか?ライバーさん………腕、結構消耗しています>
「黒木か、今は大丈夫だ…月城、すぐにでもハッキングを―――」
「貴様の勝ち、わしの負け…………これは格闘王としては、だ」
辛うじて聞き取れる程度の呟きと、否応なしに肌身で感じた刺すような殺意に振り返る。
そこにいるは人工血液で義体を濡らした、装甲パーツの隙間から藤紫色の光を漏らす、格闘王。否、ニコラス・アンダーレイだった。
「貴様の勝利にィィィイイ!敬意を以って!残るこの命、偉大なコルアナの為に使うとするッッ!!貴様は強い!すこぶる強い!!よって!!!!」
「わしの全力というヤツを、見せてやろぉぉぉおおおおおお!!!!!!!」
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