予備始動、発艦

 時は二一八一年…――永らく続いた平和は終わりを告げ、今や百年前の人類が夢見た世界平和なぞ片鱗もない。大陸では内戦や反乱、紛争が日常化し、それまで安定していた核保有国も煽りを受け、世界大戦を覚悟する。


 第三次世界大戦終結後―――疲労し切った人類を救ったのは『世界の篝火ビーコン・システム』と呼ばれる万能支援システムだった。


 経済、交通から、一人一人の生活までを、膨大な演算力で以って助ける、という代物。これにより先進国はひと時の平和を手にする、が――現実とはくも思い通りにならないものである。




 ―――十六年前『グレンノース事件』発生。

 この事件をきっかけに『シュオ―デル粒子』という新元素を含む物質が、世界の空を覆った。この影響で、完全情報社会と化していた22世紀において人類は情報戦の利を失い、成層圏に貼られた濃密なSSシュオ―デル粒子の傘は、人工衛星や衛星兵器との通信を完全に遮断した。


 大気中に存在する微量とは言えないシュオーデル粒子はレーダーや誘導機を無力化するに留まらず、極端な通信距離の縮小や非サイボーグの行動制限などを余儀なくさせ―――戦術はおのずと20世紀まで逆戻り、鋼鉄の時代が到来する。


 21世紀後期、サイボーグ化した『義体機人マキナンド』は軍用や危険な職場だけでなく、一般人にまで浸透―――体調不良や病気から解放されると、先進国では一般義体の使用者が人口の大半を占める。


 そんな先進国の一つ、極東の島国『賀島かしま帝国』に対し世界最強と謳われる『コルアナ連邦』は最終通牒を送る。

 輸入制限、ことこの時代においては、資源不足は国民の死を意味する。追い詰められた賀島帝国は、眼前の障害コルアナ連邦を排除する道を選んだ―――――



■■■



 Fi-24の重力波エンジンの予備始動―――尾翼下にあるエクゾーストノズルから藤紫色の微光が漏れる。それに伴い、噴出孔の周りに揺れ動く虹がかかり、奥に映る機体が歪んで見える。


 これは熱気によるものではない、重力波エンジンの無理やり歪めた重力が日光を湾曲させているのだ。不自然な虹もまたこの影響。

 第一次攻撃隊、その中でも作戦開始後一番最初に離艦することになっているライバー機は、隊長機として特殊塗装が施されている。


 他のFiが単調な灰色なのに対し、群青色ベースの洋上迷彩隊長機。

ライバーの乗るFi-24はリニアレール式のカタパルトに固定される。

 <第一次攻撃隊、発進まで残り一分>


 空母白鷹に乗る全乗組員へ向けられた通信が響く。途端、バックアップのために先んじて空中指令管制機『オクルス』に乗り込んでいた黒木から通信が入いった。

 <ライバーさん、ちょっといいですか?>



 機体背面に円盤状ドームを背負った空中指令管制機オルクスは、レーダーや人工衛星が使用できなくなった現在では人工衛星の変わりを務める。

 今作戦、数機派遣されている空中指令管制機―――内一機、オルクスはNOMAD専用機だ。


 医療分野に置いて追随を許さぬ成功を収めた黒木は、後方支援バックアップ医療担当メディックとして心拍数などの義体機人マキナンドの詳細や、機外カメラの映像、脳を分析した精神状態のグラフの羅列した画面に囲まれ座る。


 <ライバーさん……心拍数、安定し過ぎじゃないですか?>

 黒木が抑揚のない声で通信した。心拍数を現すグラフの小さな差異にも気づく黒木の観察力は、その違和感を見逃さなかった。


 パイロット意識とリンクした戦闘機のシステムが、スポイラーなどの動作点検を済ませる。機体背面、側面、腹面にあるありとあらゆる通気口や重力波姿勢制御システムなど、すべての稼働パーツが一度に動く様はロマンを感じるものだ。


 少しづつ出力を上げるエンジンが機体を揺らす。


 「もう慣れたものさ…お前達こそ、オクルスの機内は快適か?」

 能天気とも言える質問を投げかける隊長に、開戦に伴い上がっていた隊全体の緊張感が多少解ける。その質問に月城が答えた。


 <快適ですよー、使いやすいモニター配置には助けられますし、騒音は相当抑えられてますし、空調は聞いてますし…この部屋にはドリンクサーバーもあるんですよ♪>

 <おぉ羨ましいな!コックピットこっちは蒸し暑いよ>


 ジェームズが機内カメラに向かって手で扇いでみせる。

 甲板でせわしなく駆け回るオレンジのベストを着たアンドロイド達の持つ誘導灯のサインに従い、アイビス機がライバー機の斜め後ろにある待機位置へ着いた。


 <リニアカタパルトの準備完了、オールクリア。発艦のタイミングは誘導灯に従ってください。>

 「了解。」


 視覚情報の上に合成されたインターフェースに「発艦準備完了」という文字が浮かび上がり、ライバーは視覚を機外カメラから自分の目へと戻した。最終チェックと発艦操作を終え今一度メインカメラからアンドロイドを見る。


 誘導に従い、発艦。



 瞬間、機体の下腹部から電撃がほとばしり、機体は艦首から放り出された。およそ二〇メートル程度のリニアカタパルトで、艦首上では既に二七〇キロメートル毎時を超え、四〇トンはあるFi-24の機体を轟音と共に軽々と発射する。


 Fi-24は空中で重力波エンジンに点火、辺り一帯の水面は巨大な透明の鉄球でも落とされたかのようにエグられる、エンジン点火による重力場の発生による現象だ。


 <第一次攻撃隊、全機発艦!>


 ライバーはゆらりと機体をひるがえし白鷹の上空で待機し、続々と後衛の艦載機が発艦するのを眺めた。

 遠くへ目をやれば、正規空母『黒鷺くろさぎ』や戦略軽空母『白鷗しろかもめ』から艦載機が舞い上がる姿と、それを守るように配置された機動部隊の護衛艦逹が見える。


 大量に展開された第一次攻撃隊、開戦の合図とも言えるこの空は、皮肉にも重力波エンジンから漏れる無数の藤紫色の閃光で美しく幻想的に飾られていた。

 全機が発艦を終えるのを待つことなく、遥か三五〇海里(約650km)離れた絶海の孤島セリノ島にあるタバキア湾を目指す。


 発艦から三分も経たないうちに、先頭を飛んでいたライバー機の横に寄せてきたFiが羽を左右に揺らす、戦闘機乗りの挨拶の様なものだ。その落ち着きのないFiに乗ったパイロットは荒井だ。


 <隊長、その機体に書かれた赤ラインかっこいいっすね…でもまた何で洋上迷彩の上に目立つ線なんか入れたんですか?インターフェイス通せば1発で隊長の機体だって分かるのに>

 「なーに、ただのファッションだ。オクレ」


 気の抜けた声であえて正規の通信形式をとるライバーに変わって、通信に月城が割り込んできた。

 <いざという時、敵の注意を引いて少しでも味方の生存率を上げるって聞いたことありますけど…どうなんですか?>

 「………。」


 図星だったのか黙ったまま機体をひっくり返し上下反転をさせ航行する。急にカメラの映像がひっくり返り動揺する月城。

 <ど、どうしたんですか隊長さん!?……う、少し酔いそうです>


 「見ての通り、戦闘機の最大の弱点である直下を警戒してる」

 <何世紀の話ですか、それ。>


 歴史の教科書でしか見たことが無いような戦闘機の話をされ、ついていけない月城。そこに厠からモニタールームへ帰ってきた瀧が参加、やれやれという表情を浮かべながら周囲警戒にあたる。


 <ライバーさん、いつまでそんな古い思想引っさげてるんですか。>


 「お前こそいつまで『シングルアクションアーミーもどき』を使い続ける気だ?それにFiシリーズは複合装甲パージして昔ながらのコックピットに出来るじゃないか、設計者も大概な物好きおたくだな」

 <そいつは緊急事態用だ、無駄使いはするなよ?ライバーさん>


 第二世代セカンドしか入ることの許されないNOMAD、面子めんつも必然的に個性的で、一般からかけ離れた一人一人が戦況に多大な影響を与えるレベルの者ばかりが集まる。

 しかしその英雄達の会話はあまりにも緊張感に欠けた、他愛もないことばかりだった。


 <お前達…もう少し緊張感というものを持てないのかね>

 NOMAD専用通信回線に年季の入った声が加わった。声の主は矢澤明夫やざわあきお大佐、『NOMAD特殊作戦部隊』管理責任者である。髪と髭が真っ白な六十代の男が、綺麗な軍服に身を包み『オルクス』NOMAD専用室へ入ってきた。


 「大佐ァ…」

 <新人諸君には挨拶が遅れたことを詫びよう。私がNOMADの指揮官だ、よろしく頼むよ>

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