NoMAD

加賀崎

Act:1 最後の戦争に藤紫と血華咲く

帝国の流浪人

 かつてあたしが所属していた部隊は、人類史上最悪の罪人として名を馳せた。

 家族の様に大切な居場所ぶたいはしかし、あたし達からすれば最高の部隊に相違ない。


 この部隊はこれからも、人類史上最悪として名を馳せる――――



■■■



 <タバキア湾攻撃作戦開始まで…残り…五分>


 各員の脳内では、直接送られたアナウンスが響いていた。

 歴史が動くまでのカウントダウンを噛み締める。


 嵐の前の静けさ、今日ほどこの言葉が似合う海は無いだろう。小雨が降り厚い雲に覆われた海には大小何十隻もの軍艦が艦隊を成し巡行している。

 全通式甲板に滴る雨は、異様なほど静かで、その海はまるで、いくさの開幕を行儀良く待っているようだ。


 大海に揺れる一隻の正規空母、第一機動艦隊旗艦『白鷹しらたか』――甲板に二列縦隊で整然と並ぶは「第一次攻撃隊」。

 その先頭四機は中でも最新鋭のFi-24ステルス戦闘機だ。操縦席コックピットが完全に機体に隠れ、より滑らかな曲線をえがく美しい機体フォルムは、見る者によってはため息が出る程に洗礼されている。


 22世紀の格闘機とも呼ばれるこの新兵器しんさく――操縦者パイロットは機外カメラの映像を脳内へ直接送り直観的に動かすことができる。


 甲板を歩く一体の整備アンドロイドが異変を察知した。一機だけ群青色に塗装カラーリングされた先頭の機体のメインカメラが、せわしなく動き続けていたのだ。

 一瞬、システムの不調バグを疑うが、AIは即座に「異常なし」と判断する。


 群青色のFi-24に乗るは、つい数時間前に回転翼機を使い乗艦した特殊部隊四名、その隊長である。その男から「機体の面倒は自分でみる、触るな」と事前に命令を受けくぎをさされていたのだ。

 <何やってるんですか?隊長>

 「ん?」

 隊長機の直ぐ後ろ、四番機に乗る――今作戦を初陣とする青年から部隊通信が繋がる。


 「メインカメラはお前の目だ、慣らしておけ。近接戦闘において感覚からだの違和感は命取りになる」


 低く安定した声は先の大戦を生き抜いた者の貫禄を帯びていた―――コードネームはライバー、かつて英雄と呼ばれた男だ。


 <オッス、了解>

 <…………ふふ、なんかマヌケ>

 「ん?なんだって?」

 <ううん、なんにもー…?>


 軍の通信から聞こえるには疑問を覚えるような幼さの混じる少女の声が茶化す。四番機のカメラもキョロキョロと、何処を見る訳でもなく急速旋回を始めた。

 歴史が動き出そうとしている今、しきりにカメラを動かす戦闘機小隊では恰好が付かないが、紛れもなく最強の兵士達だ。


 彼らの部隊はその圧倒的な力量を見込まれ、海軍、空軍、陸軍を問わず――重要な作戦のかなめとして帝国参謀直轄で運用される少数精鋭だ。


 優雅に舞い、海を滑り、地を駆ける


 何処にも属さず、何にも縛られず――――


 戦場を巡る遊撃部隊。


 人呼んで、




 『NOMADノーマッド



■■■



一週間前

二一八一年八月二十六日

賀島本土主要軍港、逹浦港たちうらこう



 賀島有数の大型軍港、逹浦港の管制塔地下にある小さな会議室に、異様な面々が集まっていた。


 誰もが風格を持ち合わせつつ、゙てんでバラバラ――緊張に顔を強張らせる若者、古い革のジャケットを身に着けたガンマン風の男時代錯誤、席にもつかずに壁に寄り掛かって立つ少女、統一感に欠けたこの六人こそ今回召集されたNOMADの隊員メンバーである。


 「で?何でここにギレン人が居るんだァ?」

 「落ち着けってショージ。俺だって賀島人じゃない…何なら彼より見た目はかけ離れてる、金髪ブロンズだしね。はは」

 「そーじァねぇ、いつからココは外人部隊に成ったんだって訊いてんだよ!」


 新人の青年を見るや否やスゴむこの男は、自他共に認める時代錯誤、瀧庄次郎たきしょうじろう少尉――後方支援バックアップ班班長だ。

 立派な顎髭をたくわえ、いつ流行ったのかも分からない大きな眼鏡をかけた50代の男、兵装担当。


 そしてそれを笑顔でなだめるは西海人、瀧の親しい友人――”かけ離れた見た目”のジェームズ・クラウド元空軍中尉。基地の中でも確かに浮いている存在だ、何せガタイの良い金髪の義体機人マキナンドで、身長は瀧の二回りも高い。


 ジェームズの丸太の様な腕で抑えられながら、瀧は――

 「まぁいいがよォ…」

と言いつつも腰に付けた古臭い銃リボルバーに手を掛ける。無論その腕も抜かりなく抑えられ、ほとんどサイボーグ化していない身ではピクリとも動けない。――が。


 「何のつもりだ?アイビス」

 その少女は――銃を抜く所作、いやその予備動作の時点で読み取り、素肌の様な太ももに付けたホルスターから抜いた小さな手に余る拳銃デイザート・イグルで瀧の後頭部を睨んでいた。


 戦闘能力は、国際的に見てもトップクラスの小さな悪魔―――コードネーム、アイビス。

 隊長であるライバーを本当の父親の様に慕う彼女は、特殊仕様の義体に身を包む。


 黒いタクティカルパーカーの内側にあるのは美麗な装甲デザイン、力を感じさせない細い体躯――何よりも”特殊”なのは競泳水着の様にV字カットされた股関節部装甲と、一般義体に使われる本物の人肌に似せた素材でできたである。


 普通に考えれば戦闘向きではないが、本人曰くこれはデザイナーの趣味せいへきらしい。

 (※尚動きやすいので彼女は、これはこれで良しとしている)


 「これはライバーが連れてきた客だから……。殺されると――困る」

 「へいへい、俺かて仲間ごろしァしねぇよ。信用ぇなぁ?」

 「庄次郎は熱くなるとすぐ目の前が見えなくなる……」

 「はっはっは、ショージ、アイビスちゃんには敵わないよ!はっはっはっは」

 「笑ってんじゃねぇ!」


 笑劇コントまがいの平和を見せつける三人はこの部屋の中にいる古参兵達。沈黙を貫く残り三人はタバキア湾攻撃作戦直前に配属が決まったばかりの新人達だ。


 初の顔合わせで緊張で胃が裂けそうになる者、早々に偽った国籍を当てられ顔をしかめる者と、一切表情を見せない人形の様な者――


 ギレン本土決戦で『伝説の部隊』と呼ばれたNOMADの面々が見せる予想外の日常かいわに、苦笑の一つも零れるというものだ。


 「―――――ッ!?」

 不意に、瀧に向いていた銃口さついが青年に向けられる。

 「で、あんた……名前は?」


 「アイビスちゃん、取り合えずみかたに銃を向けるのは止めようか…―――確か、荒井くんだったかな?」

 「………え、あ。はい」


 少女の眼光に本能が全力で警戒信号を鳴らし、お手本の様な降伏姿ホールド・アップで放心する荒井は、一瞬の間を置いてこの場に戻ってきた。


 NOMADの隊員は十代でこの威圧感を放てるのか、と感嘆する反面―――このご時世、まず容姿こそ疑うべきなのではと思考を巡らせる。顔も体も簡単に変えられる時代だ。


 「ライバーのお気に入りなんでしょ?…………仲良くしましょ」

 「お、おう…よろしく―――お願いします?」

 「おいおい、アイビスに敬語なんざいらねぇぜ。姪だと思って接していい」

 「………癪に障る言い方だけど……そういう事、他の二人もよろしくね」


 傍観者を決め込んでいたところ唐突に話を振られ、栗毛の新人はあたふたと慌てながらも応える。

 「うん!えっと、月城愛梨つきしろあいりと申します!特技はパソコンいじりです、よろしくお願いしますっ!!」

 元気の良さは充分伝わったであろう微笑ましい自己紹介に、周りの者も各々「よろしく」と返す。

 月城の雄姿を見て、これまで眉一つ動かさなかった黒髪の新人がやっとその口を開いた。



 「―――黒木翔子くろきしょうこです。大学でナノマシンの研究をしていました。後方支援バックアップ班医療担当です、よろしくお願いいたします」

 力も抑揚のない声で、淡々と定型文じみた自己紹介を終えたのとほぼ同時―――


 ガシャン。

 と勢いよく開いた扉から、ようやく隊長が現れた。


 「悪い、遅れた」

 新人達からすると、NOMADに正式所属してから初めて、”自らの上官”として見る英雄。どこか覇気の様なものを感じさせるその男に息を呑む。


 ――ライバー上位中佐、『NOMAD特殊作戦部隊』隊長であり、長めの黒髪を雑に後ろへ流し、髭を生やした義体機人マキナンドらしからぬズボラな姿の若く見える男。実年齢は相当行っているという噂だ。


 アイビス同様本名は不詳、過去作戦のコードネームを本名の様に使い続けている。



 「言っていなかったがそこの荒井真司しんじはギレンで俺が勧誘スカウトしてきたヤツだ………もしかして、もうわかってたか?」


 「俺の目ェごまかせると思わないでくれよ、気付かない程度だが微かになまっている。顔立ちも賀島寄りだが少し違う、ハーフといったところか……まぁ第二世代のいい証拠だ」


 「書類上おもてむきは真司、本名はシンです」

 あれ、リアクションが薄いなと頭を掻き、本題へ移行する。


 ライバーは机に囲まれた立体モニターに正規空母『白鷹』や戦闘機の3Dモデルを表示させた。



 「知っての通り、一週間後の九月三日、我々はタバキア湾攻撃作戦を決行する。急にお前達新人の配属が決まったせいで一週間前に初の隊会議になってしまったが、やることは至って簡単だ。俺たちNOMADはこの戦争最初の攻撃である、第一次攻撃隊をFiエフアイで牽引する。新人からは荒井が、俺、アイビス、ジェームズと共に戦闘機小隊に加り――瀧は月城と黒木を連れて俺達を後方支援サポートする。」


 『『了解』』

 「まぁ、細かいことはブリーフィングファイルに書いてあるし、さらに現場の事は実際に始まってからでも構わない。質問はあるか?無ければこれから…お楽しみの時間だが。」

 しばしの静寂―――質問はなし。重厚な音と共に扉が開き、古参隊員が席を立ち、続いて新人達も立ち上がった。新人の顔をこわばらせるに至る緊張はしかし、扉を抜けた途端に抜け落ちた。

 「お先どうぞ」と、扉を抑えていたのは警備員ではなく隊長だったのだ。


 「改めて、ようこそ我が隊NOMADへ。過酷な時代に違いないが、少しでも落ち着いた時には笑っていられるように。これは最初の隊長命令だ。」



 新人女性隊員の月城と黒木は目を見合わせ、困惑の色を顔にだす。不思議そうにした隊長に黒木が答えた。


 「ん、どうした」

 「いえ、ライバーさんって私たちの世代にとっては学生時代から英雄譚を聞いていた存在でして。目の前に本物がいるということだけで信じがたく―――もっと厳格な方だと思っていたので、」



 これに入隊前からライバーと交流があった荒井がどこか嬉しそうに反応する。

 「この人は見た目こそイカついけど、ずっと接しやすい良い先輩だぜ。」

 「何だ、俺の見た目義体が気に入ったか?オーダーメイドはいいぞ、頑丈さにこだわっ―――――」




 会議室を背にし、特設テストルームへ向う。そこでは今作戦で使われる新しい戦闘機との神経接続試験リンクテストが行われる。さらに重火器の射撃場も兼ねていた。


 テストルームの入口に着く。そこにあったのは、高さ4メートルはあろう威圧的な鋼鉄のゲートと、その横に備えられた人間用の扉だった。ジェームスが扉を開けるとライバーがそれを止めさせるとめる


 それを受けジェームズはすぐに一歩引き、地下にある大型通路を静寂が包んだ。ライバーは一転し険しい顔で―――



 「ここから先、後戻りはなしだ。栄光、苦痛、復讐、死――全てはこの先にある。ここではっきりさせておく……自分で選んでおいて見くびる訳ではないが―――この戦いの末、戦争に勝とうが負けようが俺達は『歴史上の悪役』になる」


 そう語った。先程までとは纏う空気を一変したその男が扉を開け、

 「それでも付いてくる奴だけ扉をくぐれ…」

 真っすぐ一人一人の瞳を覗き込む。


 古参の三人は黙って扉の奥へ進んでいった。アイビスはライバーの前で立ち止まり、静かに呟く。

 「相も変わらずの舌足らず……少し新人の気持ちも考えてあげてね?」

 「………………。」


 そのままアイビスは扉の奥へ消え、黙ったままの新人を前に彼は少し困った顔をして考えこむ。


 ――以外にも、月城が最初に動いた。緊張でへこんでしまうような彼女だが何かを整理するように、言い聞かせるようにブツブツと言葉を漏らし、ゆっくり扉へ向かった。


 「月城」

 「……………はぃ」

 ライバーは彼女を呼び止める。選んだ時点で、月城愛梨という女性が如何に気弱で、それ故―――如何に勇気を絞り出せる強い人間かを、理解していた。言葉を慎重に選び、声をかける。


 「お前は……大義を見れる強く、優しい人だ。だからここにいる。月城愛梨という一人の女性は、技術とその心を買われ―――今、帝国随一の部隊の一員となったのだ。どうか誇ってくれ……」

 「―――――――っ……はいっ!」

 涙ぐんだ目で、しかし力強く帰ってきた声に、頼もしさすら感じる。


 次いで、か。負けじと、か―――荒井が一歩前へ出た。

 「ここは貴方の様な英雄へ繋がる道ですか……?」

 確かな憧れと、大志を見せる言葉に、


 「俺の様な悲惨な英雄へは通じていない。安心しろ」

 そう応えた。

 荒井は眉をひそめる、が、続く言葉に―――



 「これはお前の道だ。お前の英雄像も、何を成したいかも、自分てめぇで決める道だ」

 それ以上言葉は無く、ただ頷いて扉の奥へ進んでいった。


 ―――残ったのは黒木。通路に吹く微風は彼女の腰まで伸びた黒髪を僅かに揺らす。

 ライバーは、ほとんど――第一世代に近い彼女のことを、“NOMAD内でも指折りの精神力の強さ”だと踏んでいる。一度扉から手を放し、金属の擦れ閉まる音が木霊した。



 「どうした黒木、お前が最後とはな。てっきり誰よりも先に躊躇なく入っていくと思ったぞ。」

 「………少し、迷っているのです…」


 黒木は胸に手を当る。長い前髪の奥には冷たい瞳が覗いていた。

 「みんなを見ていると…私の闘う意味は、動機は、少し歪んでいる気がしまして……」


 「荒井の事か?あいつは特別真っすぐなだけだ、絶滅危惧種さ」

 「…あの時、隊長がヒイラギ大学に訪ねて来た時…隊長はお前闘う理由は不自然なものじゃないっておっしゃってくれましたよね。本当にそうでしょうか、私の復讐なんかがまともだとは思えないのです」


 静かでおしとやかな声、その声が微かに震えていることに気づく。黒木はNOMAD入隊希望者のリストから直接選ばれた女性隊員――動機は復讐だ。


 「約束通り教えてください、私を選んだ理由を。」

 「…………わかった」


 そう言うと、ライバーは視線を外し明後日の方向を見つめた。

 「似ていたんだ。冷たくとも、瞳の奥でどす黒い炎を滾らせるその様が。戦う理由も生きる理由も、たった一度の復讐がため、って。そんな目をしていた。それがいつかの俺にそっくりだった」


 「……………隊長に…?」



 「お前、最後に笑ったのいつだ?――――お前の復讐のためだけに磨かれたそのつるぎは、誰かを護るために使う時一番輝く。今はできないかもしれない。だが、復讐が果たせようとも、果たせなくとも、お前は自分の笑える未来のために戦えばいい。今はまだ…復讐のためでいい」


 天井を見つめていたライバーは黒木に視線を戻し、握手の手を差し伸べる。黒木はそっとその手を掴んだ。


 「今この瞬間より、お前は自由だ。どの艦にも、基地にも、軍にも属さない、闘う理由さえも…すべからく自由な流浪るろうものだ………NOMADへようこそ」


 「ありがとうございます………」



 一切感情を浮かべない黒木の表情が、心なしか和らいだようにも見える。最新の観測機でも観測できないであろう微妙な明るさで、

 「ところでさっきは何を見ていたのですか?」

 隊長の視線を追って、振り返り天井を見た。


 「彼なりの照れ隠しよ」

 「!?」


 声に反応しすぐさま振り向くと、扉から覗いたアイビスが顔が。十代の義体でいたずらっぽい笑みを浮かべる彼女の重心バランスを崩すため、ライバーは勢いよく扉を開ける。


 「おっとと…」

 「誰が照れるか、ほら行くぞ」

 「はいはい、了解………ふふっ」


 ライバー、アイビス、瀧、ジェームズ、荒井、月城、黒木の第一次攻撃隊戦闘機小隊及び後方支援バックアップのNOMAD隊員七名の召集、ここに完了。


―――この七人が、二一八〇年代世界史の初動を担う。



■■■



某国/某所



 あの男が動き出した


 運び屋は既に潜り込んでいる


 準備は整った


 時は満ちる


 幾度となく邪魔建てをする忌々しき歴史の影よ


 ことわりの外に響く無限のイカヅチ


 我々最後の闘いが始まろうとしている


 人類に栄光を


 人類に栄光を


 人類に


 永劫の栄光を―――

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