大戦開幕

現地時間午前七時五十一分

セリノ島北側、大賢洋上空



 重力波エンジンの奏でる重厚な音、風を切る音が嫌に大きく聞こえる。第一次攻撃隊は各部隊が四機編隊で飛行し、その菱形ダイヤモンドが全体的に三角形デルタえがく。

 合計一九三機の攻撃隊最後列に五機の空中指令管制機の一機から通信が送られる。シュオ―デル粒子の影響で通信可能領域はせいぜい一〇〇~一五〇キロメートルしかない、故に洋上では空中指令管制機からの通信でなくては届かない。


 <各機、対空警戒。ここは既に警戒空域である。>


 先行しているNOMAD戦闘機小隊が散開し、敵水上偵察機や敵艦の警戒に当たる。一般的対空レーダーもまた範囲を絞られている現状だが、敵の哨戒機やイージス艦などがいれば既に察知されていてもおかしくない。

 全く気の抜けない状況の中、不気味なほど静かな空は、隊員逹の不安を撫でる。


 「 妙だ、反応が無さすぎる…嫌な予感がする」

 <そーね…>


 皆が一同に抱えた違和感を代弁するかのように、ライバーが作戦変更の是非を問う。瀧に空中司令管制塔『クラーツァ』に乗る、今作戦の全権保有責任者に当たる後藤上位大佐に意見を通すようクラーツァの通信部に回線を繋がせた。


 「意見具申。敵の反応が薄すぎる、罠か不測の事態の可能性が大きい。セリノ島上空を通る前に大隊を二手に分け、リスク分散を提案する。」


 <―――作戦変更は認められない。このまま我々の全力を持ってして、タバキア軍港を壊滅させることに集中されたし>

 「ッ…?」


 <検討を祈る。オワリオーバー………>ザッ

 半ば強引に否定され言葉を詰まらせ、その間に通信を一方的にきられてしまう。


 <……切られましたね。どうします?>

 心配したように尋ねるジェームズ。


 「後藤大佐は馬鹿ではない、何か考えがあるのだろう。俺達は命令に従う。――だが、生き残ることをとする。自分の命を、仲間の護衛を第一とし、いざという時は撤退も辞さない。各自各々の判断で動け。」


 賀島軍人魂、死をも恐れぬ武士サムライの心構えを特徴とする賀島人。その中でも英雄と呼ばれる男にしては、あまりにも消極的で臆病な答えだった。

 ライバーを目指すべき理想としていた荒井にはいささか疑問の残る判断である。


 人々に崇拝される英雄、黒雷は神をも恐れぬ無敵の槍であるはずだからだ。




 島が見えてきた。タバキア湾の反対側、海岸沿いに配置された軍事施設や防衛施設が薄っすらと現れる。ジェームスはライバーの出した命令を聞き、部隊回線を介さない荒井との個別回線を繋ぐ。

 「荒井君、聞こえるかい?一つ言っておきたいことがあるんだ」

 <はい…?何でしょうジェームズさん>


 刻一刻と迫るセリノ島、開戦の狼煙。ジェームズは手短に要件だけを伝えた。


 「ライバーさんに君のことを任された。監督役になるから無茶しないことだよ」

 <ほ、本当ですか!?あの『賀島海の暴風』に護ってもらえるとは…ちょっと感動で前が見えないですよ>


 「今回が初陣だったな、君の任務は生きて帰ること。絶対に深追いはダメだ」

 <了解!>


 五機の空中指令管制機は島には近づかず、残りの一九三機が海岸線を超えた。


 しかし異変が起こる。いや、と言うべきか。

 対空砲や迎撃装置が稼働していないどころか、地上を見下ろせばまだ一般人が普通の生活を送っているように見える。


 サッカーをする少年達、買い物袋を両手に持ち賀島海軍機を見上げる女性、それは明らかに戦争が始まるような景色ではなかった。


 <こいつァ……>

 NOMAD戦闘機小隊を含む十二機のFシリーズが一斉にステルスモードへ移行し、次々と透明になっていく。


 重力波やシュオーデル粒子などの応用によって実現した理想的な光学迷彩は敵の微力なレーダーを完全に無効化し、目視による視認すら困難にする。灰色だった機体が微かに歪む背景シルエットとなった。


 予定通りセリノ島の北から侵入した第一次攻撃隊は左右に別れ、南に位置するタバキア湾を目指す。東ルートを牽引するのはライバー及びアイビス機、西ルートは荒井とジェームズ。対空砲火の無い静かな空で、飛び交う通信だけが耳につく。


 <目標まで距離五〇。>

 <各攻撃機。主要破壊目標の最終確認急げ。>

 <司令二号機より全機へ。南西二一、五三にて電波障害乱気流あらしを確認。注意されたし。>


 数分の内に見えてきた立派な軍港――タバキア湾だ。整然と並んだ戦艦、巡洋艦、潜水艦。忙しなく動くクレーンやトラック。地上はひしめき合うあ人々で埋め尽くされていた。



 ライバーは機体を一気に上へ向け高度を上げる。だが敵機の影は無く、唯一反応を見せたのは軍艦についた対空砲数基だけだ。

 散漫とした反撃の中、第一次攻撃隊の大隊が到着し本格的な攻撃機が始まる。


 先行した戦闘機は滑走路に並んだ敵機や地上にいる兵士目掛け『二七ミリM72A1バルカン砲』を照射。集まっていたコルアナ軍兵逹は統率なく散り散りに逃げる。

 その様子はまるで襲われたアリの群勢を見ているかの様―――撃ち抜かれた機体は火炎と鮮血を吹き爆散、兵士は身体が粉々に千切れ地を赤で染めた。


 連鎖的に広がっていくパニックにつられる様にサイレンが鳴る。タバキア湾全体が混乱状態に陥る中、第一次攻撃隊の後方から一機の大型機が姿を現す。


 二式高速攻撃機、通称『ハゲタカ』はその大きな機体に大量の兵器を詰め込んだ空の弾薬庫だ。いびつとも言える洗礼されたデザインで、重力波エンジン二基搭載の高馬力、腹にはある特殊な爆弾を抱えていた。



 『G2空対地投下爆弾』、大型トラック以上の重さがある最大級の火薬爆弾だ。ハゲタカをもってしても一機につき一つしか積むことのできない弩級G2爆弾シリーズは、重力子兵器、SS兵器、核兵器を除いて最強の爆弾と言われている。

 投下直前の操作で地中貫通式の鉄鋼型と通常型を切り替えることができる。



 <こちら第三小隊、二式ハゲタカ一号機。これよりG2爆弾の投下を行う、各機対ショック防御。>


 まだ攻撃が始まって一分、数機のT-98攻撃機が落とした対地爆弾により、既にいくつかの施設から炎と煙が立ち昇っている。

 腹にG2爆弾を抱えたハゲタカが高度を上げ、投下精度を上げるため速度を落とした状態でタバキア湾の中心部へ近づく。


 攻撃に参加せず、大きな円を描き戦場の上空を警戒していたライバーは、カメラをハゲタカへ向けた。


 停泊していたコルアナ海軍の戦艦『カルゾア』の対空砲がハゲタカを狙うも、すぐさまその対空砲に向けT-98攻撃機の一機が荷電粒子機関砲かでんりゅうしきかんほうを浴びせる。

 ほとばしる閃光と共に放たれた荷電粒子が尾を引き、青白い光線となって敵艦側面にある副砲や対空砲の装甲を貫いた。


 SSフィールドを展開していない軍艦の防御力はたかが知れている。火が立ち上る戦艦を横目に、ハゲタカがG2爆弾を投下した。



 目標ターゲットは倉庫や管制塔を差し置いて、重要破壊目標に指定されていた白く大きな建物だった。’第七目標’と呼称される白い建物はすでに一発爆撃を受けて入口付近が炎上している。


 投下されたG2空対地投下爆弾は空を切りエネルギー保存則に従って、計算されたルート通り目標物へ向かった。


 煙を抜け屋上を貫通し二メートル進んだ時点で起爆、衝撃波は遥か上空にいたライバー機までもを大きく揺らす―――その立ち昇る巨大な火玉と黒煙が威力の凄まじさを物語る。

 辺りの鉄筋コンクリートを融解させ、支柱を薙ぎ払い建物はほぼ壊滅、瓦礫が崩れ室内は炎に覆われた。


 11階建ての第七目標、上層階は消し飛びコンクリートの塊が飛散、近くにいた者は降り注ぐ瓦礫に潰され圧死する。残った下層部の窓から全身が燃えもがき苦しむ人々が、空気欲しさに一心不乱に飛び降り地面に叩きつけられている。


 まさに地獄絵図だ。


 ハゲタカは追い打ちをかける様に搭載された三〇ミリ七砲身ガトリング砲で逃げ惑う人々を薙ぎ払った。ガトリング砲の掃射は巨大な土煙を上げさらなる混沌と悲鳴を呼ぶ。




 帝国軍による蹂躙は続く。

 T-120雷撃機――賀島軍最新の雷撃機。ミサイルの前世紀を過ぎた現代においては重力子兵器は最強級の対艦兵装になったといっても過言ではない。


 二機のT-120がタッグを組み重要度の高い破壊目標を優先して『重力子次元隔絶式魚雷』、通称『重圧魚雷』を撃ち込む。

 重圧魚雷は水面下を直進し、敵艦に直撃するや否や、轟音と共に直径一〇メートルほどの――マンションを六階まで丸々飲み込むほど大きな黒い球体が現れる。


 重力波エンジンにも使われている重力波機構の暴走ともいえるこの現象は超極小規模の重力崩壊、小さな限定的ブラックホールのようなものである。

 一〇メートル圏内にある光すら逃がさないその小さなブラックホールは、艦の艤装にまるで巨大なアイスディッシャー(アイスクリームなどを丸く盛り付ける器具)でくり抜かれたかのような傷跡を残す。


 重巡洋艦で対空砲を撃っていたコルアナ海兵は重圧魚雷の接近に気付くと即座に海へ飛び込んだ。正しい判断だ、重力崩壊時黒い球体に触れてしまえば人など跡形もなく消えてしまう。

 魚雷は直撃、重巡にめり込むように広がる重力崩壊領域が鋼鉄や次元そのものが捻じ曲がる耳を突く音を奏でる。


 球体が消えたかと思えば強力な衝撃波と物理的損傷を受けたコルアナ重巡洋艦は傷口から爆破、艦の全体質量の実に三割が蒸発、残った残骸は浅い港の底に足を付け、辛うじて海上に艦橋が見えている状態となり―――



 堕ちたが海に紅く滲んだ。

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