第3話 シャーロック ミステリをぶち壊す。
ロシアの紅茶をミステリの材料にして、ロシアの一部では、紅茶にジャムを入れる習慣があるため、ジャムでロシアのプーチンを、創作上で殺そうとしたミステリ作家がKGBにジャムに毒を入れられて死んだという。
ミステリは全てがそうだとは言わないが、殺し方に倫理観があるとかどうとか、明らかに暴力を助長してるな。
シャーロックともぐもぐさんはレストランのテラスにいた。今はヴィクトリア朝だよ?プーチンって誰?ワトスンは席を外している。
シャーロック。眠っているのか、シャーロック!コカインのやり過ぎじゃないのか?どこからともなくワトスンの声が聞こえる。
だいたい人死にばかりでるし、ミステリなんて単なる謎解きでいいだろ。童謡にあわせて人が死ぬとか、殺し方がどうだの挙げ句の果てには若い娘が殺しと恋人どちらを選ぶかとか自己を投影していて心底馬鹿らしい。大体後期クイーン的問題とか何の意味があるんだ?何の価値があるんだ?それよりこれからはじまる大戦を止めるために平和に尽力する方がいい、これだから文学の馬鹿は……。穀潰しと言われても仕方ない。
もぐもぐさんはうんうんと相槌をうちながら、ひたすら食べる、もう11月で霜が降っているのに、アイスクリームをもりもり食べる。もぐもぐさんの歯がぼきりと折れるが彼は歯から血を流しながら、もぐもぐ食べていた。
ところで、このアップルタッシェンはなかなかに美味い。これだけで、僕の住んでる治安の悪い郊外では、お菓子や歌でちょっとした平和が訪れる。ワトスンの歌が聞こえる。あのニャルラトテプもこのお菓子が好きで……。
シャーロック!
シャーロックはコカインのやり過ぎで、病院から目覚めた。ワトスンが心配そうに見つめている。シャーロックは笑みで返すが、ワトスンは悲しそうにしている。それとこれはモリアーティからだ。
シャーロックは手紙とアップルタッシェンを渡される。
手紙にはこう書かれている。
『私は病院の実験で悪党を狂わせることに成功した。あいつらは始終ブツブツと何か声が聴こえるようになったらしい。しかし私の人生はゴキブリのような人間の駆除ばかりでつまらない。彼らが改心する可能性はないと思うが、このアップルタッシェンや歌で、悪党の本質は変わらないが、なぜかおとなしくなる。なぜなのかその理由が知りたい。私は実験の旅をする。君も来ないか?シャーロック。』
行かないでくれ、シャーロック、モリアーティはラブクラフトを訪ねるとも言っている。私はあのニャルラトテプは嫌いなんだ。ワトスンは子供をあやすようにシャーロックの手を取る。
じゃ、君も来ればいいよ。
ベーカー街も秋で霜が降り、シャーロックはくしゃみが止まらない。ワトスンはハンカチを渡す。いいよその花柄のハンカチ。君の母親のものだろ。そうだが、君だからいいんだ。
号外でーす!号外でーす!
新聞屋がビラを配っている。どれどれ。一面を飾っているのは、アップルタッシェンとそれをかかげるクトゥルフ神話を信じる人々だった。ニャルラトテプもこのお菓子が好きでこの街に来るんだよ。どう歓迎すべきだと思う?シャーロック。とワトスン。
街の中には奇妙な星形があしらわれたカバンを持っている人が多く、彼らはお菓子屋に並んでいる。あの星形はなんだ?とシャーロック。あれはニャルラトテプからのお守りみたいなものだよ。エルダーサインというんだ。
お菓子屋の近くにはラーメン屋があった。そこでは日本人と思われる男が、ラーメンの椀に頭をつけて眠っていた。近くには日本料理店もあり、臓物料理──日本ではホルモンと呼ばれるものを年老いた老婆が奇声をあげながら食べていた。あの男はなんなんだ?話しかけてみようか。颯爽とシャーロックが男をゆすると、日本人と思わしき男は丁寧に挨拶した。仕事も、恋人にも、宇宙で一番に尽くしてきたのに、僕にはもはやこのラーメンしかないんです。あなたも一口どうですか?仕事帰りの一杯は最高ですよ。男は酒も飲んでるらしく、恋人の名前らしきものを呼んで、僕が悪かった、とブツブツ寝言を言っていた。
小さな降り積もる雪のせいか、リムジンのあかりが虹色になる。クトゥルフ神話の信者がお互いに痰唾をかけあっている。クトゥルフ神話の呪文には、相手に痰唾をかけると支配できると言うものがあるらしい。リムジンからニャルラトテプと思わしき紳士が出て来た。
彼こそまさに、宇宙の真理!ラーメン屋で眠っていた男が突如叫び出す。全くそのとおりなんだ。そのとおりなんだ。この世は、ポテトとトマトのどちらかが好きかと言う、くだらないおしゃべりばかりなんだ。僕はこのラーメンと共に、歴史から取り残されていくんだ。ラーメン万歳!
「門のところに平和(安息)はない」
そう言って、ニャルラトテプと呼ばれた黒い男が現れると、ワトスンは即座に銃を取り出し、彼に発砲した。架空の神め!消えろ!
銃弾を受けたニャルラトテプの千の顔が引きちぎれ、元に戻る。旧支配者の信者達が悲鳴と歓声を浴びせる。
ようこそ。私の夢の国へ。ここは科学と魔法の果てだ。
おい、そこに鳥のクソが落ちたぞ。これはなにかの予兆だ!離れよう。ニャルラトテプの登場を無視して、先ほどの日本人とは別の、日本人らしき端正な若い男が言った。ちなみに僕の名前は黄泉淵流というんだが、ここはいったいどこなんだ?
あれは飛ぶ時に身体を軽くするためにやってるだけだと思うんだが、とシャーロック。
何だお前はニャルラトテプの手先か?とワトスンは銃を構える。黄泉淵流はさっさと手を上げる。ふむ、たしかに僕はニャルラトテプとは親しいけど、狂気と混乱ばかりもたらす奴だから好きで付き合ってるわけじゃない。それにしても物騒な国だな。とりあえずニャルラトテプの件もあるし菓子店に入らないか?
ニャルラトテプはいつのまにか消えている。
シャーロックはワトスンと黄泉淵流を連れ、菓子店に入った。ここのアップルタッシェンは美味いな。ニャルラトテプも気にいるわけだ。故郷の味を思い出す。だから悪党も大人しくなるのではなかろうかとシャーロック。君の故郷はどこだった?とワトスン。僕ならずっとベーカー街だよ。そうか。とワトスン。
店内はニャルラトテプの信者でいっぱいだ。
シャーロック、私のそばから離れるな。もっとそばに寄れ。とワトスン。ワトスンはシャーロックの手を引く。ふむ。僕もそばによりたいんだが?ダメ?ここ怪しい人ばかりで怖いんだけど、と黄泉淵流。お前はダメだ。とワトスン。
ゴキブリが笑っている 上山ナナイ @nanai_tori
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