『ニッポンのビートルズ』

 ヤバい話を考えている男がいる。

 その男は、三十年間生きてきて、一度も働いたことがない。バイトもしたことがないと言っている。

 その男は、平日の昼間に街をふらつきながら、喫茶店やファーストフードで本を読んだり音楽を聴いたりして暮らしている。

 その男は、とてもふとっており、異様な体型は、街のなかで、浮いている。10代のころは、いまのような極度の肥満体ではなかったのに。

 おれは、その男が、精神こころの病いを持っていることを、知っている。だからといって、差別的な眼では見ていないつもりだし、その代わり特別扱いもしてやらない。

 その男の極度の肥満と精神病の因果関係はわからないし、その男が定職についていないのと精神病の因果関係もわからない。しかし、因果関係がたしかに存在しているということは、おれの精神疾患に対する乏しい理解力をもってしても、認めざるを得ない事実だった。


 例えば、統合失調症と文学的才能に因果関係はあるか? という問いが、しばしば取り上げられる。ある罹患者りかんしゃもいればない罹患者りかんしゃもいる、と言うしかないように思う。

 その男に文学的才能があるかどうかは、判然としない。そもそも、おれはその男の病名を明かされていない。

 ただ、その男は、ヤバい話を考えている。

 では、とは何なのか。


「どうせこの先ロクな仕事につけないのなら、人生を賭けて創作に打ち込んでみよう」

「そう言う奴が創作に打ち込んだ試しはないと思うぞ」

「僕の中では、は、もう答えが出ているんだ!」

「は!?」

「物語の最後で、今際いまわきわのとあるミュージシャンが、『日本のビートルズはこいつらだ』って指名して、息絶えるんだ……!!」

「じゅ、順を追って話そうな」


「つまり、つまりだ。おまえは、おまえが空想している物語のラストシーンが、もうはっきりとしていて」

「そうだ」

「それが、死に際のとあるミュージシャンが、『日本のビートルズはこいつらだ』と、名前を明かして絶命する、と」

「そういうわけだ」

が誰であるか、『』に指名されるのがどのミュージシャンか、おまえの中ではもう決まっているんだな」

「ああ、決まっているよ」


 ヤバいことを思いつく男もいるものだ。

 ただ、あいつが、そういったストーリーを何らかの表現形式で完成させたとして、世の中に発表できるのだろうか?

 表現の自由に対する制限は厳しくなっていると聞く。あいつの言うは、実在するミュージシャンだ。名前こそ明かさなかったが、あいつが自分の口から言っていた。だが、そんな作品が世に出てしまったら、大混乱になってしまうだろう。


 そもそも、あいつが考えている、『日本のビートルズ』って、どいつだよ!?

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