10.5 昔のような魔法を取り戻せるだろうか?

「光や音を利用して、人体内部の様子を観察する。医療では当たり前となって久しい技術じゃが、それをうまくできないかと、我輩たちは研究を重ねてきた。その成果がこれじゃ」


 エマがもう片方の写真を指し示す。

 真っ黒な背景に浮かぶのは、濃淡も太さも様々な光条。それらが複雑に絡み合い、人型ひとがたを成している。

 

「検査の中に、カプセルに入って行うものがあったろう?」

「ああ。最初は棺桶かと思ったぜ」


 実に奇妙な装置だった。

 円筒状の外観は古いSF映画に出てくる脱出カプセルを彷彿とさせるものだ。違いがあるとするなら、ハンディアのそれにはおびただしい量のパイプやケーブルが繋ぎこまれていたこと。検査中はカプセルの中に寝そべるのだが、案外寝心地は悪くない。中には緩衝材のようなものが敷き詰められていて、体重を柔らかく受け止めてくれる。ただし、窓の類は一切ないから、中が本物の闇に満たされている上に、扉を閉められると外の音が一切聞こえない。閉所恐怖症の人間なら十秒と我慢できないであろう環境である。


「さて、ここからは魔導士おぬしの専門分野も絡んでくるぞ。魔法使いは皆、意識せずとも、常に微量の魔力を生成して体内に循環させとるのは知っておるな?」

「ああ」

「それに加えて、魔力波長――魔力光の色は個人で違う」


 エマの言わんとしていること。

 検査と称し、暗い装置の中に押し込められた理由。

 シャウカステンに掛けられたもう一枚の写真の正体。

 ここまで説明されたなら、それらの意味するところも、なんとなくだが想像がつくというものだ。


「まさかあんた、魔力を検知して、魔導回路を可視化したって言い出すんじゃねーだろうな?」

「一から十まで教えんと理解できんやつは嫌いじゃが、自分なりに考えて答えに辿り着こうとするのは好感が持てるの。その意気やよし、じゃ」

「褒めてもらえるのは光栄だが、その前に一つ問題があるだろ。俺の魔力光は」

「お主の魔力波長がが可視光外、人の目には映らんことくらい知っておるよ。散々相手したからな」


 シドの考えなんてお見通しとばかりに、エマは指を振ってみせる。


「じゃが、それは、という話。機械の眼が相手なら話は別じゃ。科学技術を持ってすれば、目に見えない光線を捉えるなんぞ造作もない。現に、X線だって人の目には見えんが、写真として可視化できるではないか」


 反論を一笑に付されるだけでなく、これ以上ない正論で返されてしまっては、シドもぐうの音も出せず、ただただ頷くしかない。


「お主の魔力波長がわかれば、後は検出側で増幅してやるだけで撮影の準備は整ったも同然じゃ。まだ発展途上の技術でも、それくらいはできるさ」


 シドは席を立ち、自身の魔導回路の写真をしげしげと眺める。

 魔導回路は血管に沿って張り巡らされている。それは養成機関アカデミーの座学でも習う知識なので、頭ではそういう物があると理解はしているが、こうやって改めて目に見える形にされるというのは不思議なものだ。


「だが、撮影はあくまでもただの手段。重要なのは撮影した写真から何を読み取るかじゃ」


 幼女に諭されるってのも大人としてどうだろう、と思わなくはないシドだが、相手がとてつもなくレベルの高い専門家であるということは重々承知している。再び椅子に座り、手帳片手に講義を聞く。


「お主の治療を始めてから、折に触れてこの手の写真を撮ってきたが、その過程でわかったことがいくつかあっての。

 まず、魔力生成能力が相当に高い」

「そんなことまでわかるのか?」

「平時に魔導士の体内を流れる魔力なんぞ、本当に微々たるもんじゃ。それを捉えるには検出器側の感度を上げなけりゃならんが、そうすると余計なノイズを拾いやすくなるんでな。そこのバランスが難しい」


 だがお主は違う、と鼻先に人差し指を突きつけられるものだから、シドは軽くのけぞっってしまう。


「お主の場合、感度を落とさんと白飛びしてまともに撮影できんのじゃ。それは素の魔力生成能が優れていることの裏返しでもあるんじゃがな」


 それともう一つ、と姫君は指を立てる。


「魔導回路というのは太い血管に沿って存在するんじゃが、問題は回路の太さじゃ。お主、一体何食ったらここまでなるんじゃ?」


 呆れたように聞かれたところで、彼にはまるで心当たりがない。それはむしろ医者あんたらの領分じゃねーのか、と内心毒づく。


「もともとデカい魔力を生み出せる上に、人並み外れて太い魔導回路。お主は魔法を使うために生まれてきたような体質なんじゃよ、坊主」


 彼自身、思い当たらない節はないわけではない。大きくて強固な【防壁】と、それに物をいわせた持久戦の根幹を支えるのは、養成機関アカデミーの同期や外国人部隊の同僚にバカ魔力とまで称された大量の魔力だ。

 堅い守りで耐え忍んで機を伺う。

 地味にも程があるが、相手を自分の土俵に引き込んで勝てるなら、そんな評など気にならなくなるものだ。


「だが、お主だって人の子、弱点はある」


 シドの表情は硬いままだ。

 物心ついた頃から魔法と共に生きてきたのだ。魔導士としての自分の長短など嫌というほど知っている。これからエマが発するであろう言葉だって、だいたい予想はつくというものだ。


「魔導回路の強度が弱い。魔力生成能や変換機構と比べて、明らかに不釣り合いじゃ。短時間で大魔力を行使し、高出力の魔法を発現すると、真っ先にそこがやられる」


 シドは否定も肯定もせず、エマを見つめたまま黙り込んでいる。

 彼がハンディアに通うようになった原因は、先の対怪物モンスター戦で大量の魔力を無理やり行使し、魔導回路を損傷したことが原因だ。何もかもエマの指摘どおりである以上、反論の余地はない。

 今の彼は、大容量のガソリンタンクと高出力・高効率の内燃機関エンジンを兼ね備えておきながら、燃料供給配管に未対策のリコールを抱えたクルマのようなもの。燃料があちこちから漏れてしまうようでは、到底設計出力なんて発揮できやしない。


「制御帯を腕に巻いてるなんて妙だなと思っておったが、無理やり魔力量を絞っとると考えれば合点はいく。でも所詮付け焼き刃、そんなその場しのぎで大魔力を行使しようとすりゃ、魔導回路が損傷してお主の体を傷つけるだけじゃ」

「そんなことまでわかるもんなのか?」

「わかるさ、医者なめんな。以前に相当ひどく魔導回路を傷つけて、未だにその古傷が残ってることも、画像診断にかけりゃ一目瞭然じゃ」


 シドの驚愕の表情とは対象的なエマのすまし顔。それくらい言い当てて当然とばかりに、幼女はポケットから飴玉を取り出し、ひょいと口に放り込む。


「お主、魔導士としての再起を危ぶまれるレベルの怪我を負ったじゃろ? その前は一体どれだけの魔法を使っておったんじゃ?」


 ずいっと身を乗り出したエマを押し留めながら、さてどう答えたもんやら、とシドは考えを巡らせる。

 たかが写真、されど写真。

 魔導回路を撮影したという写真一枚からそこまで見抜かれるとは、正直予想していなかった。見かけはちんちくりんな小娘であっても、知識と経験豊富なれっきとした医者なのだ。ここまで的確に指摘されてしまうと、感心を通り越して恐怖が背筋を走る。

 エマの指摘どおり、過去に魔導回路をずたずたにされ、魔法を失いかけたのは事実だ。

 エプサノの惨劇で拳を交えた、ピエロの仮面の魔導士。そいつが行使した得体の知れない魔法は、シドの強固な【防壁】をいとも簡単に割り砕いただけでなく、魔力変換機構を通り越し、回路にまで深刻な損傷を与えたのだ。一命こそとりとめたものの、外国人部隊除隊の判断をくだされるには十分すぎた。

 必死の治療とリハビリで魔法を取り戻すことこそできたが、降り注ぐ砲弾から一個中隊をまるごと守るほどの巨大で強固な防壁を発現させるなんて芸当は、もはや無理。魔導回路に流せる魔力の流量が制限されている以上、時間をかけなければ高次階梯の【圧縮】さえできないのが現状だ。

 【防壁】発現までのタイムラグ、それは嘘偽りのない、彼の弱点そのもの。ここにはいない相棒ローズマリーにだって教えられない秘密だ。

 当然、エマへの回答は、かなり曖昧なものになる。


「一応、『鉄壁』って通り名で呼ばれちゃいたけどな」

「二つ名持ちか。大したもんじゃの」

「もう昔の話だ。治療もリハビリもしたけど、今の俺にできることはこれが精一杯。魔法の運用を工夫して、口先のハッタリかまして心理戦仕掛けて、どうにか自分の弱点を隠してるってのが現状だ」

「古傷が邪魔をしても、そんだけ頭が回ってうまいこと立ち回れるなら、十分通り名持ちにふさわしいと思うがの。それに我輩と切り結んで生き延びとるんじゃ、ちっとは胸を張らんか」


 エマの細腕でバシバシ背中を叩かれるシド。いつもなら悪態の一つでもつくか額を引っ叩いているところだが、肩を落として浮かない顔のままだ。

 無意識のうちに忘れようとしていた疑問が胸のうちに湧き上がり、どんどん大きくなってきている。もともと頭の片隅にあったのに見ないふりをしてきたが、そろそろ年貢の納め時、しっかり向き合うべき時がきた、ということか。この機会を逃してしまえば、きっと彼女には相談できずに終わってしまうだろう。


「なあ、姫様。俺は、昔のような魔法を取り戻せるだろうか?」


 無理だ、と言われてしまったら。

 できない、と頭を振られたら。

 問うのが怖くないと言ったら、それは嘘だ。

 緊張に逸り高まる心音と、血の気が引いてどこかへ遁走とんそうしそうな思考をどうにか押さえつけて、シドは絞り出すように問いかける。

 幸いなことに、周りに親しい人――弟子ローズマリーも、黒猫クロも、淑女カレンも――いない。こんな質問、彼女たちの前ではしたくない。

 彼にだって、秘密や守りたい見栄、体面というものはある。たとえそれが吹けば飛んでしまうような軽いものだったとしても。

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