9.9 お前らにできると言うならな

 ――打ち合わせあの時も同じこと、言ってらっしゃいましたね?

 

 ガーファンクル卿の言葉の真意を問いただそうとしたシドだったが、その質問は出席者達の声によってかき消された。

 彼らの視線の先には、見えないくびきを一本一本引きちぎるかのように、ゆっくりと立ち上がりつつある怪物モンスター。その育ての親、ヴィクトールとマリアは呆けたように、その姿を仰ぎ見ている。思考の空白を絵にしたようなその表情をみれば、想定外の事態が起きていることくらいは容易にわかる。


「ボス、魔導炉リアクターの出力異常! 制御ロスト!」

待機状態スリープ・モードのはずだろ? 非常停止はどうなってる?」

「もうやってます! 遮断器ブレーカーも落としましたが、出力は依然高レベル! 電力落ちない! ちくしょう、なんで落ちねぇんだよ!」


 色を失ったヴィクトール、あたりに響き渡る悪態に異常事態を察知した中佐とその部下たちは、軍人らしい冷静かつ迅速な判断で、出席者の安全を確保するべく動き出す。

 一方、三人の魔導士は、事態をするべく駆け出していた。


管理機構ギルドは緊急事態と判断。ここは預かるぞ?」

「頼みます、ガーファンクル卿。我々は避難誘導に努めます」


 中佐に一言断りの文句を投げたガーファンクル卿は、シドとローズマリーに指示を飛ばす。


「ムナカタ、【防壁】を展開せい! CCはマリア嬢を格納庫へ! ヴィクトール君にはわしがつく!」

「了解」


 迷わず矢面に立つ師匠とアイコンタクトを交わすと、弟子はマリアに肩を貸し、全力で格納庫へ走る。


「面倒なことになりそうだ……来い、クロスケ!」

「呼ばれる前にもう来てます、ってね」


 小さくとも頼りになる相棒クロも、既に異常を察知していたらしい。シドが言い終わるころにはもう、影のように音もなく忍び寄り、大地を蹴ってシドの肩に飛び乗っていた。


「あんだけ皆さんに騒がれちゃ、おちおち見回りってわけにもいかないでしょ? で、どうするんだい、シド君?」

「招待客の避難が終わるまで、あいつを足止めする」


 後ろでは動揺する招待客、目の前には機関砲を構えつつあるある怪物モンスター。スピーカーからは出力がどうのこうのとか、非常停止を受け付けないとか繰り返し聞こえてくる。

 この巨人は、もはや人の手を離れて動き始めていると判断するのが妥当だろう。


 ――誰が、一体、なぜ?


 シドは頭を振って、余計な考えを追い出す。

 怪物モンスターが、なぜ開発者の意思に反する動きを始めたなどどうでもいい。万屋ムナカタの依頼人はガーファンクル卿であり、その命に従ってあだなす者を止めるのが今日の仕事だ。それ以上足を踏み込むのは契約の範囲外だ。越権行為と誹られることまで手を回さないのが、何でも屋の行動の鉄則である。


「人ならざる物がお相手、ってのはさすがに初めてだね、シド君」

がある程度わかってるならいいけど、あいつは残念ながらそうじゃねーからな、厄介だ」


 避難中の招待客に銃口を向けつつあつ怪物モンスターの前に、は毅然とした表情で立ちはだかる。


「でも、卿との契約があるからな。手当を弾むって言質までとっちまってるから逃げ出すわけにもいかねーさ。せいぜい一稼ぎさせてもらうとしよう」

「よしきた。それなら、まずあの機関砲をどうにかしないと!」


 モータ音とともに回転し始める砲身を前に、二人は大いなる決意をその目に浮かべると、静かに、そして力強く、怪物モンスターへ宣戦布告する。


「【圧縮】!」


 ふたりの十八番おはこ・【防壁】が、目視ではとてもカウントできない数の弾丸を受け止める。物量も衝撃も、普段相手にしている拳銃や自動小銃とは比にならない。いつもなら悠然と構えているクロの表情にも、油断や余裕といったものは感じられない。


「どんな相手でも、結局最後は持久戦、とはね!」

「他にできることがありゃ、もうやってるぜ!」


 熱を帯びた六本の砲身から音を置き去りにして放たれた弾丸のうち、あるものは火花とともに弾かれ、またあるものは防壁に食い込んで魔力を消散させる。いつもより数段上の破壊力を正面から目の当たりにするシド達だが、彼らにできること、やることはいつだって変わらない。とにかく魔力を【圧縮】し続けて、相手の猛攻を耐え忍び、押し返すチャンスを伺うだけだ。


「ただいま戻りました」


 マリアを格納庫へ避難させ、即座に引き返してきたローズマリーは、シドの背後でトンファーを抜き、腰を落として律儀に構えている。


「別に無理して戻って来なくても良いのに」

「危険を覚悟で前に出ていないと、反撃にも転じられないでしょう?」

「まあ、それはそうだけどな。

 さて、あいつをどうやって止めましょうか、お二人さん?」


 怪物からシドが目線を切れないのなら、ローズマリーが後ろを見る目となる、師弟らしい阿吽あうんの呼吸。少女の視線の先にあるのは、新緑を思わせる鮮やかな色の【防壁】が一枚。その主は言わずもがな、ガーファンクル卿である。

 直立不動で状況を観察していた卿は、この研究の責任者――ヴィクトールに詰問する。


「答えろ、ヴィクトール・シュタイン! どうすれば奴を止められる!」

「止めるも何も、電源が供給されている限り、怪物モンスターは動き続ける。おまけに、こちらからの指令は何も届かないのでは、もはや我々に打つ手はない。自由を手にした怪物が何をなすのか見届けるくらいだ」

「戯言を……! あの怪物は人々に銃を向け、ためらうことなく引き金を引いたのだ。ムナカタたちがいなければ、待っていたのは阿鼻叫喚の地獄絵図だったことがわからんか!」


 シド達のイヤホンから聞こえるのは、危機的な場でも努めて平静を保ち、状況を打破する方法を模索する高名な依頼人の声だ。


「貴様ができぬと言うなら仕方ない、力でぎょすまでだ」

「私とマリアが作ったあの傑作を、魔導士おまえら風情が? どうやって相手取るって言うんだ? 体格も力の差も圧倒的、おまけに機敏に動くというのは、さっき見たばかりだろう? そんな相手に真っ向から挑むのが合理的とでも言うのか?」

「あまり魔導士われわれを舐めないでもらおうか……!」


 世迷い言をほざいてやがる、とばかりに嘲笑うヴィクトールに、押し隠してきた怒りが徐々に漏れ出してきているガーファンクル卿。

 卿が身に着けたピンマイクが妙に高性能なものだから、大人げない主張の応酬はばっちり聞こえてくる。


「ムナカタ、いざとなったら怪物モンスターを破壊するのもやむなしだ。状況をしっかり観察せい」

「……了解」


 ――ずいぶんと勝手なことをいってくれやがる。


 直後、イヤホンと背後からヴィクトールの怒声と罵声がステレオで聞こえてきたものだから、シドは思わず顔をしかめる。卿の言葉に激昂し、仁王もかくやとばかりに怒りをむき出しにして掴みかかったのだろうが、老いた見た目でも百戦錬磨の魔導士を前にしては無力もいいところ。あっという間に腕でも取られて捻りあげられたのか、叩き伏せられてうめき声をあげる一連の流れも、しっかりと耳に流れ込んでくる。

 そんな目にあってなお、己の主張を取り下げる気はさらさらないようで、科学者は声の限りに叫び続けている。


「軍が見捨て、魔導士が不可能と見くびった技術を結実させたのは我々だ! その傑作を亡きものにできるというのか!? あれだけの時間と、金と、労力を注ぎ込んで、ようやく手にした成果だぞ? それを手放せというのか!?」

「……結局それが本音か。話にならん」


 吐き捨てるようにつぶやいた卿は、ヴィクトールを容赦なく地に叩き伏せて叫ぶ。


「貴様の守りたいものなど、今はひとまず棚上げだ。電源供給が止まらない、一切の命令も受け付けない、そんな怪物バケモノを止められなければ、研究成果もへったくれもないのだぞ? 力を持って対抗する以外の手があるなら今すぐ答えろ! 下手に被害を広げるのだけは避けねばならん、それがまだわからんか!」

「止められるものなら止めてみろ、お前らにできると言うならな……!」


 互いに煽りあうのだけはやめてくれねーかな、と思いつつ、怪物モンスターを止める策を練るシドだが、取れる手段はほとんどない。膂力りょりょくが違いすぎるのだから、正面から打ち合ったところで勝ち目はないのである。本部側で電力供給が断たれ、蓄電池バッテリーが干上がるのを待つ、おなじみの持久戦以外に彼らの活路はない。それと同時に、軍による避難誘導が完了するまで巨人の注意をく必要がある。


「ムナカタ、ヤツの注意を引きながら時間を稼げ!」


 仕事前にガーファンクル卿に押し付けられた通信機を付け直しながら、シドは弟子に気取られない程度のため息をつく。説明せずとも考えが通じているのはなによりだが、実行するのは想像以上に骨が折れそうだ。

 なにはなくとも、怪物モンスターの巨躯をいなしつづけなければならない。多くの格闘技で体重による階級分けがされているのを考えなくとも、あの巨体をみれば接近戦で張り合うのはナンセンスの極致とすぐにわかる。

 そして、怪物が構える機関銃の弾帯は、もう残り少ない。それが尽きれば、直接攻撃に転じてくるというのはもう間違いないだろう。有効な遠距離攻撃の手段を持っていない彼らにとって、取れる手段はたった一つ。


「持久戦だ、とにかく動き回ってやつの注意を引く。仕留めるのは二の次だ。いいね、CC?」

「承知しました、先生」


 

 いつも以上に消極的な作戦だが、ローズマリーは文句一つ言わない。それどころか、即座に力強い返事を返し、掌中のトンファーを握り直した。

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