9.8 魔法の力を貶めることだけはしないでほしいものだな

「ちょっと興味深い話を小耳に挟んだのですけどね」


 さすがにちょっと切り出し方が下手すぎたか、と内心危惧したシドだったが、相手は特に気にしていない様子なので、そのまま一歩踏み出し、切り込む。


「近頃、魔導士でもないのに魔法を使う輩が現れたそうなんです」

「無免許、ということですか?」

「いえ、それどころか、魔導器官を持たない連中なんだそうです。魔力生成器官に、魔導回路、魔力変換機構を持たないものが、魔法を使えるはずではない、というのは先生もよくご存知かと思います」

「ああ、そういうことですか」


 そこまでシドが説明したところで、マリアはなにかに気づいたのか口を挟む。さすがは王立工科大学に招聘されるだけの才女だ。


「我々の技術、あるいはそれに類するものを使って、本来魔法を使えない者が魔法を使った。ムナカタさんはそれを疑ってらっしゃるのですね?」

「ご理解が早く助かります」

「残念ながらその可能性はないな!」


 近距離から拡声器越しに叫ばれたものだから、シドもローズマリーもマリアも、揃って痛む耳を抑え、声の主を睨みつける。


「兄様、拡声器は降ろしてくださいな!」

「ん? ああ、すまんすまん」


 口ではそう言っているものの、ヴィクトールに反省の色は見られない。人の迷惑を見て見ぬふりをし、ガッハッハと笑うその様は、どう見ても研究者とは思えない。


「一体どうなさったのです? 他の皆様から説明を受けていたのではないのですか?」

「大切な妹に悪い虫がつくんじゃないかと心配してな」


 誰が悪い虫じゃコラ、と殺気を叩きつけるシドだが、暖簾に腕押しぬかに釘もいいところ。ヴィクトールは凄まじく鈍感で、神経が太いらしい。おお怖い、と嘯くばかりでまるで手応えがない。良くも悪くも他人のことなど顧みない、我道を往く男なのだろう。


「それはともかく、先程の君の質問についてだが」

「そこはちゃんと答えてくださるんですね」

「研究者たるもの、どのような質問に対しても相応の答えを用意しておかなければならないからな」


 行動自体は常軌と狂気の境界線上をフラフラしている彼でも、研究者としての矜持と自覚は忘れていないらしい。先程の豪放な笑いを引っ込めた神妙な面持ちで対応する。


「ムナカタ君、といったね? 安心したまえ、君の懸念事項は机上の空論と言ってもいい」

「なら、その根拠をお示しいただきたい」


 芝居がかった言い回しがやはり鼻につくが、相手は貴重な情報源である。シドは苛立ちをひた隠しにし、努めて冷静に立ち振る舞う。


「そもそもの問題として、魔導士でない人間が、一連の魔導式の意味を解せるケースは極稀だ。それこそマリアのような専門知識が必要になる」

「お二人の技術を持ち出したとしても、それを理解できなければ利用のしようがない、ということですか?」

「そういうことだ、お嬢さん。

 そもそも、魔法に縁のない人間には、そもそも魔導式に触れる機会などないから、読み解くもなにもなかろう。かといって、魔導士は自分で魔法を使えるから、魔導式をどう使うかが興味の主体だ。式の解明に興味を払うような向上心があるやつにお目にかかったことはないな」

「さらにいえば、【逆変換】は世にある既存のどの魔導式とも文法が異なります。これを解読するのは困難と言っていいかと思います」

「マリアの才がいかに突出しているかわかるだろう?」


 妹バカヴィクトールの戯言への対応をローズマリーの必死の愛想笑いに任せたシドは、二の矢を番え、彼らの技術についての疑問を投げかける。

 魔法使いもどきがなぜ生まれてくるのか、その原因に近づけるのであれば、消去法の材料であっても構わない。彼らにはきっかけが必要なのだ。


「お二人以外に、似たような研究をしているグループはないのですか?」

「ない。人の後追いをするくらいなら死んだほうがマシだ」

「プロジェクトの立ち上げに際しては、従来研究や特許についても一通り確認作業をしています。魔導式を用いた魔力の生成に関しては、間違いなく我々が世界で最初の発明者ですわ」


 ヴィクトールの限りなく暴言に近い物言いと、それを丁寧に補足するマリア。彼女のおかげで、シドも余計なことを口走って事態をこじらせずに済んでいるのは、たいへん助かる。

 とにもかくにも、魔法使いもどきが【逆変換】あるいはそれに類似した技術を使っていた可能性は低い。そう確信しつつあるシドは、もう一つだけ


「では、もう一つ質問したい。あなた達の魔導炉リアクタを、人間が扱えるサイズで運用できますか?」

「サイズの定義は? あと、どれくらいの規模の魔法を発現させるかによるぞ?」


 これまで相手取ってきた魔法使いもどき達の魔法を例に引いて説明する間、ヴィクトールは眉根を寄せたまま、何やらブツブツ呟いている。彼の頭の中ではシド達には計り知れない計算が繰り広げられているのだろうか、時折数字らしいものが織り込まれる。


「いずれにしても、魔導炉リアクタと人工魔導回路、発現対象の魔導式を刻んだ魔道具一式が必要だ。それに加えて、魔力の源を持ち歩かねばならん」

「どれくらいになら収められそうですか?」

「本格的な泊りがけの登山に出かける荷物くらいにはなるんじゃないか? もっと派手な魔法を発言するとなると、そんなもんじゃ収まらなくなるぞ?」


 そんな大荷物を隠し持つなんて芸当、魔導士ですらできるものが限られる。ましてや、魔法使いもどきには不可能だ。

 少し気が晴れたような、吹っ切れた顔で、シドは二人に礼を述べる。


「そうですか……いや、大変参考になりました。どうもありがとうございます。またいろいろ勉強させてください」


 他にも質問したそうな招待客の姿を認めた二人は、ヴィクトールに名刺を渡すと、ガーファンクル卿を探して回る。


「どうしたムナカタ、ずいぶんさっぱりした顔だな?」

「……難儀な問題だな、と思いましてね」

「よくわからんが、あんまり考え込みすぎるのも、体に毒だぞ」


 ガーファンクル卿は少し遠巻きに怪物モンスターを眺めていたが、シドがよっぽどひどい顔をしてると思ったのか、簡潔ながらありがたいねぎらいの言葉をかけてくれる。


「あの兄妹の発想も技術力も、非常に興味深いものです。魔導士として暮らしていると、どうしても魔法の探求に走りがちで、工学との融合までは思いつきませんしね。

 まあ、少なくとも、魔法使いもどきたちが彼らの技術を使った可能性は低いでしょう」


 黙ってシドの意見を聞いていたガーファンクル卿だが、その表情は決して明るいものではない。


「魔法の利用の幅が広がるというのは、一魔導士としては賛成だが、管理機構ギルドの理事としては両手をあげて賛成、とはいかんな」

「理由をお聞かせ願えますか?」

「新しい技術を解禁すると、往々にして不正利用、それに由来する事故や事件が起きるからな。さらに混乱を招くことになりかねん。皆が皆、技術を正しく使えるものではないからな」

「ガーファンクル卿は慎重派、というわけですね」


 ――どこぞの誰かエマも似たようなこと言ってやがったな。

 

 ローズマリーの合いの手を聞いてシドの脳裏に浮んだのは、態度も実績もご立派な幼女の姿。黒衣を肩に引っ掛け、腕を組んで仁王立ちし、新しい技術をのべつくまなく発信するのは愚の骨頂――と、彼女なら偉そうに主張するに違いない。

 

「どんなに優れた技術も、間違った使い方をしては意味がない。ただでさえ魔法絡みの事件で手を焼いているというのに、新しい魔法技術の法整備や基準策定まで行うとなると、とても現状じゃ戦力が足りんな」

「お察しします」


 せめて事件が少なくなれば、と思って依頼を受けている半面、警察や魔導士管理機構ギルドが手を焼いているおかげで飯を食えているという事実もあるため、シドの笑顔はどうしても曖昧なものになりがちだ。 


「お嬢さんはどうだ?」

「魔法の使い方にもいろいろあるというのは勉強になります。自分じゃ決して思いつかないことも多いですし、それを自分の技術に活かせればとも思っているんですけれど……難しいですね」


 穏やかな顔のガーファンクル卿はなにか思うところでもあるのだろうか、ローズマリーが怪物モンスターから手渡された花一輪を一瞥し、大きく息をついた。

 

「もはや、魔導士だけの閉じた世界では限界が来ているということかもしれんな。別の世界の人間と手を組まねば、魔法を発展させられない段階に来ているのか」


 感慨深げなのはつぶやきだけで、卿の表情は先程とは一転し、厳しい眼光で怪物モンスターを見据えている。


「魔法を育ててゆくのは、これからを生きる魔導士たちの仕事だ」

「……ガーファンクル卿?」


 卿の態度を訝しんだシドが声を掛けるが、その独白は止まらない。


「進化の行先がどのようなものであっても、それは構わん。だが、魔法の力を貶めることだけはしないでほしいものだな」

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