7.33 もう巻き込まれること決定かい
調査を終え、宿を引き払ったシドたちは、懐かしの王都への帰路についていた。もうしばらく走れば、
「王都に戻ってくるのも、なんだか久しぶりな気がしますね、シド先生」
「前はとんぼ返りだったからな」
開け放たれた助手席の窓から外を見つめるローズマリーの声も、いつもより幾分弾んでいるようにも聞こえる。
「魔法使いもどき」に直接つながる情報までは得られなかったものの、次の捜査方針を決める材料は揃った。
「……お嬢様、君、ずいぶん器用な真似するよねぇ」
「そうかしら? ただの下書きですもの、どこでだってできますわ。移動中に物を書くのは慣れてますし」
「帰ってからやったって遅くないだろう?」
「あら、鉄は熱いうちに打て、と言うでしょう?」
そういうことじゃないんだけどな、とクロは苦悶の表情を浮かべる。車酔いしやすい彼女にしてみれば、車内で涼しい顔のまま書物に興じられるカレンの神経が理解できないのだろう。
「それにしても、まさかあのちびっこが吸血鬼だとはな」
「人は見かけによらないものですわ。どこかぼんやりしてとらえどころのない凄腕の【防壁】使いや、可愛い顔してトンファーを振り回す銀髪のメイドさんがいるくらいですもの。先入観で人を判断するのは、たしかに危険ですわね?」
師弟が一瞬目を見合わせて、どこかバツの悪そうな顔をするのを見逃すほど、カレンは鈍くない。すかさず「冗談ですわ」と笑ってみせる。そもそも、彼女自身もあまり人のことをいえた柄ではないので、この話題を長く引きずる気もないようだ。
「そうは言いますけど、さすがに初見でエマ様を吸血鬼だとは断じられませんでしたわ。変わった才能の持ち主、くらいにしか思えませんでしたもの」
とはいえ、ハンディアで調査を進めてゆくうちに、一同の中で疑問が
「今までにも、ハンディアに出向いていろいろ調べようとした方々はいたんですよね? その方々は、エマ様の秘密に気づけなかったのでしょうか?」
「あの話しぶりからすると、気づかれなければそのまま追い返し、ちょっとでも察した素振りがあれば無事には帰さず亡き者にした、と考えるのが自然でしょうね」
「ちょっかい出して帰ってきたやつはいないとよ、ってな。それにしたって、よく俺たちの調査を受け入れてくれたもんだな?」
何事も正直が一番ですわ、とかレンは胸を張って主張する。
「動機を包み隠さず、ハンディアに赴いたのが却ってよかったのではないでしょうか? 私達は捜査の一環として、正面からハンディアで研究されている技術のことを調べに来たのですから、後ろ暗いところは特にありませんしね。だからこそ、ある程度の情報を与えた上で怪しまれずに追い返す、という策を選んだだと思いますけど」
「そうは言うものの、ずいぶん危ない橋を渡るハメになったけどね? 最終的には姫様の協力を取り付けられたから良かったいいけど、何もあそこまでやることはなかったんじゃない?」
チクリと嫌味を言うクロだが、カレンやシドの考えが揺らいだようにはみえない。
「そう言われてもなぁ、クロスケ。あれくらい踏み込まなかったら、手土産は悲惨なことになってたぜ? 現状の技術じゃ『魔法使いもどき』は実現不可能ですってだけじゃ、
事件の背後で人体と薬物に詳しいヤツが糸を引いてる可能性があることがわかった。それに、最先端の研究機関を束ねるスペシャリストの協力を仰げる体勢ができた。やっぱこれくらいは土産として必要だろ」
「まあ、君たちが納得しているならいいけれど、あんまり危ない橋は選んでほしくないもんだね」
シドとクロのやり取りを眺めていたカレンだったが、会話が一旦途切れる頃合いを見計らって居住まいを正した。
「何れにせよ、今後も捜査は続きます。皆様には今後ともご協力いただくことになるかと思いますけれど、その時はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、ご指導のほどよろしくお願いいたします」
「ま、報酬次第だな」
気のない調子の返事を咎めるローズマリーの視線に、シドは思わず縮こまる。
「カレンさん、この後の捜査の方針はどうなるんですか?」
「私個人としては、あなたが体を張って示してくれた道が、大きなヒントになるかと思ってますの。
魔法と縁のない人々を、魔法使いに変えてしまう薬がそもそも存在するのか。存在するとするなら、どのようなルートで世に出回っているのか。まずはそれを調べなければならないと思います」
「いずれにせよ、警察との協力なしには成しえない仕事だな」
「ええ。ですが、それだけでは不十分かもしれません。ムナカタ君が万屋として培ってきた諸々を、存分に使っていただくことになるかと思いますわ」
そんな大層なもんじゃねーけどな、と苦笑い混じりに謙遜するシドだったが、カレンはどうも本気でアテにしているらしい。
「警察とは違うルートから調査することも重要だと思いますの。その結果出てくる答えが警察と一緒ならそれでよいですし、
「あんたの言うことも最もだが、あいにく万屋ムナカタは少数精鋭だ。打てる手数には限度がある。その範囲でなら協力するさ。そのかわり、ちゃんと報酬は支払ってもらうぜ?」
「わかってますわ。力になってくださるのなら、相応の対価をもってお答えします。もっとも、実際の支払い元は
「先生、またお金の話ですか……」
静かに噛み付いてくるローズマリーを、シドは上司として、優しくしかし有無を言わさぬ口調で説得する。
「見かけはこんなだが、俺は万屋の代表取締役だ。経営者としては、もらうもんはきっちりもらわなきゃいけない。出向とはいえ部下を抱えている身でもある。どこぞの物好きな探偵みたいに、興味を惹かれた事件に手弁当で挑む、なんて真似はできねーよ」
「ご心配には及びませんわ、CCさん。ムナカタ君は頭が回る殿方です。フラフラしているように見えて、万屋の運営もあなたの指導のことも、ちゃんと見据えて動いてくれますわ」
カレンの援護射撃をうけて得意げに胸を張るシドだったが、少女はまだ、心の何処かで納得できていない様子だ。
「まずは無事に戻りましょう。これからのことは、警察の方々も交えて決めなければなりませんわ。お二人とも忙しくなりますわよ?」
「もう巻き込まれること決定かい……」
「わかってたことじゃないか、シド君。スイッチが入ったお嬢様を、君
「二人とも言いたい放題なんだから……」
呆れたようにため息をついたローズマリーは、膝の上で車酔いに悩むクロを撫でながら、カレンの会話に相槌をうち、ときにシドの放言に小言をつく。
兄や姉がいたらきっと、こんな感じなんだろうか――
親しい人とともに過ごす和やかな時間。それがいかに貴重で大切なものかを、彼女は嫌というほど知っている。ふと去来する寂寥感に、ローズマリーはつい、青い瞳を曇らせる。
そして、シドもカレンもクロも、そんな彼女の様子に気づかないほど鈍くはない。
「大丈夫です、先生」
口々に心配してくれる彼らを心配させまいと、少女は気丈に胸を張る。
「まあ、それならいいけどな。警察もこれで本腰を入れてくるかもしれねーし、多かれ少なかれ魔法使いが関わる事件に違いはねーからな。俺たちにもお声がかかるって思って、大方間違いはないだろ。
ぼやぼやしてねーで、ちゃんとついて来いよ?」
「ええ、先生。お供いたします」
いつもの調子で軽口を叩くシドに、少女は静かに笑いかけた。
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