7.13 ハズレでもあんまり悲観するな

 金曜日。

 昨日同様、カレンとローズマリーをハンディアヘ送り届けたシドは、早朝から一人で車を飛ばして王都へと舞い戻った。

 途中で土産を買い求めて、早速おなじみの警察署へ向かう。いつもと違うクルマなのに嫌な顔だけは変わらない守衛に挨拶し、「また来たのか?」とか「今度こそ自首か?」とからかってくる馴染みの警官たちをやり過ごしたシドは、アンディの待つ小会議室へと出向く。


「待たせたな、アンディ」

「急に呼び出される身にもなっておくれよ、もう」


 紫煙をくゆらせるアンディは、冗談交じりに苦言を呈す。

 彼にも本来ならいろいろ予定が詰まっていることくらい、シドも重々承知。時間を作ってくれた警部殿へ、ささやかな心づくしを渡すくらいの恩義は感じているのだ。

 今回、シドが差し出したのは、ドーナツがぎっしり詰まった紙箱だ。


「センセイ、意外と俗な所あるよね」

「あんたらをねぎらう気持ちがあるだけ、ありがたく思えよ」

「そうだけどさ、警察がみんな、ドーナツ好きだと思ってもらっちゃ困るよ? あれは合衆国ステイツの映画とかドラマの中の話さ。

 で、首尾はどうだい、センセイ?」


 文句を言いながらコーヒーにドーナツを浸すアンディを見て、あんたも十分俗じゃねぇかと突っ込みたくなるシドだが、話を先に進めるためにぐっと我慢する。


「正直キツい。医療は俺も専門外だからな」

「魔導回路とやらの代わりになりそうな技術もなさそうかい?」

「ないわけじゃねーが、実現するのが先か、俺たちが天寿を全うするのが先か、って話だな」

「前にも聞いたと思うけど、魔力を作って、体に流して、いろんな現象を引き起こす、ってのが、魔法を使うまでのの流れだったよね?」


 シドは黙って頷いた。魔法使いでない人間であれば、その程度の理解で十分にすぎる。

 

「じゃあ聞くけど、人工的に魔力を生み出すことはできそうかい?」

「人工的、って何だよ?」

「電気とか熱とかを魔力に変換できるのか、ってことさ」

「そういう意味だったら、俺の知る限りはノーだ。魔法使いが先天的に持ってる魔力生成器官でない限り、魔力の生成はできない」

「魔力の供給に関しては、体内で生成したものを使うしかない、ってことだね。それを流すための器官が、魔導回路。でもそれは人工的なものがもうあるって、この前教えてくれたよね?」

「それを体内に入れるとなると話は別だ、とも言った気がするんだけど……」


 手元のメモに殴り書きをしながら、ああそうだったね、とアンディは頭をかく。


「既に体にある回路なり、魔力生成器官に接続しなきゃいけないんだったな。つまりは、魔導士でなければ使いこなせないシロモノだってことだね、うっかりしてたよ。

 でも、センセイたちが捕まえてくれた犯人にも、それらしい手術痕はなかった。つまり」

「あいつらは、先天的にも後天的にも、魔導回路を獲得してたわけじゃねーってことだ。それはほぼ間違いない。

 仮に魔導器官を手術で獲得したとしても、術後の経過観察と魔法の実践訓練に年単位の時間がかかるし、その間の通院は必須だそうだ。アンディ、『魔法使いもどき』の通院歴ってわかるか?」

「闇医者にかかってない限り、ないね」


 ここ最近の『魔法使いもどき』に関しては、魔導器官の移植により魔法を獲得したわけではないのがほぼ決定した、ということになる。


「王都以外でも、『魔法使いもどき』の事件は起きてるんだろ? その犯人はどうだったんだ?」


 首を振るアンディを見れば、大体の事情も察せるというものだ。つまるところ、イスパニアに現れた『魔法使いもどき』たちは、誰一人として魔導回路を持たなかった。本来、魔法を使えるはずのない連中だ。


「だとすると、あいつらはどうやって、魔法の力を得たんだろうね……?」


 シドも同じ思いだが、魔導士の彼がそれを言っては元も子もない。

 しばらく黙って考え込んでいたアンディだが、考えに煮詰まったか、両手を上げて降参のポーズを取る。


「魔法使いでない僕が、いくらその事を考えたって仕方ないね。そのへんの解明は、先生たちにおまかせするぜ」

「おまかせされてもねぇ」

「ところで、電話で言ってた急ぎの頼みって、なんだい?」


 アンディは警察の人間なので、魔法絡みの議論をしたって、答えはきっと出てこない。シドが警察を訪れた、本来の目的は別にある。

 エマの勧めで買い求めた、彼女が栄養剤と称する謎の液体の分析と、既存の薬物との比較・同定の依頼。それこそ、シドがわざわざ早起きして王都までクルマを飛ばした理由だ。

 シドの提案は、驚くほどあっさりと聞き入れられた。


警察ウチだけじゃわからないこともあるからな。薬学研にも話をして、並行して分析してみるけど、構わないね?」

「よろしく頼む。俺もあそこには伝手つてがねーからな」


 薬学研究所、通称「薬学研」は化学分析のエキスパートが揃う、政府直属の研究機関だ。組織の性質上、シド個人が分析依頼をしたところで突っ返されるのがオチだろうが、警察経由の捜査依頼ともなれば話は別、対応の優先度も上がってくるはずだ。シドにしてみれば渡りに船の話なので、一も二もなく飛びつく。


「処方した医者は、現地の人間も使ってる栄養剤だって言ってんだけど、変わった色してるだろ?」

「仕事柄、その手のもの飲んでるやつは結構いるけど、こんな色した液体は初めて見るね」


 アンディは瓶を明かりに透かしてしげしげと眺めている。淡青色に輝くその液体は、見ている分には美しいが、自分から進んで飲む気にはあまりならない。


「同じ色の液体を、病院で……点滴のパックに入ったやつを見たような気がするんだ。色が同じだけの別物かもしれねーけど、ちょっと気になってな」

「まあ、病院で使われてるものが、民生品として流通してもおかしな話じゃないしね。ましてや栄養剤ならなおさらじゃないか?」

「変なものは入ってないと思うけど、念の為、調べておこうと思ってな」


 珍しいね、とアンディが苦笑する。


「念の為調べておく、か。薬物の分析にかかる手間と時間と金を知ってるセンセイにしては、ずいぶんぼんやりした理由じゃないか? 虫の知らせでもあったのかい?」


 それくらい打つ手がねーんだよ、とシドが降参のポーズを取る。


「魔導回路なしで魔法を使うって段階で、魔導士おれたちにしてみりゃ理解不能。魔導器官を後天的に手に入れる方法は無理と考えていい。日本ジパング風の言い回しをするなら『五里霧中』ってやつだ。

 今はとにかく、スタートラインに立たなきゃいけない。カンだろうがなんだろうが、頼れるなら何にでもすがるしかねーんだ」


 カレンやローズマリーの前では押し隠していた、諦めと悲壮感が半々で同居したシドの顔。それを見たアンディは、特に表情を変えないまま慎重な手付きで瓶をしまい込む。長い付き合いの男同士に、叱咤激励なんて無粋だと思っているのかもしれない。

 

「至急、分析に入らせるよ。なにか新しいことがわかればラッキー、ハズレでもあんまり悲観するな。必ずどこかに、手掛かりはあるはずだよ」

「よろしく。電話とか郵便物は、宿に回してくれればいい。担当にはあんたから礼を言っといてくれ」

「案ずるな、深夜勤務手当で納得してもらうさ」


 必要なことは全て伝えたし、受け取った。ならば、それ以上の長居は無用だ。

 次の訪問先に出向くべく、シドは立ち上がってアンディに一礼し、そのまま警察署を後にした。

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