2.5 見くびってもらっちゃ困るな

 直後に響いたのは、犯人の悲鳴だった。


 その手に握られたものは、もはや拳銃としての形状を留めていない。犯人の魔法に耐えきれなくなった銃身が破裂し、その破片が犯人自身に襲いかかったのだ。

 手と顔が血まみれになった犯人を見たローズマリーの顔が青ざめる。


「ど、どういうことですか、先生?」

「自分の魔法と深く向き合わなかったバカの末路さ。魔法は危険な力で、使い方を誤れば自分や大切な人を傷つける。自分の使う魔法の長所と短所をきっちり把握せずに使うからこうなるんだ。そのザマをよく覚えておくんだね」


 シドの声は全く感情がこもっていない。ローズマリーは青い顔のまま、ただ頷くだけだった。


「さて、獲物は自業自得で爆発四散、あんたもバカに相応しい怪我を負ってるわけだが、これ以上ツッパる意味はあるか? こっちはあんたを生け捕るように言いつけられてるんでね。ちょっと大人しくしてろよ、すぐ済むからな」

「……その目だ! その目が気に食わねぇんだよ畜生!」


 先程まで蹲っていた犯人が、体を起こして全力で悪態をつく。


「なんでも見透かしてるような目をしやがって! なんでもテメェの思い通りになると思うなよガキがぁ!」


 傷だらけで血まみれになった右手に、犯人が魔力を収束させ始める。


「【炸裂】魔法? 自爆する気ですか!?」

「チンピラ風情にしちゃいい覚悟だが、見くびってもらっちゃ困るな。相手をよく見ろ、違和感はちゃんと疑え。それができねーからあんたはバカなんだよ。

 クロスケ、


 待ってましたとばかりに軽々とシドの肩に飛び乗ったクロは、四肢を踏ん張って全身の毛を逆立てた。

 途端、黒い魔力の奔流が深緑色の魔力塊を包み込む。


「もう遅い! 【炸裂】!」


 今度こそもうダメか、とローズマリーは体を縮めて目を閉じる。

 だが、爆風や熱風はおろか、爆発音すら響かない。



 恐る恐る目を開けたローズマリーが見たものは、黒い魔力の中に押し込められた、深緑色の【炸裂】魔法。

 初めて見る現象に、ローズマリーも犯人も思わず言葉を失う。


「あんまり手間を掛けさせんじゃねーよ、バカ」


 シドは情け容赦なく、犯人の側頭部をスタンロッドで引っ叩くと、そのまま首筋に放電する。


「クソッタレが……!」


 最後まで悪態をつき続けた犯人は、身体の自由を失って膝から崩折れ、意識を手放した。

 動く様子のない犯人を手際よく後ろ手に拘束したシドは、腰から下げた無線機でアンディを呼び出す。


「状況終了だ。犯人の身柄を引き渡す。至急こっちに来てくれ。魔法の制御をミスって負傷してるから医者も連れてこい。馬鹿に付ける薬があれば、それも頼む」

「お見事だよ、センセイ。CCも無事か? よくがんばったね」


 振り返ったシドと目があったローズマリーは気丈に振る舞おうとするも、緊張の糸が切れてしまい、その場に座り込んでしまう。


「腰が抜けちまったか?」

「だ、大丈夫ですっ」


 肩を貸してくれたシドに、当初こそ恥ずかしそうに頬を染めてむくれていたローズマリーだったが、アンディが来る直前、蚊の鳴くような声で「……ありがとう」とつぶやいた。


 どう答えたらいいかわからなかったからシドは、結局聞こえないふりをし、俺も大概ズルい大人だな、と内心自嘲するのだった。




 犯人をアンディに引き渡した万屋ムナカタ一行は、警察車両の後部座席で待機していた。

 本日の功労者・クロは魔法を使った反動で眠りこけており、今はローズマリーの膝の上で丸くなっている。


「どうだった、初めての実戦は?」

「……見事なお手並みでした、先生。こちらから一手も仕掛けることなく、犯人を戦闘不能に追い込むなんて。助けが必要だったら呼んでくださいとはいいましたけど、いらない心配でしたね」


 寝息を立てるクロを撫でる手を止め、ローズマリーは素直に賞賛の言葉を口にする。普段の生活ではお小言のほうが多いぶん、少々くすぐったい。


「今回の相手は、挑発に乗りやすいタイプだったからな。犯人が奥の手を持ってなかったから良かったようなもんだ。もっと経験豊かな魔導士だったらこうは行かないぜ。

 一流の魔導師になりたいなら、常に冷静でなくっちゃいけない。君は一見クールだけど、その実なかなかの激情家だ」

「私はいつでも冷静ですよ?」

「……ほら、そういうところだよ」


 ローズマリーがちょっとムッとした様子だったので、シドはその額を小突いてやる。


「次回は君にも活躍してもらうよ。ちゃんとついてこい、CC」

「はい、先生。お供いたします」


 ローズマリーはクロを起こさないよう、器用に手帳を引っ張り出した。


「先生は犯人の魔法を早い段階で見抜いてらしたようですけど……」

「あれだけ被害状況を見せられりゃ、な。あのチンピラは救いようのないバカだが、同じ魔法でも応用すりゃ幅広く使えるって点だけはいい見本だ」


 シドの言っていることが今ひとつ理解できない様子で、ローズマリーは首を傾げている。


「なんだよ、気付いてなかったのか? あの魔法はな……」


 そこまで言いかけたところで、何者かが後部座席のドアを叩く。

 表に出た二人を出迎えたのは恰幅のいい中年男性だ。制服と階級章から警察関係者とわかるが、丸々としたニコニコ顔は近所の土建屋のワンマン社長にしか見えない。

 その後ろからひょっこりと顔を出したのは、顔なじみの細身の警部――アンディだ。


「悪いねセンセイ、警視が挨拶したいらしくてさ」


 いつも頑張ってるねぇ、と笑いながら、警視はシドの肩をバシバシと叩く。叩かれた側は若干迷惑そうな顔だ。


「近々異動するんでね、ちゃんと挨拶しておきたかったんだ。今回の件も含めて随分助けられているからね。

 これからも協力を頼むよ。もちろん、君から協力の要請があれば、極力応えるつもりだ」


 好き勝手言ってくれるぜ、と警視の後ろでアンディが苦笑いを浮かべているが、そんな気苦労も知らない警視はシドに手を差し伸べ、握手を求めた。


「すいません、警視。手は商売道具ですので、魔導師には握手をする習慣がないんです」


 はて、と首を傾げたローズマリーだが、警視もアンディもその様子には気づいていないようだ。


「ああ、そうだったね! 私としたことがうっかりしていた。

 それじゃあムナカタ君。これからの活躍を期待しているよ」

「警視もご自愛ください。お元気で」


 ほっほっほ、と笑いながら去ってゆく警視の姿を見送ると、シドは頭をかいた。


「悪い人じゃねーんだけど、どうも苦手だな、あの手の人は」

「喜べセンセイ、後任も魔法使いじゃないから、握手を求められること請け合いだ。せいぜい物覚えがいい人だって祈ってるんだね。

 でも悪く思わないでくれよ、世間一般の皆さんは魔法使いの習慣に馴染みがないからな。僕もセンセイに会うまでは魔法使いが握手しないって知らなかったし」

「私も初めて聞きましたよ?」


 シドの後ろから不思議そうな顔で出てきた少女を見て、アンディは思わず眉をひそめた。


「え、どういうことだい、センセイ?」


 意外なところから綻びが露呈してしまって観念したのか、シド少々バツが悪そうに話しはじめた。


「魔法使いにも握手をする連中はいる。ただ、俺にとって手は商売道具で、生命線だ。それを不用意に晒したくないんだ。嘘も方便って、よく言うだろう? あと、俺は日本人だからな。握手よりもお辞儀のほうが馴染みがある。悪気がないってことだけはご理解いただきたいな」

「本当のことを知ったら怒るぜ、あの人」

「アンディが黙ってりゃ済む話さ」


 善処します、と笑うアンディだが、あまり期待しないほうがいいかもしれない。その時は正直に答えて頭を下げるだけだ、とシドは腹をくくる。


「とりあえず、今日のところはここまでだよ、センセイ。事務所まで送るよ」

「よろしく頼む。支払いはいつものように頼むぜ」

「わかってる。面白い情報が手に入ったら、また連絡するよ。

 CCも今日はお疲れさま。センセイのこと、よろしく頼むぜ?」

「はい、おまかせください」


 余計なお世話だ、と苦い顔を浮かべたシドは、クロを抱きかかえたローズマリーを後部座席に押し込むと、自分は助手席に乗り込み、ややむくれた顔でシートに体を沈めた。

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