第四章 君が居る場所へ

   1


「怪しいのです」

「ええ、怪しいですね」

 博士、助手。

 彼女達は、食器を洗うマキの姿を黙して見つめながらに、呟いていた。


「「料理がおかしいのです」」


 訝しげな顔をして、彼女達は彼に向かって視線を向けていた。

 当の本人はそんな視線にも気が付かず、いつも通り食器を洗い込んでいる。……いや、寧ろ気が付かなくなってしまっている程に、と云う状態なのかも知れない。

「三日前の彼とは大違いなのです。研究の為に図書館を出ていたというのに、ここ三日間はまるで外に出ていないのです」

「それに、料理が塩辛かったと伝えた途端、彼の料理は紆余曲折とかなり味が変化しましたからね、博士」

「おかしくなったと思えば、今度は図書館の本を片っ端から読み始める始末、更には突然夜中に外を走り回るという奇行……とうとうネジが外れてしまったのかも知れませんよ、助手」

「ネジが外れた……真逆博士、奴は私たちを蹴落とすつもりでは?」

「なっ?! ……いや、否めないのですよ、助手」


「これは……」

「これは……」


「「我々の地位の危機!!」」


 在らぬ疑いが掛るマキ。

 当然本人は何も知らず、皿洗いを済ませれば図書館の中に入って行った。

「どうしましょうか……博士?」

「い、いえ……不審と言えば不審なのですが……まだそのつもりがあるかどうかは」

 顔を見合わせ話し合う博士と助手は、当に本人が図書館で何やらゴソゴソとやっている事などつゆ知らず、二人だけの世界で悶々と思考の輪を在らぬ方向に広めていた。


 そんな事も知るはずの無い彼は、巾着袋を片手に、図書館から出てくると二人の前まで来る。

「じゃあ博士さん、助手さん。僕三日程遠出してきますね?」

「解ったのですよ、今忙しいのです」

「後にするのですよ」

「あはは、じゃあ行ってきます」

 マキは一礼だけを残し、林木の方角に歩み出す。

 彼が歩んで林木の中に潜り込んでいったとき、ふと彼女達は「「ん?」」と、彼が行っていた事を思い返した。


 そして。

「……待つのですマキ!! わ、我々の食事は?!

「そうなのです!! と云うか、突然どういう事なのですか?!」


 気が付いた頃には無論姿は見えず、影も形も消えている雑木林に向かって、彼女達は叫んだ。


「「ま、待つのです~~~!!」」


   2


「来たなァ! マキ!!」

「えーっと、本日はお世話になります」

「いやー、気にしな~い気にしな~い」

 マキが向かったのは、へいげんちほーのヘラジカの住処。そこにはライオンたちの群れも集結し、何やら大掛かりだった。


 と、言うのも――少し時間を遡る事、二日前。


 先日の出来事を忘れられないマキは、外に出る事に対しノイローゼ状態に成ってしまっていた。それ故にその翌日は図書館に籠もり、せめてその鬱憤を発散しようと本を片手に図書館の掃除や洗濯の原始的な解決を手探りで行っていた。

 その日の昼食を終えた頃か、博士と助手は木の上でスヤスヤと昼寝をし始めていた。いや、と云うよりは夜行性故にこの時間に睡眠を取っておくと云うのが正しいのか、その曖昧なラインも思考の中に組込みながら掃除を行っていると……ふと、入り口辺りに影を見た。

『スゥー……』

 何だと振り返り、その場所を見ると、仁王立ちをした特徴的な角を持つ一人のフレンズの姿が見える。息を豪快に肺へと取り込むその姿は、まるで次に来るべき何かを容易に感づかせ、マキの動きが一気に機敏になった。


『たのモゴっ』

『まなくて良いです……っ!!』

 みなまで言うなと、彼女の口元に手を翳しその轟音にも至りうる声を殺す。


 こんな堂々たる姿勢で叫ぼうとするフレンズなど、一人しか居ない。

『何だマキ、ダメか?』

『ヘラジカさん。取り敢えず博士達が起きてごねると僕が辛いので、外でも良いですか?』

『ああ、いいぞ!!』

『ボリューム下げてぇぇぇ……』


『で、何か御用ですか?』

『聞いたぞマキ! セルリアンをやっつけたそうでは無いか!!』

『……っ』

 彼にとっては今一番に触れられたくない事だった。

 根本が違うとは云え、彼からしてみれば二つの命を既に奪っている事となる。自分を責め立て続ける彼に、勇者の心情も知らぬ王様が『名誉だ!』と叫び、民衆が喝采を上げるような物だろうか? この根本的に違う倫理観が、一層彼を掻き回した。


 だが、相手は知らないし、今はまだ知られる訳にも行かない。

 平常心を取り繕い、彼は唾を飲み吐き返す。

『大袈裟ですって』

『大袈裟な物か! 私は今、また君と勝負をしたいと思っているんだ!!』

『いや、ちょっと……』

『頼む!!』

『あの~……』

『この通りだ!!』

 マキはそれ程に気にする訳でも無いが、彼女のいうこの通りは別に頭を下げるとかでは無く、どちらかと云えば睨み付けてるようにしか見えない。

 目力に圧迫されながらに、ここで博士達を起こされてもかなわないと思いつつ、大きく溜息を吐き捨てた。

『……わかりました』

『おお、そうか!!』

 ヘラジカの顔がパァッ! と明るくなる。これだけで見れば喜ぶ少女なのだろうが、やってる事が男勝りだ。それも、男顔負けな程に……。


『ならば、明後日にへいげんの私の住処で待っているぞ!! さらばだ!!』

『……えぇ』


「と、言う事で、まあ……うん」

 ヘラジカの対応に若干薄々気が付いて居たのか、ライオンからの同情が痛い程に伝わってくる。ライオン自身も楽しんでいる訳だが、視点を変えれば被害者組だ。

「相っ変わらず凄いよねぇ~」

「僕もあの圧しは断れません……」

「そうなんだよねぇ~、そうなんだけどねぇ~~」

 ライオンが何か口の中に秘密を含んだような素振りで話す。

「何か在るんですか?」

「いや~……私らだけじゃ無いのよね~」

「……え?」

 ライオンに向けて訝しげな目線を送るマキだったが、ふと塀の裏から何処かで聞き慣れた声が聞こえてきた。

「お、もう集まってたみたいだな」

「あ、マキさんお久し振りです」

「先日はどうも」


「……、」

 セルリアンハンター三銃士……此所に到着。

「(き、聞いてませんよ?!)」

「(だってさー、ヘラジカが勝手に呼んじゃってさー。いやー、ホンッとゴメン)」

 絶句。


 どうやら寸劇かと思われたその舞台は、見知らぬ処で整地化されていたらしい。

(帰りたーい)

 彼の顔は、終始引き攣った顔しか出来なくなっていた。


   3


「よぉしッ!!」

「……、」

 観客には、ヘラジカの群れに、ライオンの群れ、セルリアンハンターが居る。壇上にて立ち振舞う二つ影の武者は、ヘラジカと、マキ。

 片や両極の槍を手に、威風堂々と立ち振舞う。

 片や青年は、両手の拳の力具合を確かめ、ゆっくりと構える。


 だが。

(ここまで見られてると適当な振る舞いも出来ないですよね……それに、もう相手の目が真っ赤に燃えてる。どうしたら良いのか……)

 覚悟など決まっていない。

 この舞台に彼の意思は通用しない。


 劇場にて踊り狂うは主役のみ。

 彼はその座には至るつもりは無いのだ。


 ――だが、敵は赦さない。


「さぁ! 本気でかかってこい!! マキッッ!!」

「……はい」


 一呼吸を挟み、まるで鞭のように嫋やかに構える。

 大気中の空気を撫でるような、強みの見えない自然体の構え。


 最早なるようになれと、半ば投げやりだった。


 だが、ヘラジカは向かってこない。

「どうした! 来るが良い!!」

「……、」

 彼女の言葉に意を介さず、彼はその場で構えたままだった。

 ただ、彼女が向かってこない事には確かに疑問があった。どうにも彼女はマキに先手を打たせたがっているように映るのだ。

 それ故に……。


(真逆、気が付いた?)

 マキの不安が頭を過ぎる。


(前回はヘラジカさんが向かって来たから何とかなった。でも、真逆?)

 硬直の中で、静かにマキは彼女を睨み続ける。

 ただ、懸念を余所に先手を取ったのは、待ちきれず踏み込んだヘラジカだった。

「動かぬなら、此方から行くぞ!!」


「……っ?!」

 加速するヘラジカを見て、マキは直ぐさまその解答に行き着いた。

 ……否、正確に理解するには彼が持つ情報は乏しい。寧ろ、その正確に気が付いたという言葉が似合うのは、フレンズ側だろうか。


 ライオンとヒグマは、その光景に目を丸くして吐き捨てた。

「な、ヘラジカの奴!?」

「野性解放だと?!」

 肌の表面から仄かに膨らむ光の膜。微かに浮かぶ粒子達は大気に置いてけぼりにされ、風を切り抜き迫る猛将に、マキは反応が遅れる。

「……ッ!」

 咄嗟に足を引こうとし、感覚がズレたのか片足が滑る。体勢を崩しながら、迫り来る敵の突進に彼は防御も儘ならずモロに受け吹き飛ばされた。


「……ガッ!」

 肉体は大きく飛び上がり、地面に雑多に叩き落とされ、躰を転がし衝撃を流しながら直ぐさまマキは立ち直る。

 だが、腹部には未だ強烈な激痛が走り抜けていた。


「ば、馬鹿かヘラジカ! マキ相手に野性解放なんて!!」

「ライオン! これは見ていれば解るぞ!」

「い、いやいやいや!! やりすぎだって言って――」


 身を乗り出し止めようとしたライオン。だが、寸前に視界の端で既に構えているマキの姿を見つける。彼もまだ、終わっていない。

「こぉぉ……」

 息を吸い込み、体脈を整える。

「どうだマキ、目は覚めたか?」

「あはは、もうスッキリバッチリですよ……」

「なら、次も行くぞ!!」

 ダンッ!! と、彼女は片足を引き再度突進の体勢に入る。整えられた地面が足の力だけで迫り上がり、まるで発射台を設置されたロケットのように前屈みに構えていた。


(いや……)

 瞬間マキは理解した。

 先程の突進とは違う。

 片手に握る両槍の持ち手に力が込められているのだ。

(成る程、いやはや本能という物なんですかね……)

 半ば投げやり気味な口調が、心の中でぼやかれる。


 刹那。

 轟音を立てて彼女は発射された。

 不気味にまで感じるそのオーラは、まるで重列車が迫り来るような迫力が肌をなぞる。


「ならば!」

 彼もまた、逃げるのでは無く踏み込むように足を地面に擦り付け、迎え撃とうと試みた。


 ガッッ!!

 衝突は、した。


 だが、少し複雑だ。

 マキの片手は迫り来るヘラジカの腕を掴み、突進に対してはもう片方の手を肩に、片足を相手の踏み込もうとする脚の牽制に使った。

 勢いを出すその物を、封じる技。


「やはりお前は、斬新な戰いをして楽しいな!!」

「どうもありがとうございます」

「なんだ、口だけは引っ込み思案か?」

「躰で示せるだけ、良しとして下さいよ」


 互いの語らいは、何処か刺々しいが、それこそ熱の籠もった言葉だった。


「しかし、マキの戦い方は……何というか、凄いな」

「私も始めてみたときは驚きましたけど、その時とはまた違った戦い方と云いますか……」

「でも、かばんは出来ないよね~あの動き?」

「何と言うんでしょうか?」


 観客側の彼女達が首を傾げるのも、当たり前だった。


 それこそ、彼が持ちいる柔術の一つ。

『合気道』


 相手の動きや空気を読み取り、己の拳を放つのでは無く、相手の力をそのまま返したり、相殺したり等と、言い換えれば柔術の究極だ。

 護身術としても現代では渡り歩いているが、実のところ合気道を実践で使える者など居ない。

 合気道をそもそもとして学び、真に極めた者でさえ、世界を数えても片手の指に収まる程度だ。更に、合気道は相手の決まった動きに対しての対処法でしか使えない事から、事実実践で活躍するなど歴史において今まで無かった。

 合気道は、相手の動きを返すのだが、それ故に基本的な動きが決まっており、そもそも実践中に相手の動きを読み取り返す技を繰り出すなんて事は極めて難しい。


 だが、もし。

 合気道を極め、更には研究し尽くし、応用としても、実践としても使える代物にした者が居れば?


 もし、そんな場所に到達したのであれば、それはきっと――究極の柔だ。


「……ハッ!」

 躰をしゃがませ、彼女の躰に両手を当てる。

 コツンッと足の姿勢を崩せば、マキは彼女の躰を思いっきり回しながらに投げ放った。

「うぉぉぉぉぉ?!」

 空中でギュルンギュルンッと回転しているヘラジカは、槍を使い地面に串刺し、姿勢を立て直した立つ。だが、ヨロヨロッと目の回った彼女は、立ち上がるには些か時間が掛っていた。

 ただ、隙を攻めず、彼は構え取るだけ。


「おっとっと……、やるなぁ! だが、守るだけでは勝てんぞ!!」

「そう、ですね」

 囂々(ごうごう)と燃えるような気迫を辺りに走らせるヘラジカに対し、マキから感じるオーラは海のように静かで、小さく波打つように穏やかだった。


「戰うマキってなんか新鮮だね~」

「初めて観るが、自然と調和しているようなあの動き……面白いな」

「そうですか? 私は彼の戰い見た事があるのですが、力強かったですよ」

「え、見た事あるんですか?」

「はい。巨大なセルリアンに襲われたときに、彼が倒してくれたんです」

 そんな彼女達の会話を、意図もせず、だがまるで予定調和のように聞き取ったのか、ヘラジカの耳はピクリッと動いた。


「ほぉ~」

(何言ってくれてるんですか!!)

 心の中で「しまった」と言わんばかりにマキの顔は苦く歪む。

 取り繕った笑顔がグニャリッと歪んでいるのだ。


「マキ……隠さなくて良いんだぞ?」

「あはは、自分に似た誰かじゃ無いですか?」

「まあまあ」

 ゴウンッ!! と、風を巻き上げ迫る。まるで初速を最高速に可能な限り近づけた車のように、突然の発進は辺りの空気を震わせ、乱反する。ヘラジカの、華奢な少女に見えるその一歩が、鉄の固まりが汽笛を鳴らして押し寄せる様な――真に剛の猪突。


 迫り出す寸での所で、マキは腕を合わせ守ろうとするが、直ぐさまその動きをやめた。

(あの衝突は、腕の骨が逝ってしまいますね)

 ダンッ!! と横薙ぎに飛び出し、彼女の突進を避ける。

 彼が居た場所を過ぎ去った彼女は、足場を削り急停止しつつ、再度方向転換をした。

「まだまだァ!!」

 その動きは、明らかに草食動物の動きでは無かった。

 気性の荒い肉食動物に近く、獲物を求めるとはまた違う。


 動物のその習性は、古来より変わらない。


 だとすれば……。

(此所で引く事は、もしかしたら侮辱なのかも知れませんね。気高き戦士の精神に、傷をつける事になる。そこまでして強者との戰いに身を投じる貴方に……そして、その真っ直ぐな眼に、愈々気圧されましたかね、僕も)

 理解した。


「全く、注文の多い方だ!」

 ダンッ!! 片足を前に出し、構えを変える。

「あっ、あの構えです!」

 キンシコウは彼を指差した。

 片手を握り、拳を突き出す。もう片方の腕を後ろから頭上に曲げるようにし、片足を半歩前に出したその構え。

 その姿を見たヘラジカは、一寸その足を緩めた。


 マキは、奇しくも柔術に一辺倒だった。

 それは、平和願望故に、傷付けず沈静し、事を無傷で終わらせるが故の、最善の秘策だったからだ。

 だが。


 彼は、ある一点においては本気を出す。

 最も、(戰いに置いて)短気なヘラジカとは真逆。本気を出すまでに時間が掛るスロースターターに近い傾向の精神を持っている。

 そして、その時使う彼の戦い方は、傷付けずに終える「愛」ある拳では無く、相手への闘争を高めた第二の「強さ」へと到達する。


 その戦い方は。

「……鬼神か?!」


 そう。

 表情こそ柔和さは抜け切れていなくとも、気迫だけで理解できる。


(……底知れないな)

 隠している訳では無いと、解る。

 ヘラジカも、薄々感じていた。

 マキはきっと、何かのトリガーが必要なのだと。その力を引き出させるには、何かしらの引き金を引く必要があるのだと。ただ、それは理解と言うよりは、草食動物特有の何かしらの本能が、曖昧なイメージで連想した物だ。

 だが、間違いでは無い。

 草食動物特有というのは、謂わば生存競争内で戦わなければいけないとき。例えば、殿(しんがり)となって群れを守るとき。例えば、家族を守る為に襲い来る肉食獣に立ち向かうとき。

 生存の本能が彼に対する見解を、唯純粋に脊髄反射のように理解していたのだろう。


 が。

「……ハァ」

 マキは、突如溜息と共に、その気迫は消え失せた。

 そしてまた唐突に、壇上にてゴロンッと仰向けになるように寝転んだのだ。


「降参しまーす」


 静寂が、辺りを呑み込んだ。

 剣士の斬り合いでの、空白の時間では無く、言うなれば思考に対しての突然の衝撃による、反動停止。第三者側からの事態を転覆させるような言葉による、思考運動の強制終了の様な物だった。


 ただ、数秒の間を残して、第一声を放ったのは――。


「……ハァァッ?!」


 ヘラジカだった。


   4


「いやー、呆気ない幕引きだったねー」

 呑気にライオンは宣うが、隣でボーッと空を眺めているヘラジカの顔は上の空だった。あの動かないと死ぬようなヘラジカが、何一つ挙動を起こさず上空を見つめ放心しているのだ。


「でもさー、どうしてあんなことになったんだろうねー」

「……、」


 ライオンの声など届いていないかのように、ヘラジカは唯々青空しか観ていない。

 そう、それ程に……衝撃的だった。


   *


『な、何を言い出すんだ!?』

『……いやー、コレはダメだなーって思いまして』

 寝転んだマキに向けて、動揺と怒声を交えたヘラジカが叫んでいる。

 だが、彼は見向きも立ち上がろうともせず、周りで眺めているフレンズ達もポカンッと口を開けたままだった。


『それじゃ、ヘラジカさんの勝利と言う事で失礼しますね!』

『ま、まて!! まだ勝負は……』

 彼女が声を掛けるよりも早くに、マキは何処かに駆け出し、垣根の外へと消えていった。

 そして、空虚な時間が過ぎゆく中……彼女はひとり、壇上にて取り残されていた。


   *


「いやー、最初は本当に驚いたよねー。でも、パッとやる気になったと思ったら直ぐ冷めちゃったもんね。スナネコより飽き性なのかも知れないし、そんな大袈裟に落込まなくても良いじゃんかー」

「……、」

(あ、ダーメだ。心からガッカリしてる)


 彼女の空虚な目は、未だ空の澄み渡る蒼を曇りの内鏡のように映しだし続けていた。


   5


 そして……。


「やっぱり、来てたんだね!」

 彼があの場所から駆け出し、向かった先。

 先程までの彼とは打って変わり、まるで嬉々として楽しみに有り付いた子供の無邪気な笑顔で、目の前の存在に声を掛けた。


 サッカーボールより、一回り大きい半透明の存在。

 特徴的な耳に、単眼の生物。


 彼の親友。


「お待たせ、アイリス」

「――!」


 そっと優しく、その手をアイリスの頭へと差し伸べた。


   *


 その日の出来事を憶えている。

 焼き付いた光景。

 躰の四肢の、先の先まで実感した、あの経験。


 僕はその日。

 ――運命を迫られた。

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