第三章 何処へ
1
夢は遠く、願い儚く。
今日も今日とて、博士達に朝食を作る。
朝の「いただきます」も変わらず。食後の皿洗い兼豆知識に華を咲かせる。昼食の準備を終わらせれば、またマキは調査の名目でパーク内を彷徨くこととなる。
「マキ、最近はどうですか?」
「……最近?」
「そうです。パークに来て早数週間は経つでしょう。パークのフレンズとは打ち解けられたのですか?」
「母親に「転校先でやっていけてるか?」と聞かれてる気分ですね……まあ、普通に仲良くさせて頂いてますけど」
「その“てんこうさき”と言う言葉はわかりかねますが、大丈夫なら宜しいのです」
「ちゃんと夕食までには戻ってくるのですよ」
(なんか、本当に最近子供を見る親のような感覚だな……)
「はい、行ってきます」
マキは、小さく敬礼の真似事をすると、軽快な足取りで今日も走り出した。
……だが。
博士達が見えなくなった林木の先で、マキの足取りは途端に重くなる。
この調査に何の成果が得られただろうか?
長距離への移動が出来ず、結局今日もまた、何処か近くに赴く。
草原を抜け、周りを見回す。
特に突起するような何かがある訳でも無く、周りは文字通り自然的。当たり前の自然に、当たり前の風景。和という言葉を表現するには十分な、緑生い茂る草木に喉元を優しく撫でる心地よい風、日光の煌びやかな日照りがある。
唯それだけだ。
マキが平原や森林にしか足を運べないのも、図書館の近隣を徘徊しかできないのである。とは言えど、何も行動せずには要られない。もしこの近隣を調べ終えたのならば、彼は孰れ遠出を行いパーク全体を見ていかなくてはならないのだ。
とも成れば、彼は図書館から出ることになる。心配なのは博士達だった。
(僕がいなくても大丈夫かな、ジャパリまんで我慢してくれると良いけど……)
心配事は、それだけでは収まらない。
彼が伸ばす手……その手が掴む物。
彼はずっと、考えていた。夜が巡り、朝が来る。朝食から洗濯、外に出かけ、帰るとき。その全ての中で、彼は常に考え続けてきた。
だが、答えは出ない。
(セーバルさんに会って、優しさを知った。小さなセルリアンは、嬉しそうだった。フレンズも同じだ。博士達は残さずご飯を食べてくれる。自分の性なのに、リカオンさんはお礼を言ってくれた)
そう。
その優しさは、どちらからも貰った。
どちらも正しい、正しいのだ。優しく、誰かに温かく接せる彼女達は、紛れもなく誰にでも共有出来る優しさを持っているはずなのだ。なのに、同じ優しさを持ち合わせても、その互いの溝は深く、根深い。そして、マキはその過去を知らない。彼は余りにも、この島に来るにはその情報の持ち合わせは少なかった。
そして、こんな気持ちを考えてしまうと、その歩みの中でふと思ってしまうことがあった。
(早く、誰かに会いたいな)
マキは、ふと思う。
誰かに会って、誰かと話して、その優しさを共有したい。優しさを与え、そして……いつかはその絶対的な救済を成し遂げたい。
今の青年は、先の見えない夢の中で確かに翻弄されていた。
それでも、彼はこの場所に意味を持って――今も尚、立っている。
2
考えながらに歩く山道とは危険な物だ。
足下掬われるから。
何かに気を取られて山道を歩くのは危険な物だ。
周り見えてないから。
マキという人間は、一度考え込むと中々に危機感を失う物だ。
落ちてるから。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!?」
青年の絶叫が辺りに響く。
マキは絶賛急斜面の崖を滑り落ちていた。
声はエコーのように響き渡り、今世紀最大の絶叫を挙げてズシャァァァーーーッ!! と滑って行く。土煙を巻き上げ、ウォータースライダーが如く加速度が増す。
因みに落ちた理由というのも。
「何で考えることに没頭して目の前に崖に気が付かないかな僕はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーっっっ!!」
救いようのない物であった。
その急斜面が何処まで続くか解らないが、終わりが見えればマキは衝突する。それまでに減速しなんとしてでも衝突の衝撃を緩和させなければならない。……だが、最早視界が瞬きした瞬間に通り過ぎているようなその加速度は止めるには些か無茶すぎた。
というか、もう無理だった。
――ピュンッ!!
「ウッ……!?」
突如、腹部に何かが巻き付いた。
感触はまるで紐のようで、纏わり付くと同時に躰は勢いよく動きの反対側に引っ張られ始める。急斜を次第に失速するマキの躰は、腹部がキリキリッと締め上げられてゆく。
そして、遂にその体は……斜面の終わり手前で止まった。
マキの躰は、ゆっくりと地面に降ろされる。彼に巻き付いていた紐――触手はスルリと彼の躰から抜け、トサッと地面に降ろされた。
「――ッ!」
急斜面の上の方へと引いていく触手。その先には、嘗てマキが救った最初のセルリアンである、緑の小さなセルリアンが居たのだ。背中とも言うべきなのか解らない場所から突起のような物が地面を突き刺し、触手のような物が体内へと戻っていく。
躰を使いマキを救った小さな友人は、マキとの久方振りの再会を喜ぶかの如く、マキの元まで飛んで行く。
「――?」
だが、反応が無い。
……と、言うより。
先程の触手が腹部を縛り上げ、急な衝撃に彼の躰は追いつけずその場で気絶していた。
「――!? ――――!!」
自分の行いに我に返ったのか、小さな友人は慌ててマキを揺らす。
彼の名を叫ぶように震え、そして……叫んだ。
3
「――ッッッ!!」
「あはは……大丈夫大丈夫、ちゃんと生きてるよ」
泣きつくように擦り寄ってくる小さな友人に対し、マキは抱き上げ優しく撫でる。友人は無機物の顕現とは違うのか、感情が豊かだ。その姿にマキは、確かに何処か安堵の思いを浮かべていた。
「さて、ここは何所なのかな?」
マキは辺りをグルーッと見渡す。崖より上は高すぎて先が見えない。登り戻るには明らかに装備が足りない。
「目測からしても可成り下……つまり、山間に本来の地表よりも下段の谷に落とされたって事で良いのかな? 真逆こんな深い場所があったなんて……」
黙々と崖上を眺めながらに口ずさむが、腕の中でピョコピョコと動く友人は何かを言いたいのかマキに訴えている。
「ん? どうしたの? ……え、あっち?」
耳のような部分で方向を指し示したセルリアンは、まるでその方向に何かある、と言いたげに訴えている。
「そうだね、戻れそうに無いし、進んでみよっか」
「――!」
彼等は早速とその先へ進み出す。
木々を避け、影がより多くなった道を真っ直ぐに進む。
「そういえば、君の名前ってあるのかな?」
「――?」
「あぁ、そう言えば、種族名だけで個体名は無いんだっけね……何か目印になる名前でもあれば良いのだけど……」
歩みながらに彼は考える。
セルリアンの名前付けなど良く解らない。突発的に思いついたのだが、いざ呼ぶとなるとその友人になんという名前を授ければ良いのか……。
そもそも、彼かも彼女かも無い。
ますます難しい。
ただ、一つだけ。
彼の中で、一番最初に浮かんだ単語があった。
「アイリス……」
「――?」
「あ、えっとね……!!」
ハッと我に返ったマキは、あたふたと焦る。
微かに赤く染まる頬を指で掻き、焦りを濁すように黙り込む。多少落ち着いたのか、彼は再び口を開けると、『アイリス』という名への思いを吐き出した。
「アイリスって言うのは、僕らの世界のある場所の言葉で癒やしって意味なんだ……何て言うか、僕にとって君はこの島で初めての友達だったから……色々あったけど、仲良くなれたし、癒やされてるな~って思って……安直だけど、それが良いなって思って……ダメかな?」
「――……!!」
喜ばしげにピョコピョコと腕の中で動く小さな友人は、どうやらその名前を受け入れてくれたらしい。心なしか、何処か今までよりも一番嬉しそうに見えた。
「そっか……ありがとね、アイリス!」
「――!!」
彼の呼びかけに、アイリスは確かにちゃんと答えた。マキも、その反応が嬉しかったのか、何処か、今まで沈んでいた気分が上がってきているようにも見える。
「……?」
ふと、マキは視線の先に何かを発見した。
光源……と言うには儚いが、木々の先がどうやら開けているようだった。陽の光が差し込んで反射しているのだろうと思いながらも、彼はその開けた場所に足を踏み込もうと木を避け踏み出した。
「………………………………………………えっ?」
視界一面に現れ出た物。
そこは、確かにその谷底の森の中で唯一開けた場所かも知れない。きっとフレンズでも知っている者はごく少数の筈だ。暗く狭い故に、そして深いが故に誰も近づかないような、言うなれば、特定の者だけの理想的な隠れ家。上を見れば、陽射しがそこに向けて降り立ち、手の施されていない草原が生きている息吹を吹かせるように輝く。
が、マキが目を見開いたのはその自然の広大さだけでは無かった。
まず、セルリアンが居た。
いや、セルリアンしか居ない。それも、巨大なセルリアンが、ゴロゴロとその場で集まっている。博士や助手から話を聞いていたマキは、会ったら逃げろというセルリアンの大きさに比例した危険度の話を思い返した。
そして、その比例したステータスでこの場を語るのならば、絶望的だと思うだろう。
ただ、マキを除いて。
「此れは……」
マキは、安易に躰を出してその場所に乗り出した。
マキの姿を視認した大型セルリアン達は、誰かが気が付けばまた誰かがマキを見つめ出す。連鎖的に彼に気が付いた者達が次々に彼の存在を目の当たりにしていた。
「……すごい」
つい、口から零れた言葉は、マキの尚な感想だった。
貌(かたち)数多、多種多様のセルリアンがこんなにも大勢で集まり、この場所で密かに羽を休めるように、住み着いていたのだ。
だが、突然の人間の来訪に、セルリアン達はその安堵の息を殺しマキに警戒強く睨み付けてくる。
(あ、そっか……)
自分の興奮を抑えこむように察するマキ。
一つの小さなセルリアンと絆を深めても、それが全てに通用する訳では無い。フレンズがセルリアンを怯えるように、セルリアンだって自分の外敵には危機感を持つ。マキも例外では無く、ただ、腕の中で怯えること無く安心している一匹のセルリアンが故か、攻撃してくるような素振りも無い。
(でも、きっとチャンスなんだ……)
マキは、グッと胸の中で決意を固める。
腕の中に居るアイリスを一旦降ろし、彼は一歩、また一歩前に進んだ。
「――」
セルリアン達は近づいてくる人間に注意深く警戒を強める。隣を跳ねて付いていくアイリスも、また心配そうに彼の近くを離れなかった。
セルリアンの脇を通り抜け、開けた場所の真ん中へと足を進める。
きっと、襲われでもすればマキでも一溜まり無い。セルリアンの拠り所の中央に立ち、彼は周りを見回す。
(きっと、こんなチャンス次は無い。此れを逃せば、本当に僕は何も成せない愚か者だ)
残痕が、彼の脳裏に映される。
首を横に振り、しっかりと周りへとその目を見据える。
そして……。
「僕は、マキ! 人間の、マキと言います!!」
叫んだ。
セルリアンに向けて、彼は叫びを上げた。伝わっているのか、可能性は千切れそうな糸一本分の確立かも知れない。心に響かせるなら、その糸を綱渡りするくらいの気持ちで歩まねばならない。
「僕はこの島の外から来ました! この島に来て、沢山のフレンズとセルリアンが生息していると知り、その互いが敵対的だとも聞きました! フレンズと人は昔から、この島ではセルリアンと戰ってきた……確かに、それは変わらない現実でした」
知った。
マキは、余りにもジャパリパークを知らなかった。彼にとってその場所は、理想的であって欲しいと願い続けていた為か……否、彼の運命は確かに何処かで狂い始めていた。
何故なら、真っ当な講義や話を聞けば、彼だって今に至る考えを行わなかったはずなのだ。
そう、当たり前の考えを持つ人間程、その場所には来ない。
「でも、僕は変えたい!! セルリアンがフレンズと、フレンズがセルリアンと、互いに争うのでは無く、共存し、暮らし合える世界を目指したいんです!!」
だから、言うのだ。
理想的で、チグハグとした考えでも、それがマキの心情ならば、心に宿る想いならば、間違いなく彼は誰よりもその考えの中で一番前に立てる。
「長い歴史は、揺るがない。互いに多くの犠牲を出し、涙を流し、悲しみ嘆き、傷ついてきたはずだ。だけど、その先に何がありますか!? これ以上の闘争の先に、何かがある訳では無い!! 悲しみと嘆きと苦しみと……負の連鎖が続き、孰れどちらかが世界の敵となる。劫火の海の中で涙を流しても、叫んでも、きっと何も変わらない」
力一杯、彼は呼びかける。
今、マキはこの中で一番に警戒されている。それは逆を辿れば、最も視線を集め、最もその聞き耳が立てられている人物という事だ。
「だから、変えましょう!!」
叫ぶ。
今しか無いから。
「これ以上、悲劇を生まない為に……、誰かを傷付けず済む方法は必ずあります!! だから、僕に力を貸してください!! 何処かで息を潜めて生きるしかできないより、誰かと手を取り合い、協力して、明日に進みたいんです!!」
だから。
「僕は、貴方方を裏切らない!! だからもし、僕を信じてくれるなら……僕に、僕に力を貸してください!!」
頭を下げる。
全力の叫び。
彼という存在は、セルリアン立ちに大声で呼びかける。
だが。
その声を聞き届ける者は居るか?
その言葉に賛同する者は居るか?
『……』
静まる拠り所。
セルリアン達に動きは無い。
微動だにせず、唯々マキを警戒している。
(……やっぱ、ダメか)
そして、その場に居るセルリアン達は、そこで頭を下げるマキを余所に、その場から撤収し始めた。
俯くマキは、その草木をかき分けて通る音を耳にしても、頭を下げ続けた。
頭を下げ続けて、懇願し続けて。
そして、音は、その場から消えていた。
「……、」
下げた頭の下には、心配そうに見つめてくるアイリスがいる。
マキは下唇を噛み締め、何かを堪えるように一度息を吐く。
「ダメ、だったね」
彼は頭を上げ、吐き捨てる。
その時だった。
彼の視界には、一つだけ、確かに影があった。
マキと、アイリスと……もう一つ。
「……君は、確か」
憶えている。
崖を転がり落ちてきた、赤いセルリアン。
あの時、マキによって救われた、あのセルリアンだった。似通ったセルリアンが何体居ようとも、マキには解った。その個体の発する何かか、きっと科学的な話では無い。だが、マキは確かにそう確信し、赤きセルリアンを正面に目を見開いた。
「君は、僕を……信じてくれるのかい?」
「――」
送り返してくる視線は、真っ直ぐで、強かった。
(やっと……一歩だ)
拳を握り、下唇を噛む。わき上がる感情を押し留め、彼はその赤きセルリアンと面と向かって……見つめ返す。
「きっと、できる。僕は……やってみせるんだ」
決意。
マキは、確かにハッキリと、その二人の友に宣言した。
未だ道半ば。
遠い理想の果てに、何を見るのか。
運命は動き、世界はその収束を今だ見ない。
だが。
確かに言えることは一つある。
――現実は、常に残酷だ。
黒き粒子が、突如彼等を襲う。
4
「……なんだ!?」
彼等は直後、目撃する。
此方に向かって飛び寄ってくる、黒き粒子の集合体。それらが何か解らないが、確かに明確に、マキとセルリアン二匹の元に向かってきていた。
マキはその背筋がゾッとするような現象に、直ぐさま前に出て立ち塞がる。
だが。
突如、彼の視界の外、横から強い衝撃が彼を吹き飛ばす。
「……なっ!?」
跳ね飛ばされながらにその攻撃の正体を見据えると、そこには先程の赤く巨大な球体のセルリアンが、マキとアイリスをその黒い粒子から逃すように弾いていたのだ。
吹き飛ばされながらに、マキは直ぐ身体を起こして赤いセルリアンへと視線を向け直す。
「――――ッッッ?!」
黒い粒子は赤いセルリアンの周りに集結し、取り囲む。まるで呻くように暴れ回る赤いセルリアンは次第に躰の節々に黒い斑点のような物が広がり始めていた。
「アレは……真逆!?」
黒く変色し出す赤いセルリアンの躰。所々に斑点模様が広がり、まるで汚辱のように赤いセルリアンを蝕む。
「……くそっ!!」
マキはすかさず走り出した。
わかるのだ。本能的に、アレは飲み込み、蝕む。まるで病原体のような存在だと。
(サンドスター・ローって……そういう事だったのかよ!!)
赤いセルリアンに駆け寄り、マキは呼びかけようと試みる。この黒い集合体を払いのける方法など知らない。それでも……。
「負けちゃダメだ!!」
「――ッッ!!」
赤いセルリアンはマキに睨み付ける。苦しそうなその瞳。真っ黒に変色した斑点から黒い鎌のような突起物が出現し、マキに振るおうと試みる。
だが、その鎌は振るわれること無く、空中で唯々震えていた。
(まだ、何とかなる!! ……だけど)
自分の無力さに、怒りが込み上げる。だが、嘆いてもしょうが無いと己に言い聞かせ、マキは叫ぶのだ。
「絶対に助けてみせる! なんとかしてみせるから!! 諦めないでくれ!!」
無駄な抵抗かも知れない。だが、上着を脱ぎ、バッバッと黒い粒子を払い退けようと振り回す。黒い粒子の集合体はまるで意思が在るのか、その上着からサッと避けてはまたセルリアンに取り憑く。
「このっ……!! 離れろ!! 離れてくれ!!」
「――……」
赤いセルリアンは苦しみながらにマキのことを見つめている。振るわれようとする鎌を必死に押さえつけていた。黒い斑点は、彼等の意志虚しくジワジワと広がって行く。
「くそっ! ……くそっ!!」
それでも諦めず、懸命にマキは払い退けようと必死に上着を振り回す。黒い粒子は何度も避けるが、その意思はまるでその行為に苛つきを覚えたかのように、標的を変えた。
「……えっ?」
グワンッ! とまるで赤セルリアンから距離を取るようにして空中に離れると……マキに向かって急接近してきたのだ。
「……が、ああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!?」
黒い粒子がマキに取り憑く。
瞬間、マキの頭の中に、無理矢理に何かが入り込んでくるイメージがあった。
――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
焼けただれる躰。
殺される側の視点。
大量の屍が躰を登る。
死体に埋もれる。
――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
そして――視界を覆う程の死体が此方を向いて「死ね」と言い続けてくる。
――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
まるで一つのイメージが圧縮し、マキの脳内に強制的に流し込まれるような悪意の応酬。見たくも無い悪の連鎖。
――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
「ああああああああああああああ――ああああああ――あああああああああああ――ああああああああああああああああ――あああああああああああああああああああ――あああああああああああああ――っ――――ッッ――――――――――――ッッッッッ!?」
喉が掻き切れる程の絶叫。
考えてもいない感情の連鎖や、悪意の猛襲が、マキの肌を蝕み出す。
「――!!」
侵食が停滞し、躰中に斑点が残る状態で放置されている赤セルリアンは、マキを見据えていた。己も侵食され、躰を蝕まれ、動けなくなっている中、己と同じ運命に遭おうとしている存在が目の前に居る。仲間でも無ければ、敵の意志も無い。同種のセルリアンに同じような感情がある訳も無く、きっと近くに潜み戰況を眺めている臆病なセルリアンが周りに居る。
だが、彼は立ち向かった。
気紛れで助け、そのまま立ち去れば良い物を、己が身の為に立ち向かった青年がいた。
奴の理想は此所で終わるのか?
終わらせて良いのか?
赤き球体のセルリアンは、動く。
メキャメキャメキャッと口を形成し、マキに近づく。
「が、ああああああっっっ……ガッッッ!?」
苦しみ、地面の上で悶えるマキ。だが、マキは自分に近づく一つの赤い影に気が付くと、怯えることもせず、唯々手を伸ばした。
「……すく、って……み、せる……」
「――」
それでも救おうと、伸ばすその手。
セルリアンを救おうなどと、異常者極まりない。その考え方はきっと何処でも受け入れられず、異端のような扱を受けることは明白。だが、その現実に怯えなかった。立ち向かった。
なら、ならば。
ゴバァァッッ!!
赤きセルリアンは決断した。
その決断を始めとし、奴は、マキを丸呑みした。
5
喰われた。
マキは、薄らと失い欠けていた意識の中でその光景を眼に為る。
彼が居るのは、視界全面がまるで水中に居るような、赤と黒がバラける世界。先程の光景を思い返し、直ぐさま彼は躰を確認する。
「……ッ!?」
だが、それよりも早くマキの躰は突如謎の力に押され外に吐き出された。
「わっ、がっっ?!」
理解が追いつくよりも早く、彼はその己のみを飲み込んでいた正体に目を移す。そこに居たのは、あの赤いセルリアンだった。黒い粒子がまるで閉じ込められたかのように赤いセルリアンの中で蠢き、赤きセルリアンはプルプルッと耐えるように震える。
(何が、起きて……)
マキは、自分の躰の違和感に気が付く。
先程まで侵食していた黒い斑点が、マキの躰から消えているのだ。
「……そんな」
マキは赤いセルリアンへと視線を移す。
赤きセルリアンは、此方に向けてまるで決意と意志を伝えるかのような、覚悟の決めた者の目で、ジッと見つめ返していた。
赤き鎌が、高らかに振り上げられる。
「……やめ、やめろ」
マキは、震えるように吐き出す。
手が、ゆっくりと赤セルリアンへと伸ばされる。
だが。
赤き鎌は容赦なく振り下ろされた。
愚かにも、自身のコアを己で破壊する為に。
パッカーーーンッッ……
破裂音だけが、辺りに響いた。
伸ばした手は空を掴む。だが、それを追いかけるように更に手を伸ばすが、もう、何処にも居ない。
「……ぁ」
ポツリッ。
零れた。
瞳に込み上げた、小さな粒達が……集まり、一つになり……落ちる。
ポツリッ……また、ポツリッ……と。
「……ぁぁ」
抑え込んでいた思いまでもが、一気に溢れ、流れ出す。喉の奥から止めようのない声がまた喉を殺す勢いで迫り上がる。
「……ぁぁ、ぁ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
寄り添うにも、アイリスは寄り添えず、その哀しき咆哮を眺めているしかできなかった。
慟哭は……届くこと無く、響いた。
6
図書館。
博士と助手は、帰りの遅いマキを普段の外にポツンと置かれただけのダイニングテーブルで待っていた。
「全く、マキは遅いのです」
「博士、此れが人の噂に聞く反抗期という奴ですよ」
「なっ……!? まさか助手、マキは帰ってこないと……?」
「そ、それは困りますね……」
マキが帰らなければ、料理が無い。彼女達の脳裏に浮かんだのは、料理不足で干からびていく自分たちの姿だった。
だが、そんな驚愕口論を重ねている内に、ふと遠くから此方に歩んでくる一つの影が見えた。
夜眼の効く彼女達は平静を取り戻すかのように装いながら、その訪れてくる物が此方に近づくと同時に吐き捨てた。
「こほんっ……遅かったのですよ、マキ。早く夕食を作るのです」
「我々は美味しいご飯を待っているのですよ」
「……、」
「……マキ?」
「……っ?! あ、ごめんなさい。ただいま帰りました。夕食でしたよね、少し待っててください」
マキは直ぐさま荷物を置きにタタタッと中へと入り込み、食材を以て厨房に急ぐ。
そんな彼を見ていた二人は、ふと、互いに互いの疑問をぶつけた。
「マキは、あんなに目の下が腫れていましたか、助手?」
「いえ、何かあったのでしょうか?」
「でもまあ、大丈夫そうなので、我々は有意義に夕食を待つとしましょう」
「そうですね、博士。美味しい料理がまた食べられるのです」
互いにゴクリッ、と唾を飲み込み料理を楽しみにしていた。
7
出て来た料理は、スープカレーだった。
アッサリとしたルーとご飯に染み込む美味しさが売りのその料理が博士と助手の前に置かれる。
「やっとできたのですね」
「我々は待ちくたびれてしまいますよ」
「ごめん……」
力無くマキは言葉を返す。
そして、彼はそのまま席に座ること無く、そのまま図書館内に戻ろうとしていた。
「マキ、食べないのですか?」
「あ、えっと……今日は良いです」
「……? そうですか、では」
マキは図書館に入る最中に、背中に「「いただきます」」という言葉が当たった。
だが、彼は何も言うこと無く、そのまま中へと戻っていった。
「……今日の料理は、塩っぱいのです」
「ふむ、少し塩っぱいですが、こう言う料理なのでしょうか?」
「むむむ、塩っぱ過ぎませんが、なんというか、この料理は塩気を弱くするべきなのですよ」
「そうですね、マキには後で伝えておきましょう」
彼女達は文句を吐き捨てながらに、その後料理を完食して見せた。
8
ソファーの上で、マキは寝転がる。
先程の博士と助手の苦言に引き攣った顔を見せる訳にも行かず、背中越しに答えた。その後彼女達は木の上へと登り、睡眠を始めた。
夜行性という彼女達だが、次第に人間の俗世にハマりだしているその傾向は、失われて行く野生と同じ物なのだろうか。
ただ、きっと彼にはそれを考える余力は無かった。
後悔と、消えかけている意志。
あの場所で失った物は、彼の心を折る程大きい物だった。
躰を丸くして、ソファーの上で躰を休めるマキ。
ただ、どうしても、心だけは癒やされない。
そして、今でも想ってしまう。
己の理想は……馬鹿げているのだろうか? と。
(……どうすれば)
そして、涙がまた膨れ上がる。
彼の夜は、ソファーを濡らして終わった。
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