第四章 理想とは

   1


 どうも、マキです。

 ジャパリパークに漂流しました。

 セーバルさんという優しい方に雑木林の出口まで案内して頂きました。

 更に歩み続け、図書館に到着しました。


 そこで出会ったフレンズ、博士と助手は、僕に料理を要求してきました。

 有無を言わせず。


 ……多分、元気です。


   2


 せめてもの意味合いで、エプロンを着付け簡単な料理を作る。リクエストがカレーだったのは幸いだった。自炊程度しか知識が無い為に、今後は勉強しなくては成らないだろうが、自炊者にカレーは定番だ。

「あ、でも火の付け方は古代的なんですね……」

「何を言ってるのですか?」

「サッサと作り上げるのです」


 博士と助手は既に外に並べられているテーブルと椅子腰掛け、ナイフとフォークをバンバンしている。フレンズは少女と言うだけあって何処か和ましくも思える分、まだ許せる範囲なのだろう。マキも特に弱音も吐く事無く、火をつける。多分、今料理行程の中で一番苦労している作業だ。


「よし」

「手間を掛けすぎなのです」

「かばんならもっと早く済ませてましたよ」

「す、すみません……」


 あはは、と苦く笑いながら、彼は火の付いた前時代的コンロを使い、切った具材を炒め始める。炒め終えれば水を汲み、流し込む。ここから先は感覚と書籍の知識に頼る事になる。煮込む時間の為のタイマーなど無く、感覚で見分ける。ルーが無い為に、カレー粉やパウダー類を使い分ける。

 そして、グツグツと煮込み出すのだ。


「そういえば、ここってジャパリパークなんですよね? 聞いた限りでも、専用の食料があるとは聞いてたんですけど、ここまで具材が揃ってるんですね」

「ラッキービーストが栽培しているのですよ」

「基本的にずっと前からラッキービースト達が継続して作っているようです」

「と言う事は、基本的に食糧には困らなさそうですね」

「まあ、言っても基本フレンズに渡してくれる訳じゃ無いので」

「ちょちょいです」

「あ、あはは……」

 ここに来る前にラッキービーストについてはある程度聞いていた。ラッキービーストはジャパリパークのロボットガイド的な役割を担い、更に言えば生産面でも多くプログラムされているらしく、所謂ジャパリまんの生産食料を栽培していたりすると言うのだ。

(……まぁ、余り詳しい事は聞いて来なかったんだけどね)


「一応なんですけど、料理を作ったら少し忘れ物を取りに行っても良いですか?」

「おや、何か忘れたのですか?」

「えっと……色々と」

「まあ、構いませんが。ただ、直ぐに帰ってくるのですよ」

「我々にとって料理は死活問題ですから」


「あ……はーい」

 頬を掻き鍋を観る。

 そんな中、ふと忘れていた、頬にあった傷を思い出した。

(あれ? 傷が……)

「っとと、味見味見~♪」

 小さな器にお玉で掬い、口元につける。

「……よし」

 そして、あらかじめ炊いていたご飯を木製の器に盛り付け、カレーを掛け……。


「完成っと」


   3


「ふむ、出来栄えは……まあまあですね」

「ま、及第点はあげましょう」

 目の前に出されたカレーに対して、辛口の評価を叩き付ける博士と助手。更にマキも対面に自分の皿を置き、腰掛けている。

「初めてなんだから許して下さいよ……」

「かばんも初めてでしたよ」

「そうです。まだまだです」

「つ、次はもっと頑張ります……」

 また、苦く笑む。

 そして、博士と助手はスプーンを片手に取ろうとしていると、彼女達の前に座るマキが両手を合わせて居る事に気が付いた。

「……何をしてるのです?」

「冷めてしまいますよ」

「え、あー、そっか……」

 そうだ。

 これは人間の習慣。動物は食に感謝すると言うより、食物連鎖と生存本能故の食事とは大きく違う。人の姿と誤認しても、中身は動物だ。


「これは、食べる時の挨拶です」

「あいさつ?」

「あいさつとはなんですか?」

「聞いた事がありますね。ヒトはいつも何かをする時、決まってあいさつをするのだと」

「まあ、行動全部になったら一歩一歩なにか言ってる事になりますけど……でも、こうやってご飯を食べる時は、手を合わせて「いただきます」と言うんです」

「それに何の意味があるのですか?」

「どうしてヒトはその様な事を?」

「感謝ですね。作ってくれた人と、野菜や肉を育ててくれた人、その肉だった生き物……この食べ物に含まれる物全てに感謝する時の言葉です」

「「……??」」

 首を傾げる二人。

 多分、そういう習慣など無いとは何処かで理解していた。


 言っていた自分も照れくさくなり、また頬を掻く。

「あはは、冷めちゃいますよね。食べちゃいましょうか!」

「「……、」」

 彼は両手を離して彼女達に料理を勧める。

 そんな彼を見かねてか、二人は互いに見つめ、そして不満げな顔をマキに返しながらに言った。


「仕方ありませんね」

「素直に感謝してやりますか」

「えっ?! あ、ありがとうござい……」

「「かばんに」」

「……うん、まあ、するならいいです」


 連携にも似たその息の合方は、最早清々しく思え、彼もある程度をその中で妥協した。

「では……、いただきいます」

「「いただきます」」


 その一言の後、彼等の朝食は、陽射しの下で堪能して終えられた。


   4


 朝食の片付けを終えた後、マキは早速図書館を出る。

 博士の助手の給仕当番と位置付けられてしまった彼は「早く帰って料理を作るのですよ」「全力で行って帰ってくるのです」というなんとも無茶な難題を押し付けられてしまった。

 半ば確証の無い承諾をしたマキは、磯臭い躰で、直ぐに済ませるべく砂浜へと掛け出した。


   5


 図書館を出て数分。

 今思えば、朧気な記憶の中を頼りに彼は歩んでいた。

 途中途中、フレンズと思わしき生物に会っては道を聞く。何分癖があるだけに、話すには苦労したけれど、皆良いフレンズだ。

 道なりも良く思えば、通りやすい道もあった。今思えば何故ここを通らなかったのか。疑問に思ってしまう。


(でも、通らなかったら……セーバルさんに会ってなかったな)

 そう。

 彼が此所に来たもう一つの理由。それは、セーバルに会う為でもあった。

 お礼がしたい。

 今度はちゃんと、挨拶をしたい。


 ただ、それよりも早く着いた砂浜には、残っていたのは一晩干された服と、ぶら下がった雑貨などだった。


「んー……流石に使えない物は置いていこうかな」

 鞄の中身を確認し、使えないと思える物は座礁したモーターボートの中に放っていく。来た時よりも明らかに、半分以上の物量が消えたのか、鞄はパンパン状態から余裕のある状態に変わっていた。


(そういえば、あっちに進めば最初に歩いた道だったよな……。よし!)

 鞄を背負い、砂浜を後にする。雑木林の木々を潜り、先にと進む。きっと、この先に行けばまた彼女と出会えると、何故かそう信じて思えなかった。

 雑木林を改めて見渡すと、擦れた意識の時とはまた違って見える。木々は葉に浴びる陽の光で輝き、隙間光が眩い。

 ただ、どれだけ進もうとも、矢張り見当たらない。

(……やっぱ、同じ所で会うなんて、早々無いよな)

 半ば諦め掛けたその時だった。


「……ん?」

 視線の先、そこは、いつか見たあのセルリアンが居た。

「――! ――!!」

「おー! 君かぁ!!」

 セルリアンは彼を見るや否や、ぴょんぴょんっと跳ね上がり彼の胸元に飛び込んだ。


「――!!」

「あぁ、ああ!! 僕も会いたかったよー!!」

 ギューッと抱き付くマキ。セルリアンもまた、それに答えるように擦り寄ってくる。ただ、よく見ると、頭の上に何か載せているのが見えた。

「……これって」

 マキは、ふとその袋を手に取り持ち上げる。それは、確かに自分が無くしていた巾着袋だった。

「もしかして、君が?」

「――!!」

「……………………ッッ!!」

 マキは、更にぎゅーっと抱きしめる。


「そっかー!! ありがとなー!!」

「――!! ――!!」

 真逆と思えた。だが、セルリアンのこの子はマキの無くした巾着袋を確かに届けてくれたのだ。そんな、感動的な瞬間を味わっている最中だった。


「――……っ!」

「ん? ……声が」


 それは、少し離れた場所だった。何処からか、話し声が聞こえたのだ。


「あっち、かな?」

 彼は、セルリアンを放し、その先へと足を進めていた。歩むに連れて、確かに声は近くなっていく。そんな木々を抜けて行くと、その話している誰かが視界の先に映った。


「(アレは……?)」

 木の陰から、何かを見つけ、小声で呟く。それは、フレンズだった。フレンズが三人。なんの種類かは余り解らないが、ただ何処か、その面影から考える。


(アレは……、何か持ってるのが二人? もう一人は持ち物は無いけど……)

 聞き耳を立て、彼はその様子を覗く。


「リカオン、確かなんだな? ここでセルリアン情報があったのは」

「はい。確かにここに。臭いも消えてません……ただ、海が近いから少し薄れているかも……」

「十分だ。キンシコウ、セルリアンを見かけたら陽動を頼む」

「任せて下さい」


(一人はリカオン……確か、犬の部類だっけ? ……キンシコウは、猿だったような……あんまり動物には詳しくないんだよなー。でも、もう一人は……名前は出なかったけど、あの持っている棒の先に着いてるのは……手? じゃあ、あの手はクマとか?)

 継ぎ接ぎの知識を自分なりに接着させていく。ただ、それよりも、聞き逃せない重要な言葉が出ていた。

(「セルリアンを陽動」? ……なんでだろう。嫌な予感がする)


 彼は、その会話に近づくのを止めた。彼女達は、セルリアンを探している。ただ、それが何を意味するのかは解らない。そして、それ以上に、妙に鼓動がバクバクと動くのだ。


「……ッ!? 居たぞ!!」

 クマの少女が叫ぶ。彼女達が見たのは、マキ達とは別の方角だった。そこに居たのは、あのセルリアンよりも何倍にも大きい青いセルリアンだった。


 キンシコウと呼ばれた少女は直ぐさま棒を構える。構えたという事は、きっと彼女もクマの方も同じ武器としての性質だとマキは悟った。リカオンも自身の爪を立てる。


(……ッッッ!?)

 ゾワァァァッッ!!

 背筋に悪寒が走る。

 巨大なセルリアンは、身から伸びる牙を彼女達の敵意に会わせて向ける。彼女達も同じく敵意を向ける。


(……待って)

 キンシコウが走り出す。

 正面目掛け、ダッと勢いよく向かい棒を振り上げる。ガンッ!! と鈍った音が牙と交差した。リカオンもまた、その爪を振り上げて、セルリアンへと襲いかかる。ギャリィィッッッ!! と、鈍い音が走る。

 その連携は並々ならぬ物だった。


 既にその一瞬。

 セルリアンが二人に集中した一瞬だった。視界から外れていたクマの少女が、後ろへと回り込み、その武器を振り上げていたのだ。


「……やめっ」

「でやぁぁぁぁぁぁ!!」


 ガギィィィッッ!! パッカァァァァァンッッ!!

「……ぁっ」

 マキは、見た。

 目の前で、別のセルリアンが、呻き声一つあげる事無く、背部の石を砕かれた瞬間を。


 砕いた少女は、小さく「ふぅ……」と、着地しながらに息を吐く。

「お疲れ様です、ヒグマさん」

「ああ、……なぁ、誰か何か言わなかったか?」

「え? いえ、別に」

「私もなにも……」

「そっか……? じゃあ、今のはなんだったんだ??」

 ヒグマと呼ばれた少女は、辺りを見渡す。だが、誰かいる気配も姿も見えない。「空耳か?」と、首を傾げながら、その場から立ち去り始めた。


   6


「………………ッ!!」

 青年は、口元を抑え、息を殺して身を隠す。

(今、目の前で……)

 抑えた息が荒ぎながら、そんな息を懸命に殺す。

(今、目の前で……命がっっ!?)


 消えた。

 確かに、消えたのだ。


「――?」

 足下を何かがツンツンッと突く。それは、緑色のセルリアンの友人だった。その姿を見た時、胸の内で湧く不安の興奮が一気に収まり出す。感情を抑え、もう一度木から先を覗く。

 もう居ない。

 安堵し、一気に力が抜ける。


「……はぁ」

(なんなんだよ……一体)

 彼にとっては受け入れがたい事実だった。目の前に居るセルリアンと、きっと同じセルリアンだったはずの一つの命が、しかも当たり前のように奪われたのだ。

 その事実を理解するのが、どうしても困難になっていたのだ。


「……ッ」

 ギュッと、小さな友人を抱きしめる。

「訳がわからない。でも、お願いだ。君は、あんな風に消えないでくれ」


「――……」

 伝わったかなど解らない。

 ただ、胸の中に居るセルリアンは、動かず、ただ青年に身を委ねていた。


   7


 セルリアンとは、その場で別れた。

 伝わったかなど解らないが、あのセルリアンには成る可くフレンズに合わないよう忠告した。きっと解ってくれたと信じて。

 更に、元の道を戻り出す。

 そんな中で、彼はある場所に辿り着いていた。


 そこは、川だ。

 海とは違い、潮の無い水。

 彼は鞄を置き、服を脱ぎ出す。下だけを残すと水の中に飛び込んだ。躰の磯と潮を落とす為に、全身を水につける。躰中を水で洗い流すと、持ってきた着替えや着ていた着替えを全て水洗いし、晴れた日下で干し出した。

「誰も来ないと良いけど……」

 下一枚の彼にとっては、見られたくない光景だ。

 だが、それよりも、思う事があった。

「……、」

 先ほどまでの情景が、頭を巡る。一つの命が目の前で消えた事。どうして、あたかも奴等は命を奪ったのか。解らない。

「どう言う事なんだ?」


「……何を、迷ってるの?」


「……え?」

 後ろから、声が聞こえた。

 聞き覚えのある声だが、今人生史上最も観られたくない瞬間だった。

 彼は先程までの真剣な顔を硬直させて、ゆっくりと振り返る。


 ……そこには。

「セー……バル、さん?」

「ふーん、それが毛皮を脱ぐって事なんだ」

「……、」

「どうして固まってるの?」

「……、」

「あ、そっか……私も脱げば良いんだ」

「いや、違います違います違います違います違いますぅぅぅぅぅ!!」

 半裸下一枚の男は、無理矢理に女性の腕を掴み掛かった。言葉だけなら犯行後のニュースの一面だ。

「服に手を掛けないで下さい!!」

「……違うの?」

 彼女は首を傾げる。

 どうしてだろうか、この子は何処か抜けているのだろうか? いや、きっと抜けている。そうじゃなかったら、いきなり脱ぎ出そうと上着に手を掛け腹部が一瞬見えたりしない。


「と、取り敢えず落ち着きましょう? ね??」

「? ……セーバルは落ち着いてるよ?」

「えっと、取り敢えず、そのままの君で居て下さい」

「……? うん」

 彼女は服を掴んだ手を離す。ホッと一段落した所で、今度は自分の行動を今更になって赤くなって行く。

「い、今服を来ますから、ちょっと待ってて下さいね!! あー、服の乾きが早いなー、やっぱジャパリパーク凄いなー」

 彼は半乾きの服を急いで着込む。妙に水気が抜けていないが、臭いさえ落ちているならもうそれで良い。ベトベトの感触を我慢しながら、彼は服を着た。


「えっと、その……お見苦しい瞬間を見せてしまってすみません……」

「? セーバル気にしてないよ」

「うぅ……善意なのか解らないけど、ありがとうございます」

「??」

 善意悪意と言うより、本当に気にしていないのだろう。彼の場合も気にしすぎている。


「なんか、変なの」

「うぅぅ……」


「……ねぇ、哀しい事あった?」

「……ッ?!」

 唐突だった。

 空気を読まないとか、そんな感じでは無い。彼女のマイペースはどんなときも一直線なのかも知れない。


「……、セーバルさん。セルリアンとフレンズって、敵なんですか?」

「……、」

 沈黙が続いた。

 セーバルの顔も、何処か暗くなっている。ただ、それでも青年はその言葉を聞いておきたかった。ただ、出た解答は、最も欲しくない物だったとしても。


「うん、敵……かもしれない」

「……、なんで」

「セルリアンは、光がごはん。光を持ってるのは、フレンズ……だから」

 彼は、未だジャパリパークには疎かった。そんな事実、知らなかった。ただ、それでも。今はこう思ってしまう。

「何でですか? あんな優しいセルリアンだっていたのに……何で」

「……きっと、決まってるんだと思う。私たちが悪役で、フレンズがヒーローだから」

「……え?」


 セーバルは立ち上がる。

 彼の前に一歩立ち、そして、言った。

「セーバルは、……セルリアンだから」


「……そんな、そんなの酷すぎますよ。だって、皆さんはここが愛のある場所だって言ってたんです。理想郷ユートピアだって、皆さんが言っていたから、ここに志願したのに、なのに……アナタみたいな、あの子みたいな優しい子が敵だなんて……きっと、解り合えるはずなのに」

「……、」

 マキは、俯く。

 来て二日。

 そんな短期間で、幻想が壊された。

 到底理解出来ない。信じて来てみれば、戦いがある。争いがある。苦しみが、ここにある。

 そんな事実と、どう向き合えというのだ。


「……ねぇ、マキ」

「……?」

 彼女は、マキに手を差し伸べる。

 彼は彼女の手に、なんの疑いも、まるで本能的にその手を取る。

 すると突如、強い力が彼の躰を動かした。


「わっ!?」

 彼の躰は成されるがままに、彼女と共に再び川の中へ飛び込んで行く。

 バッシャーンッ!! と音を立てながらに、彼等は水の中へ入った。

「……っぷは!! けほっけほっ……わっ!?」

「それー!」

 セーバルは、川中から水をマキに向かって掛ける。そんな彼女に応戦するかのように、彼も強ばった表情が砕け、彼女に向かって水を投げかけた。

「やったなー! それっ!」

 バシャンッ!! バシャンッ!! と、何度も水は互いに互いを濡らす。何度も何度も掛け合いをしたあと、ふと、セーバルは笑い出した。


「うわぁ?! ……あは、あははははは!」

「……っふ、はははははは!」

 何故か解らない。

 ただ、マキもまたその笑顔に釣られて笑う。森の中に一気に響いた。


「あははははは……はぁ、ふふっ」

「はぁ~、いきなりビックリしたよ」

「ごめんね、また濡らしちゃった」

「いいよ。干してある服はまだあるから」

「そっか……良かった」

「服なんてどうにでもなるから」

「ううん、そうじゃない」

 彼女は、真っ直ぐに彼を見つめる。濡れた髪や服が、何処か色味を帯び、その微笑みがいつもよりも美しく見える。

「やっと、怖い顔じゃ無くなった」

「え……」

 彼女は、彼の頬に手を伸ばす。

 ピタッと付いたその掌からは、相変わらず暖かな体温を感じる。


「いつか、セルリアンと、フレンズと、人も一緒に、こんな風に遊べると、良いね」

 その言葉は、彼の胸に酷く響いた。

 そして、彼はその手を、自分の手でまた優しく握る。

「来るさ、きっと……僕がしてみせる」

「ううん、きっとアナタは知らないまま、見ないまま生きてた方が良い」

「そんなのいやだよ。きっと、後悔する」


 頑なだ。

 彼女もまた、こんな風に打ち解けた彼を危険に巻き込みたくないのだろう。だが、それは彼も同じく、彼女の願いを叶えたい。とても哀しい、辛い願いを。

 でも。

「でも、きっと難しい。長く続いてきたから」

 彼女は川の中から立ち上がる。

 彼の手を解き、そして、川岸に出ると、軽く身震いをして水気を吹き飛ばす。


「だから、もう私と会わない方が良い」

「……っ! まっ」

 遅かった。

 既に彼女は、何処かへ走り出していた。

 伸ばした手の先には、誰もいない。でも、温もりは確かに残っている。彼はその手をギュッと握りしめ、そして、胸に当てた。

(そんなの、楽な道を進むだけだ……僕はそんなの、嫌だ)

 川の中で立ち上がる。


 見上げた空は、綺麗に晴れていた。


   8


 図書館に帰ったのは、夕方だった。

 怒りに燃える二羽の梟は、彼に向かって羽ばたき蹴ってくる。料理の催促にしてはかなり過激的だが、その代わり缶詰を用いた料理でなんとか妥協してくれた。


 寝床として提供されたのは、ソファーだった。博士と助手は本能的に木の上で寝るのか、視線からでは暗闇で見えない中で、目を見開いて寝ているらしい。ボンヤリと浮かぶ四つの光が妙に恐ろしい。

 ただ、そんな夜空が見える開放的な場所で、彼は星を見上げて寝転んでいた。

(博士達からも、セルリアンについて聞いた。セルリアンはジャパリパークが出来てから……いや、フレンズが生まれた時からセルリアンも居たらしい。セルリアンはフレンズの輝きを吸収して、その結果フレンズは記憶を無くしもとの動物に戻る。理由を聞いても、昔からそういう習性だったとしか解らない)

 暗闇の中、闇に慣れた目が世界を映す。そんな中で上に掛けていた布を捲り、外に出る。夜風が当たる空の元で、輝く月と満天の星空を見つめ、憂鬱を思う。


(でも、そんな理由で良いのかな? きっと、何か理由があるんだ。何も無いままそんな事すると思えない)


 でも。

 だけど。

 全く解らない。


 それは、今までの科学者が敵視しかしていなかった為に、どんな場所でも情報料不足だった。ただそれは、愛するフレンズが攻撃されていたから、が原因だった筈だ。では何故、誰も友好の道を歩まなかったのか? それは、無理な話なのだろうか? 今の彼には、あの優しきセルリアンの子らがそうとは思えない。


「……僕は一体、どうすれば」


 投げかけた疑問を、答える者など居なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る