第三章 夢想う世界
1
セーバルと別れ、少し経った頃。
彼は草原を抜け、ジャングルを抜け、密林の抜け、平原を抜け……進んでいた。
「……疲れたぁ」
情けない声を上げながら、足は止めない。最早機械化されたように最後のガソリン一滴まで歩み尽くす様な感覚だった。ただ、気持ちの面ではまだ余裕がある。それだけを頼りに一歩ずつ踏み抜く。
その果てに辿り着いたのは……少し異風な場所だった。
木々に囲まれ、その中にある開けた場所。白い壁に赤い屋根。ただ、壁面の一部が余りにも開放的に見える。更には、どうやら建物内を巨大な樹木が突き抜けているのか、屋根から伸びた木が、更に傘のように広がっている。
「アレは、本?」
開放的な壁面の先に見えるのは、本棚だった。こんな独特な建築物は観た事がない。
(こんなのが在るって言う事は……やっぱ無人島じゃ無いのかな? でも、あんな生物……んん??)
ふと、頭の中になにかの疑念が浮かぶ。
ただ、思い出すにはどうにも疲労が邪魔をしてなら無い。何か恵んで貰えないかと、彼はとぼとぼとその建築物に足を進めだした……時だった。
……ゴンッッ!!
突如、背後から何かが衝突した。
殴られたのか? 何かをされたのか。皆目見当は付かないが、そんな考えにいたる前に、彼は……、
「あ……、れ?」
バタンッ! と、前のめりに倒れてしまった。
意識が再び薄れ行く中で、マキは微かに聞こえてくる声を耳にした。
「おや、少し勢いがあり過ぎましたかね? 助手」
「いえ、単にコイツが弱々しいだけかと、博士」
(はか、せ? じょ、しゅ? ……もう、この際、どっちでも……)
スッと……、青年の目は三度閉ざされた。
2
「……また?」
何度目かの気絶となれば、何処か慣れが出てきてしまう。
今度もまた所定の位置から動かず、せめて有り難いと言えばうつ伏せから仰向けにされていた事くらいだろうか。瞳の中に入り込む陽射しは……、落ちかけていた。
(夕方? ……そっか、気絶してそんなに経ってないのかな??)
……ツンッツンッ
(なんだろう、頬とか、脇腹とか……、叩かれてる?)
……ツンッツンッ
(いや、突っつく?? ああ、そっか……目を、開けなきゃ)
……ツンッツンッ
「……、」
なんだ此れは?
口に出したくとも、出る言葉が喉で塞き止められる。二人の少女らしき人物が、仰向けのマキの躰を木の枝で何度も突いているのだ。
「ふむ、起きましたか」
「どうやら効果があったようですね」
「……あの」
「ふむ、こんらんと言う奴かも知れないのです」
「で、あれば、もっと強くですかね?」
「いや、ちょっと」
「おや、その必要も無いようですね。傷口を突く手間が省けました」
「きっともっと混乱すると想いますよ、博士」
「研究に探究心は付き物なのですよ、助手」
どうやら危機的状況らしい。得体の知れない木の枝の先。それもどう見ても傷口に当てたら痛いでは済まない鋭利な枝先。此れで更に
「とりあえず、ガリバー的興味本位は置いて頂いて……話を少し」
「ふむ、忘れていました。こんな所では何なので、中に入るのです」
「話はそこからです」
「……はい」
3
博士と助手と名乗るその二名。
対する青年は、空腹に耐えかねて話よりも先に恵みを願っていた。
「ふむ、とりあえず、余っているジャパリまんでも食べるのです」
出されたのは、言葉通りの饅頭のような物だ。色は多く、どれも「の」と思える文字に耳のような模様が付いている。ただ、その意味もお構いなしに、彼はモゴモゴと久方振りとも思える食事を腹一杯に為べくがっつき始めていた。
「よく食べますね」
「我らは飽きているので構いませんが、この分だと予備の備蓄まで食べられてしまいそうです」
「御馳走様でした」
「前言撤回です。勢いはともかく、余り食べませんね」
「小食ですね」
「……?」
器に山盛りだったジャパリまんは、残り三つの所で打ち止められた。両手を合わせ感謝したマキは、ふと外を見る。陽の光は消え、館内は暗闇に支配され始めた。
「……電気、つけないのですか?」
「必要ありません」
「我々は夜行性なので」
「必要ないのです」
「無いのです」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………??」
満腹によって、体内活動が急激に活性化した。糖分が頭を周り、脳が正常に動き始める。そして、今までの事がより鮮明になって吹き上がり始めた。
(ココは……無人島じゃなかった。で、ジャパリまんという固有な食べ物が出てきた。漂流して、僕は……そのまま、アレ?? ジャパリ……ん?? もしかして……)
「あの、此処って……」
「図書館ですが?」
「いえ、この島って……」
「ジャパリパークのキョウシュウですよ?」
「じゃぱり、ぱーく……」
「はい」
「ぁ」
理解した。ようやく理解した。マキは遭難し、進路から外れていた訳では無かった。ただ、正規のルートは外れたが、目的地には到着していた。何故こんなにも理解出来るキーワードがあったにも関わらず、解らなかったのか。そして、そんな状況を理解した今、今なら解る。
目の前に居る(見えない)二人はフレンズと呼ばれるこの島特有の動物の擬人生命だ。
「……お二人は?」
「先程も自己紹介を済ませたと思うのですが?」
「博士、そっちじゃ無いかと」
「ああ、そうでしたね」
「アフリカオオコノハズクの博士です」
「ワシミミズクの助手です」
「お前は……ヒトですね?」
「ヒトですね?」
「えっと、あの……はい、人、人で……」
ぐるぐるぐるぐるっと、彼の頭の回転は速まる。目を回し、そして……。
「ぎゃふっ!!」
椅子から落ちた。
「全く、よく眠るヒトなのです」
「まあ、夜行性ではありませんからね」
「しかし、コレならば久々に料理を食べられるかも知れませんね、助手」
「ええ、かばんがココを離れてから、味わえませんでしたからね、博士」
良くも悪くも、目的地には到着していた。
ただ、何か、釈然としない。
4
目が覚めれば、日光が目を刺激してくる。
「……、」
陽の光を浴びているそこは、前に倒れた椅子の上だった。どうやら自分は放置されていたらしい。最近を思い返しても、今の状況も、コレは寝たと言うべきなのか、気絶が続いているだけなのか、自分でも理解しがたい。
ただ、一つだけ解る事は、目線の先に二人のフレンズ……博士と助手が、自分の寝顔を興味本位で覗いていたのか、瞳を開けるや否や、言い切った。
「「さあ、料理を作るのです」」
開口一番。
寝起きの挨拶というのはこういう物だったのだろうか。
否、自分の知っている挨拶は、もっと、起きたという事に対して言語的親身な意味合いを含め放つ言葉があったはずだ。
「……おはよう、ございます」
ただ、苦く笑いながらに放った言葉の後、彼はふと鼻に付く臭いを感じた。服から磯の臭いが漂う。思えば風呂も着替えもしていない。
「えっと、料理の前に……」
「いえ」
「それよりも」
「「料理です」」
「わ、わかりました! 解りましたから!! とりあえず、聞きたい事が……」
「全く、私たちは待っていられないのです」
「サッサと答えるのです」
そうだ、現状を理解しよう。
マキは海上で遭難し、その後ジャパリパークに漂流。この建物に来たは良いが、今後の事を考えると、本島への帰還手段が無い。当面はこのパーク内で暮らす事になるが、衣食住の問題がある。その中でプライベート空間を一つでも確保出来れば、最低限レベルの衣食住の可能性が入る。
結論。
「何処か、僕が住める所って無いですか?」
「ここに住むのです」
「ココで、ずっと料理を作り続けるのです」
拷問だ。
何処かで無休料理人騒動の話があったような気がする。だが、その提案は逆を言えばプライベートを半ば省いた衣食住が確保出来る。
後は、今後の交渉に期待しよう。
「なら、それで」
ただ、今言える事は一つ。
身についた天然塩が妙にチクチクする事だ。
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