第19話 真相
『南人よ、そなたの想い人が来たようだ』
守護霊がゆっくりと立ち上がる。
「リンが?」
ゼノは涙をぬぐう。こんな場面をリンに見られるわけにはいかなかった。そして話が終わったわけでもなかった。
『シオンが全てを伝えたようだ。その上でお前を止めようとここに向かっている』
「俺を、止めると?」
『娘には我の力が宿っている。ちょっとした感情は分かる。それに……』
「それに、なんだ?」
『ロトフがそのすぐ後ろに来ているようだ。やつの思考は分からん。あえて我に読まれないようにしているのだろう』
リンとロトフがここに向かっているようだった。まだ、ロトフを救う方法が見つかったわけではない。それにゼノにはまだ気になることが残っていた。
「守護霊よ、俺と共にこの連鎖を断ち切る方法を探してくれ」
『南人よ、我にはもう無理だ。そこまでの思考力が残っているわけでもない。それに歴代の補佐人たちの思考がそれを阻む。彼らの嫉妬と憎悪を押しのけてまでそれを遂行する力は、心の強さは我にはない』
嫌な予感がする。それを確かめたくはなかった。そしてその時間も与えられることはなかった。
「だから、私が止めるんだよ。これは私たちの、そしてロトフとテレンの覚悟を邪魔させないためなんだから」
背後に、リンが立っていた。その瞳は前にも増して蒼い。腰には短刀をつけている。弓は持っていなかった。それとは別にゼノは嫌な予感を感じている。
『この娘はお前の想いを嬉しく思っている。そしてその上でお前を止めようとしている。我は、娘に力を貸している』
つまりは守護霊はゼノの味方をするつもりがないという事だった。
「リン、やめろ」
制止を聞かず、リンが短刀を抜いた。短刀と言ってもリンの前腕ほどの長さのある刃がついている。ややぶ厚めの刃はどちらかというと鉈の形状に近い。あれならば力任せに振るってもそう簡単に折れることはないだろう。
「ゼノ、ありがとう。でも私は大丈夫だよ。あとはロトフとテレンが決めることだから、一緒に帰ろう」
青い瞳がどうしても信じられなかった。
「リン、ダメだ。諦めるな」
もはやリンはゼノの言うことを聞いていなかった。瞬時に間合いを詰めると力任せに短刀を振り下ろす。よけきれずに剣でそれを受け止めた。かなりの力がゼノに加わる。剣がもちそうになかった。体勢を変えて勢いを受け流す。続けて振るわれる短刀をゼノは避け続けた。
「ゼノには分かんないんだよ! これは私たちが生きる意味でもあるの! その覚悟は尊いものなのよ!」
短刀を振るいながらリンが叫ぶ。たまらずにゼノは距離を取った。これ以上戦うとリンの体に負担がかかりすぎるのではないか。
「リン、お前とは戦わない」
するすると後方にあった木を登る。リンは木登りが不得意だったはずだった。解決策は思いついていないが、今は考える時間を稼ぐ必要があった。だが、守護霊の力はそれを悠々と超えてくる。力いっぱい跳躍したリンは、ゼノのいるすぐ近くの枝にまで地上から飛び移った。
「やめろ、それ以上力を使うと体が持たない」
「だったら、一緒に帰ろうよ!」
横に振るわれた短刀がゼノの乗っていた枝を切り落とした。ゼノは平衡を崩されると同時に隣の木に飛び移る。
「違う!」
「何が違うのよ! 私たちの覚悟は本物よ! ロトフだって、ずっと長いこと覚悟を決めてきたんだから! 死ぬのは怖くないわ!」
「だから、違うんだ!」
不安定な足場が安全ではないと判断してゼノは地に飛び降りた。リンもそれに続く。
「リンも、ロトフも死が怖くなかったはずがない!」
そしてゼノは蒼い瞳を睨みつけた。
「お前は今、守護霊にそう言わされているんだろうが!」
ゼノが言うと同時にリンの青い瞳から涙が流れた。リンがピタッと動かなくなる。
『いつから、気づいていた』
「リンは、自分の事を「私」とは呼ばない。だが、青い瞳になったリンはたまに自分の事を「私」と言った。それも違和感のあるセリフの時だけだ。あれは、お前が言わせてたんだろう。そして、ここに現れたリンは最初から自分の事を「私」と呼んでいた。リンが言いたくない事を言わせてたから、青い瞳がより蒼く光っていたんだろう」
リンの短刀には言葉と裏腹に殺気がこもっていた。それを見抜けないゼノではない。そしてリンがゼノを殺そうとするはずがなかった。
『これは、なるほど、素晴らしい。ロトフが親友と思っているだけはあるようだ』
「考えたくはなかったが、この儀式は単純にお前が生き延びるためだけのものだったんだな」
苦々しくゼノが言い放つ。全てがゼノの考えた最も悪い結末へと向かっていた。大蜘蛛はリンを使役し、ゼノを殺そうとしていた。それだけでも許せるはずのない事である。
ドンと、今までとは違い質量のある巨大な蜘蛛が地面に足をつけた。リンが意識を失い、その場に倒れ込む。地にぶつかる前にゼノが駆け寄り、受け止めた。
『その通りだ。歴代の補佐人の意識なんぞ、我の中にあるはずがない。我は大蜘蛛、全ての精霊の頂点に君臨する存在だ。我の力に長年慣れ親しんだ者を取り込むことによって、我は生きながらえる。故に幼少期より我の力の宿った霊木を授けられた贄を育てさせるのだ』
「神の加護だとか、天からつるした糸は、嘘だったんだな」
『我の紡ぐ糸は、実際に大地に根付いている。だが、天から吊るしているというのは全くのでたらめだ』
腹の底から何かが沸騰するのをゼノは感じた。この化け物のために、ゼノが命を教えてもらった人々は生きていた。それが彼らの生きる意味だった。何世代にも続く悲しみの連鎖を生み出したのは、この傲慢な化け物だったのだ。彼らが守護霊と呼んでいた者は何も守護をしていなかった。南からの軍勢を追い払ったのは辻褄を合わせるためであろう。それを信じてきた人々が浮かばれなかった。
「一つ、聞きたい」
ゼノはリンを後方の木の根元に寝かせると、守護霊に向き合う。その目には先ほどまでの絶望は浮かんでいなかった。
『なんだ、南人よ』
傲慢な化け物が聞き返す。
「お前を倒す術は、あるのか?」
言い終わると同時に、ゼノの放った矢が大蜘蛛の数多ある眼の一つを打ち抜いた。
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