第13話 守護霊の力
リンと共に鹿の魔獣を狩ってくると、村人は大いに喜んだ。と言っても、リンはゼノの後ろで狩りを見ていただけである。守り人の村にはそのうちゼノがユウヒウマドリの卵を二つも獲ってきたという噂も広まり、ゼノは「さすがは補佐人様がお連れになっただけはある」と言われるようになる。
守り人の村には質素な畑があるのみで、狩りもあまり盛んには行われていないようだった。その代わり、二週に一度くらいの間隔で外部から物を運んでくる人物がいた。
「なるほど、あんたがゼノか。村中で噂になってるからどんな奴かと思ったが随分と若いな」
行商人の恰好をした男はラウスと名乗った。今回ゼノが持ってきたユウヒウマドリの卵を一つ託された人物である。年齢は四十手前というところだろうか。
「一年もすればこいつに乗れるようになる。そうするとまだ続けられるんだ。この年になると巡回もきつくなるが、こいつがあれば話は別だ。あんたに礼が言いたくてな」
ラウスは外部の村と守り人の村をつなぐ、重要な役割をしていた。各地の集落から守り人の村を維持するだけの食料や生活雑貨を集めて持って帰るのがラウスに与えられた役目であり、村の生命線とも言える。この村は周りの村々からの献上品で成り立っていたのだ。
「俺はもう一つあるから食ってみようと言ったんだがな」
「そりゃ、もったいねえ」
「ロトフに止められた」
「さすがは補佐人様だ」
ここでもゼノは違和感を覚える。
「なあ、なんでロトフは補佐人様で他の三人は候補者なんだ?」
「……そいつは俺の口からは言えねえな。結構言えねえ事多いからよ、すまねえな」
「そうか」
分からない事だらけである。ここにくればもう少し何かが分かると思った。だが、むしろ分からない事の方が増えている。とくに候補者三人の待遇に差があるような気がした。
「リンはゼノと狩りを担当する事になったのよ」
リンがそう言ったのは少し前だった。だが、リンはテレンに比べて狩りが上手いわけではない。逆に狩りが上手く、なんでもそつなくこなすテレンは守り人シオンと先代の守り人ヒナタの身の回りの世話などをさせられている。かと思えば、道具を作ったり畑の管理などの他の村人との連携が求められるところは、丁寧な仕事が得意なユーリに任せられていた。
ロトフがいるため、得意な事が分からないわけではない。そして、そのロトフは守り人シオンと行動する事が多かった。だが、何かを教えられているわけではない。ただ一緒に過ごしているといった方が良いだろう。
「ゼノや、言いたい事も多かろうが、我慢してくれんか」
ある日、ヒナタがそう言った。そして、その理由は教えてもらえなかった。疑問ばかりが増えていく。そして、時間は有限ではないのだ。誰かが選ばれてしまう前に解決策を見つけるのがゼノの目的である。
「言える範囲でいい。教えてくれ」
巡回から帰ってきたラウスに頼み込んだ。ヒナタはおそらく何も教えてくれないだろう。シオンは言うまでもない。ロトフも同じだった。
「困ったな。本当に教えてやれることは少ないんだ」
ラウスが仕方なく話した内容は以前ロトフが話した神話と同じだった。
「だから守護霊の村の皆さまはいまだに神の加護をお持ちになる方々なんだよ。そしてその中でも最も加護の多い生贄から加護を譲り受けることによって守護霊様は力を発揮できるというわけなんだ」
選ばれし者がどうやって選ばれるのか、守り人が何を守っているのかなど、ゼノの最も知りたかったことは教えてくれなかった。ラウスが知らないのかもしれない。
ある日シオンがリンを呼び出した。何故かゼノも一緒について来るようにと言われていた。小屋に入るとシオンが中央に座り、何故かその後ろにユーリが控えている。ロトフは右側に座っており、横にはテレンがいた。ヒナタはいないようだった。
「リンにお願いがあります」
普段の優しそうな雰囲気とは違い、背筋を伸ばしたシオンがじっとリンを見つめる。
「北の、守護霊様が住まう領域の中で、魔獣が暴れているようです。この魔獣をゼノとともに討伐してきてください」
普段は入ることを禁止されている守護霊の領域、守り人の村に近い場所に魔獣がいるという。
「守護霊様がお力をお授けになるでしょう。ここへ」
シオンの前まで進み出たリンは目を閉じる。ゼノは始めて見る光景である。リンは見た事はあっても当事者になった事はない。シオンがリンの額に手をつけた。ぽあっと光が見えたかと思うと、すぐに消える。それをユーリが食い入るように見つめている。
「守護霊様のため、北の大地のために全力を尽くしなさい」
「はい」
そう答えたリンの瞳は蒼く光っているように見えた。
「なあ、なんで俺もついて行くことになったんだ? それにリンよりもテレンの方が狩りは巧いだろう? それになんでリンと俺だけなんだ?」
どうしても聞かねばならない気がした。本来であれば部外者であるゼノは口出しをしてはいけないのだろう。だが、その使命の中にシオンは「ゼノとともに」とはっきりと言ったのである。
「これは、守護霊様のご意志のようなものです」
シオンはちらっとロトフを見た。ロトフはそれに反応せずに床を見つめている。
「ようなものって……」
納得しかねるゼノを制止したのはリンである。
「ゼノ、大丈夫。私は今、守護霊様のお力を授けていただいたのよ」
蒼い瞳で見つめられ、ゼノはその迫力に抗うのに精いっぱいだった。
「さあ、行きましょう」
弓矢を担いでリンが出ていく。ゼノもあとに続くが、ロトフは最後までそれを見つめることはなかった。
「なあ、リン。大丈夫なのか、どんな魔獣なのかも分からないんだぞ?」
先に進んでいくリンに危うさを覚え、ゼノは後ろから声をかける。
「ゼノ、私は今、守護霊様のお力を授けられているの」
「そんな事言ったって」
今までの狩りはゼノが仕留めて来たのをリンは後ろから見ていただけだった。リンの安全が最優先としてゼノは狩りへの同行を許していたのだ。だが、今回はリンが狩りをするという。
「守護霊様のお力を信じられないのね」
「信じられるものか」
「では、教えてあげる。私より早く守護霊様の領域の手前にたどり着けるなら言う事を聞いてあげる」
リンはこんな事を言う女ではなかったはずだ。ゼノはそう思いながらも、馬鹿にされたという思いで言い返す。
「リンに負けるわけがない」
「リンじゃないよ、守護霊様よ」
蒼い瞳が、ゼノを拒絶した。そして走り出すリン。必死に追うが、その動きは人間の限界を超えている。
「なんだとっ、待っ……いや」
あまりの速さについ待てといいそうになるゼノ。樹々の間を目にもとまらぬ速さで駆け抜けていくリン。
ゼノにとってこの状況は到底信じられるものではなかった。
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