第12話 守り人

 守り人の村は、簡素なものだった。生活をするうえで必要な物はそろっていたが、旅人から隠れるように建てられた小屋がいくつかあるだけである。伝え聞いた通りに歩くロトフの足取りが、迷っているわけでもないが重たそうであった。


「これは知ってないと分からないな」


 巧妙に隠された道を進む。すでに幾度となく教えられた道なのだろう。だがロトフも来たのは初めてであるはずだった。目印と思われる岩に手を当てる。そして道とは思えない繁みを越えると、道が現れる。それを繰り返し、一行は村へたどり着いた。


「ロトフ様と、ご一行ですな」


 村の入り口には男が一人立っていた。すでに初老と言ってもよく、守護霊の村の長老と同じくらいの年齢の男である。


「はい」

「守り人様の所へご案内いたします」


 てっきり、その男が守り人だと思っていたゼノであるが、ロトフは動じる事なく応対した。先ほどから、ロトフの口数が減っている。必要最低限以外の事を喋らなくなっていた。そしてその緊張が他の三人にも伝わっているようである。


 村の最も奥の小屋に案内された。周囲から見えにくい村の中で、もっとも奥まった所にある小屋である。小屋と言っても数人くらいであれば十分生活できるほどの大きさはある。


「守り人様と先代様がお待ちになられております」

「案内を、ありがとう」

「勿体なき、お言葉です。死するその時まで覚えておきます」


 補佐人であるロトフに敬意を払う村人。しかし、肝心の候補者である三人に関しては何も言わなかった。無言で帰っていく。


「さあ、入ろう、か」


 ロトフが小屋の扉に手をかけた。木がこすれる音がして扉が開いていく。中は思ったよりも明るかった。


「よく来ました。私が守り人のシオンです」


 中には女が一人、奥にもう一人いた。手前が守り人だと名乗る。


「補佐人の、ロトフです……。候補者をお連れしました。こちらからテレン、リン、ユーリです。あの者は道中で手助けをしれくれたゼノという者で候補者ではありません」

「そうですか、長旅で疲れたでしょう。まずは中に入りなさい。あちらが先代の守り人のヒナタです」


 老婆が挨拶をする。先代の守り人ということは、先々代の選ばれし者に会った人物という事だろう。三人がそれぞれ挨拶をしながら荷物を小屋の中に運び込みだした。ゼノも多くの荷物を背負っていたが、一つだけ気になることがあった。そして、その人物は特に何をするわけでもなく、こちらを窺っている。


「えっと」

「あぁ、手伝ってくれた人じゃね? とりあえず荷物をこちらへ」


 ヒナタはじっとシオンとロトフを見ていた。この瞬間に何か思うところがあるのだろうか。しかし、彼女から漂う気はかなりのものであり、もっともシオンからも同じく覇気とでも呼べるようなものを感じ取っていた。だが、シオンのそれはなぜか暖かく、もの悲しい。


「さあ、あんたは私を手伝っておくれ」


 そんな二人を観察しているのを感じ取られたのだろうか。ヒナタがゼノを誘導する。


「今日は、皆さんにゆっくりと休んでもらなにゃならん。食事のしたくがまだなんだよ」

「わ、分かりました」


 その少し強引ともとれる誘いで、ゼノはヒナタとともに小屋を出て食事の準備を始めることとなった。


「補佐人様がお連れになったんだ。候補者じゃなくてもあの方にとって重要な方なんだろうね」


 食事の準備をしながら、ヒナタは言った。おそらく、ゼノには聞かせたくない話が部屋の中でされているんだろう。


「親友、だと思ってます。俺は南人です」

「そうか、守護霊の村の出身じゃないから付いてこれたんだね。ステンが悔しがっていただろう」


 ステンとは長老の名だった。意外な名前が出てきたことで手を止めてヒナタの方を見てしまう。


「ここは守護霊の村じゃない。ただし、これ以上の事が聞きたければ覚悟をしな。でなければお前はすぐにでも立ち去るべきだ」

「覚悟なら、できてます。ただ、何をすればいいかが分からない」

「いい答えだ。予想外だよ」


 食事は贅沢ではないがしっかりとした量が作られた。


「この食事が重要なんだ。ロトフ様はお酒は飲むのかい?」

「それはもう、大好きすぎて」

「ならば出そう。酒はいい。特にこんな時にはね」



 食事ができて部屋へもどった。初めて入るその部屋は、外から見た印象とは違い造りがいい。少なくとも隙間風などが入ってくるようなものではなかった。


「あぁ、来ましたね」


 シオンが微笑む。なぜかゼノはその顔から亡き母を思い出した。


「お友達の、ゼノでしたね。あなたもありがとう。ここまで補佐人様と候補者をお守りしてくださったと聞きました。さらには、こんなお土産までいただいて」

「ほう、それはユウヒウマドリの卵かい? それも二つとは」


 ヒナタが食事をとりこぼしそうになる。この地方の人間にとってユウヒウマドリの卵とはそれだけの価値があるのだ。


「ゼノが獲ってきてくれたんです。でも、ゼノは南人だからこの価値が分からなくて一つ食べてみようとか言いだして」

「それは勿体ない!」


 ロトフも、ヒナタも嬉しそうだ。シオンも微笑んでいる。対して他の三人は他人の家に来てしまったかのような表情でそれぞれを眺めていた。


「さて、全員そろいましたし。これからの事をお話しましょう」


 シオンが居住まいを正す。


「候補者の方々にはこれからこの村で過ごしていただきます。その間にしていただかないといけない事もありますが、まずは村に慣れてください。ここで生活ができないようではことはないでしょう。村のしきたりもあります」


 三人が頷く。


「家はここを使ってください。村の人達は、この時のために生きている人たちです。きっと、あなた方の力になってくれることでしょう」




 ***




「なんか、もっと、こう。どこかの魔獣を狩って来いとか言われるのかと思った」


 村には川が流れていた。両側を覆い茂る樹々はわざと植えられているのだという。


「分からん事が多いな」


 ゼノとリンはその川まで来ていた。と言っても小屋から見える範囲である。魚がいたら釣りたいと思っていた。釣り竿はないが、そのあたりの木を削ればいい。糸と針は持ってきている。


「でもシオン様もヒナタ様も優しそうでいい人よね。リンはもっと怖い人が待ってるのかと思ってたよ。だって、守り人だよ? 屈強な男ってのを想像するよね」


 目を凝らしても魚がいるようには見えない。いるのかもしれないが、この村の人々が釣りをしている風ではなかった。


「うん、二人とも、どことなく守護霊の村の人達に似ている」

「そうかな?」

「あぁ」


 そしてゼノはリンには言わないが、もう一つの事を感じていた。ロトフに、似ていると。


「ユーリはとりあえず皆の生活道具を作ったりするみたい。テレンはシオンさんのお手伝いするって」


 釣りができないとやる事が分からなくなるのだろう。リンが拗ねたように言う。小石を川に向かって投げたようだが、川までたどり着かずに地面に落ちた。


「ここの村にいる間にのだろうか」


 そうであればその基準が知りたい。できればリンには選ばれて欲しくないという思いで一杯だった。


「考える事が多すぎて、何から考えればいいのか」


 分からない。どうすればいいのか。そしてずっと違和感が引っ掛かっている。さらにもっとも大きな疑問、それは守り人は「何を守っている」のかだ。ゼノはここに来るまでは守り人は守護霊を守っているとばかり思っていた。しかし、このような隠れ里では侵入者を発見する事すら難しい。そして人もいない。では、何から何を守っているのか。


「ゼノ、どうする?」

「分からん。だが、無性に体を動かしたい。村人の許可が取れたら何かを狩りにいこう」

「あ、いいね」


 村への帰り方を教えてもらい、ゼノとリンは魔獣を狩りに行った。魔獣を狩ってくるというと村人は大いに喜んだ。食料事情は良くないのだろう。そしてこの閉鎖的な村で生きていくというのはつらいに違いない。しかし、守り人の家は特に生活に困ったような雰囲気はなかった。では、誰かしか協力者がいるに違いない。



「ロトフ、もう決めてるんでしょ?」

「ええ、だからこそゼノが必要だったんです」

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