第2話 神様と訪問者

 次の居住地は山の麓に近いところだった。タイタニア平原の西の端である。地図によると入り口に近い部分にあたる。


「平原の奥にはなにがあるの?」


 いつだったか父親に聞いたことがある。父親は答えを持っていなかったらしく、何かごまかされた。後で長老に聞いておくといいながらそそくさと逃げてしまったのである。

 だからジルは長老に聞いた。


「……内緒じゃぞ」


 長老はこっそりとジルに教えた。平原の奥には他にも神様がいるのだと。だけどタイタニア族が知っている神様は一柱だけである。平原の奥には知らない世界が広がっていた。もちろん、平原の外にもだけど、ジルは平原の奥に憧れた。


 移動を終えたタイタニア族の集落はそれぞれ食事になったようだった。食料はやはり乳製品と、買い出しで手に入れた保存の効く野菜や穀物である。干し肉を食べることのできる家族もいるようだったが、ジルの家族はそうではなかった。もともと、肉はご馳走なのである。


「お肉が食べたい」


 一番下の弟がそう言っても、魔法のように肉が出てくるわけではない。


「明日は狩りに行く」


 と父親が言って、ジルは嬉しくなった。肉が食べられるだけではなくて久々の父親と一緒の狩りなのである。しかし、次に続いた言葉でジルは逆に深く落ち込んだ。


「初めての狩りだ。父の傍を離れるなよ。ジルは他の弟や妹を連れて草木を取ってきてくれ」


 真ん中の弟が初めて狩りに行くのである。その間に子守をしなくてはならないと言われてしまったのだ。母親は家の仕事があるし、ジルまで狩りについて行くと誰も押さない弟と妹をみる者がいなくなってしまう。


「はい……」

「そうがっかりするな。次はジルとも行くことになるし、そろそろきちんと鹿も狩らないとな」


 父はジルの想いも分かっていたようである。大人とともに狩りに行って鹿などの大物を獲りたいという少年の気持ちも十分すぎるほどに分かっていた。父親もジルと同じ年の時代があったのである。


 下の弟も、妹もすでに馬に乗ることができる。だが、妹はまだおぼつかないから大きな馬に一人で乗せることはない。ジルの馬に一緒に乗るのだ。弟の馬に採った草木を入れる容器を取り付けて、3人は東へと向かった。


「これを採るんだよ」


 食料となる草というのは限られている。たまに薬にもしたりするそうだが、お茶にすることが多い。

 慣れるまでは見分けることが難しいけど、すでに何回も採取に来ていたジルは手際よく草を見極めて採っていった。弟と妹はまだそこまでの速さで見分けることができないようだった。たまに妹が違う草を採ろうとするのを止めなければならない。


「この辺りはあんまり来たことがないなぁ」


 普段はもっともっと東の辺りを居住地としている。ジルの記憶の中ではこの辺りにテントを移動させたことはなかった。

 今回は神様の歩く方向は予想がつきにくい、と大人たちは言っている。中には不吉なことがなければいいがと子供たちを怖がらせている大人もいたが、そんな大人を長老が笑いもせずに見ていたのをジルは気づいていた。大人も不安なのかもしれない。


「ジル兄、あんまりないよ」


 思ったよりもこの辺りに草が生えてない。このままだともう一回採取に来なければ十分な量は手に入りそうになかった。


「もうちょっと東に行ってみよう」


 良く知らない土地なのだ。どこにどれだけ生えているかは行ってみないと分からない。ジルは弟たちをつれて東へと進むことにした。


 川があった。休憩を兼ねて馬に水を飲ませる。周囲に何か食料となるものがないかも気を配っていた。馬に取り付けた紐には弓矢が入っている筒や、ちょっとした荷物もあるため狩りをすることもできる。


「兎がいないかなぁ」

「僕は鳥が好きだよ」

「私は兎」


 弟も妹もジルが狩ってくる肉が好きだった。ジルは父親が狩ってくる鹿の肉がもっと好きだった。弟なんかは羊は美味しいけど、いなくなってしまうと悲しいと言うのだ。ジルも気持ちが分かる。

 病気などでこれ以上生きていけなくなった羊の肉を食べる事はあるし、他に祝いの宴で羊の肉が出ることはある。だけど、それは特別な場合だけだった。やっぱり、狩りをして獲ってきた肉を家族全員で食べるのがいいとジルは思う。だからジルは狩りが好きだった。


 鳥が飛んだ。渡り鳥の一種だと思われる。群れで水場にいたのだろう。ジルたちの気配を察して一羽を先頭に飛び立ったのだ。

 弟が指を差したころにはジルの弓はいっぱいまで引き絞られていた。矢が飛ぶと、そのうちの一羽に刺さって落ちた。


「やったぁ!」


 妹が叫んだ。今日は愛犬を連れてきていない。獲物は自分で取りに行かなければならなかった。


「ここで待ってて」


 馬と弟たちにこの場で待つように行ったジルは鳥が落ちた方角へと走った。


 その時である。

 ズシィィン、ズシィィンという微かな音が聞こえたのは。


 刺さった矢を抜いて鳥の血抜きをするかどうかを迷っている場合ではないとジルは思った。すぐさま矢を引き抜いて弟たちのところへと戻る。


「大変だ、神様が近くにいる」


 北から、音が微かにする。地面に耳をつけてもう一度確かめたけど、神様の足音だった。


「先に帰るんだ。大人たちにこの事を伝えて」


 弟と妹を馬に乗せる。もう一頭はジルの移動のために必要だった。頼んだよ、というと6歳の弟は妹の体をぎゅっと握って頷いた。二人だけでテントに帰ることができるかどうか心配だけど、神様がテントに近づいているならばなんとしても報せなくてはいけない。

 2人を紐で縛って妹が落ちないようにして、他の荷物と共に送りだした。ジルが持っているのは弓矢と水筒、隠し持っている干し肉だけである。


「父上がいたら……」


 すぐさまそんな考えを押し殺した。今は自分が一番年上なのだ。弟たちを守って尚且つタイタニア族の男の一人として役目を果たさなければならない。ジルは、自分は父上の息子なのだと自分に言い聞かせた。父上の息子がこんな時に、ふがいない事をしてはならない。ふがいない事というのがどういう事なのかをよく分かっていないのだけれども、とりあえずきちんとしなければならないと思った。


「とりあえず、神様が見えるところまで行くよ。大丈夫、神様は遠くだったら怒らないから」


 馬をポンポンとなでて落ち着かせる。そんな事をしている間に神様の足音は耳を凝らさなくても聞こえるようになっていた。こっちに近づいていると、ジルは思う。


 馬はゆっくりと走った。急がせなかったのはいざという時には全力疾走して逃げなくてはならないからだ。ズシィィン、ズシィィンという音は徐々にはっきりと大きくなっていく。

 地平線の向こうに影が見えた。


「神様だ。こっちへ歩いて来る」


 馬を止めた。まだ距離はある。神様が歩いている方角を見極めなければならない。



 雲にも届きそうな巨体。

 土と石でできている巨大な人型の右手には真っ黒な槍が握られている。左手には体と同じく茶褐色の土と石でできた大きな盾を持っていた。

 いつだったか、神様の見た目を行商人に説明したら、まるで大きな土と石の巨人だと言った。

 その通りだと思う。でも、巨人じゃなくて神様なんだと説明してあげたのだ。


 頭と肩の部分には苔が生えている。もう何年もこの巨人の庭タイタニアを歩き続けているのだ。それこそジルの爺様の爺様の爺様の頃も同じように歩いていたのだろう。

 頭には目だとか耳だとか鼻のようなものは見えなかった。実はこんなにきちんと神様を見たのは初めてである。


「こっちに歩いて来る……」


 テントの方角である。タイタニア平原の端であるためにどこかで方向転換するかもしれないけど、神様はあまり方向を変えないと長老が言っていた。このままだと神様の歩きを邪魔してしまって怒られる。

 長老も見たことはないらしいけど、もっともっと古い時代に神様の邪魔をした人がいたらしい。神様は怒って、槍でその人を払った。その人がどうなったかは教えてもらわなかったけど、教えてもらわなくても分かる。


「帰るよ、急いで帰る」


 馬を反転させてテントへ向かうことにした。はやく大人たちに言わなければならない。それに狩りに出た父親や弟の事も気にかかる。


 最後に、ちらっとだけ神様を見た。そこで、ジルは神様が歩く以外の動きをしたのを見た。


「神様が槍を!?」


 たしかに神様が槍を振るった。足元に向けて、である。だとしたら神様の邪魔をした何かが足元にいたのだ。また、振るった。槍が当たらなかったんだろう。今度はどうなんだろうか。


「遠すぎて見えない」


 どうしようかと思う。ジルはタイタニア族の男としてこの事をすぐにでも帰って知らせないといけない。だけど、例えば神様の足元に馬をなくした父親や弟がいるのだとしたら。


「確認だけ」


 少しだけ近づくことにした。馬が怯えてしまっているのをなだめる。ジルも怖かったけど、もし父上と弟がいるのならば助けなくてはならない。

 神様がもう一度槍を振るった。ものすごい風が巻き起こっているのが見える。


 神様の足元で馬が走っていた。人が乗っている。


「タイタニア族じゃないな」


 着ている服が違った。もう一度槍が振るわれたのを何とかして避けている。


「こっち!」


 神様は後ろを振り返らない。ジルはもし神様に出会ってしまったときの対処方法を思い出していた。これもタイタニア族に代々伝わる長老のお話の中にあるのである。

 逃げてくる馬に乗った人が気づくように、手を振りながら神様から見て右側を駆け抜ける。


「神様はね、地面に足を付けて歩くんだ。走るんじゃないよ。つまりね、左足が上がってるときは右足は動かない。右足が上がっている時は左足は上がらない」

「そんなの当たり前じゃないかー」

「ほっほっほ、当たり前だね。神様も当たり前の事をするんだよ。さあ、おまじないも教えよう」

「おまじない?」

「そう、神様は目がないからね。耳で聞くんだよ。こう言うんだ……」



 ズシィィンと右足が地に着いたばかりである。右足の近くを通れば、左足に潰されることはない。それに槍を持ってるのは右手だから、足元は狙いにくい。ジルは馬に言い聞かせるように長老に聞いたおまじないを繰り返しながら右足付近を駆け抜けた。こちらに来いという手ぶりをしながらである。

 逃げている人もジルに気づいて誘導に従ってくれるようだった。神様の後ろに出ると、神様はもう槍を払わなくなった。


 ぐるっっと大回りして神様の真横に来た。距離はずいぶんとってるから槍は届かない距離だ。少しだけ気が抜ける。馬の速さを落とした。


「命を、助けてくれてありがとう」


 その人はジルに言った。


「僕はタイタニア族のジル。神様がテントの方角に歩いている。ごめんね、もう行かないと」

「あっ、私はアリス=ヴィクトリアです。お礼を、お礼もしていないのに……ついていってもよいでしょうか?」

「いいけど、遅れるようなら置いていくよ」


 帽子をとったその人は意外にも女の人だった。20歳くらいだろうか。タイタニア平原に行商人以外が来たのをジルは初めてみた。丁寧な話し方をする人である。

 アリスの馬は立派な大きさをしていた。だけど、アリスは重そうな鞍をつけて乗っている。これだと重くて馬はよく走れないのになあとジルは思った。だけど、アリスは軽い服を付けていただけだし、女性ということもあって体重が重いわけでもなく、ジルの馬になんとかついて来ることができた。アリスも馬も精一杯だったけど。

 ジルはごめんねといいながらもテントに帰る速さを緩めるつもりはなかった。この速さじゃないと神様が来るまでに移動する時間がとれないかもしれないのだ。


「おぉーい!」


 そんな時に前方にジルの父親が乗った馬が見えた。


「父上!」

「ジル、神様は!?」

「こっちに歩いてきます!」

「やっぱりか! 安心しろ、もう準備は始めてるからすぐにでも移動できるぞ!」


 ほっとした。弟と妹は無事に帰りきちんと神様が来るかもしれないという事を伝えていたのだ。


「よくやった、さすがは俺の息子だ」


 馬を隣につけて髪をくしゃくしゃとされた。汗ばんだ頭だったけど、父親はそんな事を気にもせずにジルを褒めた。ジルのおかげでタイタニア族が救われたのだ。ジルも嬉しかった。


「それで、こちらは?」


 喋ることもできないくらいに疲れているアリスに気づいた父親はそのあとに言った。




 ***




 あの後神様は北へ進路を変えた。タイタニア族は南に少しだけ移動して、そのまま留まることになったみたいだった。

 移動でバタバタとしていたけれど、その日の夕食にはお肉が出た。ジルが獲った鳥と、父親と弟はなんと鹿を狩って来たのだ。


「息子さんに命を救われました」


 アリスはジルの両親にそう説明をした。


「それでなんで神様の近くになんかにいたのでしょうか?」


 父親の質問には少し苛立ちがあったのだろう。おそらくだけど、アリスのせいで神様の進路が変わってタイタニア族は連日の移動を余儀なくされた。

 シュンとしてしまったアリスはぽつりぽつりと話始めた。


「私は南のオレガノーラ王国という所からやってきました」


 その国の名前をジルは知らない。すぐ近くの国は何個か知っているけど、ずいぶん南の国のようだった。


「私の国は今、隣の国と戦争をしています。もう3年にもなっていて、どうにも決着がつきそうにありません」


 国境の小競り合いがずっと続いている状態なんだとか、年に一度くらい沢山で戦い沢山の人が死ぬのだとか、ジルには少し難しい話をしていた。


「戦況の打破を考えていた王宮参謀は古代の力に目を付けました。私はその古代の力がどこにあるのかを調べる研究員の一人でした」


 アリスは王宮の蔵書庫にこもって様々な本を読んだのだという。そこで一つの古文書を見つけた。


「古代における最強の魔術師タクエスの作り上げた巨人タイタンがこの地でまだ動いていたのです」

「それが神様だと?」

「そうです。あの力があれば我が国は隣国との戦争に勝利することができるのは確実です」


 魔術というのは古代に使われていた不思議な力なのだという。今は魔術ができる人はいない。しかし、昔の魔術師が残したものというのはあって、今の人たちはそれを大切に使い続けているのだとか。

 オレガノーラ王国の首都にはそういった魔法の道具が使われた噴水があるのだという。ジルには噴水の意味も分からないけど。

 結局、護衛に付いて来てくれた兵士は全員神様の邪魔をして怒られて死んでしまった。それは仕方ないことだと思う。アリスだけはなんとか逃げ延びれたけど、神様の力を調べるまでは王国には帰ることはできないのだとか。


「私たちがそれを歓迎するとでも思っているのですか?」

「いえ、御迷惑をおかけした事は謝ります。すみませんでした」


 父親も母親も難しい顔をしていた。


「明日、国に戻って下さい」


 父親にそう言われたアリスは力なくうなずいた。

 その日、一日だけアリスはジルのテントに泊まり、朝になると出て行った。


「ジル兄、あの人は神様のことを魔術師が作った巨人だって言ってたよ」

「そのことはもう話しちゃいけないよ」


 翌日、ジルは真ん中の弟と狩りに出かけていた。移動続きでタイタニア族の皆は食料の調達が十分にできていないのだという。このままだと羊を潰す必要があると言うのを聞いて、男衆は狩りへ行くことになったのである。

 ただし、ジルと弟の面倒を見る余裕がないために別行動だ。鹿の群れを狙わなければならないし、猪でもよい。ジルと弟は小動物を中心に東へ行くことにした。

 昨日、神様が通った跡がある。


「ジル兄、鳥だよ」


 アリスを助けた辺りだった。そこに群がっていた鳥を見て、ジルは顔をしかめた。


「あれは屍食いだよ。そうか、昨日のアリスさんの仲間の死体を食べてるんだな」


 屍食いと言われている鳥はよく動物の死骸に群がると言われていた。そのためにタイタニア族では屍食いは狩って食べることはない。そういう習わしなのだという。


「ジル兄、あれ」


 弟が指差した先には屍食いに向かって槍を振るう一人の女性がいた。


「アリスさんだ」


 国に帰ったはずであるが、仲間の所へともどっていたようだ。昨日は槍なんてもってなかったはずなのにと思ったけど、死んだ仲間のものなのだろう。皮肉なことに屍食いがいたからこそ仲間を見つけることができたんだと思われた。


「父上が国に帰れって言ったのに」


 弟がぼそっと言う。ジルも同じ気持ちだった。だけど、仲間の遺品を引き取りたいんだろうとも思う。手伝って、早めに帰ってもらうのが一番いいだろうとジルは思った。


「とりあえず手伝うよ、その後帰ってもらう」


 ジルと弟は周囲の屍食いに射掛けた。2頭ほど仕留めると、彼らも危機を察知してどこかへと飛んでいく。アリスはすぐに気づいたようだった。ばつが悪そうにしていた。


「な、仲間の遺品だけでも持って帰ろうと思ったのよ……」

「埋めるのを手伝うよ」


 アリスは国に帰っていなかったのを咎めなかったジルに少しだけ驚いた。この少年には助けられてばかりである。

 結局、護衛で付いて来てくれた兵士たち4人を埋めた頃には昼がかなり過ぎていた。その間に弟には周辺で兎を狩るように言ってあり、実際に2羽ほど狩れたようでこれで自分たちが何も狩らずに帰るという事はなくなった。


「さすがに馬までは無理だよ」


 死んだ馬はこのまま放置していれば屍食いが戻ってくるだろうと思う。遺品を整理しながらアリスはため息をついていた。これからの事を考えているのだろう。


「ジル君、やっぱり私は巨人を追うよ」

「父上はお前に帰れって言ったんだぞ!」


 ジルが答えるよりも先に弟が叫んだ。もうそれ以上は言うなとジルは弟を制した。アリスが何でそういう事を言うのかが全く理解できなかったからである。神様を怒らせて、仲間が死んで、ジルたちに助けられながらもその恩を仇で返そうとする。

 ジルにはどう見てもアリスが嫌な奴とは思えなかった。実際に、神様を追うことは黙っていればいいはずなのにジルたちに打ち明けている。


「私はね、巨人をどうにかしないと国に帰るところがないのよ」


 あえてジルたちを見ずに悲しそうにアリスは言った。簡単に言うと、巨人を手に入れるまでは帰ってくるなと言われているのだという。


「なんで? 神様を手に入れるなんて無理だよ」

「無理だろうとしなきゃならないのよ。戦争なのよ」

「じゃあ、ここで暮らしなよ。そうしたら国には帰らなくていいよ」


 ジルが言うとアリスはきょとんとしてジルを見つめ返した。今までそれを考えたことは一度もなかったのだろう。 


「それはできないわ。私には国に家族がいるもの」


 大切な家族が遠い地で神様をどうにかするまで帰ることができないなんて、ジルだったら考えられなかった。反対するに決まっているのだ。そもそもタイタニア族の大人たちがそんな事を言うはずがない。


「じゃあ、アリスさんは何のために死んでいくの?」


 死んでいく、少年であるが故に直接的な表現しか使えなかったジルの言葉は、アリスの決断を揺るがした。


「タイタニア族はタイタニア族のために生き、タイタニア族のために死んでいくんだ。父上が言ってた。お互いを想うから、タイタニア族のために生きることが自分の誇りになるんだって」


 おそらく、ジルはまだこの言葉を理解できていないのだろうとアリスでも分かる。

 しかし、大人になっている自分にジルを通して伝わった意味はアリスをもう一度冷静にさせた。

 国としても、この任務が成功するかどうかは分かってないだろう。捨て駒にされたというのは分かっていたが、本来の職が研究員であるアリスをこのような場所で野垂れ死にさせた所で国益に繋がるわけがなかった。であるならば自分のすべき事は何か。


「分かったわ、巨人を追いかけるのはやめる。その代わり、私達の国だけじゃなくて他の国も巨人をどうにもできないって事を調べさせて欲しいのよ。もちろん、もう巨人……いえ、あなた達の神様の邪魔はしないわ」

「どういう事?」


 弟がジルに聞いた。ジルも分かってないが。


「あなた達の歴史を調べさせてよって事。そのくらいならいいでしょ? それに私が帰らなかったら、また他の人が来るかもしれないし」


 ジルはなるほど、と納得してしまった。だけど、タイタニア族に客をずっと受け入れる余裕があるわけではない。


「そこはお互い様よ!」


 本来はこういう話し方なんだろう。アリスは元気よく言った。


 アリスをつれてテントに戻ってきたジルは、まずは母親の所へ相談に言った。父親はまだ狩りから帰って来ていなかったし、アリスの事情を知ってるのは両親だけだったからである。


「状況は分かりました。あなたが神様を諦めてくれるというなら、確かに私たちにも益があります。ですが、家長である主人、そして族の長老の決定を仰がなければなりません」


 それまではジルの家の客として扱うと母親は言った。


「ありがとうございます」


 アリスは深々とお辞儀をした。タイタニア族にはない風習である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る