巨人の庭

本田紬

第1話 タイタニア平原

 世界がどれだけ広いかは分からないが、ここにはタイタニア平原と呼ばれる広大な平原がある。

 それはこの世界で他には類を見ないほどに広いと言われていた。少なくともタイタニア平原を越えるくらい広い平原というのは聞いたことがない。ここに来る人の中ではそれが当たり前だった。


 その一画に遊牧を主体として生きている民族がいた。自然とその民族はタイタニア族と呼ばれる。文明が発達した地域からすると入り口とも言える場所に生活の場所を設定している彼らは平原の門番とも言われる存在であったのであるが、そんな彼らは場所を転々としながら生きる遊牧民と思っていた。

 それだけ、タイタニア平原は広く、たしかに彼ら以外に人は住んでいなかった。

 馬で1日中駆けても端まで届かないのである。それが2日目になっても3日目になっても平原であるという時点で平原の大きさを測ろうなんて暇な人物が現れるほどに世界に余裕があるわけでもなかった。

 それにこの平原はすこし特殊である。


「ジル、羊を囲いの中に入れておいて」

「はい、母上」


 ジルと呼ばれた少年は愛犬とともに羊を追いに行った。自分で走っても追いつかないから馬に乗るのである。すでに10歳になるジルは自分の手足のように裸馬に乗ることができた。


「さあ、急ぐよ。明日には神様が来そうだからね」


 愛犬はそれに吠えて返す。本当に言葉が分かっているのだろうかともジルは思うが、どちらでも良かった。愛犬はジルの指示に良く従い、羊たちを固めて囲いの入り口へと誘導する。ジルの乗った馬も良く走った。太ももの力の込め方で馬はジルの思い通りの方向へと曲がってくれる。

 羊たちからとれるのは羊のミルクと肉だけではなく毛などもある。この時期は毛を刈るわけにはいかないが、すでに十分な毛がテントの中には蓄えてあった。夜になり食事を済ませると家族総出で糸にする作業をするのである。タイタニア族の作った羊毛製品は行商人にはよく売れた。


「次に行商人のオウルさんが来るのはいつかしらね」

「明日あたりに神様がこの辺りを通るかもしれない。彼らは神様を恐れているから当分は来ないだろう」


 両親の会話を聞きながらジルは残念に思った。行商人は沢山の珍しいものを持って来てくれる。それに月に一度の町への買い出しの時に買ったがもうなくなりそうなものなんかの補充もしてくれるのだ。代わりにタイタニア族の特産品と取引をするのである。

 オウルさんはいつも金の方が取引しやすいって言っていたが、ジルには金にはあんまり価値がないと思っているからタイタニア族の作った羊毛製品の方がずっと便利なのにと思っていた。


「父上、今日のご飯はなんですか?」

「うーん、今日は肉は出せそうにないなあ。ヨーグルトとチーズじゃだめか」


 年頃のジルがそれで満足するわけがなかった。弟や妹たちからも不満が出るだろう。一家の主である父親に文句を言うわけにいかないためにいつもジルに文句を言うのだ。他の食材というのはタイタニア平原では手に入りにくい野菜である。もちろん行商人や買い出しの時に特産物と引き換えに手に入れるのである。


「狩りに行ってもいいですか?」


 言いたかったことはこれである。

 タイタニア族は幼少期から馬を乗りこなす。更には弓矢の扱いはすでにジルの年齢では達人の域に入るといっていいほどに上達する者までいた。ジルもそうである。狩りに行けばジルの大好きな肉が手に入る。集落の仕事を手伝わなければいけないのでなければ狩りにはいけないが、そうでもなさそうだと思ってジルは言ってみた。


「あまり遅くなるなよ、それに東の道は神様の通り道になりそうだ。やめなさい」


 ジルの頭をくしゃくしゃしながら破顔した父親は言った。父としてもジルが狩りに出て肉を取ってきてくれるのであれば食事が華やかになるのである。今月は羊を潰すわけにもいかなかったし、移動の準備があるから自分で狩りに出る余裕もなかった。

 ダメだと言われると思っていたジルは嬉しかった。


「はいっ! 分かりました」


 元気に返事をしたジルは弓矢を取りにテントへと戻る。愛犬も連れて行ってもらえることが分かっているためにその場でぐるぐると回りだし、喜びを表現していた。


「ジルが狩りに行ける年齢になってくれて助かるわね」

「ああ、そうだな」


 その内、弟たちもつれて狩りに行くことになるだろう。そうすれば生活はもっと楽になるかもしれないと父親は思う。長男として、ジルは自慢の息子だった。


 ジルは馬には乗れても、大きな獲物を担ぐことができるわけではない。

 タイタニア平原は平原と言っても多少の起伏はある。あまり岩肌が露出している場所があるわけではないが、それでも所々にはそういった風景があった。

 小動物を中心とした狩りである。


「兎がいたらいいね」


 馬の背をポンポンと叩きながら疾走する。集落からそれなりに離れないと動物はいないのだ。後ろには愛犬がきちんと付いて来ている。そのくらいの速度で馬も走ってくれている。

 ジルが持つ弓は子供用である。子供用と言っても、鹿を射抜いたことはある。大人でも使い勝手が良いという理由でジルが使うくらいの小さい弓を使っている人もいるのだ。10歳のジルとしては問題ないと思っているし、父親が使うような大きな弓では照準が合わない。特に馬の上からでは。


「兎だ!」


 視界にぴょんぴょんと跳ねる動物が見えた。野兎である。それを馬上から射抜く。矢はジルが思った通りの所に吸い込まれるかのように刺さった。


 動かない的ならば百発百中である。タイタニア族の男はそうである。ジルもタイタニア族に生まれているために小さい頃から弓の扱いには慣れている。弟たちでもそのくらいは問題なくできるだろう。

 例え動いていようとも兎くらいなら十分当てることができた。自分が動いていたとしても同じである。

 愛犬が射抜かれた兎をくわえて走ってきた。矢を抜いて、頭をなでてやる。ついでに馬もなでる。矢が痛んでなくて良かったとジルは思う。もう一度使うことができる。


「やったぁ、これで少なくとも今夜はお肉が食べられるね」


 さっとナイフで首を斬って血抜きをした。終わると馬の首にかけておいた紐に縛る。

 父親はこういった動物に対する処理に関してはかなり厳しく教えた。特に苦しまずにさせる方法に関しては徹底していた。タイタニア族の男ならばこうするのだと言われ、ジルは真面目にそれを守った。


 あと2,3匹は狩りたいところである。ジルがお腹いっぱい食べるためにはそれくらい必要だった。家族全員で平等に分けるからである。それもタイタニア族の習わしだった。

 いつだったか、行商人の人に鞍について言われたことがあったけど、ジルが鞍をつけると馬が窮屈になるのではないかと思っていた。鞍があれば馬から落ちにくいし、荷物も取り付けやすいと言うのだ。

 確かに荷物は付けやすいけど馬から落ちたことなんてないし、何より馬が嫌がるからジルは鞍を付けるつもりなんてない。そう言ったら行商人にすごく驚かれたことがある。でも、周りのタイタニア族はそうだった。ジルは行商人の方がおかしいのだと思っている。


「神様はもっと東を歩くって父上が言ってたから、こっちに行こうか」


 馬をなでて先に進む。馬と友達になっていると、何も問題なかった。次の狩猟場所へと行こうと思う。この場所はあまり来たことがないけど、それは今現在にジルたちの移動式の住居であるテントがあまり来たことのない場所に設置されているからだった。


「神様の歩く方角は邪魔しちゃいけないから」


 これが伝統なのだという。伝統ということをジルはよく分からないけど、父親もよく分からないと言っていた。爺様はもう死んでしまっていないけど、爺様から厳しく言われたらしい。その爺様も爺様の父上から言われ、その爺様の父上もその父上から……という具合らしい。

 そういうものだと言ったジルの父親は、理解できなくても祖先の言いつけを守ることに価値があるんだといってジルを困らせた。いつしか父親の言う事が分かる日がくるんだろうとジルは思う。


 神様を見に行ったことがある。あまりしてはいけないらしいけど、父親は一度は神様は見ておくべきだと言っていた。実際に初めて会って、それが思いがけない時だったら神様の邪魔をして怒られてしまうからだという。それで神様に殺されてしまった知り合いもいるのだとか。

 大人になれば神様の様子を見に行って、タイタニア族のテントが邪魔にならないかを確認しなければならないという。まわりの大人はそういった役割をきちんと果たしている。父親にその役目が回ってきた時に、ジルは一緒に連れて行ってもらった。貴重な体験だったけど父親はその時には、大人になればやりたくなくてもやらなければならない事なんだ、と言った。

 父親が駆けさせる馬の後ろで神様を見て、その時にジルが思ったのは、神様は怖いという事だった。父親はそんなジルを見て、そうだと言った。


「神様は怒らせては駄目だよ」


 力の限り頷いたジルはその後にそのを見て、確かにそうだと思った。


 それが昨年の事である。あれから一度も神様には会っていない。


「神様は怖いからね」


 馬が少し怯えたようだった。言葉が分かるかどうかは知らない。だけど、ジルがぶるっと震えたのが伝わったのかもしれなかった。愛犬は相変わらず馬の後ろを走っている。

 どうどう、と馬の背をなでながらジルはごめんごめんと声をかけた。


「神様は怒らせなきゃ僕たちには何もしないよ」


 遠くからでも神様はどこにいるかが足音で分かる。近寄らなければ、大丈夫。父親はジルにそう言った。ジルもそれを信じている。


「それよりも今日の晩御飯を頑張ろう」


 重ねて言うが、もうちょっと肉が欲しいのだ。長男であるジルが頑張ると弟たちも妹もお腹いっぱい肉を食べることができるのだ。それは幸せ以外のなにものでもない。


「父上も母上も喜ぶし」


 父親はジルに平等に分けろと言う。その後に、いつも母親は肉を狩ってきてくれたジルに自分の分を分けてくれる。父親はそれに関しては何も言わない。ジルはそれが嬉しかった。それでもう一度頑張って狩りに行きたくなる。毎回そう思う。


 視界の向こうに鹿の群れが見えた。


「父上と来てたら狩れたのに……」


 鹿は重い。そのためにジルの力では馬の上に固定することができないのである。そのために鹿は狩っても一部しか持ち帰ることができないためにジル一人で来たときには狩ってはならない獲物だった。

 それに、一度持ち帰ることのできるくらいの小鹿を狩ろうとしたことがあった。しかし、その時は父親とともに来ており、それは駄目だと教えられた。小鹿は狩ってはならないのである。


「どうして?」


 純粋な疑問だった。小鹿であれば一人でも馬に乗せることができる。


「それは、動物であっても子供は大事だからだよ」


 後になって色々と分かることがあった。小鹿ばかり狩ると群れが絶滅してしまうという事、親鹿が命を賭けて取り戻そうとすることがある事。


「ジルのためなら父も同じことをする」


 親鹿の話をした時に鼻息荒く言った父親を見て、当たり前すぎてジルは何も感じなかった。なんで父親がそう言う事を言ったのかは大人になったら分かるんだろうと、それ以上考えてない。多分、分かると思っている。ジルはそういう子供だった。


 しかし鹿の肉は美味いというのはジルには分かっている。はやく親鹿を狩れる年齢になりたいと思うばかりである。あの肉は羊の次に美味しいのだ。


「やっぱり、兎が一番いいね」


 野鼠とかも狩ることができるが肉が美味くない。狐も肉は美味しくなかったけど、その代わりに皮を使って母親が服を作ってくれる。狐でも良かったが、やっぱり野兎の肉は美味いし、いくらでも持ち帰ることができる。ジルにとって、兎は最も都合の良い獲物であった。

 兎を探しながら馬を駆けさせる。もしジルが見落としていても愛犬が気づくはずだった。平原は場所を変えると風景も変わるために迷う事もない。

 川があった。野生動物の多くが飲み場所として使っている川である。近くには小動物が沢山いるはずで、その近くでももう一匹の兎を射抜くことができた。


「鳥肉も食べたいんだよね」


 調子に乗ったジルは馬と愛犬をなでながら言う。愛犬はウォン! とジルに賛同するかのように吠えた。彼女としても肉が多ければ食べ残しの肉が残った骨がもらえるのである。ジルも愛犬もニヤニヤとしてしまうのは仕方ないと思っている。馬だけが関係ないと尾っぽを振っている。

 空にはジルの欲しがっている鳥は飛んでいないようだった。飛んでいれば射抜けたのにとジルは思う。それだけ、ジルの弓の技術は優れているが、タイタニア族の中では普通である。


 ジルは帰ることにした。父親からは遅くなるなと言われている。兎も2羽獲れたので今夜の夕食は賑やかになるだろう。帰る最中にもう1羽とれたら幸運であると思ってあえてゆっくり帰ることにした。

 テントがある方角は分かっている。ジグザグに馬を走らせながら、ジルは兎と鳥を探した。愛犬も多分ジルの考えてることを分かってくれてるんだと思っている。目を凝らしながら帰ったが、結局はそれから獲物は見かけなかった。

 しかし狩りはこんなものである。兎すら狩れずに何も持ち帰らない日もあるのだ。今日は幸運だと思うことにした。少なくとも夕食には兎がでるのだから。


「美味しい!」


 弟の一人が騒いでいるのを見てジルも満足だった。だけど、できればもう一匹欲しかった。乳製品だけではお腹がいっぱい満足にはならないのである。お肉が欲しい年ごろだった。


「ジルが兎を狩って来てくれて良かった」


 母親がいつも褒めてくれる。父親もなにも言わないが頭もクシャクシャとなでてくれた。たしかにそれだけも十分嬉しいのだ。だけど、お腹一杯食べたかったジルが少し不満だった。自分に対してである。3羽の兎を狩ることができたら、多分お腹一杯食べることができたのだ。弟たちや妹にも肉をお腹一杯食べて欲しかった。いや、妹はお腹一杯みたいだとジルは苦笑いした。

 もしくは鹿を狩ることができたらである。

 早く、大きくなって鹿を狩って馬に乗せなければと思う。だから、今日の残りは乳製品を沢山食べるのだった。結局、それでお腹一杯になった。お腹一杯になったジルは他の誰よりも早めに寝てしまった。気が付いたら寝台で起きたのだから、父親が運んでくれたのだろう。


 タイタニア族の男は放牧に関しても幼少期から行う。ジルは10歳ではあるが立派に弟たちの指導係だった。


「もっと早く馬を駆けさせるんだ!」


 羊の囲い込みかたが甘いとジルは弟たちを叱る。愛犬が弟たちの開けた穴に陣取って羊がバラバラにならないようにしてくれている。それで群れはそのまま動いているのに弟たちは気づいていない。


「ジル兄は厳しいんだよ」


 と一番下の弟が言ったとたんに真ん中の弟が馬を寄せてきて頭を殴った。


「お前はなまいきなんだ!」


 そう言った真ん中の弟も生意気なんだとジルは思ったが、口に出して言うのをやめた。多分、それを言い出したら終わらない。それよりもはやく弟たちがジルが見てなくても羊たちの世話ができるようになればいいと思った。ジルが弟たちの年のころにはすでに両親から羊の世話を任されていたような気がする。それでも弟たちはまだ8歳と6歳だった。


「犬がもう1匹欲しいよ」


 ジルには愛犬がいた。それは両親から与えられたからである。他にも父親の犬がいる。その犬はジルの愛犬よりも本当に良い動きをする。けれど、年をとっている。

 ぜひとも弟たちにも犬を飼ってもらって放牧や狩りの手伝いをしてもらいたかった。犬はそんなに高い買い物でもないはずであるが躾けが大変である。ジルの愛犬は父親が一緒になって躾けをしてくれたので父親の言う事にもよく従う。


「そうだな、そろそろあいつらにも犬がいるか」


 父親の反応も良好であった。長男として色々と仕事を押し付けられているとジルは少し不満に思っていた。弟たちも自分がそのくらいの年齢にやらされてきたことくらいやるべきだと思っている。弟たちがそれぞれ馬に乗って狩りに行けば毎日肉が食べれるんじゃないかと思っている。


「今日はさすがに肉は出ないよ」


 基本的に肉とかのご馳走がでるのは夕食である。朝と昼は本当に簡単なもので終わりなのがタイタニア族の食生活だった。そしてこの日は特別である。


 ジルの家族が持っている馬は8頭である。その8頭の内、家族が乗っているのは5頭であった。残りの3頭は家を曳いている。タイタニア族の家はテント状になっており、折りたたんで移動することができた。その大きな荷車になっているテントを曳いているのが3頭の馬である。他には沢山の羊を群れにしたまま回りを囲んで歩かせる役目が必要だった。それを家族の中の男が全員で行う。一番下の弟もその役割を担う。

 他の家族もそれぞれの家と家畜を移動させていた。羊が混ざらないように距離をとって移動させる場合と、なにかしら印をつけて混ぜて一塊にして移動させる場合がある。今回は家族ごとに移動させていた。それでも混ざることがあるから羊の1頭1頭に印はつけている。ちなみにそれは外さずに次の移動の時にも付けていて、移動する時にその印が外れていないかどうかを確認するだけだった。ジルの家族の羊は全て耳の所の毛にに白い布切れが縫い付けられている。


「こっちに神様が来るんだってさ」


 草を食べ切ったわけでもないのに移動するのはそれが理由だった。ジルの父親はむしろそのくらいで移動しなきゃならないからタイタニア平原はこのままでいることができるとか難しい事を言っている。ジルには分からなかったけど、父親がそう言っているのだから正しいのだろうなとは思っている。


 取り分けられたチーズの塊を齧りながら馬を走らせる。昼の食事は馬上で摂ることになるのは事前から言われていた事であったし、いつも移動の時はこうだった。こうやって食べるチーズは意外と悪くない味がするとジルは思っている。馬の上で食べる食事は嫌いじゃなかった。それは自分がタイタニア族だからだと思っていて、父親はそれをと言っている。まだジルには分かっていないのだけれども。

 今回の神様の移動の方向はよく分かりにくいと集落の他の人間が言っていたらしい。ジルの父親はそれに対して、どうやっても神様の行く先に被らない方角に移動するべきだと主張して、族長も含めて皆がそれに賛同してくれたと言っていた。ジルはさすがは自分の父上だと思った。実際にジルの父親は集落の中ではそれなりに知恵者として一目置かれていた。

 父親の予想の通りで、神様は当初決めていた道筋を通って歩いていたらしい。馬だけだったら距離をおくことができるだろうけど、テントと羊をバラバラにせずに逃げるというのは難しい。羊はそれこそ遊牧民族であるタイタニア族にとっては財産だった。


「もう大丈夫だぞー」


 神様を見てきた大人が戻ってきた。それぞれの家族に神様の通り道からはずいぶん離れたという事も伝える。タイタニア族の男は大人になると定期的に神様の居場所を見に行く役割があった。まだジルには早いと言われている。

 ずっと張り付いているわけじゃない。タイタニア族の長老は代々受け継がれたタイタニア平原の地図をもっている。神様がいる場所がある程度分かりさえすればかなり離れていても見えるからだ。

 神様の通り道を邪魔して神様を怒らせなければ大丈夫だと、長老はジルたちが子供の時に教えてくれた。


 文字を持たないタイタニア族の歴史は口伝という方法で語り継がれる。長老は時間がある時に子供たちを集めて、昔のタイタニア族の話をする。

 ジルも沢山聞いた。それこそ飽きるほどに。長老の話をそらで言えるようになって初めて、長老の話を聞きに行かなくてもよくなる。長老の話の最中に大人たちが肉を食べていると知った時は衝撃だった。もちろん沢山ではないのだけども。


「一つ大人になったな」


 そう言われて嬉しくなってしまい、両親を許してしまった。

 そろそろ真ん中の弟がお話を暗記しだしたくらいかもしれない。


 神様の場所が分かってタイタニア族の移動はゆっくりとなった。これならば少々気を抜いていても十分に羊たちを囲いながら移動することができる。

 ジルは隠し持っていた干し肉を齧ると、愛犬にもその切れ端をあげた。

 弟たちにばれるとめんどくさかったので、こっそりとである。もともとこの干し肉は平等に分配されたやつをとっておいたものだから文句を言われることではないのだけれども。

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