第7話 設置

 移動は主に夜に行われた。最初の中継地点までは荷車を使っての移動だった。それはアーチャーが主体になって引いた。どうしても、と言うアーチャーは無念そうだった。夜間の移動で交替で荷車を引くのである。解体されたバリスタの重量はかなりのものであったが、アーチャーは文句ひとつ言うことなく歩いた。

 悪路も多かった。例え双角馬であったとしても移動はできそうにない段差などもある。その場合は荷を下ろして荷車を引き上げた。


「覇獣は移動する際に飛ぶのが基本だ。夜は視界が悪く飛びづらいものなんだと思う」


 カイトが教えてくれる。そのために日中、上空から見えない場所を中継地点として設定する必要があった。


「シエスタが設営した中継地点は使えない。もしかしたら覇獣に見つかったかもしれないからね。だから今日は多めに進むよ。大丈夫、ここからの道は平坦だ」


 二日目の夜にそう言われた。覇追い屋の食事は基本的には冷たいものだけである。火など、起こせるわけがなかった。やや蒸し暑い気候であるのが幸いしたが、高所などはそうも言っていられなくなる。

 サイトが夜間に震えていると、アラニアという寡黙な覇追い屋がそっと毛布を貸してくれた。彼とはあまり話したことはないが、いつも他の仲間に気を使ってくれる心優しい人物であるのは知っていた。

 山岳地帯を越えると、森林が広がっていた。この資源を活用できればと昔は多くの兵がここに送り込まれたそうだ。だが、そのほとんどは覇獣によって帰ってこなかった。


「本格的に覇獣の生息域になるよ。今まではプレブの縄張りだったから他の覇獣は寄り付かなかったけどね」


 森に入ると荷車は使えなくなった。それまで引いて来ていた荷車は草木で覆って隠しておく。少しでも人の痕跡を消すことに気を使っていた。

 バリスタの部品はそれぞれが背負うことになった。サイトは矢と弦を担当した。壊れた時のために弦だけは予備を持って来てある。さらに矢は3本用意した。


「3本は打てないだろうよ」


 ゼクスは言った。どうしてもその間に覇獣に詰め寄られて殺されるという。前回2本打てたのは、1本目が急所に当たったからだという事だった。それでも覇獣はふらつくだけで死にはしなかった。

 サイトが改良したバリスタは威力が上がっているはずである。弦の素材は抜覇毛をより合わせてさらに強度を増加され、弓と弦の長さを大きくすることでより大きな力が出せるようになっていた。さらには耐久性も向上しているはずである。矢を装填する速度だけは、訓練と冷静さが必要だった。それは村でこれでもかとやってきている。

 初発は不意打ちが基本である。おそらくはと覇獣がくるであろう場所に狙いを定めておき、覇獣がくるのをひたすら待つのが良い。

 矢が刺さった、もしくは外れた覇獣がどのような反応をするかは分からない。


 プレブは矢が刺さったあと、突進をしようとし転倒したという。少なくとも装填をする係と、狙いを定める係が必要である。


「プレブはお気に入りの場所があったわけじゃない。バリスタは馬車の荷車にあったし、プレブを仕留めたのは襲撃された村だった」


 すでに村人は死に絶えていたという。たまたま近くにいたゼクスとファロは村の近くに残っていた覇獣に襲われそうになった。バリスタも覇獣を狩ろうと思って荷馬車に乗せていたわけではなく、馬車に乗っている際に襲われた時の護身用のつもりだった。だが、飛んでいたプレブを射ち落とし、起き上がるも再度転倒してしまったところをもう一発胴体に当てることができた。壊れたバリスタを見て、半狂乱になったゼクスが斧を担いで走る様をファロは信じられない思いで眺めたが、すでにバリスタで撃たれた傷は致命傷になっていたのだろう。だが、二人とも頭部が切り離されるまでは恐怖しかなかったという。


「急げ、朝日が出ると奴が飛ぶかもしれん」


 先頭を行くゼクスはもっとも思い部品を担いでいた。その身はサイトが製作を間に合わせた覇獣の革鎧に包まれている。月明かりに光るその革は体毛とは違い、落ち着いた茶褐色をしていた。

 最終の中継地点とした洞窟の近くからは若干低めになっている襲撃地点が見えた。


「あの泉のほとりだ。森が開けているから覇獣が降りやすい」


 暗がりで見ても周辺には茂みがありそうである。隠れる場所には苦労しそうにない。バリスタに草木を付けて偽装するのもいいかもしれないなとサイトは思った。


「ここからあそこまでは数時間もかからないだろう。今日はもう少しで朝日が出るしここで休憩だ」


 ここまでの予定の行程はほぼ完璧に行うことができたと言える。ただし、ここからが重要だった。


「あそこまで行って、バリスタを組んで、隠れる。朝までに全て行えると思うか?」


 サイトは落ち着かなく、隣に寝ていたアーチャーに聞いてみた。正直な話、朝日が出るまでに隠れることができるかどうかが心配である。重いバリスタの部品を担いだ歩みは非常に遅い。組み立てはサイトが主導となって行うとしてもその隠蔽と自分たちが隠れるという時間が必要である。


「一度現地に行って状況を把握した方がいいんじゃないか?」

「サイト、心配は分かるが食料がそんなにあるわけじゃない」


 ゼフが襲撃場所に毎日来るわけではないのである。朝早く来ずに夕方に来る可能性だってあった。この計画で行く限り全ては運なのだ。そしてその運にすがるしか方法はなかった。


「今は少しでも体力を回復させることだ。食料も少なければ休む時間も限られている」


 最善を尽くすと、アーチャーの目は語っていた。それを汲み取れないサイトではない。ゼクスからはすでに寝息が聞こえている。


「分かった」


 もう信じるしかない。今日の夜にここを出る。できる事は全てやってきた。そして、後は託すしかないのである。



 気持ちとは裏腹に寝つきは悪く、まだ日が高い時間帯に起きてしまった。もう一度寝ることができる自信のなかったサイトは体をほぐそうと洞窟の入り口付近へと移動した。

 光の中に体を晒すわけにはいかない。上空にたまたま覇獣がいたら全てがお終いである。だが、ある程度光がある部分までは近づきたかった。

 十分な大きさのある洞窟の中は窮屈ではなかった。伸びをしながらサイトは歩く。足音や声で他の仲間を起こさないようにと細心の注意を払った。

 サイトは革鎧を付けていない。だが、他の覇追い屋は全て革鎧に武装をつけていた。誰も鎧を脱ごうとしない。武器も常に傍に置いている。対してサイトは軽い服に、最も軽い荷物でここまできた。

 鍛え方が違うと言えばそうであるが、男として思う所がないわけではない。もし、生きて帰ることができたならば、走り込みくらいはやろうかなとも思う。

 干し肉を取り出し噛みちぎった。水筒の水を少し飲む。水は事前に調べてあった水場が各所にあったために最低限しか持ち歩かなかった。これが十分量の水も携帯しなければならないとなればさらに歩みは遅くなったことであろう。全てはこの時がくるかもしれないと思い事前に準備をしていたゼクスたちの用意である。


 覇獣の死骸を売って、その金で王都付近で暮らしていくと言う選択肢がないわけではなかったはずだった。実際にファロはその道を選んでそれなりに裕福な生活を送っていた。だけど、ゼクスはそれをしなかった。気持ちはサイトには十分に理解できた。理解できたからこそここにいる。

 いまだに冷静な頭が引き返せと言っていた。十分に義理は果たしたはずである。そもそも最初からやらなければならない事ではない。王都で一級品を作り出す道具職人としても十分に人々の役に立てたはずだった。


「眠れないのか?」


 気づくと後ろにアラニアがいた。アラニアも体をほぐしながら入り口の付近に近づいて来る。


「迷っているわけではなさそうだな」


 アラニアはサイトの近くに座るとぽつぽつと語りだした。彼がこんなに話すのをサイトははじめて聞いた。だが、それはとても重要な事だと理解だけはしていた。


「ゼクス様はな、もともとは貴族だったんだ。反乱を起こした辺境領の領主様に仕えていた」


 その領地は貧困にあえいで西へとやってくる移民を多く抱え込んだ。それでも覇獣の領域にしか行き場がない民を見て領主は反乱を決意したのだという。ゼクスの父親はそんな領主に心酔し、さまざまな知識から据置型大型弩砲バリスタという兵器の存在を知った。もともと学者としても優秀であったゼクスの父親は、その力で領主の後押しをしたかったらしい。

 ゼクスは父親には似ず、どちらかというと武勇が優れた息子だった。嫡男ではなかった彼は得意な弓を持たせると領地の誰よりも遠くまで矢を飛ばすことができたらしい。

 だが、反乱の計画はどこからか王国側に漏れ、多くの王国軍が領地へと攻め込んできた。全くと言っていいほど準備ができていなかった領地は精一杯の抵抗を行った。ゼクスはそこで狙撃手として活躍したという。将校を射抜くゼクスの矢は王国軍には大いに恐れられた。しかし、最終的に反乱は鎮圧された。

 領主は捕らえられ王都で処刑された。

 ゼクスの一家はフロンティアへ逃げた。王国の手が届かないのがフロンティアである。そこで開拓民とともに生きた。だが、その村は覇獣に襲われた。ゼクスはたまたま猟に出かけていたために助かった。覇獣は村の全てを壊しつくした。


「あまり驚かないのだな」

「うん、ある程度想像していたのとあまり変わらない」

「やはりサイトは賢い」


 賢いと言われたのは初めてだった。そもそも職人に賢さはいらない。愚直に道具を作るのが良いとされているのだ。


「私たちはゼクス様の父上に仕えていた使用人や、その開拓村に住んでいた者たちだ。全員がゼクス様の父上に恩がある。ファロは違うがな」


 ファロはゼクスたちに覇追い屋の技術を教えた人物であった。と言ってもそんなに経歴が長いわけではなく、逆にゼクスに助けられていたところも多かったようだ。


「サイトには私たちの事を知っていて欲しかった。ゼクス様は語りたがらないからな」


 アラニアはそう言うと干し肉を噛んだ。


「これから、どうするんだ?」


 サイトはたまらずに聞いた。


「これからというのは?」

「ゼフを狩ってからだよ。そうしたら契約通りに俺はその死骸を持って王都へ帰る。だけど、この土地にはまた他の覇獣が来るかもしれないだろう」


 その度にお前らは命を賭けるのか。そこまで言う勇気がサイトにはなかった。


「それはゼフを狩ってから考えるかな」

「今、考えろよ」

「そうだな、まだ少し時間はありそうだな」


 微笑むアラニアの顏をサイトは直視できなかった。何故そんな顏ができるのだと叫びたかった。




 ***




 全員が起きた頃には夕日が出ていた。こういう時に限って時間が進むのが早い。準備をする中で、サイトはアラニアに答えを聞く機会がなかった。


「日没とともに行く。できる限り速くだ」


 全員が分かっていた。運にすがるしかないが、それまでにできる事をした上での話であるという事を。

 サイトは頭の中でバリスタの組み立ての順序を反芻はんすうした。現地に着いて、隠れる場所が決まり次第、最速で組み立てるのである。作り上げた自分以上にこの作業が速いと思われる人物はこの世にいないはずだった。

 幸いな事にここから襲撃場所までは下り坂である。体力はそこまで消費しない。

 音を立てることを嫌った今までの歩みが嘘のようである。サイトは覇追い屋の滑るような歩行についていくのがやっとであった。それだけ焦りがあったのだろうが、目的の場所に着くまでに、それでも数時間かかった。隠れる場所を作り上げるというのにも時間がかかるのである。最悪の場合は穴を掘らなければならないというのは話し合っていた。そして、おそらくはそうなるだろうとも。


「くそっ、やはり何もない!」


 茂みは確かにあった。だが、数人の覇追い屋が隠れるというのは無理である。バリスタの射程を考えると穴を掘らなければならない。カイトがこっちだと叫んだ。そこは確かに十分な量の茂みがあり、泉の近くのどの場所でも狙えることのできる場所だった。ゆっくり考えたとしてもそこが最善の設置場所であると思われる。ゼクスは即断した。


「急ぐぞ!」


 そのために運んできた工具があるのだ。数人で円匙スコップを使うが、穴を掘る作業も茂みの下であると根が邪魔で思うように作業が進まない。ただでさえ夜間の見えにくい時間帯なのである。それでもサイトが改良した円匙スコップは厚手の刃がついていたこともあって根を断ち切りながら土を掘ることができた。

 しかし、この作業が全てを決めるかもしれないということがわかっている。全員が隠れる必要があり、さらに外からみてすぐにはバリスタが分からない状態にしなければならない。今から中継地点に帰るには上空から丸見えな場所を必ず通る必要があった。どこかで夜まで隠れなければならないために危険は冒せない。

 ある程度穴が掘れたところでバリスタの組み立てに入った。穴を掘る作業は引き続き続ける。

 掘り出した土の処理も考えなければならない。日が上った時点で上空から見て不自然な状況では感づかれてしまうのだ。茂みから外に出そうな量の土は遠くへ持っていく必要があった。出てくる土の量はかなりの物である。全員が必死になって作業を行った。

 そしてそんな中、サイトはバリスタの組み立てを行っていた。全ての部品は揃っている事は確認している。そして、組み立ての順序は何度も頭の中で行ってきた。

 一刻もはやく組み立てを終わらせて穴を掘る作業を手伝う必要がある。

 頭の中は冴えわたっていた。一部の組み立てを行いながら、次の行程を考える。手とは別に頭は数手先を考えていた。目の前には過去に考え抜いた光景が構築されていくだけである。

 おそらく、一般的には数十分はかかるであろう行程が十五分ほどで終わったのではないだろうか。矢を装填し、後は弦を絞るだけの状態にした頃、サイトは全身に汗をびっしょりとかいていた。


「サイト、大丈夫か?」

「大丈夫。バリスタはいつでもいける」


 アーチャーが掘られた土を集めながら聞いた。そのアーチャーも土を袋に詰めてかなり遠くの森の中にまくという行程をもう数十回と続けている。見た目以上の重労働なはずだった。

 月明かりが入りにくい森の中の作業である。隣で土を掘っているのが誰なのかも分かりにくい。

 サイトはすぐに袋を取り出して掘られた土をかき集めだした。これから日没までの数時間のうちに隠れきることが重要である。

 運がよければ1日くらいは覇獣はここを訪れない。それであれば掘り起こした土は乾き、上空から見ても何の変化も分からないはずだった。さらにはサイトとアーチャーはここを離脱することができる。夜間に行った隠蔽も昼間に見直せば修正できるところもあるだろう。だが、どうなるかは分からない。


 全員の緊張を知ってか知らずか、覇獣は朝になっても泉にはやってこなかった。

 朝日が出る頃に作業は終わった。5人が十分に隠れることのできる穴が掘られ、その上は茂みで隠蔽されていた。茂みの中にはバリスタが隠されており、十分に目を凝らしてようやく違和感に気づくことができる程度である。


「よし、ここでまずは1日待つぞ」


 上空を見張る役を交代しながら、ゼクスたちはようやく眠ることができた。見張りはアーチャーが名乗り出た。夜になれば離脱する予定なのである。少しでも3人には休んで欲しいというのが聞き入れられた。サイトはあまりの疲労からすぐに寝入ってしまった。

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