第6話 命を賭けた場所と守るべき人たち
翌日から、ゼクスの革鎧の作製器具とは別にバリスタの改修にとりかかった。と言ってももともとは素人が作ったものである。サイトはほとんど全て作り直す気でいたために解体と言った方が正しかった。昼間に村民の農具などの修理もしていたために寝る間を惜しんでである。
ただ、サイトの中で何か焦りのようなものがあり、ゼクスも心なしか時間がないと思っている節があった。
同時にゼフの痕跡の情報は常にゼクスの所へ報告されていたようだった。
「まずいな、ここから徒歩で2日の距離での痕跡があった」
覇追い屋の一人が抜覇毛を見せながら言う。本来は高価であるそれは手に入れることができたら喜ぶものであるが、彼らの表情に喜悦はこれっぽっちもない。
「2日であれば奴らが飛べばすぐだ。上空からこの村が見えるところまでは距離がないぞ」
覇獣の中には徐々に生息域を増やすものもいれば、いきなり新しい場所に現れるものもいる。後者がもっとも危険であり、予測がつかない。ゼフはどちらであるかという議論が不毛であるのは分かっているが、それでも彼らはしないわけにはいかなかった。
「サイト、バリスタはあとどのくらいでできるんだ?」
「バリスタはあと数日で完成する。革鎧はまだ無理だな」
「よし、刺激してしまうことになるかもしれんが、ゼフの行動を把握しに行くか。次に帰ってくるまでにバリスタを完成させておいてくれ」
覇獣を視界に入れることができる距離まで接近するというのである。覇獣の行動範囲は確かに広いが、それは上空を飛んでいるからである。地上に降り立ったときにわざわざ足を使って移動する距離はたかが知れている。
覇獣が降りたつ地をあらかじめ探る。それによって待ち構えるのならば見つかることも少ない。そのためには準備も必要であれば詳細な地図も必要であった。だが、この時のために覇追い屋は周辺の地図を作り上げている。全てはゼクスの指示だった。
「中継地点を複数作る。情報と物資の共有はそこで行おう」
危険を伴う。すこしでも覇獣に気取られれば、死を意味していた。ここには覇追い屋がゼクスを含めて5人いた。彼らの何名が生きて帰ってこられるのだろうか。
***
「そりゃバリスタの作製も続けなきゃってのは分かってるけど、こっちも頼むよ」
ゼクスが部下のように使っている覇追い屋の中でもアーチャーとよばれる男はサイトと仲が良かった。と言ってもおそらくはゼクスより年上である。ゼクスが20代後半から30代前半だろうとサイトは思っていたが、アーチャーは40手前といったところか。そしてアーチャーの本当の名前は分からない。弓を好んでよく使うということでアーチャーと呼ばれている。
「抜覇毛弓ならできてるよ」
ゼクスに作ったよりもややしなりが軽く小型のものである。森の中ではこういった方が役立つのだという。アーチャーの要望はそういったものだった。
試しに何回か弓を引く。その出来栄えにアーチャーの表情も緩む。
「俺じゃあ、覇獣には何しても刺さらないからな」
「ゼクスの矢なら刺さるのかよ?」
サイトは冗談めかして言った。だが、アーチャーは笑わなかった。
「なんで俺たちが年下のあいつの指示に従っているか分かるか?」
年が倍以上はなれた男の真面目な顔にサイトは軽い驚きを感じた。
「あいつの矢はおそらくは覇獣に刺さるんだ。もちろん、それは倒せるほどの威力にはならないけどな。だいたいあいつは戦争のころに……おっと、この話はなかったことにしてくれ」
アーチャーは戦争と言った。ゼクスは自分のことを猟師と言っていた。
この数十年、大きな内乱は一度だけだった。辺境の領地が反乱を起こしたのである。それも準備が整う前に王国軍が急襲した形であった。サイトがまだ少年だった頃の話である。
兵士といえばほとんどが衛兵業務しかしていないはずだった。有事の際でしか徴兵などされない。それ以外は貴族が私的に作り上げている騎士団くらいのものである。形の上では平和な時代には無用の長物と揶揄されているのであるが。
そのために兵士として名を上げるなんてことはほとんどできない。フロンティアの近くを与えられている領主ですら、覇獣の襲撃を恐れて領主の館をもっとも東に建てている。戦うことを示すものは皆無であり、兵力を持つことは逆に反乱を示すこととなってしまっている。
バリスタを設計した学者はそこの領地の人間だったのだろう。王国軍から逃げるようにフロンティアへとやってきた。そこで覇獣に襲われたに違いなかった。
サイトはなんとなくゼクスはその反乱に加わっていたのではないだろうかと思った。そう考えると全てが納得いくのである。王都で名前を売らない事なども王国軍に反乱した過去があったからで、まるで犯罪者のような動きだった。
であるならば仲間の覇追い屋はその時の仲間なのかもしれない。彼らは抜覇毛を手に入れても換金しに行く素振りがなかった。ある程度たまったらいくのかもしれない。だが、サイトが知っている覇追い屋はできる限りフロンティアへ滞在することを嫌ったものである。
なんてことを想像していたが、おそらく誰も正解を答えてはくれないだろう。ただ、サイトはこの想像が正しいのではないかと思っていた。
***
覇追い屋の仲間にシエスタという若い覇追い屋がいた。若いと言ってもサイトよりはだいぶ上である。20代中頃と思われる彼は、中継点の設営を行っていたはずだった。
中継地点の設営を終えたのはアーチャーが最初で数日後に帰ってきた。収穫があるかもしれないと、サイトがゼクスたちの家へと行く。しかし、入ると同時にアーチャーが机を叩いた。そこにはシエスタの遺体が寝かされていた。
「くそっ!」
左の肩から胴体の中心にかけて、何かで切り裂かれたようであった。それは動物の革鎧をやすやすと貫き、内臓にまで達していた。そのシエスタが無残な死体となって数日後に発見されたのだった。まだゼクスたちは帰ってきていない。アーチャーが彼の遺体を探し当てたのは比較的村に近い方の中継地点の近くにある川だったという。そこからここまでは徒歩で3日の距離しかない。
「覇獣の尾でなでられたんだ」
アーチャーは、なでられた、と言った。
強靭な純覇毛の中でも尾の部分は最も強い。尾が芯となった状態で振るわれるそれは鞭どころか刃物と言っても良かった。その切っ先が軽く触れた。その衝撃で川に落されたために喰われることがなかったのだろうとアーチャーは言った。
「覇獣の尾をくらって生きているのは同じ覇獣くらいだろう」
シエスタとは、数日前までは普通に話していた。サイトは胃から何かがこみ上げるのを抑えきれずに外に出て盛大に吐いた。病死以外での知り合いの死ははじめてだった。
覚悟が足りなかったかもしれないと、今になって思う。ここは覇獣の生息域から近く、今まさに覇獣がここにやってきてもおかしくないのだ。せめてものささやかな抵抗として武装している開拓村の村民は全てがこの覚悟をしていた。
「サイト、大丈夫か?」
アーチャーが様子を見に来てくれ、背中をさする。サイトは力なく、はいとしか答えられなかった。
シエスタは身内がいなかった。アーチャーとサイトで村の外れに墓を掘り、シエスタを埋めた。
翌日になってゼクスが帰ってきて、墓の前で泣き崩れていた。
「ゼフの行動範囲が広がったんだ」
他の覇追い屋も次々と帰ってきたようだった。思った以上にゼフは移動を繰り返しているらしい。
「この地点にはよく立ち寄っているようだ」
ゼクスはシエスタが設営していた中継地点と、もう一つのゼクスが担当した地点のちょうど中間を指差した。数日間、その周囲に潜伏していたゼクスは計3回ほどゼフを見たと言う。
「巣ではないの確かだが、休憩所と言ったところか」
「村を襲う前に、なんとかしないと」
頻繁に周辺を飛び交っているうちにシエスタは発見されてしまったのだろう。
「バリスタを解体して荷車に詰め込もう。ここまでならば荷車が通れるはずだ。夜の内に全員でなんとかこの地点まで担いで運び、組み立てる。ボウズ、組み立て方を教えろ」
「それでバリスタが外れたら……」
「それはもうお仕舞だろう、諦めるしかない」
「他に方法が…」
「明日にはゼフがこの村を見つけるかもしれない」
ゼクスの言うことが正論だった。サイトは「教えろ」と言われた時点でほっとしてしまった自分を恥じた。同時に自分がどうするべきかを考えた。
これから先は言ってはならない。冷静な頭はサイトにそう告げていたが、サイトはそれを振り払った。これまでゼクスたちがこの村の、他に居場所のない人々のためにどれだけ頑張ってきたかをよく見てきたからである。
シエスタの死がサイトには受け入れられなかった。それは覚悟が足りなかったというのもあるが、こんな所でしか生きていくこのとできない人たちがいるという、世の理不尽に対してでもある。奥歯を噛み締める。足が震える。身体も恐怖と戦っていた。だが、サイトはそれに怒りで対抗した。
「……俺がついて行く。お前らだけじゃ組み立てるのに夜が明けてしまうだろうが」
ゼクスを中心に反対された。単純にサイトはすでにフロンティアに来ている以上、命を賭けた場所にいる。これ以上危険な目には合わせられないというものだった。
「お前が死んだらお前の両親や親方になんて言えばいいんだ」
「そん時はお前も死ね。悩まなくて済む」
16歳とは思えない過激な発言である。
サイトが本気で言っているという事は分かりすぎるほどであった。
「分かった。だが、バリスタが無事に組めたらアーチャーと共に村へ戻れ」
覇獣を狩るのはゼクスを含めた3人でやると決めた。アーチャーが反対したが、最終的にはカイトという名の覇追い屋の一言が決め手となったようだった。
「お前には妹がいるだろう」
何も言い返せないアーチャーを見て、サイトは王都に残してきた両親や兄弟、工房の親方などの事を想う。自分がした選択はおそらくは間違っていたのだろう。だが、どうしても引けなかった。いつの間にかこの覇追い屋たちを含めてこの村の人々が守るべき対象となっていた。
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