第5話 武器

 村にはまだ名前がなかった。行商人がたまにやってくる程度の村に鍛冶職人がいるはずもなく、村人は自分たちで自分たちの道具を修理して使っていたのである。村人共同の小屋に最低限の設備が揃っているのはそのためであり、汎用性を重視した作業場はサイトにとっては逆にありがたかった。自然とサイトの家はそこになった。


「サイト君、頼んでいた農具は……」

「できてます、修理だけじゃなくて補強もしてあるからもう同じ箇所で折れることはないですよ」

「おおっ、これは凄い」


 持ち手が補強された鍬をもって村人が畑に向かう。覇獣の素材を中心に扱っていたサイトにとってはなんて事のない加工である。さらには工房では親方の仕事であり、なかなかさせてもらえなかった金属類の加工も全て自分でやるために意外にもサイトは作業を楽しんでいた。


「俺の鎧はまだなんかね……」


 この毎日のように言ってくるゼクスの催促さえなければである。


「うるさいな、覇獣の革鎧がそんな簡単にできてたまるかよ」

 

 もらった覇獣の皮は全く加工もされておらず、まずは革にする作業からであった。覇獣の素材は他の動物と違って非常に硬い。さらには浸ける薬品などの作製にもかからなければならなかった。周辺に欲しかった薬草があったのと、イペルギアである程度揃えられたためになんとかなるが、時間がかかる。


「道具も普通じゃだめなんだ。特に加工に使うナイフなんかは一般的なものよりも太くて切れ味が鋭くないと耐えられない」


 そのために工房では道具も自作するのである。サイトはまずはその作業を行っていた。農具を修理したのはその片手間である。今も作成しているのは専用の工具である。


「うへぇ、それじゃあ本当にかなり時間がかかるじゃねえかよ」

「最初からそう言ってるだろ」


 自分を誘拐してこんなフロンティアにまで連れてきたゼクスには恨みが少しある。だが、覇獣の死骸というのはそれを上回る魅力があった。さらに村人から必要とされるというのも気分がいい。そして……。


「あ、サイト君。今日のお弁当持ってきたよ」


 この村には家族単位で王国から逃れている者たちが多かった。自然とその中には娘もいるわけで、ちょうどサイトと同年代の女の子もいる。

 自炊ができないサイトの食事をどうするのかという問題をゼクスは全く考えてなかった。

 ゼクスは数人の覇追い屋たちと同じ家で住んでいたが、彼らは覇獣を追って出かけて一人もいない日も多かった。

 そのために村の何人かが持ち回りで担当しようという事になったのであるが、年頃の娘を抱える家族が名乗り出た。もちろんサイトと恋仲にでもなろうものなら少なくとも娘だけでもフロンティアから連れ出してくれるのではという希望を込めてである。一級品を扱う職人というのは王都でも人気であるはずなのであり、フロンティアには基本的に手に職を持たない者たちか一攫千金を狙う者ばかりである。そんな中でサイトが優良物件だと思われないはずがなかった。


「あ、ありがとう」

「なんだよ、鼻伸ばしやがって」


 そのため親たちはこぞって娘にサイトへと弁当なり食事への誘いを行うのだ。生活が裕福というわけでもなかったが、サイトの食事代をゼクスが負担すると言ったために年頃の娘のいる3家族が競争のようにサイトへ食事を作っては娘に持たせて来る。今日は、セリアという子の番だった。


「ごめんね、もう行かなきゃ」


 と言ってもセリアがここにサイトの弁当を持って来ても話をする時間があるわけ

ではない。農作業を中心としてやることはいくらでもあるのだ。それぞれが必死に生きている。

 フロンティアの現状があまり良くないというのは聞いていた。それでも心のどこかではここまでとは思っていなかった。明日、生きていけるかどうかもわからない人たちなのである。

 この村は比較的資源に恵まれている。それはプレブと呼ばれる覇獣を討伐してその生息域に村を作ったからだった。だが、余裕があるわけではない。サイトは今までの自分の生活がどれだけ豊かであったのかを痛感する。


「まあ、ゼフはまだ動いてないみたいだしな」


 あまりにも進まない作業を見ていたゼクスは飽きたようだった。その背には常にサイトの作り上げた抜覇毛弓と矢筒がある。猟師だからと言えばそうなのかもしれないが、村の中でまで武装をするというのはフロンティアならではだった。村の他の男も全て武装をして農作業などをしている。サイトがそれを指摘した時に悲しそうに、覇獣が出るかもしれないからな、と言ったセリアの父親の顏は忘れないだろう。


「今夜、俺たちの狩りについて説明したいから来いよ」


 ゼクスが言った。言われて気づいたのがどうやってゼクスが覇獣を狩るかという事だった。サイトは純粋な好奇心から了解の意志を伝えた。


「待ってるぞ」


 それだけ言うとゼクスは消えた。いつも本当に伝えたい事は最後に言うのだなとサイトは思う。

 ゼクスはこの村の誰にも自分が「覇獣狩り」だと伝えていないようだった。ここの村からすればゼクスは英雄である。だが、そんな素振りはゼクスも村人もしない。


 唯一、おそらくであるがゼクスが「覇獣狩り」であることを知っているというよりも同じ「覇獣狩り」だったと思われる覇追い屋が数人いる。彼らはおそらくであるがファロとは違ってゼクスの支援のみをしていたのだろう。いつもゼクスに敬語を使って接しているし、覇獣の死骸の代金をもらっているようには見えない。

 覇追い屋はもちろん覇獣を追いかけて西へと向かう。今はゼフという個体名を追いかけているのだと思う。覇獣の視界に入らないように、ただ痕跡は回収するようにとその神経をすり減らしているに違いない。そしてその情報をゼクスへともたらしていた。彼らにとっても覇獣を狩ることのできる猟師というのはものすごい価値のある存在なのだろう。

 ゼクスの現状を鑑みても死骸で受け取った代金はある程度彼らに分配されたに違いなかった。


「覇獣狩りか……」


 王国で二つ名を付けられる平民なんて存在はほぼいないだろう。そういう意味ではゼクスは貴族になってもいいくらいの功績をあげているはずである。男に生まれておきながら名を上げないというのもサイトには理解できなかったが、貴族に振り回される苦労もなんとなく分かる。それ以上にゼクスはこの村の人々の事を思っているのかもしれないと思って、サイトはゼクスに共感しようとしたことを慌ててやめた。なんだかんだ言ってもゼクスはサイトを誘拐した人物なのである。


 フロンティアの開拓村の家は基本的に地下室がある。覇獣の襲撃があった場合にその地下室に数日間は籠るためだ。この地下室を用意できなかった村はそのうち覇獣によって滅ぼされてしまう。それでも地下室を掘り起こされたと思われる村もあった。その場合は諦めるしかない。

 建物ごと全てを吹き飛ばすと言われている怒り狂う覇獣を止められるものはいない。その外皮はレンガなどは容易く打ち砕き、木材であろうが石材であろうが跡形もない。当然、生半可な武器では傷つけることすらできない。


「そんな外皮を貫くことのできる武器なんだよ」


 ゼクスの家の地下室に放り込まれていたのは台車がついた大きな弓だった。普通は覇獣が侵入してこれないように地下室の入り口は小さく作る。だが、ゼクスの家は馬車が通ることのできるほどの大きさだった。


「据置型大型弩砲バリスタと呼ぶそうだ。ファロと二人で作った」


 台車につけられた巨大な弓は圧倒的迫力であった。だが、壊れている。ゼクスはその設計図をサイトに渡した。


「試射を1回、本番で2回。それでぶっ壊れた。最後は俺とファロが斧を担いでプレブの首を刎ねたんだ。あんなに硬いもんはもう二度とごめんだ」


 バリスタの存在を知られると王侯貴族に利用される。これを設計した人はすでに覇獣の襲撃でその命を散らしていた。もともとは反乱を起こそうと画策していた領地の貴族につかえていた学者だったそうである。バリスタが完成する前に反乱は鎮圧された。だが、王国の圧政と貧困にあえぐ民の事を考えた亡き主人のためにも研究を続けていた。壊滅した村のある家から、その設計図をゼクスが偶然拾った。これを覇獣に使うことになるとは本人は思っていなかったに違いない。


「俺もファロも本職の職人じゃねえ。前回プレブを狩れたのは本当に運が良かった」

「これを、修理すればいいんだな」

「ああ、思いついた改良も加えてくれると助かる」


 バリスタに手を置き、サイトは自身の鼓動が聞こえるようだった。

 ゼクスは王都にバリスタの修理が可能な職人を探しに来ていた。ちょうどそこにサイトがいたのは運命かもしれない。ただ製作者の遺志を汲み取ったゼクスはこれの公表をしないようにしていた。しかし、サイトは思う。これがあれば、特に軍隊がこれを使うことができれば覇獣を狩ることは十分に可能であるはずだった。それはフロンティアがフロンティアではなくなるという事を意味している。


「これを発表するのはダメだ」


 サイトの心の中を見透かしたかのようにゼクスが言った。サイトもそれは自分の考えることではないと切り換える。そしてバリスタを詳しく見始めた。


「すごいな、弓本体のしなりではなくて弦の方で張力を発生させる仕組みなのか」


 今までのサイトが製作してきた弓とは真逆の発想である。小さなものならば組み立ては十分に可能だった。兵器としても同じような構造のものはすでにあるかもしれない。だが、これほど大きなものとなると弦の耐久性そのものが問題となってくる。

 3発で弦が切れ、その勢いで本体も損傷したのだろう。弦の素材は抜覇毛であるようだった。それ以上の素材というのはどこにあるのだろうか。


「あのさ、これでこの矢を撃ったんだろ? 覇獣にどのくらい刺さったんだ?」


 たしかに運び込まれた覇獣の死骸には不自然な穴が二つほど空いていた。当時は特に気にもせずに戦いでできた傷だろうと思ったのだ。あれはこのバリスタで打ち込まれた鏃の痕だったに違いない。


「半分くらいかな」


 この大きさの兵器から発射される矢が半分程度しか刺さらない。それは覇獣の外皮の硬さが規格外であることを示していた。たしかに兵器でもなければ人間の力で覇獣を止めることは不可能である。

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