第4話 フロンティア

「ここは一応はフロンティアってことになっているが、覇獣の生息域ではないんだよ」


 フロンティアでもっとも大きいとされる王国最西端の都市イペルギアへと着くと、ゼクスははじめて宿以外の場所へと立ち寄った。


「まさか本当に職人を連れてこられるとは思わんかったからなあ、道具も用意してやらなきゃならん」


 市場である。さらに生活雑貨もほとんどが揃うと言われているほどに活気に満ちていた。王都の整理された職人街などとは違って全ての物がここで買うことができるという仕組みである。


「最終的な目的地はここからさらに西へ1日行ったところだ。そこでは必要なものはそろわねえからよ。簡単な鍛冶場はあるがな」

「おい、本気でやるなら結構な額になるぞ?」

「構わん、それよりも俺だけじゃなくて他の覇追い屋なんかの道具も作ってくれよ」

「仕方ねえな」


 基本的に必要なものは、と工房にあったものを思い出して購入していく。支払いはゼクスがやることになったが、額は気にしていないようだった。鍛冶場があると言っていた。であるならば金属の加工もできるだろう。素材中心の職人であるが金属の加工も一通りはできた。必要な物を買う。そして製作に必要な素材も手に入った。


「意外となんでもあるんだな、質は別としても」

「王都はむしろ取り締まりがきつくて流通が悪いんだよ」


 商人の商魂というのはどこにいっても逞しいものである。サイトは職人であるためにその辺りは理解できない事も多いが、店を担当していた者などと話をすると、ただ良い物を作ればよいと考えていたサイトと違って利益を重要視していることがよく分かった。


 宿に戻るとこれから行く先の話をした。


「もともとはプレブの生息域だったところだ。今はまだ覇獣はいない」

「まだ?」

「そうだ、最近になって奥地で若い覇獣が目撃されている。大きさはプレブ以上と言っていたな。俺たちはそれにゼフという個体名をつけた」


 ゼフを見つけたのは覇追い屋である。フロンティアのさらに奥地は覇追い屋が多い。これから行く村にも何名かの覇追い屋がいるという。まだゼフに潰された村はない。だが、これから先どうなるかは分からなかった。生態が不明な覇獣がどのような行動に出るかを予測できる者はいない。


「だから、俺たちが狩るんだ」

「俺たち? あんたが一人でじゃないのか?」 

「向こうに数人の覇追い屋の仲間がいる」


 ゼクスは道具の他にも大量の酒や食料を買い込んでいた。それらは村へと移送し、仲間に配るのだという。いくら商人がどんな危険な地域にも儲けを求めて行くとはいえ、フロンティア最西端に好き好んで行く者は少なかった。そのために行商人だけでは流通が足らず、村の者がイペルギアまで出てくることが多いという。少しでも負担を減らしてやるんだと、ゼクスは言った。


 買い物を終えたあとの馬車の中はかなり狭くなった。そしてその重量からさすがの双角馬も速度が落ちた。さらにはフロンティアに舗装された道はない。交通量も多くないために獣道ではないかというような悪路をも進んだ。この馬車がやたらと頑丈にできている理由はこれかとサイトは納得した。


「特注品の馬車だ。覇獣を追うってのは並大抵の事じゃできねえからな」

「なあ、あんたは元々覇追い屋だったのか?」

「いや、俺は猟師だ」


 いつもはこういう話を始めるとゼクスは止まらなくなるほど話たがる。しかし、今回はその言葉で終わりだった。自分の事についてはあまり話さないのだなとサイトは感じていた。それは過去に何かがあった可能性が高いが、16歳のサイトにはその辺りの深い人間関係は理解しがたい。


「フロンティアではたいていの事は自分でやらなくちゃならねえ。この馬車の修理だって俺たちは自分でやっている。さすがに職人ほどの完璧なものはできないから困ってるんだけどな」


 そこにサイトがやってくるのだ。さすがに馬車の修理なんかできないなと思っているが、それを見透かしたかのように素人よりは随分とマシだろうとゼクスは笑った。



 フロンティア最西端の村は一つではない。やはりすでに人口が飽和しているとされる王国からあぶれてくる人々というのは多い。そして人は一人では生きていけないのである。家族を連れてなんとか西へやってきた者たちが選ぶのはそのような村の一つであり、その村も移民を歓迎した。人手は多い方が良いだけではなく、その村のほとんどがもともとそういう移民であるからだ。知り合いの伝手を頼って逃れてくる人たちも多い。だが、その村も様々な状況で壊滅する危険性が高い。

 一般的なのは餓死であるが、これは場所による。西へ、具体的に言うと覇獣の生息域に近ければ資源が豊富であることが多く食うには困らない。対して覇獣の生息域から離れた場所に村を作ろうとすると痩せた土地で食べる物が少ないという砂漠に近い地帯もある。作物が実りにくいこの土地では移民を受け入れがたい。

 その他の要因は疫病である。これは集団で罹患した場合に村ごと全滅することもあった。昔からある村であれば周辺の薬となり草木を知っている者がいる。しかし新天地に慣れていない者たちが必死に作り上げた村ではそのような知識を持っているものは皆無であった。

 そして覇獣の襲撃である。執拗に人間を狙う覇獣が村を発見した場合には必ずと言ってよいほどに襲われた。原因が何なのかは分からない。覇獣と接触した者は覇獣に人間並みの知性がある可能性に関しては否定している。

 かなりの数の人間が新天地の村を目指して旅をするとされている。その半数が覇獣の被害にあうとまで言われているのに、フロンティアを目指すのはそこにしか生きていける場所がないからだろう。覇獣はごくまれに生息域を越えて移動する。その際に視界に入った村というのがもっとも危険であり、やはり生息域に近いほどい襲われる可能性は高かった。

 富裕層が貧困層の一部を追い出しているというのが世間の一般的な見方である。王都などではスラム街とされる部分の一斉立ち退きが定期的に行われているほどであり、その都度行き場をなくした貧民が西を目指す。


 ゼクスが滞在しているという村もできてからまだ3年という新しい村だった。もともとは覇獣の生息域だったのである。この辺りに古くから住んでいる者たちはいなかったが、周囲の豊富な資源は非常に村づくりには適していた。自然と移民の数も多く、さらには覇追い屋の重要な拠点となるのも早かったのである。


「ゼクス!」


 双角馬の馬車を一目見た村の若者が走り寄ってくるのが見えた。遠目にはそこまで大きな村には見えない。今まで立ち寄ってきたフロンティアの村の中でも一般的と言ったところだろう。少しだけ、人口が多いかもしれない。建物の数はたしかに多かった。村の近くは森に囲まれ、すぐそばには湖まである。ここが覇獣が現れる可能性さえなければ誰もが住みたいと思うに違いなかった。

 畑はそこまで大きくない。せいぜいが村人を食わせるのが精いっぱいといった規模である。ゼクスも猟師と言っていたし、狩りや漁業などもしているのだろう。ゼクスが買った食料品はこの村では手に入らないものだけのようだった。


「帰ったぞ!」


 手を振るゼクスに笑顔で答える若者がいた。そのまま馬車に伴走して村へと入るとゼクスが帰ってきたことを村中に聞こえる声で叫ぶ。すると、何人かが家から出てきた。

 意外と早かったなという声や、何を買って来たんだという声が多かった。村人のほとんどは若い。それはこのフロンティアまで老年であるとたどり着けないという事が理由であるだろう。貧困層の老人がどうなるかは火を見るより明らかである。

 一通りの挨拶が終わるとゼクスはサイトを紹介した。紹介の内容が「連れてきた」だったのを「誘拐された」と訂正した途端に、数名に謝られた。ゼクスはいつも強引なんだと頭を下げてくれたのは覇追い屋の仲間という男性だった。


「この辺りじゃ、覇獣の素材はあっても覇獣の道具ってのは滅多に見ない。高額であるというのもあるけど、手入れが難しいからな」


 その男性がどれほどサイトが来てくれて嬉しいかという話を聞き、少しだけサイトは体の芯が熱くなるのを感じた。

 必要とされることが嬉しくないはずがない。そしてこの人たちは心の底からサイトの存在を有難がってくれていた。


「鍛冶場はこっちだ」


 一通りの挨拶が終わるとゼクスは荷下ろしを他の人間に任せてサイトを鍛冶場へと誘導した。

 そこには昔ながらの小さな炉があった。作業場としての広さは悪くない。道具が少ないが、それはイペルギアで買って来たものでなんとかなりそうだった。


「できるか?」

「誰に口を聞いてるんだ、半人前とはいえ親方の工房で仕事をしていたんだ」


 仕事の内容に関して親方以外からけちを付けられるのは嫌いだった。一級品を作り上げてきたという自負は今まで隠してきたが、ゼクス相手にそれを抑える必要性はこれっぽっちも感じなかった。


「ボウスのくせに、言うようになったな」

「ボウズって言うな」


 村人がイペルギアで買った道具を運んできてくれた。作業場の台にそれを広げたサイトはゼクスを睨みつけて言った。


「とりあえずその弓をかせよ、手入れがなっちゃいない」


 鍛冶場の柱に身を預けていたゼクスは一瞬だけキョトンとし、それから苦笑いして弓を渡したのであった。

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