第3話 再会

 こうしてサイトは16になる頃には親方の技術のほとんどを受け継ぐことができていた。それでも自分はまだ半人前だと思い、調子になるようなことがなかったのは両親の教育だろうと周囲の人は思っていたのである。その父親であるが、あれから数年しても全く出世せずにいまだに王都西門の門番をしている。高級な一級品を作り出すサイトの方が給料としては上を言っていたが、親方は給料をサイトには渡さずに両親へと渡すようにしていた。両親も一部を生活費の足しにはしたが、それ以外はサイトの将来のために貯金してあるのである。サイトの家には一番奥の部屋に金庫があった。


「16で成人だ。そうしたら給料もそのままもらえるんだろう?」

「俺にたかろうとするなよ」


 ずっと工房で働いていたサイトには知り合いが少ない。それでも休みの日などにつるむ仲間がいた。もちろんすべて平民であり、職人の見習いであることが多い。


「サイトの所は超高級品だからなぁ、この前商品下ろしに店に行った時にちらっと見たけどありゃすげえわ」


 この青年もサイトと同じようにある工房で見習いとして働いている。名前はロウといった。知り合って数年になるが悪友とでもいう関係である。主に扱うのは金属類で、サイトの工房とは競合しないために付き合いやすい。同じ道具職人であれば工房ごとに門外不出の技術があるのでうっかりと仕事の話をするわけにもいかないのだ。


「飲みに行こうぜ」


 まだ昼過ぎだというのに、未成年だというのにこういう事を言う。サイトも年頃である。次の日に影響しない程度であれば付き合うことが多い。ロウはたまに二日酔いで親方に怒られることがあるらしいが。


「ジェーンの所にいこうぜ」

「酒じゃなくてジェーンが目的なんだろう?」


 大衆酒場の看板娘のジェーンはサイトたちと同年代である。何かと理由をつけてロウはその酒場に通いたがる。


「見習いは相手にもされないだろうよ」

「お前はすでに見習いじゃねえもんな、いいよな。ちくしょー」


 はは、と笑ってサイトはロウの肩をポンポンと叩いた。だが職人扱いされているサイトももてるわけではない。それに結婚を考える歳でもなかった。


 酒場ではロウがジェーンに見栄を張って高いものを注文しようとしていたのを阻止し、サイトは安酒を頼んだ。ここは金を払えば肉などの高級品を出してくれるが、ロウは金がないしサイトも自由に使うことができる金は少なかった。だが、この蒸かした芋も悪くないと思う。塩気がちょうど良く美味いとサイトはいつも思う。

 なんてことのない世間話をしながらもロウはジェーンの事が気になるらしい。話が途切れてしまい、サイトは安酒を飲みながら周りの客たちの会話を聞いた。その中で気になるものがあった。


「おい、覇獣狩りが出たらしいぞ」

「またかよ、どうせ出まかせだ。4年前に王都に来たやつは引退するって言ってたんだろ?」

「違う奴じゃねえのか?」

「どちらにせよ討伐された覇獣が王都に運び込まれてねえんなら偽物だ」


 4年前に覇獣狩りがやってから一度も覇獣は討伐されていなかった。覇獣の素材を扱う工房は多くないために覇獣が討伐されたとしたらすぐにサイトの耳に入ってくるはずである。純覇毛を使った道具はほぼ全て貴族が買い占めた。革鎧は王へと献上されたらしい。以来、それ以上の素材には巡り合っていない。技術が追い付いてきた今、あのような素材を使うことができればとウズウズする。


 これ以上聞いてても無駄だとサイトは酒のおかわりを注文しようとした。その手がちょうど隣のテーブルにつこうとしていた客に当たってしまった。


「あ、すみません」

「いや、大丈夫だ」


 ペコリと頭を下げる。知らない男だった。黒髪に無精ひげ、覇追い屋に同じような雰囲気のやつがいたなとサイトは思う。もう一人とテーブルへと座るが、どこかで聞いたことのある声だった。どうしても思い出せない。酒の追加を注文しながら思い出そうとしても無理だった。


「それで、復帰を考えてるのか? 死ぬぞ?」

「復帰も何も、あのあとフロンティアに戻った。貧困からフロンティアにしか居場所のない奴らが沢山いるのは知っているだろう? そんな人たちの作った村にいたんだ」


 もう一人はかなり裕福そうな身なりの男だった。平民ではあるだろうが羽振りがよさそうである。


「こいつがあれば時間くらいは稼げるからな」


 その男はぽんと自身の弓を叩いた。その弓を見て、サイトは時が止まったかと思った。


「そ、その弓……あんた、もしかして覇獣狩りか?」


 人を指差してはいけないと両親に教わったサイトであるが、気が動転していてその教えを守ることができていない。その男が持っていたのはサイトが初めて作り上げた抜覇毛弓だった。サイトの作品であることが分かるように職人はそれぞれの道具に印を刻む。初めて刻んだ印を忘れるはずもない。であるならばこの男は4年前に抜覇毛弓を買っていった覇獣狩りである。


「誰だお前って、……もしかしてあの時のボウズか?」


 ばっと男に頭を抑えられた。とっさの事で身動きがとれなかったが、おそらく前兆が分かっていたとしても避けられないほどに速かった。


「ボウス、その名で呼ぶな、分かってるな?」


 いきなり隣の客ともめだしたことでロウがようやく気付いた。覇獣狩りという単語は他の誰にも聞かれてなかったようである。もう一人の男が周囲を警戒しているが、大丈夫そうで安心して大きく息をついたのが分かった。


「何だよ、あんたら!」


 ロウが大きな声を出した。


「昔の知り合いだ、悪いがちょっとこいつを借りるぞ。こい、ボウズ」


 有無を言わせずサイトを立ち上がらせた男はサイトを酒場の裏に連れて行った。ロウが騒ぐがもう一人の男に抑えられている。


「ボウズ、なんで分かったんだ?」

「その弓は俺が作ったんだ。あとボウズはやめろ。俺の名前はサイトだ」

「そうか、ボウズ。ちょうどいい……お前をこのまま家に帰すわけには行かなくなったな。俺が覇獣狩りだと知っている奴を野放しにするわけにはいかない」

「はぁ!? ふざけんなよ!」

「まあ、話を聞け。お前も職人なんだろう? 狩った覇獣の死骸が欲しくはないか?」

「う……、そりゃ欲しいけどよ」


 覇獣狩りは笑みを浮かべて言った。


「手伝ってくれるんなら無料タダでくれてやる。契約をしようじゃないか」




 ***




 覇獣狩りはゼクスと名乗った。急にフードとマスクで顔を隠すと拉致同然にサイトを工房へ連れて行き、たまたま工房へ出ていた親方へ直接交渉したのである。


「ひゃっはっは、対価が覇獣の死骸となるとお前も見捨てられるんだな」


 そしてそのまま双角馬の馬車へサイトを乗せると西の城門から王都の外へと出てしまった。乗せるというよりも、詰め込んだというのが正しい表現なのかもしれない。親方も覇獣狩りの勢いに負けただけといったのが正しいかもしれない。誰一人状況を完璧に理解していない状況でサイトは王都を出た。


「なんなんだよ、あんた!?」


 猿轡を外されたサイトが最初に言った言葉はそれである。城門の取り締まりもこんな日に限ってサイトの父親はおらず、そもそも王都に入る者の取り締まりは厳しいが出ていく者に関してはかなり緩い。城門を出た双角馬は速度を上げた。


「どこに連れてく気だ!?」

「そりゃあフロンティアさ」

「フロンティア?」


 一瞬、サイトは馬車から飛び降りようかと考えるがそんな勇気もなければこの速度で飛び降りられるほどの身体能力を持っているわけでもない事に気づく。職人として生きてきたサイトの足腰はそれほど強くない。仕方ない、と考えたサイトは情報収集をすることとした。


「フロンティアに何しに行くんだよ?」

「そりゃあ、覇獣を狩りに行くんだ」


 我ながら馬鹿な質問をしたと思った。聞き方を変えなければならない。


「あんたの相棒はついてこないのかよ」

「ファロか? あいつはもう4年前に引退してるからな。身体が鈍ってしまって使い物にならんだろう」


 やはりもう一人は引退生活を送っていたようである。裕福な身なりから、覇獣の死骸を売った金で平和に暮らしていたのだろうとサイトは思った。であるならばゼクスはなぜまた覇獣を狩りに行くのか。そして相棒の名前はファロというのかとサイトは覚えておくことにした。将来、このネタでゼクスをゆすってやるのである。


「死骸を無料タダでくれるってことは目的は金じゃないんだな? なんだ?」

「おっ、いきなり核心をついて来るねえ。興味持ってもらって嬉しいよ」


 ゼクスはその軽い調子とは裏腹にフロンティアの深刻な現状を語った。4年前にゼクスたちが狩った覇獣の個体名はプレブと名付けられていた。プレブの生息域は非常に広く、その両翼で広大な範囲を縄張りとして持っていたのである。無論、そこは覇獣にとっては住みやすい環境であり、餌となる動物は多く、さらには人間としても使える資源が豊富に埋まっていた。


 この王国は統一されたことで大きな戦争を行うことがなくなった。そのため戦争で多くの命が散っていたが、要は若者が死ななくなったのである。それに追従するのは貧富の格差であった。貴族の多くは奴隷を使役し富を独占し、貧しい平民の生活が改善することはなかった。生きていくために犯罪に身をやつす者もいたが、多くは生きていける場所を求めて新天地を目指した。少しずつ森を開拓することで、なんとか貧しいながらも食いつないでいくのである。ただ、そこには多くの危険が伴った。


「プレブはもういくつもの村を襲った。どの村も殺しつくされた。覇獣は本能的に人間が敵であるということが分かっているらしい。餌にするやつ以外も殺していく……」


 手綱を握るゼクスの腕が震えているのは馬車の振動のせいではなかった。貧困に関してはサイトもよく理解している。父親だけの収入ではやっていけない年も多かったのだ。運良く、サイトが職人として認められ給金をもらうことができたが、本来であればまだ見習いであって収入はないはずなのである。恵まれていると感じたことは多かった。若いうちに一攫千金を求めてフロンティアを目指す者もいたが、そうではなくて仕方なく家族をつれて王都を出ていく者も多かったのである。


「それでな、まあ俺以外で覇獣を狩れる奴はいないと思うんだが、フロンティアでは装備の調達が上手くいかないからたまに王都まで出るんだ」

「それで俺を連れて行く理由は……」

「ん? 素材があれば現地で道具が作れるだろ? それに俺が覇獣狩りだって王都の貴族どもにばらされるわけにもいかんしな」


 一見、サイトとしても合理的に思えた。そこまでの過程が酷かったのは別としてだ。それに貴族のお飾りとして買われるよりも実用として売る方がサイトとしては好きである。だが、この仕打ちを許せるかというと話は別であるが。


「俺に何を作って欲しいんだよ、それに覇獣の素材だけでは道具は作れねえぞ」

「まあとりあえずは鎧だな。薄くて軽くて丈夫なやつ」

「覇獣の革鎧なんて屋敷が立つほどに高いぞ」

「必要なものは揃えてやるよ、それに対価は死骸だといっただろう」

「もしかしてフロンティアに死骸があるのか?」

「ねえよ、これから狩るんだ。だけどよ、鎧に使える程度の皮なら持ってる」


 二頭立ての双角馬の馬車は速度を緩め始めた。そうでなければ喋っているだけで舌を噛んでいたかもしれない。それでも普通の馬車よりはかなり速度が速いようである。さらには体力も強靭であり長時間走ることができるようであった。


「フロンティアまで1週間てところだな」

「早すぎるだろう」

「速度は何事にも重要だ」


 1日で思った以上の距離が離れてしまった。サイトは街に入り宿を取る際に逃げ出そうかと思ったがここがどこかが分からない。王都の外に出たことなどほとんどないのだ。更には旅費もない。こんな所に一人放り出されてものたれ死ぬという事が分かるだけである。自分が職人の技量以外になにもないということはサイトにはよく分かっている。

 そしてゼクスは途中の町で必ず宿をとって十分に食事をし、よく眠った。休息が大切であるということはサイトも親方からよく教え込まれていたが、旅の最中にここまでするという事が意外であった。普段摂る以上の食事量を前にサイトの腹は正直であった。十分な食事をすれば眠くなるのが健全な16歳である。結局、1日1日と脱走の機会は失われていき、気づくともう取り返しのつかない距離が離れていたためにサイトは諦めるようになった。

 西へ西へと馬車は進む。慣れているのかゼクスが道に迷うことはない。さらには双角馬の荷車には旅に必要な十分な準備がしてあったために道中で何かに困ると言うことはほとんどなかった。意外にも繊細で緻密な計画をしてきていたのであろう。さらには覇獣の死骸を売って手に入れた豊富な資金が元にあるからかもしれない。


 二人はゼクスの言ったとおりに1週間の速さでフロンティアと呼ばれる地域にたどり着いた。

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