2章 新しい出会い

案内人は恩人!?

「それにしても、ここの学園の制服って、かっこいいですよね」

おれは、改めてしげしげと自分の姿を見直した。

カッターシャツに無地のネクタイ。そしてベスト。下は制服のズボン。

ここまではもとの世界の制服と変わらないんですけど、その上に真っ黒なローブをはおるんですよ!

このローブをはおるだけで、一気に魔法使いっぽくなるのが不思議です。

これぞ、ローブの魔力ですね!

ちなみに、女子の制服は、ネクタイじゃなくてリボンで、下はスカートらしいです。

ネクタイを結び直しているおれに、ラミス先生が同意するように頷いた。

「ファルーア魔法学園の制服は、おしゃれなことで有名だからね」

「へえー、そうなんですね」

たしかに、まるでおれの理想通りの制服です。

「それで、あなたの入学手続きだけど、もう終わらせておいたから」 

「えええ、いつの間に!?」

ラミス先生、ずっとここでおれと喋ってましたよ!?

特にパソコンとか触ってる様子もありませんでしたし!

「いっ、一体どうやったんですか?」

「魔法よ」

さすが魔法、おそるべし……

「それで、あなたの学園案内も、ある生徒に頼んでおいたから」

「ほんとに万能ですね……」

「そうね。遠くの人と連絡を取るのにも便利よ」

なるほど。この世界では携帯いらずですね。

素直に感心するおれの前で、ラミス先生は入り口のドアに目をやった。

「さて、そろそろ来るんじゃないかしら」

コンコン。

ラミス先生がそう言うと同時、控えめなノックの音が響く。

おお、すごい!ちょうどのタイミングでした。

もしかして、これも魔法でしょうか?

「すみません。エリカです。新入生の案内を頼まれて来ました」

つづいて、可愛らしい声が聞こえた。

あれ、この声ってもしかして……

「入っていいわよ」

ラミス先生の許可に、保健室のドアがガラリと開いて、少女が姿をみせた。

金色のカールがかった、ふわふわのロングヘア。

ぱっちりとした瞳は、夏の空のようなきれいな水色をしている。

おお、すごい美少女です。

えーっと、このタイミングでここに来たということは……

「この子があなたに学園を案内してくれるから」

あ、やっぱりそうだったんですね。

よし、ちゃんと挨拶しないと!

「魔法学園の生徒になった、優人です!よろしくお願いします!」

おれがぺこりと頭を下げると、少女はスカートを両手でつまみ、恭しくおじぎをした。

ドラマとかでしか見たことないやつです。まさかこの目で見ることになるとは!

おれがじっと見つめていると、少女はにこっと可愛らしく微笑んだ。

「私はエリカよ。こちらこそよろしくね、ユウト」

うーん、やっぱりこの声は、あの時の!

再びエリカの声を聞いて、おれは確信した。

そうとなれば、お礼を言わないと。

口を開こうとしたおれに、ラミス先生の声がかぶさった。

「二人は歳も同じだし、いい友達になれるんじゃないかしら。というわけでさっさと行ってらっしゃい」

おれはエリカと共に、ぺいっと保健室から廊下へ追い出された。

ラミス先生、絶対おれの相手するのめんどくさくなりましたね……。

「えっと、じゃあ行きましょうか」

エリカが、遠慮がちに声をかけてきた。

「あ、ちょっと待って下さい」

「どうしたの?」

エリカが、不思議そうに目をパチパチと瞬かせる。

さっきはラミス先生にさえぎられてしまいましたが、やっぱりちゃんと言わないと。

「エリカって、ホウキレースでおれがフェンスにぶつかりそうになった時に、止めようとしてくれましたよね」

「え……」

エリカは、驚いたように口元に手をあてた。

「なんで分かったの?」

「おれ、人の声覚えるの得意なんですよ。一回聞いた声は絶対に忘れないんです」

これは、唯一ともいえるおれの特技なんです。

あの時聞こえた「危ない!」っていう声が、エリカの声と完全に同じだったんですよね。

「そうなの、すごいわね……」

「いえ!それで、あの時はありがとうございました!」

おれがお礼を告げて頭を下げると、エリカはなぜか悲しそうに目をふせた。

あ、あれ?おれなにも変なこと言ってませんよね?

「……ごめんなさい。結局止められなくて」

あ、なるほど。それを気にしてたんですね。

「いえいえ!エリカがあの時一瞬でもホウキを止めてくれたおかげで、おれは鼻血を出して気を失うだけで済みました!」

「それ、結構重傷じゃないかしら……」

いやいや、もしエリカが止めてくれなかったら、もっと酷いことになってましたよ!

おれが否定しようとする前に、エリカが聞き取れるか聞き取れないぐらいの小さな声で言った。

「ごめんなさい……私の魔力が低いせいなの」

「魔力が低い?」

…ってどういうことでしょう?

首をかしげていると、エリカが再び口を開いた。

「この学園に通っている生徒は、みんな魔力が高くて優秀なんだけど……私は出来損ないだから」

そう言うと、エリカは首にかけていたペンダントを取りだした。

そして、両手を、水をすくうようにして胸のあたりまで持ってきた。

「だから……私が使える魔法はこれだけ」

エリカがそう言った次の瞬間、ペンダントが光り出し、きれいな色とりどりの光の粒が、エリカの両手から輝きだした。

その光の粒は小さな個体となり、エリカの両手に積もっていく。

おれは、その様子に釘付けになっていた。

エリカの両手を凝視しているおれを見てなんと思ったのか、エリカは自嘲するように笑った。

「……ね?くだらないでしょう」

「……ごい」

「え?」

エリカは、目をパチパチとさせて聞き返す。

おれは、そんなエリカを見て、興奮したように言った。

「すっごいですね!エリカの魔法!」

「え……」

「とってもきれいじゃないですか!この粒、さわってもいいですか?」

「え、ええ……」

「やった!ありがとうございます!」

おれは、エリカの手から一つ黄色い粒を取る。 

近くで眺めると、その粒は澄んだ色をしていて、粒の向こう側がすけて見えた。

うーん、近くで見るとさらに綺麗ですね!

というか、この粒あれを思い出しますね。

そう、おれの大好物、金平糖です!

よくじじくさいって言われますが、本当に美味しいんですよ!

「エリカ、もしかしてこれって食べれたりしますか?」

「え、ええ……」

エリカが、少しの間のあと頷いた。

「まじですか!」

さっそく口に入れてみると、甘い味が口の中に広がった。

こ、これはまさしく金平糖!!

「素晴らしい魔法です!これ、おれも使えるようになりますか!?」

「えっ、えっと、これは私にしか使えないの」

「そうなんですか……残念です……」

本気で落ち込むおれを、なぜかエリカはひどく戸惑った様子で見つめている。

「エリカ、どうかしたんですか?」

「……どうして」

「え?」

「どうして、私の魔法のこと、そんなに褒めるの?こんな……くだらない魔法なのに」

エリカは、自分の両手にある粒を見ながら、声を絞り出すようにして言った。

「どうしてって……だって、ほんとにすごいじゃないですか!エリカの魔法」

おれは、思ったことをそのまま言ってただけなんですけど。

だって、金平糖を無限に生み出す魔法なんて、おれが真っ先に覚えたい魔法ナンバーワンですよ!

それに。

「エリカの魔法、とってもきれいです」

笑顔で告げると、エリカは困惑したような顔をしたあと、うつむいた。

その小さな肩は、小刻みに震えている。

……って、もしかして、泣いてる!?

どどど、どうしましょう!!おれ、女の子を泣かせちゃいました!!!

「ご、ごめんなさい!おれ、なにか失礼なこと言っちゃいました!?」

そういえば、おれよくデリカシーがないって言われるんでした!

「……ちがう」

わたわたと慌てていると、先程よりもさらに小さなエリカの声が聞こえた。

「ちがうの、うれしかったの」

「うれしい?」

おれ、エリカを喜ばせるようなことなんて、何も言ってないと思うんですけど……。

エリカの言葉を待っていると、エリカは俯いたまま言った。

「だって……今まで私の魔法を褒めてくれる人なんていなかったから……みんな、私の魔法をばかにして……」

「………………」

そっか、エリカが自分の魔法を卑下するようなことを言うのは、きっとたくさん嫌なことを言われてきたからなんですね。

ほんとうは、最初は自分の魔法が好きだったのかもしれません。

でも、言われている内に、どんどん自信がなくなっていってしまったのかも。

そう考えると、エリカを侮辱した人達への怒りが湧いてくると同時に、エリカになんとか元気になってほしいという気持ちが湧き上がってきた。

黙ってられなくて、エリカの腕を、粒を落とさないように気を付けて掴んだ。

「……ユウト?」

エリカが、顔を上げる。

おれは、その水色の瞳を見て、はっきりと言った。

「おれは、誰がなんと言おうと、エリカの魔法が好きです!」

エリカが、瞳を大きく見開く。

おれは、さらに言葉をかぶせた。

「それに、エリカの魔法はすごいものです!卑下するようなものではありません。だから、自信を持って下さい!!」

「で、でも……なんの役にも立たないし……」

エリカは、動揺したように目をさまよわせる。

「そんなことありません!お腹が空いた時とか、遭難した時とか、食料になります!」

「え……」

エリカが、驚いたような声を出す。

あれ?もしかして今の、おれが食いしん坊みたいになりました?

ま、まずい!このままだと、おれここの学園でのあだ名が食いしん坊になってしまいます!!

魔法オタクならともかく、そんなあだ名は絶対に嫌です!

おれはエリカの腕から手を離すと、両手を顔の前で振った。

「あっ、ちがうんですよ!別におれが食い意地はってるわけではなく……」

「……ふふっ」

エリカは、ぷっと吹き出すと、口元に手をあてて、くすくすと笑い出した。

「そんなに必死に言わなくても、分かったわ」

「そう、ですか。……よかった」

誤解が解けて、それから、エリカの笑顔が見られてホッとする。

エリカは、口元にあてていた手を下ろすと、おれにむかってふわっと微笑んだ。

「ありがとう、ユウト。まだ自分の魔法に自信は持てないけど、あなたの言葉に救われたわ」

「いえ、おれはそんな……」

「それから、安心して。ユウトがお腹が空いた時には、いつでも食べさせてあげるから」

「だ、だからちがうんですって!」

たしかに、あの粒は美味しかったですけど!!

慌て出すおれに、エリカは再び笑ったのだった。

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