まさかの異世界召喚!?

目を開けると、見慣れない天井があった。

かすかに、薬品の匂いがする。

首を動かすと、真っ白なベッドが目に入った。

ここはーー保健室?

えーっと、おれ、どうしてたんですっけ………。

ぼんやりとした頭で、今までのことを思い出してみる。

たしか、お母さんからお使いを頼まれて。

その後、自分の部屋でお父さんからもらった本を広げたら、今まで白紙だったページに文字が浮かんでいて……。

その呪文を読み上げたらなぜか運動場にーーってそうだ!

重大なことを思い出して、ガバッと起き上がる。

その音を聞いてか、保険の先生らしき女性が、カーテンを開けて顔を出した。

「あら、目が覚めた?」

「あの、一つお聞きしたいんですけど!」

おれは、ずいっとその女性に顔を近づけた。

どうしても、確認しておかなければならないことがあります!

「なにかしら?」

「おれ、ホウキに乗れてましたよね!?」

「ええ。一位を取ってたわね。おめでとう」

「で・す・よ・ね!?」

おれは立ちあがると、思いっきりガッツポーズを決めた。

そう、さっきおれはホウキに乗れたんです!

そして、それは夢じゃなかった!!

ということはーーおれは、正真正銘魔法を使えたということ!!

ああ、やっと。

やっとーー魔法があることを証明できました!

全国の魔法ファンのみなさーん!おれ、魔乃優人が、今ここに魔法があることを証明しましたよー!!

涙ぐみそうになるおれに向かって、女性が冷静に声をかける。

「まあ、その後フェンスにぶつかったということで、さっきのレースは無効になったけどね」

「え、そ、そうなんですか?」

い、いやでも、この際勝ち負けとかどうでもいいです!

「それで、さすがにベッドの上で立たれるのは困るのだけれど」

「あ、すみません!」

おれは慌てて座ると、女性に向き直る。

「えーっと、おれの治療をして下さったんですよね。ありがとうございます」

「ええ。私はこの学園の保険医をしている、ラミスよ。それで、あなたの名前は?」

「はい!魔乃優人、12歳です」

「そう、それではユウト。あなた、どこから来たの?」

女性ーーもといラミス先生は、どこか探るような目でおれを見つめる。

「どこから、ですか?」

「ええ。あなた、見慣れない格好をしているけれど、どこから来たの?」

見慣れないって……。

自分の格好を、しっかりと確認してみる。

パーカーにジーンズ。うん、よく見る格好ナンバーワンっていってもいいぐらいの、オーソドックスな格好ですよね?

まあ、ここが異世界っていうなら見慣れないって言われても仕方ないかもしれませんが……。

そこまで考えて、はたと気づく。

ん?ちょっと待って下さい。そういえばおれ、本を開いて呪文を唱えたとたん、なぜか運動場にいましたよね。

そして、そこで魔法を証明することができました。

あの時唱えた呪文はーー『トリップサード』、異世界に行く呪文ーーって。

「ああああああああああ!!!!!」

「ちょっと、うるさい。ここは保健室なのよ、落ち着きなさい」

「す、すみません!」

ラミス先生に叱られて、慌てて謝った。

でも、落ち着いてなんかいられません。

心臓が、バクバクいっているのが分かる。

もしかして、もしかして、ですけど。

おれーー異世界に来てしまったんでしょうか!?

「あ、あのー、つかぬことをお伺いしたいんですけど」

「なに?」

「ここって、そのーー魔法学園だったりします?」

「正真正銘の魔法学園だけれど」

ややや、やっぱり!!

おれ、魔法の世界にトリップしてしまったみたいです!

どんどん青ざめていくおれを見て、ラミス先生が確信を持った様子で口を開く。

「あなた、やっぱり異世界から来たのね」

「え、なんで分かったんですか!?」

おれは、驚いて口を開ける。

あ、でも魔法学園ってことは、異世界と簡単に行き来できるようになってるんでしょうか。

「普通は無理なんだけどね。たまにいるのよ。あなたみたいな子がね」

「え、そうなんですか!ということはおれってばすごい存在!?やったー!」

やっぱり、おれには特別な才能があるんでしょうか!

なんてったって、ホウキレースで一位を取ってしまうぐらいですからね!(無効になりましたが)

万歳して喜ぶおれを見つめながら、ラミス先生は再び口を開いた。

「喜んでるところ悪いのだけれど、一つ問題があるのよ」

「問題……ですか?」

ラミス先生の真剣な様子に、万歳していた腕を下ろす。

「あなた、帰れないのよ」

「え?」

「あなた、もとの世界に帰れないの」

「……………………」

モトノセカイニ、カエレナイ?

「ええええええええええええええ!?!?」

「だから、うるさい」

また先生に叱られたけど、今度こそ落ち着いてる場合じゃありません!

「ななな、なんでですか!またあの魔法を使えば、戻れるんじゃないんですか!?」

「だったら、使ってみなさい」

ラミス先生が、本を差し出してくる。

少し古びた、分厚い本………お父さんにもらった本です!

フェンスにぶつかった時に落としてしまったのを、拾ってくれてたんですね!

おれは本を受けとると、急いで開く。

171ページ、171ページ……!

ページ数が書かれてある所だけを見ながら、大急ぎでページをめくっていく。

「あった!」

目的のページを見つけて、ぱっと本を開くと、おれはびしっと固まった。

「な、なんで……」

文字が、読めなくなってるーー!?

そこに書かれてある文字は、日本語でもなければ、英語でもない。

解読不能な、見たこともない文字。

他のページも見てみるけど、どのページも同じだった。

「やっぱりね」

硬直したおれを見て、ラミス先生が、はぁっとため息をついた。

「や、やっぱりって……?」

「異世界から来た子は、みんなあなたと同じ。言葉は通じるのに、文字は読めなくなるのよ」

「そ、そんな……あ、でも、おれ呪文なら覚えてますよ!」

魔法のことに関しては、おれ記憶力いいですから!

えーっと、たしか『魔法神、メターストに告ぐ。我、魔法を扱うものなり。我に力を与えよ、トリップサード』でしたよね!

呪文を唱えようとするおれを、ラミス先生がさえぎった。

「だめ。本の文字が読める状態で唱えないと、魔法は成功しないのよ」

「そ、それじゃあ……あ、本以外の物で魔法を使えば!ほら、杖とか!」

「媒介は、決まったものじゃないとだめなの。あなたの媒介は、その本」

えーっと、媒介っていうのは、魔法の世界では、おれたちと魔法の、架け橋みたいなもののことですよね。

ということは。

「つまり、この本で魔法を唱えないと、成功しない?」

「そういうことね」

「それーーめっちゃ大問題じゃないですか!」

「だから言っているでしょう」

……ということは本当の本当におれはもとの世界に戻れない?

気づいた途端、一気に不安がぶわっと押し寄せてきた。

お母さんの顔が浮かぶ。お父さんとも、もう本当に会えなくなってしまいました。

考えたら泣きそうになってきて、思わず俯いた。

「大丈夫よ」

ラミス先生の言葉に顔を上げると、思わずきっと睨み付けた。

「大丈夫って、何が大丈夫なんですか?」

少し、険のある言い方になってしまう。

でも、こんな右も左も分からない異世界に、一人で飛ばされてしまって帰れないこの状況の、どこが大丈夫なんでしょう。 

「落ち着きなさい。さっき、あなたと同じように異世界から飛ばされてきた人がいたって言ったでしょう」

そういえば、そんなこと言ってましたっけ。

おれははっとして、ラミス先生の方へ身をのりだした。

「もしかして、もとの世界に戻れた人がいるんですか!?」

それなら、おれもその人と同じ方法を使えば、もとの世界に戻れるはずです!

期待を込めて見つめると、ラミス先生はゆっくりと頷いた。

「ええ」

「ということは、帰る方法があるってことですよね。教えて下さい!」

おれの必死の懇願に、ラミス先生はかすかに微笑むと、こう告げた。

「あなたが魔法使いになればいいのよ」







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