64話

 その本をリフェイルの前に差し出した。

「………これは?」

 眉を寄せて問いかけてくるリフェイル。それに対してディックはただ一言、

「とりあえずみてほしい」

 とだけ言った。



 なんだなんだと少しだけざわざわするなか、数秒ほど思案したのちにリフェイルはその本を受け取った。

 しかしリフェイルが本に触れた瞬間。

 パキンッと音がして――なんと表と裏に巻き付いた鎖と錠が一瞬にして壊れたのである。






 目を見開くリフェイル。何が起きたのかもわからず驚くエレミア。

 グレイとジェシカの表情は変わっていない。だがなんとなくどうしてそうなったかを知りたいという興味の視線だけは向けられていた。

 もちろんディックも驚く様子はない。むしろ結果をすでにわかっていたような顔をしていて、焦るリフェイルに対してこう言った。

「驚かせてしまってすまない。けれども貴方がグラスウォール王家の血を惹く者であることが、これで証明できただろうか」

 と。


 とはいえまだ信じきれるほどではなかったようで。

「っこれのどこがそう言い切れるんですか! こんな古めかしい本なんかでそのようなこと、証明できるわけないでしょう!?」

 苛立ちをおぼえたリフェイルが突っかかるようにディックに詰め寄った。

 ずんずんと歩いてディックの服の襟を引っ掴もうとして―――しかしそれをグレイが既のところでその手を掴む。

「リフェイルさん。いくら苛つくとはいえど、彼はこの国の王子ですにゃ。あまり不遜なことをしないほうが懸命ですにゃよ」

 掴んだリフェイルの手に力を込めてグレイは告げる。真っ直ぐに射抜くその目には冷徹さがあって、それが怖くなったリフェイルは眉を寄せると乱暴に振り払った。





 先程のシリアスな空気が剣呑と殺伐としたひりつくものになる。グレイとリフェイルが睨み合っているおかげで温度が一回りほど低くなったのだ。ジェシカはそこまで空気に当てられているわけではなかったのだが、いかんせんエレミアの方が恐怖でブルブルと震えていたのである。もちろんエルフの大臣たちにも身体を震わす者が出てきた。

 それが危ういと思ったのか、

「………侍従長、この場にいる大臣たちを下がらせ誰もこの謁見の間に来させぬよう外の近衛兵に伝えよ。あぁ司祭殿と近衛騎士団長、それからそなたは残るように。よいな?」

 国王が命令を下した。頷いた侍従長が大臣たちの方へと行き、外に出るよう促していく。

 動くのを渋っていた大臣も見られたものの、すでに到着していた団長のひと睨みによって慌てて出ていった。





 そうして謁見の間にいるのが数名ほどになった頃。

 まだにらみ合いを続けるリフェイルらに対して国王はため息をつくと、

「………それで? ディルバート。何故お前はリフェイル殿に本を渡した?」

 片肘を肘掛けにつけながら呆れたように言った。

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