16話

 とその時。


 また薄暗い謁見の間にカツカツと靴の音が響いた。今度はさっき入ってきた後ろの扉から、ちょうど少女には見えない位置で近づく気配がする。

 また誰か来たのかと思い、痛みで動けなくなる身体をどうにか動かして身構えた。傷口を確認したかったが今は見ることもできそうにない。どうしようもないのでまた耐え凌ぐことで激痛を紛らわせる。


 ・・・けれど、その空元気に振る舞う行為も新たに現れた者がこちらへと近づくにつれて急激に萎んでいった。



 さきほどまでしていた呼吸がうまくいかない。

 瞳が大きく見開かれ、身構えていた身体の力という力が急速に落ち、一気に脱力するようにして抜けていくのがわかった。

 体と心が動転して自身がどんな状態か全くわからない。けれどそれすらも気づかないほどに彼女は狼狽えたのだ。


 





 靴音は少女の隣を通りすぎ、段を登って男の座る玉座の近くにて止まる。静止したのでようやく顔を上げれば―――が目に入った。

 ・・・本当ならば今すぐにでも詰め寄ってどうしてと何度でも訪ねたい。

 でも何処か納得する自分がいるのも事実で。だからかようやくここにきて"もう後戻りもできないのだ"と自覚させられたのだと思う。




 唇を噛み締めたあと、少女は意を決して紡ぐ。

「……ここで貴方に会うとは思いませんでした。けど、どこかで貴方には……っ貴方とは、話をするべきだとも思ってました」

「……」

「いきなり義姉さまと家を出たことも、それを相談してくれなかったことも会った時に聞くつもりでした。でも、貴方はたぶん………っ話してくれないと、そう思ってた」

「…………」

「けど、あたしは知りたいのです。どうしてこんなことになっているのか、それを聞く権利があると、思うのです………っ!!」




 真剣な表情で少女は言った。

「……っ。どうして貴方はそこに、その男の側にいるのですか!!?」







 瞬間。



 いきなり視点が高くなり、それから首に強い圧迫感を感じた。うまく息が吸えず、少しずつ目の前がぐにゃぐにゃと歪んでくる。

 その時点でようやくレイラは男によって首を締め付けられていることに気づいた。


 名前を一度呼んだだけだった。

 それだけだったのに―――地雷だったようだ。ここまで過敏に反応を返すとは思わなかった。

 どうにか抵抗するものの、何もできないレイラは思考をぼんやりとさせながら消えた家族の二人を思いだしていた。





 呼びかけたその名は村から出ていって行方知れずとなった義兄のもの。愛称はフィルという大事な家族の一人だった。

 本名をフィリップ・ローデン・ウィルヘルムといい、村のだれからも慕われる爽やかな好青年であった。キャラメルのような明るい茶色の短髪にミントグリーンの瞳をしており、悪くいえばちょっとのほほんとした―――良くいえば朗らかな顔をしていた自慢の義兄だったのだ。

 また、名前と容姿からなんとなく察する人はいるだろうが・・・レイラとフィリップことフィルは同じ姓を持つものの血の繋がりはない。ダニエルの血縁にあたる、いわるゆ従兄弟という間柄である。勿論フィルの双子の義姉になるソフィアンナにも。ちなみにソフィアンナの愛称はソフィー、フィルの双子の姉だ。





 行方知れずとなっていたこの義兄ガなぜここにいるかはさておき。

 あまりにも背格好が似て見えたので思わず呼んでしまったレイラ。それが引き金だったのか、気づけば男によって絞殺させられようとしていた。

 首を片手で捕まれ容赦なく締め上げられて意識のほとんどが暗闇に消えかけている。おかげで手足や身体の感覚も鈍くなってきた。二の腕の傷口の痛みすらも紛らわせるほどだ。急所に向かって蹴りつけようとじたばたと動かす足も、その力が入らずに男の足に当たるだけでたいした威力はない。

 まだ呼吸もできるし空気を身体にいれることができているが、それもすぐに無意味になるだろう。このままでは危険だった。








 だがしかし。

 いよいよこれまでの思い出が走馬灯のようにかけてこようとした時だ。

「その小娘はワタシの獲物だ。お前とて邪魔をするなら容赦できんぞ」

 ―――いつの間にか座っていたグレンの待ったがかけられたのは。

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