第六話[ワンルームと写真家]
真っ昼間だというのにカーテンを閉め、布団を引っかぶってベッドに丸まっている。人生は短いってのにこの有様じゃ、と思ったところで頭痛は引いてくれない。いっそのことかち割ってしまいたいくらいだが、この部屋が事故物件になるくらいで何のメリットもないのでとどまっている。正気を失うのが先か消えるのが先かって話だな。狂ったらたぶん、自死だろう。携帯端末が震える。手を伸ばすだけで吐き気が凄いんだけど。メッセージを開くとバイト先の室長。長々と近況報告を書いたのちに、出てくるのは難しそうかい? なんて締めている。行けるもんなら行っている。致死性発光症の女の子が遺影撮りに来るとかも知らない。同病だからって仲間意識がある奴ばっかりじゃないんだ。少なくとも俺は違う。どうせ症状も軽い、悲劇のヒロインぶってる夢見る乙女なんだろ。まぁこういう思考に至る自分が一番嫌いだけどな。ほんっと、こうやって生産性の欠片もない糞みたいな考えを垂れ流しているしかないのは時間の無駄。消えろ、消えろ。頭痛と吐き気と眩暈と痺れが消えるんなら寿命が半分になったってかまわない。痛みの波が激しくなって意識が遠ざかる。いっそ殺せ。
枕元に立つ影と目が合ってうっかり叫びそうになる。喉が渇きすぎて声なんて出なかったが。気を失っている間にずいぶん経ったらしい。カーテンから漏れる光は夕日の色だ。幽霊みたいにゆらりと立つこいつは世話焼きの同級生で、どうも心配して来てくれたらしい。ドアチャイムを鳴らされるのが煩わしいので合鍵を渡している。毎度登場のしかたが心臓に悪い。眠ったせいかびっくりして吹き飛んだのか、痛みは引きつつある。
「生きてっか」
「うるせぇ」
やっと声が出た。いかにも頼りないものだったが。
「すまん」
小さい声をさらに落してそいつ、木田は謝った。察しが良いので楽だ。
「飯、食ってないんだろ。なんか作るか」
「いらん」
「死ぬぞ」
「別にいい」
「僕が困るんだけど。救急車呼ぶよ?」
真面目なのが取り柄かつ問題だよな、お前。本当に電話をかけるそぶりを見せたので、慌てて手首を掴みにいく。いざとなったら動けるもんだな、と自分に感心したのも一瞬の話で、乗り出した体はすぐさま床に転落する。木田はあからさまに動揺する。俺の方がまだ冷静ってのはおかしくないか?
「無理すんなよ」
お前のせいだろ、とは言えない。体力も限界だし。手際よく抱えられ、あっさりベッドに戻されてしまう。木田の腕力が上がったのか俺が軽くなったのか。前はもうちょい苦労してなかったか。
「勝手にやるから寝とけ」
余計なお世話だ。ほっといてくれよ。だけど今度こそ真っ当な眠気に誘われて目をとじた。木田ってなんか安心感あるよな。ママかよ。
目覚めて早々、スプーンを突き付けられる。しかも無言。
「なにこれ」
「水分」
おとなしく口を開けば、やや甘い液体が舌に落ちる。飲み込めば、渇ききった喉がほんのわずかに湿った。悔しいことに、もう少し欲しい。木田はいけると踏んだのか、マグを直接唇に押し当ててくる。手を添えて、ゆっくりとしか傾けてくれない。そんながっつかないって。ひどく時間をかけて空にした。ぼんやりした意識の中で、いくらか力が戻るのが感じられる。
「粥作ったけど、食える?」
「ゴメン無理だわ」
「体調、ひどいのか。医者行った方がいいんじゃないか」
木田は深刻そうな顔をしつつも、背を支えて寝かせてくれる。彼女かよ。昨晩の惨状を見たら卒倒もんだな。激痛で意識飛んだし。
「だいぶマシんなったからそろそろ戻る。明後日遠出するけど来る?」
「写真? 昼からなら。一限あるからさ」
「あぁ。じゃ、一時に駅な」
「了解」
「そーいや、あの短歌のやつ、誘ってくれてありがとな」
「なんだよ急に気持ち悪い」
「なんかあんなに注目されると思ってなくて」
「それはこっちもだよ。なんで僕にインタビューしたいとか言いはじめるんだ? せめてお前だろ」
「やだよ取材受けるのなんて」
軽口に笑いながら、目を閉じた。生きてる。ちゃんと息ができる。何度こいつに救われてきたんだろうか。恩を売っているとも感じさせないこいつに。
「そういやさ、俺の元カノの話覚えてる?」
「病気わかって迷惑かけるからって振ったんだろ」
「あいつも発症したってさ。んで、どうせどっちも死ぬんならヨリ戻そうとか言ってんの。たくましすぎね?」
立ち上がりかけた木田は困ったように中腰のまま固まった。笑えよ。肩の力抜いてさ。運命なんてどうにもならないものにシリアスになるなよ。
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