第3章 飛躍の時

第28話

 顕さんから「若手特選会」のメンバーを聞いた。それによると、「噺家協会」からは、古琴亭小鮒(こきんていこぶな)、宝家馬富(たからやばとう)、秋風亭萩太郎(しゅうふうていしゅうたろう)、萩家小艶(はぎのやこえん)、萩家銀竜(はぎのやぎんりゅう)の五名で、小鮒さんと馬富さんの他は寄席などでわたしも聴いたことのある人だった。

「噺家芸術協会」からは、三圓亭遊五楼(さんえんていゆうごろう)、笑艶亭福太郎(しょうえんていふくたろう)、桂文太吾(かつらぶんご)の三名で、この中の笑艶亭福太郎という人は、師匠が上方の一門の笑艶亭光郭(こうかく)という人で、随分前から東京で活動していて芸協に入っている人だ。福太郎さんは東京で取った弟子という訳なのだ。

 立山流からは立山談々(たてやまだんだん)。これはこの前のコンテストの出来から言って当然だと思う。

 圓洛一門会からは、三圓亭洛市(さんえんていらくいち)という人が選ばれた。この人に関しては、わたしは聴いたことが無いのだが、小鮒さんが言うにはかなり出来る人だそうだ。

 最初の会にはこの中から協会からは、小鮒さん、萩家小艶さんの二名。芸協からは、笑艶亭福太郎さんと桂文太吾さん。そして立山流の談々さんが出る事になった。他の五名は次回に出る。

「出来が悪かったら初回で落とされることもあるらしいよ」

 翠がわざわざ電話で教えてくれた。

「レギュラーに固定されれば昇進も早くなるのかな?」

 わたしの疑問に翠は、当たり前といった口調で

「当然でしょう。まあレギュラーになっても、出来の悪さが続くと交代させられるそうよ」

「じゃあ気が抜けないのね」

「そうね。でも賢ちゃんなら、普通にやってれば大丈夫だと思うけどね。小鮒さんだってあのメンバーなら、頭ひとつ抜き出ているでしょう。やっぱり最後は賢ちゃんと小鮒さんになると思うわ」

 翠は楽天的でいいなと思う。わたしはそこまで考えられない。

「芸協の笑艶亭福太郎さんは、東京なのに上方落語やるんだよ」

「だから?」

「いや強敵かなと思って」

 わたしの疑問に翠は

「珍しさでは確かにあると思うけど、そう何時までも続くとは思えないな。要は実力よ」

 それは確かにそうなのだけど……

 翠との電話を終えても、わたしは不安が残った。


 今年の冬は訪れが早い。年末から寒さが厳しくなって来た。噺家はお正月は稼ぎ時で、一年で一番忙しい月で、それは二つ目だって変わらない。昨年もその前も正月はろくに逢えなかった。小鮒さんは殆ど実家には帰って来ず、向島の家に泊まっている。わたしもなるべく時間がある時は、向島に行くのだが、それでも帰って来るのが遅く。少ししか話も出来なかった。今年は更に忙しくなるだろうと予想した。正直、成人式には来て貰えないと思っていた。

 成人式の日、わたしは翠と一緒に朝早くから、市内の着物のレンタル屋さんで着付けをして貰っていた。正直に言うと普通の着物なら自分で着付け出来るようになったが、レンタルの料金に含まれているので着付けて貰ったのだ。髪も拵えてくれて化粧もやってくれた。写真を撮影すると、家に寄ってから成人式に向かう。夜の七時までに返さなければならないが、殆どの人は夕方には返却するという。わたしも翠もそのつもりだった。

「ああ、この姿を見せたかったなぁ」

 着付けを終えて表に出て翠がそう言って、少し残念な表情を見せた。わたしも同じ気持ちだ。

 翠は白地に色々な花が咲いてる図柄で帯も白地だ。その派手な感じが良く似合ってる。わたしは黒地にやはり花の柄が描かれている着物で、帯は着物の柄と同じ柄を白地に取り入れたもので、背の高いわたしに似合ってるとお店の人が言ってくれた。

「あれ?」

 突然、翠が変な声を上げた

「なあに。何かあったの?」

「里菜、あれ」

 翠が指を指した方向を見ると男の人が二人立っていた。二人共大きなカバンをサゲている。そして手を振っている。間違いなかった。昨日だって電話で今日ここに来るって言ってなかったのに……。

 それはこれから仕事に向かう小鮒さんと馬富さんの二人だった。

「今日の仕事はこっちの方だから、間に合うかどうか判らなかったけど寄ってみたんだ」

 馬富さんも頷いている。翠も成人式があるから実家に帰っていたのだった。

「晴れ姿だからな。どうしても見たかったんだ。綺麗だよ里菜」

 その言葉に嬉しくて目頭が熱くなる

「里菜、泣いたら化粧が落ちるよ」

 翠が自分も泣きそうな表情で言った。

「噺家は正月が一番忙しいからな。でも一生に一度だから目に納めたかったんだ。でも来られるかどうか判らなかったから、口には出さなかったんだよ」

 馬富さんが翠の肩に手を置いて説明してくれた。わたしは正直感無量で両親には申し訳無いが、親に見せる前に顕さんに見せられたのが嬉しかった。

 二人揃っての写真を互いに撮り合うと、小鮒さんと馬富さんが時計を確認して

「御免、もう行かなくちゃ」

 そう言って残念な顔をする。翠は

「今夜もこっちに泊まるから。御免ね」

 そう内輪の話をしてる。馬富さんは

「判ってるよ。お父さんお母さんに宜しくな」

 そう言って駅に急いだ。小鮒さんも

「今日は向島泊まりだから。今日はもう逢えないけど、今週中には時間取るから」

「うん判っているから。それより仕事頑張ってね」

「ああ、ありがとう」

 小鮒さんもそう言って駅に向かった。

「ああ行っちゃった」

「でも見に来てくれて嬉しかった」

 残念がる翠にわたしは正直な気持ちを口にする。

「それは嬉しかった。完全に諦めていたからね」

「一緒に住んでいても言わなかったんだ」

「そうだよ。今なら判るけど。わたしに言ったら里菜にも伝わるじゃない。それは不味いと思ったのかもね」

「不味かった?」

「そうよ。だって確実にこの時間に、ここに来られるという確証が無かったのだと思うわ」

 なるほど、一緒に住んでいると、そんな感じも判るようになるのかと面白く思った。

 家に帰り、両親や兄弟に晴れ姿を見せた。実咲公園で写真を撮って貰う。同じような家族が大勢居た。

 昼過ぎからの成人式そのものは、特別に書くことも無い内容だった。その後の高校の同期会では、皆かなり盛り上がった。特に翠がグラビアに載ったことや写真集を出した事が話題になり。ある男の子などは

「俺なんか三冊も買ったよ」

 そう言って自慢しているので、他の娘が

「何で三冊も買ったのよ」

 そう尋ねると

「一冊は観賞用。もう一冊は保存用」

「もう一冊は?」

「今日持って来てサインを貰う為」

 そう言ってカバンから翠の写真集とサインペンを取り出した。翠は苦笑いしながら

「アンタ奇特な人だねえ」

 そう言いながらサインした。サインをして貰った男の子は喜んだが、別な娘が

「新井は来年あたり結婚するんだよ」

 そんな事を言ったので他の皆が驚き

「ええ、相手は誰?」

 そう尋ねるので、今度はわたしが

「落語家でタレントの宝家馬富さんだよ」

 そう教えてあげると、皆の驚きは凄かった

「芸能人じやない!」

「凄いわね!」

 そう言ってワイワイ騒いで同期会は終わった。二次会に行く前に夕方、着物を返した。殆どの娘がそんな流れなのだろう。返却の娘で賑わっていた。

 こうしてわたし達の成人式は終わったのだった。

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