第27話

 新しいバイクが来た! 新古車なのだけど、この時点でメーカーのカタログには無い車種だ。それは、このモデルがモデルチェンジをしたので、前のオーナーが買い替えたからだ。でも、お金の無い女子大生にはそんな事はどうでも良かった。二百五十CCのバイクに乗れる……それだけが望みだったからだ。

 バイク屋さんは届けてくれると言ったけど、わたしは連絡を貰うと、大学の帰りにお店に出向いた。それは、少しでも早く乗りたいのと、今まで良く走ってくれたコイツを自分の手でバイク屋さんに渡したかったからだ。今までありがとう。お前のおかげで、わたしは運転が上手くなったんだよ。本当にありがとう。屋根があるとはいえ屋外に置いていたからアチコチサビが出ている。特にスポークに出たサビは致命傷らしい。

「ここの部品だけは他の機種の流用では駄目だからねえ」

 この前点検に出した時にバイク屋さんにそう言われてしまった。昔のバイクだからタイヤを支える車輪が細いスポークで構成されているのだ。機種によっては市販品で交換出来るものもあるが、わたしの機種は少し特殊でオリジナル部品でなければ交換出来ない。一時はかなり売れた機種だからメーカーはオリジナルの部品を用意していたが、生産が終了して十年以上経った時に、部品の販売を終了したのだ。それからは在庫のみとなり、それも無くなると既存の車種から部品を調達していた。それも限界に来たという事だった。無理もない。父が若い頃に買って散々乗り回し、結婚して母を後ろに乗せて走り、やがてわたしが生まれ、十六の時に譲り受けたのだから。二十年以上は経っていると思う。

 バイク屋さんには新しいバイクが置かれていた。綺麗でまるで新車みたいだ。大きさは今までのバイクと、エンジン周り以外は余り変わらない。

「乗ってみなよ」

 オジサンに言われてキーを受け取って跨る。シートの高さも丁度良い。キーを捻って、燃料ポンプの警告灯が消えたら、右のハンドルの脇にあるセルのスイッチを押すと簡単にエンジンが掛かった。

 二期筒のリズミカルな音と振動がわたしを包む。ミラーを調整してサイドスタンドを左足で外しスロットルを捻って道路に飛び出した。やはり低速ギアの時のトルクが厚い。百二十五とは違う。これなら顕さんのバイクより運転し易いかも知れないと感じた。

 ギアを上げて流れに乗る。これもあっけないほど安易に出来た。余裕の持ち方が違うと思った。楽しい……走ること自体が楽しい。今までもそうだったけど、楽しさの次元が上がった感じだった。そうこれは高速道路だって走ることが出来るのだ。それを思った瞬間、顕さんと何処か遠くにツーリングに行きたいと思った。お店に帰りオジサンに

「良いバイクですね。走っていて楽しくなっちゃった」

 そう感想を言うとオジサンは

「これは、人気こそ余り出なかったけど、実は隠れた名車でね。色々と手を入れると更に楽しくなるんだよ。カスタムするパーツも沢山あるからね。部品には困らないよ」

 そう言った、その目は本当にバイクが好きなんだと感じさせるものだった。

 オジサンに代金を払う。かなり格安にしてくれたみたいだ。今までの百二十五の処分を頼んだ。

「コイツの処分。宜しくお願いします。なんせ今まで相棒だったもので」

「ああ、良く知ってるよ。親父さんがウチで買った奴だからな。それから俺がずっと面倒見て来たんだ。そろそろ引退させてやれば良いよ。バラして使える部品は流用させて貰うからね」

 それで新しいバイクをまけてくれたのだと判った。

「それじゃ宜しくお願いします」

 そうオジサンに言って新しいバイク家に帰る。もう夕方だから斉所山には行けないけど、これが午前中なら走りに行くところだった。だから実咲公園に行くことにする。位置的に言うと駅があり駅から国道に向かった角にバイク屋さんがある。国道を下がって来ると途中に実咲公園と近くに顕さんの家がある。わたしが通った高校もこの先になる。更に下って来るとわたしや翠の家がある。わたしは公園の駐輪場に新しいバイクを停めると公園に入って行ってた。顕さんは今日はお昼の連雀亭で行われる「ワンコイン寄席」とその後の新宿の末広亭に出演する予定だった。時間的にはもう終わって家に帰って来るなら帰って来てる頃だった。だからここに寄ったのは、密かに期待してのことだった。

 あずま屋に行くと案の定、顕さんが稽古をしていた。気が付かれないように後ろから迫って両手で目隠しをする

「だーれだ」

「里菜だろう。バイクはどうした?」

「来たよ。ここまで乗って来たよ」

「見せて!」

 顕さんとわたしは駐輪場に戻った。そして停まってるバイクを見て

「新車みたいじゃない。掘り出し物だね。良かったんじゃないの?」

 そんな感想を言ってくれた。わたしは

「走って見る?」

「ヘルメットは?」

「わたしので入らない?」

 そう言ったが、わたしのヘルメットに顕さんの頭が入る事は判っていた。だって、わたしは顕さんに隠れて彼のヘルメットをこっそり被ったことがあるからだ。

「いいのかい。 俺の匂いが着くよ」

「ふふふ。今更よ」

「そうか」

 顕さんは、そう言うとわたしからキーを受け取るとメルメットを被りエンジンを掛けて国道に出て行った。

 暫くすると戻って来てヘルメットを脱ぐと

「走りやすいね。特に低速トルクが良く出ているから、ギヤチェンジを頻繁にしなくても良いのがいいね。俺のは三千回転以下は駄目だからね」

 わたしは顕さんのバイクに乗った時の事を思い出していた。そう言えばそうだった。わたしは頻繁にギヤをチェンジするのが楽しくて、いかにもバイクを操っている感じが楽しかったのを思い出した。

「今度暇があればツーリングに行きたいな」

「ツーリングかぁ。いいね。温泉になんか泊りがけで行こうか」

「ああ、いいわね。温泉好きだから。でも仕事忙しいでしょう」

「里菜が心配するほどじゃ無いよ」

 それから顕さんの家で暫く話をしてから家に帰って来た。本当はもっと一緒に居たかったのだけど、明日の朝に顕さんは北陸に仕事で行くから早く寝かせてあげたかったからだ。

 家に帰ってから、先ほどの顕さんの何気ない言葉を思い出す。

『温泉になんか泊りがけで行こうか』

 温泉……泊りがけで二人きり……誰も居ない温泉旅館。

 わたしは思わず色々と想像してしまう。

 温泉というと良く混浴なんて言われるけど、出来れば混浴は避けたいな。そう、部屋に露天風呂が付いてる旅館なんかあるよね。そこがいいなと思う。そうすれば顕さんと二人きりで一緒にお風呂に入れる……。そこまで想像して、わたしは何を考えているのだろうと思い、恥ずかしくなった。

 でも、温泉にツーリングに行くのは少し先になるかも知れない事が起こった。それは、今度「若手特選会」という落語会が開かれる事になり、三月に一度都内のホールで開かれることになったのだ。若手なので四つの落語協会から二つ目ばかりが選抜される。そのメンバーに小鮒さんが選ばれたのだ。噺家協会から五人が選抜され、馬富さんも選ばれた。芸協からは三名。立山流と圓洛一門会からそれぞれ一名の全部で十人が選ばれた。一度の会に出演出来るのは五名でその出来次第でふるい落とされ、最後には五人に絞られる。最後に残った五名が固定され真打に昇進するまで続けられるのだそうだ。

 向島のおばあちゃんの家で、小鮒さんはこともなげに言った。

「メンバーから落ちたら駄目なんじゃないの?」

 わたしの心配をよそに小鮒さんは

「大丈夫だよ命まで取られる訳じゃないから。精一杯やるだけさ」

「とりあえず、いつ出るの」

「初回だよ。ウチから二名。芸協から二名立山流から一名だな」

 小鮒さんは、わわたしの膝に頭を置いて耳掃除をして貰っている。わたしは膝枕をしている小鮒さんに

「頑張ってね」

 そう小さく言うしかなかった

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