第11話
家に帰って来てもまだ胸がドキドキしていた。いきなりの予想外のキス……。わたしどんな顔だったのだろう。顕さんはわたしの事を見てどう思っただろうか?
そんなことを考えた。わたしらしく無いと自分でも思う。でも顕さんと逢っている時は普段の自分より心が敏感で柔らかくなってる気がする。少し強い刺激があれば簡単に壊れそうだ。
人を好きになる。恋をするってこういうことなのだろうか?
わたし、初めてだから判らないよ。どうすれば良いの?
いきなり顕さんのお母さんに紹介されたし、まあ自分も先に同じことをしたのだけど、女子が自分の母親を彼氏に紹介するのと、彼氏の母親を紹介されるのとは重みが違う。同じ程度になるとすれば、顕さんにわたしのお父さんを紹介することだろう。
それぐらい違うと思う。そして家に招待されてしまった。食事会だって……。何を着て行こうかな。まさかバイクで行ったら不味いよね。ちゃんした格好で行かなくちゃ。
顕さんの家から帰って来る間にもずっと考えていた。
結局、顕さんの家に行くのは中間試験が終わってからとなった。そりゃそうだよね。これから頑張らないとならないからね。
次の日からは勉強に集中した。幸い学校に行っても翠は二人の事を訊いて来ないし都合が良かった。もしかしたら翠は翠で大変な問題にぶつかっているのかも知れないけれど、恋愛初心者のわたしにアドバイスなんて出来やしない。そう考えることにした。
中間試験の最後は英語だった。わたしの一番苦手な教科。それでも、そこそこは出来たと思う。帰ろうと昇降口まで降りた時に翠が
「話があるんだ。少し駄目かな?」
上目遣いにそんな事を言って来た。その表情が真剣だったので
「いいよ乗る?」
「うん!」
いつも付けている翠用のヘルメットを被ると後ろに乗って来た。
「実咲公園でいい?」
「うん」
エンジンを掛けてバイクを走らせると風が気持ち良い。この気持ちよさも六月に入ってしまうと段々と感じられなくなる。
公園の駐輪場にバイクを止めて園内に入る。翠が 自販機でコーラを買ってくれた
「ありがとう払うわよ」
「良いわよ。相談料」
「じゃ貰っておくわ。相談って何?」
翠は公園のベンチに座るとわたしに隣に座るように促した。
「秘密の相談か」
少し茶化して軽口を言って隣に座る。翠もわたしもコーラを一口飲んでから翠が口を開いた
「あのね、卒業したら賢ちゃんと一緒に住みたいんだ」
賢ちゃんとは馬富さんの本名だ。それにしても一緒に住む……それは好きな人と一緒に暮らせたらどんなに素敵な毎日が過ごせるだろうかと考える。でもその代償は大きいと思う。
「ちゃんと考えたの?」
翠の事だから考えたのだとは思うが、夢中になってる時は案外そうでもない事が多い
「考えたわよ。東京の大学に行くから別々に暮らすより一緒に住んだ方が安くつくし」
翠は家事が得意だから、負担に感じないのだろうか?
「炊事とか掃除、洗濯とか大変よ」
「それは覚悟の上。幸い炊事は得意だし。洗濯は洗濯機がやるし、掃除もそれほど広い所じゃ無いから楽だと思う」
翠は芸人の暮らしというものを理解してるのだろうか? その事を訊いてみると
「それは覚悟してる。多分夜の仕事が多いとは思ってる。だから、わたしが傍に居て支えてあげたいのよ」
その言葉を聴いて余計に心配になった。
「それで家族は何と言ってるの?」
「ウチの方はまだ話してない。賢ちゃんのことは紹介してあるし、わたしも休みに向こうの実家に挨拶に行ったの。その時に卒業したら、とは向こうのお母さんには言ったわ」
そんなところまで進んでいるんだ。
「じゃあ、自分のお母さんが駄目出しをしそうなの?」
「お母さんは大丈夫だと思うけど、お父さんが……」
やっぱりだと思った。翠のお父さんは翠の事溺愛してるから、すんなり了解が出るとは思わなかった。
自分に当てはめて考えて見ると、わたしも将来は顕さんと一緒に暮らせたら良いとは思うけど今は具体的に想像出来ない。わたしにとっては夢物語だ。
「結局、お父さんをどう攻略するかなのね」
わたしの言葉に翠が深く頷いた。
「里菜はどう思う? わたしの考え早すぎるかしら?」
「それはね。知り合ってやっと一月ばかりで一緒に住む事を考えるのは早いと思うわよ」
自分ではそう口にしたが、ぼんやりとだが同じような事を思っていた自分の事を振り返ってみる。
「そんなに好きになったんだ」
「うん。こんなの初めて。自分でも感情がコントロール出来ない時があってね」
翠の言葉だけどわたしは自分の気持ちを言われているような気がした。
「まずはお母さんからじゃない。馬富さんの家族の了解もちゃんと取らないと」
「そうだね。少しづつだね」
「卒業まで半年以上あるから」
結局、わたしも翠の事を応援することになってしまった。
その週末に顕さんの家の食事会に行くことになった。もはや翠のことに構っていられない。
夏物の白色に薄いグリーンの模様が入ったワンピースに濃い黄色のカーデガン。言い換えると白地に若草色の模様が入ったワンピースに山吹色のカーデガンを羽織った。肩まである髪はシュシュで纏めて短めのポニーテルにした。ソックスは白地に山吹色の柄が入ったもの。バッグは小さな真紅のエナメルバッグにした。形が気に入って今年の初めに人生最後のお年玉で買ったものだ。もう役に立つとは。
食事会は夕方だったので、わたしは朝から鏡の前でウロウロしていたら弟から
「いい加減にしたら。そんなに鏡を見ても姉貴が変わる訳無いんだからさ」
そう言われてしまった。中三なのに判った風な口を利く。
そして顕さんが車で迎えに来た。
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