第6話
小鮒さんが休憩をしようと言ったのは駐車スペースがある公園で、売店はなかったが自販機があった。そこで小鮒さんがスポーツドリンクを二本買ってくれて一本をわたしに手渡してくれた。
「ありがとう。お金払うね」
「いいよ。それぐらいおごるよ。お昼代にもならないよ」
小鮒さんとしてみれば昼食代が浮くという考えなのだろう。それは間違っていないけど、わたしが、そんな気持ちで用意してのでは無いので何だか申し訳ない感じがした。
「ここが斉所山の入り口なんだ。ここから緩やかだけど上りが始まっているんだ。だから意識的に走り方を変える必要があるんだ」
確かに道が登っていると、いつもよりエンジンを吹かさないと登らないし、スピードも出ない。特に百二十五CCは注意が必要だ。大きな排気量ならそんなことを意識する必要はない。
「山道は登ったことはあるの?」
どうやら小鮒さんはわたしのライダーとしての力量を心配しているのかも知れない。ここは初めてだけど山ならバイクで登ったことはある。
「多少ならあるけど。ここは初めて」
「そう、なら大丈夫かな。バイクで本当に用心しなくてはならないのは下りだからね」
それは正直わたしも思ったことがある。下りはブレーキを使い過ぎると効かなくなるからだ。だからギヤを使って下らないとならない。父もそう言っていたし、わたしも経験があった。これでも十六で免許を取って二年も乗っているのだ。でも小鮒さんの前ではしおらしい事を言った
「下りはスピードも出るし慎重に走らなくては駄目ね」
「今思いついたのだけど今度走るならインカムのレシーバーでも用意すれば楽になるね」
小鮒さんは「今度」と言った。確かに言ったよね? 何故かわたしは少しときめいた。
「少し行くと道の左側に『斉所山』と書いてあるからそこを左だからね」
「判ったわ」
スポーツドリンクを飲んでから走り出した。やはりわたしが先で小鮒さんが後だ。意識しなくてもスロットルを回す角度が増して来たので道が坂道になってるのが分かる。
数分走ると先程小鮒さんが言っていた「斉所山」と書かれた標識が見えて来た。方向指示器を左に出す。道の分かれ目に来たのでバイクを倒して曲がって行く。曲がりながら後ろを見ると小鮒さんもバイクを倒して曲がって来た。
曲がると道は完全に山道ぽくなっていて坂の角度も増して来ていたのが判った。段々道も曲がって来て、わたしはバイクを左右に倒して曲がって行く。次第に頭の中が何も考えられなくなって体がリズムを刻んで行く。バイクと自分が一体となってる感じがして、わたしの中で『走る喜び』というものが少し判ってきた感じがした。楽しいと、純粋に感じた。
道はかなり登って所々に車を停めて展望台があるスペースがある。小鮒さんが途中で並んでジェスチャーで寄るように仕草をした。わたしは大きく頷いた。そして次のスペースにバイクを停めた。
「上手いじゃない。あれだけ走れればどこでも大丈夫だね。今度は何処に行こうか?」
「まだ目的地に着いていないのに気が早い!」
「そうか。でも行こうよまた」
そう言った小鮒さんの視線が眩しいと感じる。こんな感じは生まれて初めてだった。
「うん行きましょうね」
そんな返事をした。本当はもっと何か言いたかったが言葉が出なかった。嬉しかったし、もっと喜びを表したかったのだが……。
「あともう少しだからね」
小鮒さんがスマホで地図を見せてくれた。現在位置を確認するとたしかにあと僅かで頂上だった。
再び走り出す。いいお天気で走るには最高の日だと感じた。また暫くワインディングロードを楽しむと「この先頂上」と書かれた看板が見えて来た。
登りきると、やや広めの駐車場と売店を伴った休憩所があった。駐車場のバイク置き場にバイクを停める。隣に小鮒さんのバイクが並んだ。
「思ったより順調に着いたね」
「そうですね。楽しかったです。バイクを操っている時は頭が真っ白になりました」
わたしの言葉を聞いて小鮒さんがは
「それがバイクの魅力だよね。そしてライダーの実力はツーリングで伸びると思ってるんだ」
ツーリングがライダーの実力を伸ばす……父も常々そう言っていたと思いだした。
小鮒さんが休憩所に入って売店でお茶を二本買ってくれた。もうそのことはありがたく貰っておくことにした。わたしはバッグからおにぎりの包と唐揚げの入ったタッパを出した。
「どうぞ」
そう言って差し出すと小鮒さんは一つを取り出して口にした
「おいしいよ。塩加減が丁度いいね」
それがお世辞では無いようで本当に美味しそうに食べていく。わたしも一緒に食べながら心の底に暖かい感情が湧き上がるのを感じていた。
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