第5話
ツーリングに行く日は、割と早くやってきた。その日は来週の土曜になった。わたしの通ってる実咲高は、特別な進学校でもないので土日は授業がない。きっと小鮒さんが出た東高は土曜もありそうな気がする。それにしても芸人が土日に仕事もしないで良いのだろうかと気になった。LINEで
『土曜に仕事しなくて良いの?』
と返事を返すと
『特別に休んだ……嘘! その日は最初から仕事がオフなんだ』
そう答えが返って来た。本当なら少し気がやすむ。わたしとツーリングに行く為に仕事を入れなかったのなら少し心が痛むからだ。翠がこの前
「二つ目って本当に収入が無いらしいよ」
そんなことを教えてくれたからだ。数少ない収入の道を断っては申し訳無いと思った。
ツーリングの場所だが、実咲公園で待ち合わせて、斉所山という所に行くことになった。というより小鮒さんがそう提案したのだ。
『距離も丁度いいし、頂上まで舗装路があるからね。途中は適度なワインディング・ロードになってるから楽しいよ』
そんな事を教えてくれた。斉所山は、小学校の低学年の時に遠足で行ったことがある。あの時は確かバスだった。当時は今より山道だったのでバスに酔う人が結構居たのを思い出した。今度は新しい道を自分のバイクで登るのだ。楽しみになった。
どういう訳か約束をした翌日に学校に行くと翠がツーリングのことを知っていた。
「やったじゃん。ツーリングデートだって!」
「デートじゃなくてミニツーリングに行くだけよ」
「それってデートと何処が違うの?」
「でもなんで、あんたが知ってるの?」
まあ正直言って答えは予想出来た。
「それは彼から聞いたのよ」
「彼って、馬富さんのこと?」
「そう。今度ちゃんと付き合うことになったの」
「何時の間に……」
「あんたが小鮒さんとデートの約束を取り付ける間」
わたしから約束を取り付けた訳じゃない
「まさか交際するとは思わなかった」
嘘偽りの無い感情だ
「わたしだって、こんなに上手く行くとは思っていなかったわ」
翠はわたしより少し小柄だけど可愛いから男の子に結構好かれる。今までにも数人の男子と付き合って来たが長続きはしなかった。翠は口に出さないがその訳をわたしは知っている。
それは彼女は小柄だけどスタイルが良い。ちゃんと出る所は出ていて、引っ込むべき所は引っ込んでいる。そんな点も男子に人気がある理由だと思う。中々発達しないわたしとは大分違う。
でも彼女はそんな所目当ての男子は嫌なのだ。だから交際し始めて、それが目的だったりするとすぐに別れてしまう。そこが長続きしない理由でもある。彼女に言わせると、そういうのは交際して自然とそういう感情が育って行くものらしい。ろくに男子と交際した経験の無いわたしには良く理解出来ないところでもある。
「将来は噺家のおかみさんかぁ」
そんな冗談を言ったら
「里菜だってそうでしょう。お互いさまよ」
そう言って自分の席に帰って行った。
「ツーリング行ったら聞かせてね」
そう言葉を残して。
約束の土曜日。わたしは少し早起きしておにぎりを作って行った。きっと小鮒さんはそんな余裕は無いのではと思ったのだ。おかずには唐揚げを付けた。
約束の時間より少し早く実咲公園に行くと小鮒さんはもう来ていた。黒と赤のバイクでナンバーから二百五十CCだと思った。結構渋いバイクだ。
「二百五十なんですね」
挨拶代わりにバイクの事を言う。
「うん。高校時代から乗ってるヤツなんだ。もう五万キロ以上走ってる」
「あれ、距離だけなら同じぐらい。尤もわたしのは父からだけど」
自分としては軽い冗談のつもりだったので小鮒さんが笑ってくれたのは嬉しかった。
「今日、おにぎり作って来たの」
「え、本当? ありがとう。お昼は山頂の食堂で済ませようと考えていたんだ」
やっぱり、考えが当たった。
それからツーリングの時の注意事項などを決めた。
「何が不測の事態があったらホーンを短く二回鳴らすからね。それを聞いたら必ず道の端に寄って停車すること。いい?」
「判った! 停まる」
「それじゃ里菜ちゃんが先に行って。こういうバイクに差があるときは排気量の小さい方が先に行くものなんだ」
それは父からも煩いほど言われたので理解していた。父はわたしがツーリングに行くというのでライダーとしては嬉しいが親としては心配だと言っていた。その様子がおかしかった。
「それじゃ行こうか」
小鮒さんの声でわたしが走り出した。後ろを確認すると、すぐに小鮒さんが走り出した。暫くは流れに乗って走って行く。一台で走ってる時、特に自分だけで走ってる時は車を追い抜いたり、信号で停まってると脇を通って車の前に出たりするが今日はそんな事はしない。
わたしは赤いジェット型のヘルメット。小鮒さんは青いフルフェイスを被っている。わたしも最初はフルヘイスだったのだが、夏に暑いのとジェットの爽快感が好きになったので今はジェット型にしている。
小一時間も走っただろうか、信号で小鮒さんが隣に停車して
「この先で休もう」
そうジェスチャー混じりで言ったので頷いた。道が空いていて良かったと思った。ツーリングはこれからが本番となる。
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