第4話 何かがちがう

二階に続く階段からギイギイと足音を響かせて何者かが降りてくる。信博は息を呑んで階段を見つめた。


リビングに殴り殺してしまったはずの妻の美沙子があらわれた。


「み、美沙子・・・」


信博は腰を抜かせてソファにへたれこんだ。


美沙子は無言で冷蔵庫の前に立つと、扉を開けて缶ビールをとりだした。缶を開けるとグビグビと喉にビールを流し込み始めた。


「お、おい・・・お前、なに・・・飲んでるんだ。」


動転した信博は妻が手にしている缶ビールをひったくり、片手で妻の肩をつかんで揺さぶった。


「おい!おまえ・・・無事なのか?」


美沙子の頭に手で触れようとする。


「さわんな!!!」


美沙子が叫ぶと、目にも止まらない速さで腹を殴られた。


「ぐぇぇ!!」


信博は、くの字にうずくまる。


「このウスノロが!」


まるで自分の口癖を美沙子が真似をしているようだ。怒りと激痛で顔を歪ませながら信博は美沙子を睨みつけようと振り返ろうとしたが、今度は尻に蹴りをいれられた。


つんのめり頭を床にぶつけた信博はそのまま気を失った。



尻の痛さで信博が目を覚ます。


あたりを見回すと美沙子も不気味な天使もいなかった。


「死んだはずの美沙子が・・・生き返った?」


にわかに信じられないことだが、あの天使がやったというのならそういうことだろう。しかし何かが確実におかしい。美沙子がふるってきた暴力がそうだ。


美沙子に殴られた腹と尻がジンジンと痛む。ふと時計を見ると夜中の3時だった。


「うわ!こんな時間か!あしたのプレゼンが・・・!」


信博は机にしがみつくようにパソコンでスライド資料をつくった。昨夜から起きたわけのわからない出来事を考えると、とてつもない不安が湧き上がってくる。そんな不安に目を背けるためにも、信博は仕事の資料に没頭した。


完成する頃には意識が朦朧としていたが、5時過ぎにソファに横たわり仮眠をとった。



食事の支度をする音で、信博は目を覚ました。美沙子は昨晩の出来事などなかったかのように、いつもどおり台所に立っている。


「おはようございます」


信博が起きてきたのを見て挨拶をしてきた。


「お、おう。きのうは・・・大丈夫だったか?」


信博は気づかいながら言葉をかけるが、美沙子はなんのことかわからず返事もしなかった。


「食事ができていますよ」


食卓についてみると、焼き魚とご飯と味噌汁、副菜が並べてあった。しかし、魚が少し冷めていた。信博は焼き魚は焼き立てで表面の脂が泡立つかのような状態でないと食べなかったし、いつもは魚を焼き直させていたくらいだった。美沙子にはその度にやりなおしをさせていた。


「おい、魚。冷えてるぞ」


美沙子は無言で寄ってくると、信博の髪を鷲掴みにし、そのまま焼き魚の乗った皿に顔面を叩きつけた。


「ぶぇぇ!!!」


そして髪の毛ごと頭を引っ張り上げられる。


「おぉぉ!このアマ!だにじやがる!!」


美沙子の腕をつかんで振り放そうとするが、ものすごい力でびくともしない。


「いいから黙って食え」


耳元で美沙子の冷たい声がしたと思うと、再び焼き魚に顔面を叩きつけられた。


信博は、天使に頼んで元に戻してもらった妻が、別の何かになったことを思い知り、再び妻に殺意を抱いた。


この女を始末しないと、俺がいつか殺される。


そう。信博はどこまでいっても利己的で、自分のことしか考えられない男だった。

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